青木真也は何者?戦績49勝12敗!wiki経歴・嫁や学歴、現在を調査
青木真也は何者?戦績49勝12敗!wiki経歴・嫁や学歴、現在を調査

青木真也さんは、「跳関十段」の異名を持つ日本を代表する総合格闘家です。柔道とブラジリアン柔術をバックボーンに、修斗、PRIDE、DREAM、ONE Championshipなど国内外の大舞台で活躍し、複数の団体で王座を獲得してきました。2026年9月現在も43歳で現役を続けています。

「青木真也は何者なの?」「戦績は何勝何敗?」「嫁や子供はいる?」「早稲田大学出身なの?」「UFCにはなぜ出なかった?」といった疑問を持つ人も多いのではないでしょうか。さらに最近は、独特の声やnote、YouTubeで聞こえるタントージャさんの存在、2026年9月10日の朝倉未来戦をきっかけに青木さんを知った人も増えています。

この記事では、青木真也さんが何者なのかを最初に紹介し、プロMMA戦績、ONE・RIZIN・UFCとの関係、嫁・子供などの家族、学歴、柔道から総合格闘家になった経歴を詳しく見ていきます。あわせて、プロレス、note、X(旧Twitter)、YouTube、声の変化、2026年現在の活動まで紹介します。

青木真也は誰・何者?wikiプロフィールを紹介

青木真也さんは、世界トップクラスの寝技を武器に20年以上戦い続けてきた総合格闘家・グラップラー・プロレスラーです。

RIZIN公式は、23年に及ぶキャリアでMMA49勝を挙げ、修斗、DREAM、ONEで王座を獲得した日本屈指の寝技師として紹介しています。特に関節技や絞め技によるフィニッシュ能力が高く、「跳関十段」というニックネームもその戦い方を象徴しています。

青木真也は何者なのか

青木さんが単なる「寝技が得意な格闘家」ではないのは、その活動期間と歩いてきた団体を見るとよく分かります。

2003年に総合格闘技デビューし、修斗で世界王者となった後、PRIDE、DREAMへ進出。日本の総合格闘技ブームが変化していくなかでONE Championshipへ活動拠点を移し、同団体でもライト級世界王座を2度獲得しました。2014年からはプロレスにも本格参戦しています。

2026年5月には本人が、2006年のPRIDE参戦から「専業格闘技選手になって20年」と振り返っています。競技人生の長さまで含めると、日本MMAの複数の時代を現役のまま経験してきた非常に珍しい選手といえるでしょう。

青木真也の基本プロフィール

まず、年齢や身長、体重など現在確認できるプロフィールを見てみましょう。

項目内容
名前青木真也(あおき しんや)
生年月日1983年5月9日
年齢43歳(2026年9月現在)
出身地静岡県静岡市
国籍日本
身長180cm
リーチ183cm
体重70kg(RIZIN登録)
血液型AB型
階級主にライト級
バックボーン柔道・ブラジリアン柔術
所属BAMF(RIZIN登録)
出身大学早稲田大学
主な肩書き総合格闘家・プロレスラー・グラップラー
入場曲ウルフルズ「バカサバイバー」

RIZIN公式では身長180cm、リーチ183cm、体重70kg、所属BAMFと登録されています。一方、DDTではプロレスラーとして「フリー」、体重75kg、血液型AB型と掲載されており、競技によってプロフィール上の体重や所属表記が異なります。

本名は青木真也?国籍や所属ジムも確認

青木さんは公式競技プロフィールや本人の発信でも一貫して「青木真也」の名義を使用しています。別の本名や芸名があるという公式情報は確認できず、「跳関十段」や「バカサバイバー」はニックネームとして使われている呼び名です。

国籍は日本、出身は静岡県静岡市です。現在のRIZINプロフィールでは所属がBAMFとなっていますが、海外の戦績データベースではパラエストラ東京/Evolve MMAとの表記も残っています。長いキャリアの中で複数の練習環境を経験してきたため、「青木真也のジムはどこ?」という疑問では情報の時期を分けて見る必要があります。

X(旧Twitter)の公式アカウントは「@a_ok_i」で、InstagramやYouTubeもRIZIN公式プロフィールから案内されています。試合だけでなく、自分の言葉を直接発信する活動が非常に多い格闘家でもあります。

青木真也の戦績は49勝12敗!ONE・RIZIN・UFCの成績も紹介

青木真也さんの強さを知るうえで、最も分かりやすいのがプロMMA戦績です。

2026年9月10日午前、朝倉未来戦が行われる前の時点で、青木さんのプロMMA通算戦績は49勝12敗・1無効試合です。 Sherdogでは49勝のうち32勝がサブミッションに分類されています。

