
山梨県議会議員の望月大輔(もちづき・だいすけ)さんが、2026年8月24日に亡くなりました。44歳でした。
望月大輔県議は7月29日夜、甲府市内で車を運転していた際にくも膜下出血を発症したとされ、乗用車が商業施設の駐車場のフェンスに衝突。病院へ搬送された後も意識不明の重体となっていました。
山梨放送は8月24日、甲府市選挙区選出で1期目だった望月県議が亡くなったと報じています。
「死因はくも膜下出血だったのか」「交通事故が直接の原因だったのか」と気になるところですが、現在の報道では、くも膜下出血を発症してから意識不明の状態が続き、その後死去したという経緯が伝えられています。
望月さんは甲府市議を2期務めた後、2023年に山梨県議へ初当選。2026年には県議会の農政産業観光委員長を務めていました。
望月大輔県議が死去|44歳で亡くなるまでに何があった?
望月大輔県議が亡くなるきっかけとなった出来事が起きたのは、2026年7月29日夜でした。
甲府市内の商業施設の駐車場で、望月県議が運転する乗用車がフェンスに衝突。その後、望月県議がくも膜下出血を発症していたことが関係者への取材で伝えられました。
7月29日夜に甲府市の駐車場で車がフェンスに衝突
テレビ山梨によると、7月29日午後8時20分ごろ、甲府市朝気3丁目の商業施設で、乗用車が駐車場のフェンスに衝突する事故が発生しました。
通行人から「駐車場のフェンスに衝突事故を起こした乗用車の車内に意識がない人がいる」と119番通報がありました。
運転していたのが、山梨県議会議員の望月大輔さんでした。望月県議は甲府市内の病院へ搬送されましたが、意識不明の重体となりました。
運転中にくも膜下出血を発症したと報道
事故の翌日に山梨放送が伝えたところでは、自民党県連の関係者が、望月県議は「運転中にくも膜下出血を発症した」と説明しています。
つまり、現在伝えられている経緯は、
- 7月29日夜に甲府市内で車を運転
- 運転中にくも膜下出血を発症
- 車が駐車場のフェンスに衝突
- 病院へ緊急搬送
- 意識不明の重体が続く
- 8月24日に死去
という流れです。
一般的な交通事故で意識を失ったというより、運転中の体調急変が先に起きたとする内容が報じられています。
約1カ月にわたり意識不明の重体だった
7月29日の発症から8月24日の死去まで、約4週間が経過しています。
山梨放送は8月24日、「先月、車を運転中にくも膜下出血を発症し、意識不明の重体となっていた望月大輔県議が24日、亡くなりました」と伝えました。
44歳という若さで現職の県議が亡くなったことになります。
望月大輔県議の死因はくも膜下出血?
望月大輔県議については、亡くなる約1カ月前にくも膜下出血を発症したことが明らかになっています。
ただし、8月24日午後の段階で確認できた山梨放送の報道では、「死因はくも膜下出血」と死亡診断上の死因まで明記しているわけではありません。
くも膜下出血を発症後に死去
山梨放送が明確に伝えているのは、望月県議が運転中にくも膜下出血を発症し、意識不明の重体となった後、8月24日に亡くなったということです。
そのため、くも膜下出血が今回の死去に至る経緯の中心にあったことは報道から分かります。
一方、遺族や県議会、医療機関などから「正式な死因はくも膜下出血」とする詳しい発表が出たかどうかについては、現時点の速報では確認できていません。
車の衝突事故そのものが死因だった?
