
八代亜紀さんの「写真付きCD」を発売したニューセンチュリーレコードの代表として、早川寛氏の名前が広く知られるようになりました。
「早川寛は誰で何者?」「八代亜紀さんとどんな関係?」「何をした人物なの?」と気になった人も多いと思います。
早川寛氏は、ニューセンチュリーレコードの公式通販サイトで代表責任者として掲載されている人物です。2025年4月には、八代亜紀さんが20代だった頃の私的な写真を掲載したCD『忘れないでね』を発売し、大きな批判を集めました。
さらに過去には芸能事務所を経営し、4人組アイドルグループ「フォーラッシュ」の元メンバーとの民事裁判に発展したことも報じられています。
2026年9月にはニューセンチュリーレコード側が、代表者の高齢を理由として事業を愛知県へ移す方針を発表しており、早川寛氏自身も第一線から退く方向にあるとみられています。
早川寛は誰で何者?ニューセンチュリーレコードの代表
早川寛氏は、音楽ソフトなどを販売してきたニューセンチュリーレコードの代表として活動してきた人物です。
生年月日や出身地、学歴などをまとめた公式プロフィールは公表されていませんが、1990年代から芸能・音楽業界に関わってきた経歴が報じられています。
早川寛のプロフィールで分かっていること
公開情報から分かっている早川寛氏の主な情報は次の通りです。
- 名前:早川寛
- 読み方:はやかわ ひろしと報じられる
- 職業:レコード会社・芸能事務所経営
- ニューセンチュリーレコード:代表責任者として公式通販サイトに掲載
- 活動拠点:鹿児島県鹿児島市
- 過去の事業:芸能プロダクション経営
- 年齢:公式には公表されていない
ニューセンチュリーレコードの通販サイトでは、販売業者を「ニューセンチュリーレコード株式会社」、代表責任者を「早川 寛」、所在地を鹿児島県鹿児島市与次郎と掲載しています。
一方、2026年9月10日の女性自身では、同社を知る音楽業界関係者の話として、早川氏にあたる人物は70代で、実質的に一人で会社を運営していたと伝えられました。これは関係者による証言であり、正確な生年月日までは明らかになっていません。
1991年に芸能事務所を設立したと報道
女性自身やデイリー新潮をもとにした報道では、早川氏は1991年に東京・目黒を拠点とする芸能事務所を設立したとされています。
当初は「青山音楽産業」という名称で、その後1999年に「青山エンターテイメント」へ社名を変更したと伝えられています。
この時期には、若手タレントやアイドルのマネジメントにも関わっていました。
後に4人組アイドルグループ「フォーラッシュ」の元メンバーとのトラブルが裁判へ発展し、早川氏の過去として再び取り上げられることになります。
早川寛は何した?八代亜紀の写真付きCDを発売
早川寛氏の名前が2025年に一気に注目された最大の理由が、八代亜紀さんの私的な写真を掲載したCDの販売です。
ニューセンチュリーレコードは2025年4月21日、「八代亜紀 お宝シリーズ第一弾」としてアルバム『忘れないでね』を発売しました。
八代亜紀の20代当時の私的写真をCDに掲載
ニューセンチュリーレコード公式サイトでは、八代亜紀さんが24~25歳頃に撮影されたという私的な写真を「お宝」として紹介しました。
公式ページには、八代さんが当時交際していたとされる音楽ディレクターによってポラロイドカメラで撮影された写真だという説明も掲載されています。
本人が亡くなった後に極めて私的な写真が商品化されたことから、SNSなどでは強い批判が起きました。
ダイヤモンド・オンラインによると、「八代亜紀さんの尊厳を保護し、リベンジポルノを阻止する」とするオンライン署名には、2025年4月22日までに7万8000筆を超える賛同が集まっていました。
八代亜紀側は販売中止を求めて抗議
八代亜紀さんの権利などを管理する八代ミュージック&ギャラリー側は、商品の販売に強く反発しました。
2025年3月にはニューセンチュリーレコード側へ販売停止などを求める通知を送り、その後も商品の発表について強い抗議の意思を表明しています。
八代さん側の弁護士が2025年4月に送った照会書では、写真や音源を販売できる権利についても回答を求めています。
一方、早川氏側は写真などについて自身の会社が権利を保有しているという立場を取っており、販売を続けました。
早川寛は八代亜紀の写真と音源をどうやって入手した?