通算戦績49勝12敗・1NC!寝技での勝利が圧倒的

勝敗だけでなく、どのように勝ってきたのかを見ると青木さんの特徴がはっきりします。

戦績内訳
勝利49
KO・TKO勝利4
サブミッション勝利32
判定勝利11
その他の勝利2
敗戦12
無効試合1

Sherdogの分類では、49勝のうち32勝、約65%がサブミッションです。なお、RIZIN公式は「MMA49勝中33勝が一本」と紹介しており、テクニカルサブミッションなどの分類方法によって数字に1勝分の差があります。この記事では戦績の内訳についてSherdogの分類を基準にしています。

反対に12敗のうち10敗はKO・TKO。青木さんは寝技では圧倒的な強さを見せる一方、打撃で仕留められた敗戦も多く、得意分野とリスクが明確な選手です。だからこそ、相手が青木さんの組みを止められるのかという攻防が試合の大きな見どころになります。

ここで、49勝12敗という数字をもう少し掘り下げてみました。以下のデータは、朝倉未来戦が行われる前のSherdog掲載プロMMA戦績を基準に、勝利49試合と敗戦12試合を決着方法別に筆者側で再集計した実データ調査です。無効試合1試合は勝敗の構成比には含めず、勝利と敗戦をそれぞれ100%として割合を計算しています。

青木真也の戦績を独自集計。49勝の65.3%にあたる32勝がサブミッション、12敗の83.3%にあたる10敗がKO・TKOという結果。

この集計で特に目立つのは、勝利の65.3%がサブミッションなのに対し、敗戦の83.3%がKO・TKOだったことです。

49勝のうち32勝がサブミッションで、KO・TKO勝ちは4勝、判定勝ちは11勝。つまり青木さんは、打撃で倒して勝つ選手というより、組みついて寝技へ持ち込み、関節技や絞め技で試合を終わらせることで勝利数を積み上げてきました。

一方、12敗のうち10敗はKO・TKOで、判定負けは2試合です。サブミッションによる敗戦はSherdogの分類上ありません。

「勝つ時は寝技、負ける時は打撃」という青木さんの特徴は、印象論だけでなく通算戦績の数字にもかなり鮮明に表れています。

さらに、Sherdogでサブミッション勝利に分類されている32試合について、どのラウンドで決着したのかを1試合ずつ確認し、筆者側で決着ラウンド別に再集計しました。ここではテクニカルサブミッションなど別分類の試合を追加せず、あくまでSherdog上で「Submission」と分類される32勝のみを対象にしています。

青木真也のサブミッション32勝を独自集計したところ、28勝・87.5%が1ラウンド、4勝・12.5%が2ラウンドで決着している。

結果は、32勝中28勝が1ラウンド、4勝が2ラウンドで、3ラウンド以降のサブミッション勝利は0でした。

割合にすると、1ラウンド決着が87.5%、2ラウンド決着が12.5%です。

青木さんの寝技というと「長時間グラウンドで削って最後に極める」というイメージを持つ人もいるかもしれません。しかし実際の数字を見ると、一本勝ちの約9割を1ラウンドで決めています。

相手に組みついてから長時間様子を見るというより、ポジションを奪った瞬間に関節技や絞め技へ移行し、短時間で試合を終わらせるフィニッシュ能力こそが、青木真也さん最大の特徴だと分かります。

最近の戦績は?手塚裕之にTKO負け

直近のMMA戦は、2025年11月16日の「ONE 173」で行われた手塚裕之選手との試合です。

青木さんは1ラウンドに得意のグラウンドへ持ち込みましたが、2ラウンド開始直後に手塚選手のパンチと膝蹴りを受け、2ラウンド28秒でTKO負け。この敗戦によって通算戦績は49勝12敗・1NCとなりました。

ただし、その前には2025年3月のエドゥアルド・フォラヤン戦で1ラウンド53秒の腕ひしぎ十字固めによる一本勝ち、2024年1月のジョン・リネカー戦でも1ラウンド3分にリアネイキッドチョークで一本勝ちしています。40代に入ってからも世界的な実績を持つ相手を極めていることを考えると、寝技の危険度は現在も高いと分かります。

2022年には秋山成勲選手に2ラウンドTKO負けを喫しましたが、その後にリネカー、フォラヤンへ連続一本勝ちしています。年齢だけを見て「もう強くない」と判断できない戦績です。

そこで、40代前後の現在の実力が分かりやすいように、2021年1月22日のジェームズ・ナカシマ戦から2025年11月16日の手塚裕之戦まで、プロMMA直近7試合を時系列で抽出して筆者側で再集計しました。年齢は1983年5月9日という生年月日を基準に各試合日の満年齢で算出し、勝敗と決着方法はSherdog掲載戦績をもとにしています。