望月大輔県議の死去について、7月29日に起きた車の衝突事故との関係も気になるところです。
テレビ山梨は、望月県議が運転していた乗用車が商業施設の駐車場と住宅の間にあるフェンスへ衝突したことを報じています。
ただ、山梨放送の報道では、望月県議が運転中にくも膜下出血を発症したとされています。
車の衝突による外傷が直接の死因だったという説明は現在の主要報道には出ていません。
今のところは、「運転中にくも膜下出血を発症し、車がフェンスに衝突。その後、意識不明の重体が続き、8月24日に亡くなった」というところまでが伝えられています。
望月大輔県議は何歳?wikiプロフィールを確認
望月大輔さんは1981年11月4日生まれで、亡くなった時の年齢は44歳でした。
山梨県議会の公式プロフィールでは、甲府市選挙区選出で、所属会派は「自由民主党新緑の会」、県議としての当選回数は1回と紹介されています。
望月大輔県議のwiki風プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 望月大輔 |
| 読み方 | もちづき だいすけ |
| 生年月日 | 1981年11月4日 |
| 年齢 | 44歳で死去 |
| 出身 | 山梨県甲府市 |
| 最終学歴 | 法政大学経営学部経営学科 |
| 職歴 | 光通信、塩崎恭久元衆院議員秘書 |
| 政治歴 | 甲府市議2期、山梨県議1期 |
| 選挙区 | 甲府市選挙区 |
| 所属会派 | 自由民主党新緑の会 |
| 県議会 | 農政産業観光委員長 |
| 死去 | 2026年8月24日 |
| 死去前の病状 | くも膜下出血を発症し意識不明の重体 |
山梨県議会の公式ページでも、生年月日は昭和56年11月4日と掲載されています。
甲府市青沼で生まれ育つ
望月大輔さんの公式ホームページによると、甲府市青沼で生まれました。
幼少期は誓和保育園、一蓮寺幼稚園に通い、その後、山梨大学教育学部附属小学校・中学校へ進学しています。
地元・甲府で育ち、後に甲府市議、山梨県議として地域政治に携わることになりました。
望月大輔県議の学歴|法政大学経営学部を卒業
望月大輔さんは地元山梨の学校から東京の法政大学へ進学しています。
大学時代には自民党本部の学生部にも所属し、このころから本格的に政治家を志したと自身の公式プロフィールで振り返っています。
山梨大学附属小・中から東海大学甲府高校へ
望月さんの公開プロフィールに掲載されている学歴は、次の通りです。
- 誓和保育園
- 一蓮寺幼稚園
- 山梨大学教育学部附属小学校
- 山梨大学教育学部附属中学校
- 東海大学甲府高等学校普通科
- 法政大学経営学部経営学科
最終学歴は法政大学経営学部経営学科卒業です。
大学時代から政治の世界に関わる
望月さんは法政大学在学中、自民党本部の学生部に所属していました。
本人の公式プロフィールでは、国政を身近で学ぶ中で本格的に政治を志すようになったと紹介されています。
政治家一家という環境だけで政界入りしたのではなく、大学時代から自ら政治活動へ関わっていたことが分かります。
望月大輔県議の経歴|塩崎恭久氏の秘書から甲府市議・山梨県議へ
望月大輔さんは大学卒業後、民間企業で勤務した後、国会議員秘書として政治の現場を経験しました。
その後、生まれ育った甲府市へ戻り、市議会議員、県議会議員へと活動の場を広げています。
株式会社光通信で勤務
公式プロフィールによると、法政大学卒業後は株式会社光通信の保険事業に携わりました。
最初から政治家として活動したのではなく、民間企業で勤務した経験を持っています。
塩崎恭久元衆議院議員の秘書を務める
その後、望月さんは元内閣官房長官・元厚生労働大臣の塩崎恭久さんの秘書となりました。
塩崎氏の地元である愛媛県松山市の事務所に勤務し、本人の公式サイトでは政治の基礎を学んだ時期だったと振り返っています。
塩崎恭久氏の公式サイトにも、望月さんが長年松山事務所のスタッフを務めたことが記されています。
2015年に甲府市議へ初当選
塩崎氏の秘書を退職した後、望月さんは故郷の甲府市へ戻りました。
2015年4月の甲府市議会議員選挙に立候補し、2070票を獲得して初当選。
2019年の選挙でも2303票を得て再選し、市議を2期務めました。
市議会では総務委員長や、新型コロナウイルス感染症特別委員会委員長なども務めています。
2023年に山梨県議へ初当選
2023年には山梨県議会議員選挙の甲府市選挙区へ立候補しました。
甲府市選挙区は定数9に対して候補者9人となり、無投票で初当選しています。山梨県選挙管理委員会の記録にも、望月大輔さんの当選が掲載されています。
県議会の公式プロフィールでは、当選回数1回、所属会派は自由民主党新緑の会となっています。
望月大輔県議の功績|地域経済・子育て・産業振興に取り組む