今回の騒動では、そもそも早川寛氏がなぜ八代亜紀さんの若い頃の写真や楽曲の原盤を持っていたのかも注目されました。
早川氏側の説明では、八代さんが過去に所属していたレコード会社との金銭関係がきっかけだったとされています。
元所属レコード会社への貸付金の担保だったと説明
ダイヤモンド・オンラインが紹介した朝日新聞への早川氏の回答では、約25年前、八代亜紀さんがかつて所属していた会社の関係者から、一部楽曲の原盤権や公私の写真などを買い取ったと説明しています。
女性自身も、早川氏が経営不振となったセンチュリーレコード側と金銭的な関わりを持ち、八代さんの音源や写真を取得したとする経緯を報じています。
ニューセンチュリーレコード公式サイトでも、八代さんの楽曲や写真を自社が所有しているという立場を示してきました。
ただ、八代ミュージック&ギャラリー側は商品の販売権などについて異なる立場を示しており、双方の主張には隔たりがあります。
早川寛と八代亜紀が交際していたわけではない
写真の内容から、早川寛氏自身が八代亜紀さんの元交際相手だったのではないかと思う人もいるかもしれません。
しかし、各報道で八代亜紀さんと当時交際していた人物として伝えられているのは、センチュリーレコードに関係していた別の音楽ディレクターです。
早川氏自身が八代さんの恋人だったという主要報道は確認されていません。
早川氏は後になって、その人物が所有していたとされる音源や写真を取得した立場として名前が登場しています。
早川寛が「枕営業をあっせん」と報じられた過去とは?
八代亜紀さんのCD騒動をきっかけに、早川寛氏がかつて経営していた芸能事務所でのトラブルも改めて報じられました。
特に注目されたのが、「フォーラッシュ」という女性アイドルグループの元メンバーから訴えられた過去です。
この件については、元メンバー側の証言と民事裁判で認められた内容を混同しない方が分かりやすいでしょう。
フォーラッシュ元メンバーが「体を売ることをあっせんされた」と訴えた
女性自身は2025年4月、フォーラッシュの元メンバーAさんへの取材内容を掲載しました。
Aさんは、早川氏が芸能プロダクションを経営していた当時、会社内でいわゆる「枕営業」を奨励するような雰囲気があったと証言。
自身も会社経営者の男性を紹介されたと話しています。
デイリー新潮を紹介した文春オンラインの記事でも、2000年11月、フォーラッシュの4人のうち3人が、早川氏から性的な接待を強いられたなどとして刑事告訴したと報じられています。
ここで出てくる「枕営業あっせん」という言葉は、当時の元所属アイドル側の主張や証言をもとにした報道です。
セクハラなどについても元メンバーが証言
女性自身の取材では、元メンバーAさんが、早川氏から身体を触られたり、着替え中に撮影されたりしたことがあったとも証言しています。
また、レコーディング代や作詞・作曲代、ヘアメイク代など多額の費用を請求され、グループを辞めようとしても簡単に辞められなかったという趣旨の話も紹介されています。
早川氏側が当時これらすべてについてどのような認識を示したのかについては、後年の一部記事で反論も伝えられています。
そのため、元メンバーによる証言部分と、裁判所が判断した内容は別々に捉えることになります。
早川寛の裁判はどうなった?約300万円の賠償判決と報道
フォーラッシュをめぐるトラブルは、民事裁判にも発展しました。
女性自身は、元メンバー3人がセクハラや性的な接待をさせられそうになったなどとして損害賠償を求め、東京地裁が元メンバー側の主張を認めたと報じています。
2005年に東京地裁が約300万円の支払いを命じたと報道
女性自身によると、2005年12月、東京地裁はニューセンチュリー社側に約300万円を支払うよう命じる判決を言い渡しました。
同記事では、裁判長が女性たちの芸能界への夢を踏みにじり、精神的な被害を与えたという趣旨の指摘をしたとも報じています。
このため、「早川寛氏に過去の裁判がある」という情報自体は、複数の主要媒体で伝えられています。
ただ、「枕営業」という表現でネット上に流れている細かなエピソードのすべてが、一つ一つ裁判で同じ形で認定されたという意味ではありません。
刑事告訴後の結論は主要報道だけでは詳しく分からない
元メンバー側が2000年に刑事告訴したことも報じられていますが、その後の刑事手続きの最終的な結果については、今回確認した主要報道では詳しく紹介されていません。
一方、民事については2005年の東京地裁判決として約300万円の支払いが命じられたことが報じられています。
「刑事告訴されたこと」と「刑事事件で有罪判決を受けたこと」は別であり、早川氏について後者まで確認されたという情報ではありません。
青山エンターテイメントとニューセンチュリーレコードの関係は?