青木真也の2021~2025年の戦績は7戦4勝3敗で、4勝はすべてサブミッション。40歳と41歳でも1ラウンド一本勝ちを記録している。

この7試合では4勝3敗

そして興味深いのは、勝利した4試合がすべてサブミッションだったことです。

2021年には37歳でジェームズ・ナカシマ選手をリアネイキッドチョーク、エドゥアルド・フォラヤン選手を腕ひしぎ十字固めで撃破。2024年には40歳でジョン・リネカー選手からリアネイキッドチョークで一本を奪い、2025年には41歳でフォラヤン選手をわずか53秒で極めています。

一方、秋山成勲選手、サイード・イザガクマエフ選手、手塚裕之選手に喫した3敗はいずれもTKOでした。

直近7戦だけを取り出しても、「一本を取れる状況まで持ち込めれば40代でも強い」「打撃戦になるほど危険が増える」という青木さんの特徴が、通算戦績とほぼ同じ形で表れています。

特に40歳と41歳で1ラウンド一本勝ちを記録している点は、現在の青木さんを単純に「全盛期を過ぎたベテラン」と表現するだけでは足りないことを示すデータです。

ONEの戦績と2度の世界ライト級王座

青木さんは2012年からONE Championshipに参戦し、2013年にライト級世界王座を獲得しました。最初の王座在位は1,316日に及び、エドゥアルド・フォラヤン選手に敗れて陥落した後も勝利を積み重ね、2019年にはフォラヤン選手を破って再び世界王者になっています。

ONE公式プロフィールの現在の「ONEチャンピオンシップでの戦績」欄には10勝9敗と表示されています。一方で、MMA全体の戦績データとは集計対象や表示方法が異なるため、青木真也のMMA通算戦績を確認する場合は49勝12敗・1NC、ONE内の公式表示は10勝9敗と分けて見るのが分かりやすいでしょう。

ONEでは総合格闘技だけでなくサブミッション・グラップリングにも出場しており、長年にわたって同団体を代表する日本人選手の一人として活動してきました。

RIZIN戦績は朝倉未来戦前まで1勝0敗

青木さんのRIZINでのMMA戦績は、2026年9月10日の朝倉未来戦前まで1勝0敗です。

2015年12月29日のRIZIN旗揚げ大会では桜庭和志選手と対戦し、1ラウンド5分56秒、コーナーストップによるTKO勝利を収めました。その後RIZINでMMAを戦っていなかったため、今回が約10年9か月ぶりのRIZIN参戦となります。

「青木真也はなぜRIZINに出なかったの?」という疑問もありますが、RIZINに出場できなかったとする公式な理由が発表されているわけではありません。2012年から長くONEを主戦場としてきたことが大きく、RIZINでは2015年の桜庭戦を除いて試合をしてこなかった、というのが実際のキャリアです。2026年になって再びRIZINへ戻ってきたことで、PRIDE・DREAM・ONEの時代と現在のRIZINをつなぐカードとして朝倉未来戦が注目されています。

UFC戦績は0試合!オファーを断った過去がある

青木真也さんはUFCで一度も公式戦を行っていないため、UFC戦績は0試合です。

ただし、「実力不足でUFCに行けなかった」という経緯ではありません。2013年にはUFCから契約オファーがあったものの、青木さんはONE FCに残る選択をしました。日刊スポーツも当時、条件面などを踏まえてONEへの継続参戦を決めたと報じています。

青木さん本人もSherdogの取材で、ONEのライト級世界王者であり、同団体で戦うことに満足していたためUFCへの移籍を断ったと説明しています。UFC参戦歴がないことは事実ですが、UFCに行けなかった選手ではなく、オファーを受けたうえで別のキャリアを選んだ選手という点は押さえておきたいところです。

廣田瑞人の腕折り・中指、自演乙戦など記憶に残る試合も多い

青木さんの戦績には、勝敗以上に強烈な印象を残した試合がいくつもあります。

2009年大みそかの廣田瑞人選手戦では、ハンマーロックで1ラウンド2分17秒のテクニカルサブミッション勝利。試合後に中指を立てた行為も含めて大きな批判を集め、その後も「青木真也 腕折り」「青木真也 中指」として語られる出来事になりました。

2010年の川尻達也選手戦では開始1分53秒でアキレス腱固めによる一本勝ち。一方、同年大みそかの長島☆自演乙☆雄一郎選手との異種格闘技戦では、1ラウンドをK-1ルール、2ラウンドをDREAMルールで戦い、2ラウンド開始わずか4秒でタックルに膝蹴りを合わせられKO負けしました。この試合は通常のMMA戦とは異なる特殊ルールのため、一般的なプロMMA通算戦績とは分けて扱われています。

