美嶋隼人(堂上隼人)は誰で何者?何した?元ソフトバンク選手のwiki経歴・改名理由や事件を解説
美嶋隼人(堂上隼人)は誰で何者?何した?元ソフトバンク選手のwiki経歴・改名理由や事件を解説

元プロ野球・福岡ソフトバンクホークスの選手だった美嶋隼人被告(44)の裁判員裁判が、2026年9月28日に横浜地裁で始まりました。

「美嶋隼人」という名前を見て、元ソフトバンクの「堂上隼人」と同一人物なのか気になった人もいるかもしれません。

テレビ神奈川や共同通信は、美嶋被告について、ソフトバンクで「堂上隼人」の名前でプレーしていた人物だと明確に報じています。つまり、美嶋隼人被告と元プロ野球選手の堂上隼人氏は同一人物です。

今回の裁判では、2025年6月に横浜市内で女性へわいせつな行為をしたうえ、転倒させてけがを負わせたとされる不同意わいせつ致傷の罪などが審理されています。

さらに、美嶋被告は2012年にも強制わいせつ容疑で逮捕され、ソフトバンクから契約を解除されていました。

美嶋隼人被告は誰で何者なのか、元ソフトバンク時代のwiki風経歴から、「堂上隼人」から「美嶋隼人」になった理由、2012年と2025年以降の事件、最新裁判まで確認していきます。

美嶋隼人被告は何した?2026年9月に裁判員裁判が開始

美嶋隼人被告は、横浜市内の路上などで複数の女性にわいせつな行為や暴行などをしたとして、不同意わいせつ致傷などの罪に問われています。

2026年9月28日、横浜地裁で裁判員裁判の初公判が開かれ、美嶋被告は起訴内容の一部を否認しました。

2025年6月に20代女性へわいせつ行為と暴行の罪

起訴状などによると、美嶋被告は2025年6月6日、横浜市旭区の路上で当時24歳の女性にわいせつな行為をし、その際に背中を突き飛ばして転倒させ、両膝などに約11日間のけがを負わせたとされています。

この不同意わいせつ致傷の起訴内容について、美嶋被告は初公判で「間違いありません」と認めました。

女性3人に関する一部の起訴内容は否認

一方、すべての起訴内容を認めたわけではありません。

テレビ神奈川によると、美嶋被告は女性3人に対する起訴内容の一部を否認しています。

それ以外の不同意わいせつ致傷などについては、「ほぼほぼあっている」と述べました。

そのため、「美嶋隼人被告が今回の起訴内容をすべて認めた」とするのは正確ではありません。

美嶋隼人被告は誰で何者?堂上隼人と同一人物

美嶋隼人被告は、かつてプロ野球・福岡ソフトバンクホークスで捕手としてプレーしていた元プロ野球選手です。

当時は「堂上隼人」の名前で登録・活動していました。

現在確認できるプロフィールをwiki風にすると、次のようになります。

・現在の氏名:美嶋隼人
・プロ野球時代の氏名:堂上隼人
・生年月日:1982年3月12日
・年齢:44歳
・出身:神奈川県
・身長:182cm
・現役時代の体重:85kg
・投打:右投げ右打ち
・ポジション:捕手
・出身高校:武相高校
・大学:横浜商科大学
・社会人:日産自動車
・独立リーグ:香川オリーブガイナーズ
・プロ:福岡ソフトバンクホークス
・2025年逮捕時の職業:自称清掃業
・現在:不同意わいせつ致傷などの罪で公判中