早川寛氏の経歴を調べると、「青山エンターテイメント」「ニューセンチュリーレコード」という複数の会社名が登場します。
報道によると、早川氏が1990年代に運営していた芸能事務所が後にニューセンチュリーレコードへつながっていったとされています。
青山音楽産業から青山エンターテイメントへ
文春オンラインが週刊新潮の報道内容として紹介したところでは、早川氏は芸能事務所を経営し、1999年に「青山エンターテイメント」という名称になったとされています。
この時期にフォーラッシュも所属していました。
その後は新人アイドルのマネジメントよりも、楽曲の原盤や音楽ソフトの販売事業が目立つようになり、「ニューセンチュリーレコード」の名称で活動するようになります。
八代亜紀の原盤権が現在の事業につながった
女性自身の取材では、フォーラッシュ元メンバーが、早川氏が当時から八代亜紀さんの原盤権を所有していることを周囲に話していたと証言しています。
つまり、八代亜紀さんに関する音源は、2025年に突然入手したものではなく、かなり以前から早川氏が自身の事業の一部として扱っていたとされています。
2025年の写真付きCD騒動によって、長年保有してきたと主張する八代さん関連の音源や写真が一気に世間の注目を集めた形です。
ニューセンチュリーレコードの法人登記を八代亜紀側が照会
ニューセンチュリーレコードをめぐっては、八代ミュージック&ギャラリー側が法人としての状態についても問い合わせています。
2025年4月に八代さん側の弁護士が送付した照会書では、登記情報提供サービスを調べた結果として、早川寛氏を代表者とする東京・目黒のニューセンチュリーレコード株式会社が2023年12月13日に会社法の規定によって解散しているとの情報が記載されています。
八代亜紀側は現在の法人名・代表者・所在地を質問
照会書では、八代さん側がニューセンチュリーレコードに対し、
現在の商業登記上の法人名、代表取締役、本店所在地などを回答するよう求めています。
一方、ニューセンチュリーレコードの通販サイトでは現在も販売業者として「ニューセンチュリーレコード株式会社」、代表責任者として早川寛氏、所在地として鹿児島市が掲載されています。
そのため、ウェブサイト上の販売業者表示と八代さん側が照会書で示した登記情報との違いも、2025年の騒動で注目された点の一つでした。
これだけをもって違法な営業だったと決まったわけではなく、八代さん側が会社の法的な状態について説明を求めていたという経緯です。
早川寛の現在は?2026年に第一線から退く方針
2026年9月になり、ニューセンチュリーレコードには大きな変化が起きています。
女性自身は9月10日、同社が鹿児島県から愛知県へ業務を移し、販売業務を別会社へ引き継ぐ予定だと報じました。
代表者が「老齢」のため事業継承を模索
ニューセンチュリーレコード側は、代表者が高齢となったため第一線から退く方法を探していたと説明しています。
愛知県で事業を継続する人物が現れたことから、鹿児島から愛知へ業務を移し、社名も変更するとしています。
女性自身が取材した音楽業界関係者は、早川氏にあたる人物が電話対応から発送まで実質的に一人で行っていたとも証言しています。
2026年9月10日時点では既存通販サイトに早川寛氏の名前が代表責任者として残っていますが、事業体制はまもなく変わる予定です。
10月20日からエヌシーエンターテイメントへ販売業務を移管予定
女性自身によると、ニューセンチュリーレコードの販売業務は2026年10月20日から、愛知県の「エヌシーエンターテイメント株式会社」へ移管される予定です。
そのため、早川寛氏がこれまでと同じ形でニューセンチュリーレコードの販売業務を続ける期間には一区切りが付くことになります。
ただし八代亜紀さんの「お宝シリーズ」自体は終了予定とはされておらず、2027年1月には第3弾の発売も告知されています。
早川寛は何者で何した?八代亜紀CD騒動と過去の経歴
早川寛氏は、ニューセンチュリーレコードの代表責任者として長年音楽関連事業に携わってきた人物です。
1990年代には芸能事務所を経営し、青山エンターテイメントの名称で若手タレントやアイドルのマネジメントにも関わっていたと報じられています。
その後、八代亜紀さんの過去の楽曲の原盤や写真を取得したと主張し、2025年4月には私的な写真を掲載したCD『忘れないでね』を発売しました。
これに八代ミュージック&ギャラリー側が強く抗議し、販売停止を求める動きやオンライン署名にまで発展しています。
さらに過去には、早川氏が経営していた芸能事務所に所属したアイドルグループ「フォーラッシュ」の元メンバーから、性的な接待を勧められたなどと訴えられたことも報じられました。
民事裁判では2005年に東京地裁が元メンバー側の主張を認め、ニューセンチュリー社側へ約300万円の支払いを命じたと女性自身が伝えています。
ただし、「枕営業あっせん」として報じられている個々のエピソードは元メンバー側の証言を含んでおり、ネット上で語られている内容すべてが裁判で同じ形で認定されたという話ではありません。
そして2026年現在、早川寛氏は高齢を理由に第一線から退く方向となり、ニューセンチュリーレコードの販売業務は10月20日から愛知県のエヌシーエンターテイメント株式会社へ移される予定です。
八代亜紀さんの写真付きCD騒動だけを見ると突然現れた人物のようにも見えますが、実際には1990年代から芸能・音楽事業に関わり、過去にも所属アイドルとの裁判が報じられてきた人物ということになります。