強烈な一本勝ちも衝撃的な敗戦もあり、時には言動でも賛否を呼んできました。この振れ幅の大きさも、青木真也という格闘家が長く記憶されている理由の一つです。

青木真也の嫁は誰?離婚・子供や両親など家族構成

青木真也さんについては、戦績だけでなく嫁や家族についても関心が集まっています。

確認できる情報では、青木さんには結婚歴があり、3人の子供がいます。2020年の取材時点では妻と3人の子供とは別居し、離婚に向けた話し合いをしていることが明かされていました。2025年3月の取材では「現在独身」と報じられています。

元嫁は誰?離婚理由は公表されている?

元嫁についてネット上では具体的な名前が掲載されることがありますが、本人発信や主要報道で氏名・職業などを明確に確認できる情報は見当たりません。

夫婦関係については本人がかなり踏み込んで語っています。2020年のENCOUNTでは、数年前から妻との口論が増え、別居に至った経緯などが紹介されました。ただし、夫婦間の事情は一つの原因だけで説明できる内容ではなく、本人も家族との距離や自分の競技生活について複雑な考えを語っています。

そのため、「離婚理由はこれだった」と一つの出来事に決めてしまうより、競技生活や家族との距離が変化する中で夫婦関係も変わっていった、と捉えるほうが公開情報には近いです。

再婚や現在の彼女は?

2025年3月時点で青木さんは独身と報じられています。2026年9月現在までに、本人が再婚を正式発表したと確認できる情報はありません。

2020年に再婚について聞かれた際には、「パートナー」はあり得ても結婚という形にこだわらないという趣旨の考えを語っていました。ただし、これは当時の本人の結婚観であり、現在の彼女がいることを示す発言ではありません。

YouTubeで聞こえる声などからタントージャさんを彼女ではないかと結び付ける見方もありますが、本人が明かしているのはYouTube制作やアパレル・ECを支える仕事上の関係です。恋愛関係だと確認できる情報はありません。

子供は3人!2025年には長男と再会

青木さんには3人の子供がいます。2020年の取材では妻と3人の子供とは離れて暮らしていると紹介されていました。

2016年には、試合で負けた自分を見て長男と次男が涙を流したことを本人がnoteに記しています。その文章では、勝つ姿だけでなく、負けてもまた仕事に向き合う姿を子供に見せたいという思いも語っていました。

その後、2025年には離れて暮らす長男から連絡があり、実際に会って話したことを明かしています。青木さんは、お互いにそれぞれの生活があるため、その生活を崩さない形で関係していきたいという趣旨の心境を語りました。

リング上では刺激的な発言も多い青木さんですが、家族について書いた文章や発言を見ると、父親という立場についても自分なりに長く考え続けてきたことが伝わってきます。

父親・母親や兄弟は?

青木さんは自身を一人っ子だと明かしています。2020年の誕生日のnoteでは、一人っ子として育った幼少期について振り返っていました。

父親については、町工場で懸命に働く姿を見て育ったことを本人が語っています。青木さんは、負けてもまた仕事へ向き合う姿勢や仕事観を父親から学んだと振り返っていました。

一方、高校卒業後に格闘技の道へ進もうとした時や、大学卒業後に警察官を辞めてプロ格闘家になろうとした時には両親から反対されています。青木さんは2026年になって、その反対について「不安定な格闘技を仕事にすることを考えれば当然だった」という趣旨で振り返り、現在は両親の判断に感謝していると記しています。

また、お笑い芸人のハリウッドザコシショウさんはいとこです。青木さん自身が、ザコシショウさんについて「母の姉の息子」と説明しており、意外な親戚関係として知られています。

青木真也の学歴は?高校・早稲田大学と柔道時代

青木真也さんは、格闘技だけに集中して10代でプロになった選手ではありません。

小学生から柔道を続け、高校でも柔道に打ち込み、早稲田大学へ進学。在学中にブラジリアン柔術と総合格闘技へ活動の幅を広げました。大学卒業後には一度警察官にもなっています。

小学生から柔道!全日本ジュニア強化選手に

青木さんは小学3年生の頃から柔道を始めました。

2002年には全日本ジュニア強化選手に選ばれるほどの実力者となり、早稲田大学進学後に柔術と総合格闘技へ傾倒していきます。RIZIN公式も、柔道時代から投げだけでなく「極め」に強いこだわりを持っていた選手として紹介しています。

現在の飛びつき腕十字や絞め技など独創的な寝技は、プロMMAへ進んで突然身についたものではなく、若い頃から続く「相手を極める」発想が土台になっていることが分かります。

中学校はどこ?