ソフトバンク公式が2009年に掲載した支配下登録資料でも、堂上隼人選手について「1982年3月12日生まれ」「神奈川県出身」「捕手」と記載されています。

堂上隼人のwiki経歴!武相高校からソフトバンクまで

堂上隼人氏は、高校・大学・社会人野球・独立リーグを経てプロ野球入りした捕手です。

高校卒業後すぐにプロ入りした選手ではなく、複数のカテゴリーを経験して26歳でソフトバンクから指名されています。

武相高校から横浜商科大学へ

ソフトバンク公式によると、堂上氏の球歴は次の通りです。

武相高校
↓
横浜商科大学
↓
日産自動車
↓
香川オリーブガイナーズ
↓
福岡ソフトバンクホークス

神奈川県の武相高校から横浜商科大学へ進み、その後は社会人野球の日産自動車でプレーしました。

日産自動車から香川オリーブガイナーズへ

日産自動車を経て、四国・九州アイランドリーグの香川オリーブガイナーズに加入しています。

2008年の日刊スポーツによると、香川では78試合に出場して打率.290、5本塁打、44打点を記録。当時から強肩捕手として評価されていました。

ソフトバンク公式も、独立リーグでMVPを獲得した経験や、遠投130メートルという強肩を紹介しています。

堂上隼人はソフトバンク育成5位でプロ入り

堂上隼人氏は2008年10月のドラフト会議で、福岡ソフトバンクホークスから育成5巡目で指名されました。

当時26歳でした。

ソフトバンク公式は指名時、堂上氏を「香川オリーブガイナーズの攻守の要」と紹介し、米大リーグのレッドソックスも獲得に動いたことがある選手として取り上げています。

背番号126で育成選手として入団

入団当初の背番号は126でした。

ソフトバンクの育成選手入団会見では、自身の強みについて強肩を挙げ、「順位は関係ないということを証明するためにも、1日1日が勝負」と意気込みを語っていました。

2009年3月に支配下登録

堂上氏は入団から数カ月後の2009年3月30日、支配下選手へ昇格しました。

背番号は126から42へ変更されています。

球団を通じて、支配下登録について「やっとスタートラインに立てた」とコメントしていました。

育成5位から短期間で支配下登録を勝ち取った捕手だったことが分かります。

美嶋隼人と堂上隼人はなぜ名前が違う?改名理由は?

現在の報道では「美嶋隼人」、プロ野球選手時代は「堂上隼人」となっているため、「なぜ名字が変わったのか」「改名した理由は何なのか」という疑問も出ています。

結論からいうと、姓が「堂上」から「美嶋」になった具体的な理由は、信頼できる公表情報では確認できませんでした。

主要報道は「堂上隼人の名前でプレー」と説明

2025年以降の共同通信や朝日新聞、2026年のテレビ神奈川はいずれも、美嶋被告について「堂上隼人」の名前でソフトバンクに所属していたと報じています。

そのため、2人が同一人物であること自体は確認できます。

一方、

・結婚により姓が変わった
・離婚や養子縁組で姓が変わった
・「堂上」が登録名だった
・過去の事件後に改名した

といった具体的な理由について、本人や球団、裁判資料、主要報道が説明した情報は確認できません。

「旧姓・堂上」と断定できる?

ネット上では「旧姓・堂上」と表現する記事もありますが、主要報道では「堂上隼人の名前でプレーしていた」という書き方が中心です。

そのため、現時点では「堂上が戸籍上の旧姓だった」とまで断定せず、

「現在は美嶋隼人と報じられており、プロ野球時代は堂上隼人の名前で活動していた」

とするのが確認できる範囲です。

堂上隼人は2012年にも逮捕!ソフトバンクが契約解除

美嶋隼人被告をめぐっては、プロ野球選手だった2012年にも事件がありました。

福岡ソフトバンクホークスは2012年8月23日、所属していた堂上隼人選手が強制わいせつ容疑で福岡県警に逮捕されたと公式発表しています。

逮捕翌日に球団が契約解除

ソフトバンクは翌8月24日、堂上選手との契約を解除すると発表しました。

球団公式サイトには「堂上隼人選手の逮捕に関してのお詫び」として、契約解除を決めたことが現在も掲載されています。

そのため、堂上氏がソフトバンクを離れた直接的なきっかけは、この逮捕と球団による契約解除でした。

2013年に懲役2年の実刑判決

2013年1月25日、福岡地裁は堂上隼人被告に懲役2年の判決を言い渡しました。

日刊スポーツによると、2012年7月、当時17歳の少女を脅してわいせつな行為をしたとして強制わいせつ罪に問われていました。

検察側の求刑は懲役2年6月で、福岡地裁は懲役2年の実刑判決を言い渡しています。判決後、弁護側は控訴する方針を示していました。

美嶋隼人被告は2025年に再び逮捕

元プロ野球選手としての名前が再び大きく報じられたのが2025年6月です。

神奈川県警は2025年6月12日、横浜市内の路上で女性にわいせつな行為をしたとして、美嶋隼人容疑者を不同意わいせつの疑いで逮捕しました。

この時の報道で、美嶋容疑者が元ソフトバンク選手の「堂上隼人」だったことも伝えられています。

2025年の逮捕時は「自称清掃業」

2025年6月の逮捕時、美嶋容疑者は横浜市旭区に住む「自称清掃業」と報じられています。

プロ野球を離れた後にどの会社で働いていたのか、清掃会社の従業員だったのか、自営業だったのかなど、詳しい勤務形態までは公表されていません。

そのため、美嶋隼人被告の現在の職業について確認できる直近の情報は、2025年時点の「自称清掃業」です。

専門学校の女子生徒への不同意わいせつ容疑

2025年6月の逮捕容疑は、同年4月20日午後11時35分ごろ、横浜市内の路上で当時18歳の専門学校生の女性の上半身を触るなどしたというものでした。

女性とは面識がなかったとみられ、防犯カメラの映像などから美嶋容疑者が浮上したとされています。

当時、美嶋容疑者は「弁護士が来るまで話しません」と供述していました。

美嶋隼人被告の最新裁判では何件が審理される?

