諸橋愛の死因は?奈良競輪の落車事故動画や妻・子供、wiki経歴を調査
諸橋愛の死因は?奈良競輪の落車事故動画や妻・子供、wiki経歴を調査

競輪界を長年支えてきたS級1班の諸橋愛さんが、2026年9月21日に49歳で亡くなりました。

諸橋愛さんは9月12日、奈良競輪場で行われた「76周年記念平安賞in奈良(G3)」の準決勝で落車。奈良市内の病院へ緊急搬送され、治療が続けられていました。

JKAは死因について「頚髄損傷による多臓器不全」と発表しています。

「諸橋愛さんに何があったのか」「落車事故の原因は何だったのか」「事故動画はどこで見られるのか」と気になっている人も多いと思います。

また、「愛」という名前から女性選手と思った人もいるようですが、諸橋愛さんの読み方は「もろはし・めぐむ」で、男性の競輪選手です。

ここでは、諸橋愛さんの死因や奈良競輪での落車事故、事故動画、妻・子供などの家族構成、年齢・高校・競輪選手としての経歴まで紹介します。

諸橋愛の死因は?奈良競輪の落車事故で何があった?

諸橋愛さんの訃報は、2026年9月22日にJKAから発表されました。

亡くなったのは前日の9月21日午前2時14分です。9月12日の落車事故から約9日間、病院で治療を受けていました。

JKAが公表した死因は「頚髄損傷による多臓器不全」です。

諸橋愛は2026年9月21日に49歳で死去

諸橋愛さんは1977年7月21日生まれで、亡くなった時の年齢は49歳でした。

KEIRIN.JPの公式プロフィールでは、新潟県所属の79期、S級1班として登録されています。

2026年9月12日に奈良競輪で落車した後、奈良市内の病院へ緊急搬送されました。

治療が続けられていましたが、9月21日午前2時14分に亡くなっています。

諸橋愛の死因は頚髄損傷による多臓器不全

諸橋愛さんの死因については、JKAが公式に「頚髄損傷による多臓器不全」と公表しています。

そのため、病気や持病による訃報ではなく、奈良競輪で起きた落車事故による負傷が死去につながったことが発表されています。

日刊スポーツやデイリースポーツなどの主要報道も、JKAの発表に基づき同じ死因を伝えています。

ネット上では事故直後から諸橋愛さんの容体を心配する声が出ていました。

東スポWEBの報道では、同期の中村浩士選手が、諸橋さんの妻がSNSで頚髄損傷の患部にボルトを入れたことを発信していたと明かしています。

重い負傷だったことがうかがえますが、治療の詳しい経過についてJKAから細かな発表が出ているわけではありません。

諸橋愛の落車事故は奈良競輪「平安賞」で発生

事故が起きたのは、2026年9月12日に奈良競輪場で開催された「76周年記念平安賞in奈良(G3)」です。

諸橋愛さんは大会3日目の第11レース、S級準決勝に5番車として出走していました。

レースは15時47分に発走しています。

諸橋愛は最終周回2センター付近で落車

日刊スポーツによると、諸橋愛さんは最終周回の2センター付近で、前団のアクシデントに巻き込まれる形で落車しました。

レース結果では、諸橋愛さんと宿口陽一選手が落車棄権。吉田拓矢選手は失格と記録されています。

諸橋愛さんは落車後すぐに奈良市内の病院へ搬送されました。

当日の結果は次のようになっています。

1着は浅井康太選手、2着は山田庸平選手、3着は丸山留依選手でした。

一方、諸橋愛さんと宿口陽一選手は「落」、吉田拓矢選手は「失」と公式結果に記録されています。

諸橋愛の落車事故原因は何だった?

諸橋愛さんの事故原因については、「前団のアクシデントに巻き込まれる形で落車した」と報じられています。

レース結果だけを見ると複数の選手が関係するアクシデントだったことは分かりますが、JKAの訃報発表では、接触の詳しい経緯や事故の責任原因までは説明されていません。

そのため、事故映像の一場面だけを見て「特定の選手が原因だった」と決めつける内容とは分けて考えられます。

現時点で公式に公表されているのは、奈良競輪の準決勝で落車事故が発生し、諸橋愛さんが頚髄損傷を負ったことです。

諸橋愛の落車事故動画はどこで見れる?