青木さんの中学校については「東海大第一中学校」とする資料がネット上にありますが、現在のRIZINやONEなどの公式プロフィールには中学校名までは掲載されていません。

そのため、中学校名については広く紹介されている情報ではあるものの、この記事では公式に確認できた学歴として断定しません。

一方、静岡市で育ち、小学生から柔道に打ち込んでいたことは複数のプロフィールや本人の経歴から確認できます。

高校は静岡学園!柔道漬けの3年間

高校は静岡学園高校です。

青木さん本人も2025年のnoteで、「静岡学園というスポーツ強豪校で高校3年間柔道をしていました」と明かしています。

当時は朝早くから夜まで柔道中心の生活を送りながら、総合格闘技への興味も強くなっていきました。2009年の日刊スポーツの取材では、高校時代の静岡では格闘技雑誌がなかなか見つからず、毎月自転車で市内を探し回っていたというエピソードも紹介されています。

現在の青木さんは地元・静岡でロードバイクに乗ることもあり、2026年には高校時代に走っていた場所で階段ダッシュをする姿も紹介されています。若い頃から続く運動習慣と地元とのつながりが、43歳になった現在のトレーニングにも残っています。

早稲田大学へ進学!柔術と総合格闘技に出会う

高校卒業後は早稲田大学へ進学しました。

大学在学中も柔道に取り組みながらブラジリアン柔術と出会い、総合格闘技へ本格的に進出。中井祐樹さんからブラジリアン柔術黒帯を授与され、2003年には在学中のままDEEPでプロMMAデビューを果たしています。

「青木真也は頭いい?」という疑問もありますが、早稲田大学出身という学歴だけで本人の能力を判断することはできません。ただ、格闘技選手として活動しながら大量の文章を書き、書籍を出版し、興行や競技を自分の言葉で分析し続けている点は、青木さんの大きな特徴です。幻冬舎からは『空気を読んではいけない』『人間白帯 青木真也が嫌われる理由』なども出版されています。

大学卒業後は警察官!わずか2カ月で退職

早稲田大学卒業後、青木さんは静岡県警に就職して警察官になりました。

しかし、在職期間はわずか約2カ月。プロ格闘家として生きていく覚悟を決めて退職しています。幻冬舎の公式プロフィールにも、静岡県警へ就職した後、2カ月で辞めて総合格闘家に復帰した経歴が掲載されています。

本人は2026年、両親が警察を辞めて不安定な格闘技の世界へ進むことに大反対したと振り返っています。それでも2006年以降はファイトマネーで生活し、専業格闘家として20年間生きてきました。

安定した警察官からプロ格闘家へ進んだ選択は、青木真也さんの経歴を知るうえで大きな転機です。

青木真也の経歴!DEEP・修斗・PRIDE・DREAM・ONEで世界へ

青木真也さんの経歴を追うと、2000年代以降の日本総合格闘技の流れそのものが見えてきます。

国内のDEEPと修斗から始まり、PRIDE、DREAM、海外のONE Championshipへと主戦場を変えながら、20年以上にわたり第一線で戦ってきました。

その長さがどれほど異例なのかを数字でも確認するため、Sherdogに掲載されている2003年から2025年までのプロMMA全62試合を、2003~2009年、2010~2015年、2016~2020年、2021~2025年の4期間に分けて筆者独自に集計しました。勝率は無効試合を分母から除外し、「勝利数÷勝敗が付いた試合数」で計算しています。期間ごとの単純比較なので対戦相手の強さや大会レベルは補正していませんが、キャリア全体の変化を見る目安になります。

青木真也の戦績を年代別に独自集計。2010~2015年は18戦16勝で勝率88.9%、2021~2025年も7戦4勝を記録している。

集計すると、2003~2009年は28試合で23勝4敗1NC、勝率85.2%。2010~2015年は18試合で16勝2敗となり、**勝率88.9%**でした。

2016~2020年は9試合で6勝3敗、勝率66.7%。2021~2025年は7試合で4勝3敗、勝率57.1%です。全期間では62試合、49勝12敗1NCで、無効試合を除いた通算勝率は約80.3%となります。

特に2010~2015年の16勝2敗という数字を見ると、DREAM王者からONE世界王者へと進んだ時期が、戦績面でも非常に高い勝率を残した期間だったことが分かります。

その一方で、近年は勝率が落ちています。これは長いキャリアを語るうえで隠せない変化です。

ただし、2021~2025年にも7試合を戦って4勝しており、その4勝すべてがサブミッションでした。勝率だけを見ると全盛期との差はありますが、40代になっても自分の最大の武器で勝利を奪えている点が、青木さんのキャリアの特殊さでもあります。