2026年9月28日に始まった裁判員裁判では、2025年6月6日の不同意わいせつ致傷事件だけが審理されるわけではありません。

共同通信系の報道によると、10~20代の女性をめぐる計10件が審理対象になっています。

2020年から2025年にかけての事件を審理

テレビ神奈川によると、美嶋被告は2020年と2025年2月から6月までの間に、横浜市内の路上などで10代から20代の女性7人にわいせつな行為をしたほか、女性2人への脅迫や暴行でも起訴されています。

これに2025年6月の不同意わいせつ致傷事件などが加わり、複数の事件が裁判員裁判で審理される形となりました。

2025年10月の別事件公判では一部否認

共同通信によると、美嶋被告は2025年10月に開かれた別の不同意わいせつ事件の公判でも、一部の起訴内容を否認していました。

その後、別事件が追起訴され、裁判員裁判でまとめて審理されることになったと報じられています。

美嶋隼人被告の裁判の判決はいつ?

テレビ神奈川によると、今回の裁判員裁判は今後、被告人質問などを行ったうえで、2026年10月22日に判決が言い渡される予定です。

2026年9月29日時点では、判決はまだ出ていません。

そのため、今回審理されている事件について「有罪になった」「刑期が決まった」とする段階ではありません。

2013年の懲役2年判決とは別

検索時に混同しやすいのが「懲役2年」という情報です。

これは今回の2026年の裁判で言い渡された刑ではありません。

2013年1月に、プロ野球選手時代の2012年の強制わいせつ事件について福岡地裁が言い渡した判決です。

今回の裁判員裁判の判決予定日は2026年10月22日です。

美嶋隼人被告の顔画像はある?

美嶋隼人被告は元プロ野球選手のため、「堂上隼人」時代の顔写真はソフトバンク公式など過去の野球記事で確認できます。

ソフトバンク公式には、育成選手として入団した当時やキャンプ時代の堂上隼人選手の写真が現在も残されています。

ただし、これらは現役時代の写真です。

2026年の裁判時点の本人写真とは時期が大きく異なるため、「現在の顔画像」として扱う場合は区別した方がよいでしょう。

美嶋隼人被告のSNSは?

美嶋隼人被告本人のInstagram、X、Facebookなどについて、2026年9月29日時点で本人確認されたアカウントを主要報道が紹介した事実は確認できませんでした。

元プロ野球選手であるため「堂上隼人」名義の過去情報は多く見つかりますが、それと現在の個人SNSは別です。

同姓同名や過去の選手名だけを理由に、特定のアカウントを美嶋被告本人のものと判断できる情報は出ていません。

美嶋隼人(堂上隼人)は誰で何者?現在までの経歴

美嶋隼人被告は、元福岡ソフトバンクホークスの捕手「堂上隼人」としてプレーしていた人物です。

1982年3月12日生まれの神奈川県出身で、武相高校から横浜商科大学、日産自動車、香川オリーブガイナーズを経て、2008年の育成ドラフト5巡目でソフトバンクから指名されました。

2009年3月には育成選手から支配下登録され、背番号42の捕手としてプロ野球でプレーしました。

しかし2012年8月、強制わいせつ容疑で逮捕され、ソフトバンクは翌日に契約を解除。2013年1月には福岡地裁で懲役2年の実刑判決を受けています。

その後、2025年6月に「美嶋隼人」の名前で不同意わいせつ容疑により逮捕されたことが報じられ、この時点で元ソフトバンクの堂上隼人氏と同一人物であることが主要メディアによって確認されました。逮捕時の職業は自称清掃業でした。

「堂上」から「美嶋」へ姓が変わった具体的な理由については、結婚、養子縁組、登録名だったなど複数の推測がネット上にはありますが、本人や球団、主要報道から確認できる説明はありません。

2026年9月28日には横浜地裁で裁判員裁判が始まり、美嶋被告は不同意わいせつ致傷などの起訴内容の多くを認める一方、女性3人に関する一部の起訴内容を否認しています。

今回の裁判では複数の事件が審理されており、判決は2026年10月22日に言い渡される予定です。

現時点では最新の裁判が続いている段階であり、2026年の事件についての刑事責任や量刑はまだ確定していません。