諸橋愛さんの落車事故については、2026年9月12日の奈良競輪11Rのレース映像が残っています。

事故そのものを切り取ったSNS動画だけではなく、レース全体の過去映像から当時の状況を確認できます。

オッズパークで奈良競輪11Rの過去映像を確認できる

オッズパーク競輪では、2026年9月12日の奈良競輪11Rの結果ページに「映像」という項目が設けられており、過去レース映像へ移動できる状態を確認できました。

同サイトでは、レース終了後の映像を過去映像として公開しています。

netkeirinのレースデータベースにも、同レースの結果と「レース映像」の項目があります。

「諸橋愛 落車事故 動画」「諸橋愛 事故動画 どこで見れる」と探している場合は、SNS上の転載映像だけではなく、2026年9月12日・奈良競輪11Rの公式レース結果から確認する方法があります。

事故映像には落車場面が含まれるため、この記事では事故部分の画像や映像の切り抜き掲載は控えます。

諸橋愛の妻・嫁は誰?結婚や子供など家族構成

諸橋愛さんの妻や子供など、家族構成についても注目されています。

競輪選手としてのプロフィールや成績は詳しく公表されていますが、家族の個人情報については公開されている内容が限られています。

諸橋愛は結婚して妻がいた

諸橋愛さんに妻がいたことについては、同期の競輪選手・中村浩士選手のコメントから確認できます。

東スポWEBの報道によると、中村選手は諸橋さんの落車後について、「奥さんがSNS上で」治療の状況を発信していたことを明かしています。

このコメントから、諸橋愛さんが結婚しており、妻がいたことは分かります。

一方、妻の名前や年齢、職業、顔画像などについては、JKAの公式プロフィールや今回の主要報道では公表されていません。

諸橋愛の子供はいる?

諸橋愛さんに子供がいるかどうかについては、2026年9月24日時点で、JKAや主要報道から人数・年齢・性別などを確認できる情報は出ていません。

ネット上では「息子がいるのでは」「娘がいるのでは」と家族構成を気にする声もありますが、子供について本人や家族が公に明かした情報とは確認できませんでした。

妻については同期選手の証言がありますが、子供については同じような裏付けがない状態です。

諸橋愛の葬儀や喪主は?

日刊スポーツは9月23日、諸橋愛さんの一般弔問が9月26日に新潟県燕市で行われると報じています。

一般弔問は「虹のホールあかり 壱号館」で、午前10時から正午、午後2時から午後6時まで受け付けられる予定です。

通夜と葬儀については、家族・親族のみで執り行うとされています。

一方、今回確認した主要報道では、喪主の氏名までは公表されていません。

妻など遺族の詳しい個人情報についても、発表されている範囲にとどまっています。

諸橋愛のwiki経歴!読み方・年齢・性別・出身を確認

諸橋愛さんは、20年以上にわたってS級の第一線で戦ってきたトップレーサーです。

KEIRIN.JPの公式プロフィールでは、79期の新潟県所属、最終級班はS級1班となっています。

諸橋愛のプロフィール

諸橋愛さんの主なプロフィールは以下の通りです。

・名前:諸橋愛
・読み方:もろはし めぐむ
・性別:男性
・生年月日:1977年7月21日
・年齢:49歳
・出身・所属府県:新潟県
・期別:79期
・登録番号:013249
・最終級班:S級1班
・脚質:追
・身長:172cm
・体重:75kg
・血液型:O型
・ホームバンク:弥彦競輪場
・ニックネーム:メグ

「諸橋愛」という漢字だけを見ると女性の名前にも見えますが、読み方は「もろはし・めぐむ」で男性です。

KEIRIN.JPの公式プロフィールにも性別は「男」と記載されています。

諸橋愛の高校は吉田商業高校

諸橋愛さんは新潟県出身で、吉田商業高校を卒業しています。

日刊プロスポーツ新聞社の競輪情報では「吉田商業高卒」と紹介されています。

KEIRIN.JPによると、高校時代は自転車競技に取り組み、1994年のインターハイ・ポイントレースで2位、1995年にはインターハイ4km速度競走で優勝しています。