2003年にDEEPでMMAデビュー

青木さんは2003年、早稲田大学在学中にDEEPのフューチャーキングトーナメント82kg以下級へ出場して優勝し、プロ総合格闘技の世界へ進みました。

その後は修斗へ参戦し、菊地昭選手らと対戦。修斗公式にはプロ修斗戦績7戦6勝1敗、第8代世界王者として記録されています。

総合格闘技デビュー時から完成されたスターだったわけではなく、柔道と柔術で培った寝技を武器に、一つずつ大きな舞台へ進んでいった選手です。

PRIDE参戦を機に専業格闘家へ

2006年からPRIDE武士道などへ参戦し、ジェイソン・ブラック選手やジョアキム・ハンセン選手から一本勝ちを収めました。青木さん自身は、この2006年のPRIDE参戦を専業格闘家としてのスタート地点に位置づけています。

大学卒業後に警察官になったものの短期間で辞め、PRIDEの舞台まで上がってきたことで、格闘技を本業として生きるキャリアが本格的に始まりました。

DREAMライト級王者として日本の中心選手に

PRIDE消滅後はDREAMを主戦場とし、第2代DREAMライト級王者となりました。

川尻達也選手には2010年、開始1分53秒でアキレス腱固めによる一本勝ち。北岡悟選手やエディ・アルバレス選手など各国の強豪とも対戦し、日本ライト級を代表する選手として存在感を高めます。

一方、Strikeforceではギルバート・メレンデス選手に判定負け、Bellatorではエディ・アルバレス選手との再戦にTKO負けするなど、海外トップクラスとの試合で敗戦も経験しました。

青木さんのキャリアは無敗の成功物語ではありません。得意の寝技で強豪を次々と極めながら、打撃で敗れ、そこからまた勝ち上がってきた歴史でもあります。

ONE Championshipで2度の世界王者

2012年からONE Championshipへ参戦し、2013年にライト級世界王座を獲得しました。

エドゥアルド・フォラヤン選手に敗れて一度王座を失いますが、連勝を重ねて2019年3月31日の東京大会で再戦。肩固めでフォラヤン選手を破り、ライト級世界王座を奪還しました。

その後クリスチャン・リー選手に敗れて再び王座から陥落したものの、2020年代に入ってもONEで試合を続けています。リネカーやフォラヤンから40代で一本勝ちしていることを考えると、世界王者だった全盛期だけで青木さんのキャリアを区切ることはできません。

プロレスはなぜ始めた?DDTでも王者に

青木さんはMMAと並行して、2014年からプロレスにも参戦しています。

ONEの特集では、青木さんにとってプロレスは単なる余興ではなく、一つの「表現手法」として紹介されています。MMAで培った関節技を使うだけでなく、プロレス特有の見せ方にも取り組んできました。

2018年からDDTへ参戦し、DDT EXTREME級王座などを獲得。2024年には上野勇希選手を破ってKO-D無差別級王座も初戴冠しました。

さらに2026年5月には鈴木みのる選手、MAO選手を連破して「KING OF DDT 2026」を初制覇。その後のKO-D無差別級王座挑戦では上野選手に敗れましたが、8月には宮脇純太選手とのコンビでKO-Dタッグ王座を獲得し、8月30日の初防衛戦にも勝利しています。

43歳になった2026年にもMMAだけでなくプロレスでタイトル戦を戦っていることから、現在の青木さんを「元格闘家」や「昔の王者」と表現するのは適切ではありません。

青木真也の性格や声は?note・YouTubeとタントージャも話題

青木真也さんは、試合だけでなく言葉でも注目されてきた格闘家です。

過激な発言で炎上することもあれば、noteでは家族、仕事、お金、格闘技業界、自分自身の弱さまで長文で書いています。テレビや試合後コメントだけを見た印象と、本人の文章を読み込んだときの印象がかなり異なる人物でもあります。

性格は「空気を読まない」?自分で決着をつけたいタイプ

青木さんの代表的な著書には『空気を読んではいけない』があります。

過去には廣田瑞人選手との試合後の中指などで激しい批判を浴び、挑発的な言動も多かったため、「性格が悪い」「嫌われている」といったイメージを持たれることもありました。実際に『人間白帯 青木真也が嫌われる理由』という著書まで出版しています。

一方、YouTubeを開設した理由を説明した2024年のnoteでは、格闘技ではサブミッション、プロレスでは3カウントなど、できるだけ「決着を人に委ねたくない」という自身の性格について書いています。

周囲に合わせるより、自分が納得できる方法を選ぶ姿勢は、警察官を辞めた経歴やUFCではなくONEを選んだキャリアにも共通しています。一つの炎上だけではなく、長期間の発言や行動を追ったほうが青木さんの人物像は分かりやすいでしょう。

声がガラガラなのはいつから?原因は公表されている?