望月大輔さんは、甲府市議時代から地域経済や子育て、防災、デジタル化など幅広い政策を取り上げていました。
県議になってからは農政産業観光委員会に所属し、2026年度には委員長を務めています。
甲府市議時代は子育て・防災・DXなどを質問
甲府市議会の記録によると、2023年3月定例会では望月さんが一般質問に立ち、
- 物価高対策
- 新型コロナウイルス感染症対策
- 防災・減災
- ヤングケアラー対策
- 子育て支援
- 人口減少対策
- 自治体DX
- AIやメタバース技術
- 「宝石のまち甲府」の推進
- 英語・プログラミング教育
などを取り上げています。
地域経済だけではなく、子供・教育分野や新しいデジタル技術にも関心を持っていたことがうかがえます。
「宝石のまち甲府」など地場産業を重視
望月さんの公式ホームページでは、地域経済と地場産業の活性化を政策の柱として掲げています。
特に甲府市の代表的な産業であるジュエリー産業について、人材育成や販路拡大、情報発信を進める考えを示していました。
2026年は農政産業観光委員長
山梨県議会によると、2026年6月時点で望月大輔さんは農政産業観光委員会の委員長を務めていました。
6月5日には委員長として北杜市の区画整理事業や峡南高等技術専門校を現地調査し、6月30日の委員会でも付託案件の審査にあたっています。
亡くなる直前まで現職の県議として活動していたことになります。
望月大輔県議の祖父は元県議会議長・望月金三
望月大輔さんの家族で公表されている人物の一人が、祖父の望月金三さんです。
望月さん自身が公式プロフィールで、祖父について「元県議会議長」と紹介しています。
祖父・望月金三さんの影響
望月さんの公式サイトには、幼少期に祖父・望月金三さんに抱かれている写真も掲載されていました。
政治家を志した直接の理由については、大学時代の経験や故郷・甲府への思いを語っていますが、祖父も県政に携わった人物だったことから、幼いころから政治を身近に感じる環境にあったことが分かります。
望月さんはその後、自身も甲府市議を経て山梨県議となりました。
望月大輔県議の家族構成|妻や子供は?
望月大輔県議の私生活については、政治活動ほど多くの情報は公表されていません。
ただし、2017年に結婚したことは、かつて秘書として仕えた塩崎恭久氏の公式サイトから確認できます。
望月大輔県議は2017年に結婚
塩崎恭久氏は2017年4月23日、自身の公式サイトで「望月大輔甲府市議の結婚式」と題した記事を公開しています。
当時、甲府市議だった望月さんの披露宴に、松山事務所のOBや東京事務所のスタッフとともに出席したことを紹介していました。
そのため、望月さんが結婚して妻がいたことは確認できます。
妻の名前や年齢・職業は?
望月大輔さんの妻について、名前や年齢、職業など詳しいプロフィールは、県議会公式ページや本人の公開プロフィールでは明らかにされていません。
塩崎氏の結婚式の記事でも、望月さんの結婚を祝福していることは分かりますが、妻の個人情報は掲載されていません。
妻は政治家として活動している人物として紹介されているわけではなく、今回の訃報でも個人情報は公表されていません。
望月大輔県議に子供はいる?
望月大輔さんに子供がいるのかについても、山梨県議会のプロフィールや本人の公式プロフィール、今回確認できた主要報道では具体的な情報は出ていません。
子供の人数や年齢、名前なども公表されていません。
望月さん自身は市議時代から子育て支援やヤングケアラー対策などを議会で取り上げていましたが、政策活動と本人の家族構成は別の話です。
望月大輔県議が44歳で死去|死因・経歴や家族について現在分かっていること
山梨県議会議員の望月大輔さんは2026年8月24日、44歳で亡くなりました。
望月さんは7月29日夜、甲府市内で車を運転していた際にくも膜下出血を発症したとされ、その後、車が商業施設の駐車場のフェンスに衝突。病院へ搬送されましたが、約1カ月にわたり意識不明の重体が続いていました。
くも膜下出血を発症してから死去したことは報道されていますが、8月24日午後の時点では、死亡診断上の死因について別途詳しく発表されたとは確認できていません。
望月さんは1981年11月4日生まれ。東海大学甲府高校から法政大学経営学部へ進み、卒業後は株式会社光通信勤務、塩崎恭久元衆議院議員の秘書を経て故郷・甲府に戻りました。
2015年から甲府市議を2期務め、2023年に山梨県議へ初当選。自由民主党新緑の会に所属し、2026年度には農政産業観光委員長を務めていました。
家族では、2017年に結婚していたことが確認できますが、妻の名前や職業、子供について詳しい情報は公表されていません。
44歳という若さで、県議1期目の途中で亡くなった望月大輔さん。甲府市議時代から取り組んできた地域経済、子育て、防災、地場産業などの活動とともに、その政治家としての歩みが振り返られています。