中学時代には陸上競技にも取り組み、駅伝や800m走などで実績を残していました。

高校時代から全国レベルの自転車競技選手だったことが分かります。

諸橋愛は競輪学校79期から1997年にデビュー

諸橋愛さんは日本競輪学校79期生です。

1997年4月13日に弥彦競輪場でデビューし、同年4月23日に松戸競輪場で初勝利、5月5日に静岡競輪場で初優勝を飾りました。

2003年7月からS級1班に所属し、その後20年以上にわたってトップクラスで走り続けました。

KEIRIN.JPの級班履歴では、2017年12月27日からS級S班に所属した記録も残っています。

諸橋愛の成績がすごい!共同通信社杯やKEIRINグランプリにも出場

諸橋愛さんの競輪人生を代表する実績の一つが、2017年の共同通信社杯優勝です。

40歳を迎えてからもトップレベルで活躍し、KEIRINグランプリへの出場も果たしました。

2017年共同通信社杯でビッグレース初優勝

諸橋愛さんは2017年9月、武雄競輪場で開催されたG2共同通信社杯で優勝しました。

これが自身初のビッグレース制覇でした。

同年末にはKEIRINグランプリに初出場し、その後S級S班に在籍しています。

G1では17回の決勝進出を記録しており、長年にわたって関東地区を代表する追い込み選手として活躍しました。

通算435勝・優勝52回を記録

諸橋愛さんの通算成績は2377走435勝。

優勝回数は52回で、G3では8回の優勝を記録しています。

2023年7月29日には前橋競輪場で通算400勝を達成しました。

2026年も第一線で走り続けており、亡くなる直前までS級1班に在籍していました。

諸橋愛の獲得賞金は約9億7000万円

デイリースポーツによると、諸橋愛さんの通算獲得賞金は9億7018万500円です。

約29年間に及ぶ競輪選手生活で積み上げた数字で、長期間トップクラスに在籍していた実績が表れています。

通算2377走、435勝、52回の優勝という成績と合わせても、競輪界を代表する選手の一人だったことが分かります。

諸橋愛の死去に追悼の声!伏見俊昭さんに続く事故で安全対策へ

諸橋愛さんの訃報を受け、競輪界からは多くの追悼コメントが寄せられています。

特に同期や長年ラインを組んできた選手からは、競輪選手としての強さだけでなく、人柄をしのぶ言葉も出ています。

武田豊樹や同期の小林大介・中村浩士が追悼

関東地区で何度も連係した武田豊樹選手は、日刊スポーツの取材に、最近まで互いに現役を続けることについて話していたことを明かしています。

79期同期の小林大介選手も、突然の訃報を受け止めきれない心境を語りながら、諸橋さんから多くのアドバイスを受けていたことを振り返っています。

同じ79期の中村浩士選手も、諸橋さんを「追い込みとして一枚も二枚も上」と評し、長年の交流を振り返りました。

伏見俊昭さんに続く落車事故を受けJKAが安全対策を加速

競輪界では2026年7月にも、アテネ五輪銀メダリストで競輪選手だった伏見俊昭さんが、レース中の落車事故による負傷の後に亡くなっています。

諸橋愛さんの訃報を受け、JKAの木戸寛会長は、7月の事故を受けて安全対策を検討・実施している中で再び大きな事故が起きたことを重く受け止めているとコメントしました。

競走における安全対策の検討と実施を、さらに加速させる方針も示しています。

日本競輪選手会の安田光義理事長も、事故の検証と再発防止の検討を進めている最中だったとして、選手が安心して競走に臨める環境づくりを進める考えを表明しています。

諸橋愛の死因・落車事故動画や妻・子供、経歴のまとめ

諸橋愛さんは2026年9月12日、奈良競輪場で行われた「76周年記念平安賞in奈良」のS級準決勝で落車し、奈良市内の病院へ緊急搬送されました。

治療が続けられていましたが、9月21日午前2時14分、49歳で亡くなりました。

死因はJKAから「頚髄損傷による多臓器不全」と公表されています。

落車事故のレース映像については、2026年9月12日の奈良競輪11Rとして、オッズパーク競輪などの過去映像から確認できます。

妻については、同期の中村浩士選手が「奥さん」の存在に言及しており、結婚していたことが分かっています。

一方、妻の氏名や職業、子供の人数や年齢など、家族の詳しいプロフィールは主要報道では明らかになっていません。

諸橋愛さんは新潟県出身で吉田商業高校を卒業。79期として1997年にデビューし、2017年の共同通信社杯優勝、KEIRINグランプリ出場、S級S班入りを果たしました。

通算成績は2377走435勝、優勝52回、獲得賞金は9億7018万500円。

亡くなる直前までS級1班として第一線を走り続けた、競輪界を代表する追い込み選手でした。