青木さんについて意外に気になる人が多いのが、特徴的なしゃがれた声です。

少なくとも2018年4月には、本人がnoteで格闘技解説について触れた際、自分の声が「ガラガラ」で聞き取りにくいことを自覚していると書いています。つまり、最近突然現在の声になったわけではなく、2018年時点ですでに本人が特徴として認識していました。

一方、なぜその声になったのかについて、青木さん本人が病名や医学的な原因を明確に公表した信頼できる情報は確認できません。

過去の試合や喉へのダメージを原因とする説もネット上にはありますが、本人の診断として確認できないため、「格闘技で声帯を壊した」などと断定することはできません。現在確認できるのは、遅くとも2018年には本人自身がガラガラ声だと話していたというところまでです。

note・X(Twitter)・YouTubeで積極的に発信

青木さんは格闘家の中でも特に文章量が多く、noteを長期間更新しています。

2026年9月10日現在も更新は続いており、朝倉未来戦を目前に控えた数日間だけでも、練習終了、大阪入り、計量などについて連日記事を投稿しています。

2024年末には、それまで持っていなかった個人YouTubeチャンネルも開設しました。他人のチャンネルへ出演した際、自分が言いたかった部分をカットされることが増え、「自分でやるしかない」と考えたことがきっかけだったと本人が説明しています。

X(旧Twitter)、note、YouTube、Voicyなど、「自分の言葉を自分の媒体から出す」ことを大切にしている点は青木さんの現在の活動を知るうえで重要です。格闘家であると同時に、書き手・発信者としての顔もかなり大きくなっています。

YouTubeの女性の声は誰?タントージャとは

青木さんのYouTubeを見ていると、会話相手として聞こえる声から「この女性は誰?」「タントージャって何者?」と気になった人もいるようです。

青木さん本人の発信で確認できるのは、タントージャさんがYouTube制作を支えるクリエイターであるということです。2025年にはYouTubeチャンネルの成長について「タントージャの協力もあって」と書き、別の記事ではYouTubeのクリエイティブを担う人物として言及しています。

2026年9月には、タントージャさんがアパレルデザインとECの経験を持ち、青木真也商店の運営も一緒に行っていることを明かしました。YouTubeだけでなく、グッズやTシャツなどの商品制作・販売にも関わっている人物ということになります。

一方、本名や顔などを公式プロフィールとして詳しく公表した情報は確認できません。前述した通り、青木さんの彼女だと確認できる情報もなく、公開情報では制作・事業を支えるパートナーとして捉えるのが適切です。

年収やファイトマネーはいくら?

青木さんの正確な年収やONE、RIZINでの具体的なファイトマネーは公表されていません。

本人は2026年5月、2006年のPRIDE参戦以降「ファイトマネー」で生活して20年になると振り返っています。ただ、現在の仕事は試合だけではありません。noteの有料記事やメンバーシップ、YouTube、プロレス、書籍、解説、青木真也商店でのTシャツ・グッズ販売など、活動は複数に広がっています。

YouTubeについても本人自身が収益をテーマに記事を書いていますが、年収全体を示す公式な数字はありません。そのため、ネット上にある推定年収を確定額として扱うことはできません。

青木真也の2026年現在!43歳でも現役を続ける

2026年現在、青木真也さんは43歳です。

MMAでは2025年までONEで試合を続け、プロレスでは2026年にもKING OF DDT優勝やKO-Dタッグ王座獲得を経験。そして2026年9月10日、約10年9か月ぶりにRIZINのMMAへ戻り、朝倉未来選手と対戦します。

前述した筆者独自集計でも、2021~2025年のMMA直近7戦は4勝3敗で、その4勝はすべてサブミッションでした。勝率だけを見るとキャリア前半より下がっていますが、40歳でジョン・リネカー選手、41歳でエドゥアルド・フォラヤン選手から1ラウンド一本勝ちしていることは、2026年現在の青木さんを考えるうえで重要な材料です。

年齢による変化は確実にある一方で、得意な展開に持ち込んだ時のフィニッシュ力まで失われたわけではありません。

2026年9月10日に朝倉未来と対戦

「超RIZIN.5 浪速の超復活祭り」は、2026年9月10日に京セラドーム大阪で開催され、16時開始予定です。

青木真也さんと朝倉未来さんは71kg契約、RIZIN MMAルール5分3ラウンドで対戦します。9月9日の前日計量では青木さんが70.65kg、朝倉さんが71.00kgで、ともに計量をクリアしました。

この記事を作成している2026年9月10日午前時点では試合前のため、朝倉未来戦の結果はまだ戦績に反映されていません。 そのため、本記事で紹介している49勝12敗・1NCは朝倉未来戦前の数字です。

青木さんは前日計量で、これまで積み上げてきたものを全力で出したいという趣旨のコメントを残しています。PRIDE・DREAM・ONEの時代を経験してきた青木さんと、RIZINを代表する人気選手となった朝倉さんの対戦は、日本MMAの異なる世代が交わる一戦ともいえます。

現在は東京と静岡の二拠点生活

2026年の青木さんは、東京だけでなく地元・静岡でも生活しています。

2024年から東京と静岡の二拠点生活を始め、静岡では有酸素運動やスプリント系のトレーニングを実施。高校時代にも走っていた約100段の階段でダッシュを繰り返す様子が、2026年9月の取材で紹介されました。

また、自転車で地元を走ることも現在の日課の一つになっています。高校時代には格闘技雑誌を探して自転車で静岡市内を回り、43歳になった現在は同じ地元をトレーニングや生活の一部として走っているというのは、長いキャリアを感じさせるエピソードです。

青木さん自身、年齢的に競技者として大きな上積みがある段階ではないことも率直に語っています。それでもMMA、プロレス、執筆、YouTubeなどを同時に続けており、現在は「世界王座だけを追う選手」とは違う形で格闘技と関わっています。

青木真也は何者?戦績・wiki経歴まとめ

  • 青木真也さんは1983年5月9日生まれ、静岡県静岡市出身の総合格闘家・グラップラー・プロレスラー
  • 2026年9月現在は43歳で、身長180cm、リーチ183cm、RIZINでの所属表記はBAMF
  • 朝倉未来戦前のプロMMA通算戦績は49勝12敗・1無効試合
  • Sherdogでは49勝のうち32勝がサブミッションで、RIZIN公式では33勝が一本勝ちと紹介されている
  • 筆者独自集計では49勝の65.3%がサブミッション、12敗の83.3%がKO・TKO
  • Sherdog分類のサブミッション32勝をラウンド別に集計すると28勝・87.5%が1ラウンド決着
  • 2003~2025年の62試合を年代別に見ると、2010~2015年は18戦16勝で勝率88.9%、2021~2025年は7戦4勝で勝率57.1%
  • 2021~2025年の直近7戦では4勝3敗で、4勝すべてがサブミッション
  • 修斗、DREAM、ONEなどで王座を獲得し、ONEライト級世界王者には2度輝いた
  • UFC参戦歴は0試合だが、2013年にはUFCからのオファーを断ってONEに残った経緯がある
  • 静岡学園高校から早稲田大学へ進学し、大学卒業後は静岡県警の警察官になったものの約2カ月で退職した
  • 結婚歴があり3人の子供がいる。2025年には独身と報じられ、長男と久しぶりに会ったことも明かしている
  • 一人っ子で、ハリウッドザコシショウさんはいとこ。父親の仕事ぶりから仕事観を学んだと本人が語っている
  • MMAだけでなくDDTのプロレスでも活動し、2026年にはKING OF DDT初優勝やKO-Dタッグ王座獲得を果たした
  • note、X、YouTubeでも積極的に発信し、タントージャさんとYouTube制作や青木真也商店の運営に取り組んでいる
  • 2026年9月10日午前時点では、同日16時開始予定の「超RIZIN.5」で朝倉未来選手との71kg契約戦を控えている

青木真也さんは、単に「昔強かった寝技の選手」ではありません。柔道から総合格闘技へ進み、警察官を辞め、修斗、PRIDE、DREAM、ONEを渡り歩きながら20年以上プロとして生き残ってきました。

今回、通算戦績を決着方法、一本勝ちのラウンド、年代別勝率、直近7戦という4つの角度から独自に集計してみると、その特徴はさらに明確になります。49勝の65.3%がサブミッションで、サブミッション32勝の87.5%を1ラウンドで決着。さらに40歳と41歳でも1ラウンド一本勝ちを記録していました。

一方で敗戦の多くはKO・TKOであり、年代別の勝率もキャリア後半では下がっています。長所だけを切り取るのではなく、こうした数字まで見ることで、青木さんの強さと現在地の両方がより分かりやすくなります。

強烈な一本勝ちがある一方で、打撃による敗戦や炎上も経験し、家庭や仕事についても自分の言葉で発信してきた人物です。プロレス、note、YouTubeへ活動を広げ、43歳になった現在も朝倉未来選手とのMMA戦へ向かっている姿まで含めると、「青木真也は何者?」という疑問には、日本MMAの複数の時代を現役のまま歩き続けている格闘家という答えが最も近いのではないでしょうか。