中村児太郎は何者?wiki経歴・家系・学歴や妻・子供を調査!
中村児太郎は何者?wiki経歴・家系・学歴や妻・子供を調査!

歌舞伎界の名門「成駒屋」に生まれ、若手女形として数々の大役を務めてきた六代目中村児太郎さん。

本名は中村優太さんで、父は九代目中村福助さん、祖父は人間国宝だった七代目中村芝翫さんです。叔父には八代目中村芝翫さんがおり、中村勘九郎さん、中村七之助さん、中村橋之助さんらとも親族関係にある、歌舞伎の名門家系で育ちました。

一方で、学生時代は青山学院でラグビーに打ち込み、大学では文学部比較芸術学科で芸術を学ぶなど、舞台以外にも意外な一面を持っています。青山学院大学の公式資料でも、中村優太さん=中村児太郎さんが文学部比較芸術学科の学生だったことが確認できます。

また、2021年には一般女性と結婚していたことが後に明らかになりました。一方、子供については本人や所属事務所による公表情報を確認できません。

ここでは、中村児太郎さんが誰で何者なのか、本名・年齢・プロフィールから、家系図、父親・母親・兄弟、青山学院での学歴、歌舞伎役者としての経歴、妻や子供まで詳しく紹介します。

中村児太郎は何者?六代目を名乗る歌舞伎俳優

中村児太郎さんは、歌舞伎の名門「成駒屋」に生まれた歌舞伎俳優・女形です。

1999年、5歳の時に本名の中村優太として歌舞伎座『壺坂霊験記』の観世音で初お目見得。翌2000年9月、『京鹿子娘道成寺』の所化と『菊晴勢若駒』の春駒の童を勤め、六代目中村児太郎を襲名して初舞台を踏みました。

中村児太郎のwikiプロフィール

現在公表されている基本プロフィールは次の通りです。

項目内容
芸名六代目 中村児太郎
読み方なかむら こたろう
本名中村優太
生年月日1993年12月23日
年齢32歳(2026年10月現在)
出身地東京都
身長173cm
体重63kg
血液型B型
職業歌舞伎俳優・俳優
主な役柄女形
屋号成駒屋
定紋児太郎雀、祇園守
父九代目中村福助
祖父七代目中村芝翫
趣味観劇、スポーツ観戦、料理

本名、生年月日、身長、体重、血液型、趣味などは中村児太郎さんの公式ホームページに掲載されています。2026年10月現在は32歳で、12月23日に33歳の誕生日を迎えます。

中村児太郎の本名は中村優太

中村児太郎さんの本名は中村優太(なかむら・ゆうた)さんです。

公式プロフィールにも本名として「中村優太」と明記されています。1999年の初お目見得の際も、まだ児太郎を襲名する前だったため「中村優太」の名前で舞台に立っています。

「児太郎」は歌舞伎の名跡

「中村児太郎」は本名ではなく、代々受け継がれてきた歌舞伎の名跡です。

父の九代目中村福助さんも、1967年の初舞台時には五代目中村児太郎を名乗っていました。その後、1992年に九代目中村福助を襲名しています。

祖父の七代目中村芝翫さんも幼少期には四代目中村児太郎を名乗っており、児太郎という名前は成駒屋で代々受け継がれてきた名跡の一つです。

その流れを受け、現在の中村優太さんが六代目中村児太郎を名乗っています。

中村児太郎の屋号は成駒屋

中村児太郎さんの屋号は成駒屋(なりこまや)です。

歌舞伎では俳優の一門ごとに屋号があり、観客が舞台上の役者へ「成駒屋!」と声を掛けることもあります。

児太郎さんの定紋は「児太郎雀」と「祇園守」。父の中村福助さん、祖父の七代目中村芝翫さんから続く成駒屋の一員です。

中村児太郎の家系図がすごい!父は中村福助

中村児太郎さんのプロフィールで特に注目されるのが、歌舞伎界につながる家系です。

中村児太郎の家系図
©kyooyan.net(当サイトにて作成)

父は九代目中村福助さん、祖父は人間国宝だった七代目中村芝翫さんです。七代目芝翫さんの子供たちから、成駒屋だけでなく中村屋へも血縁がつながっています。

主な親族関係を見ると次のようになります。

児太郎さんとの関係人物
曽祖父五代目中村福助
祖父七代目中村芝翫
父九代目中村福助
本人六代目中村児太郎
叔父八代目中村芝翫
いとこ四代目中村橋之助
いとこ三代目中村福之助
いとこ四代目中村歌之助
伯父(姻族)十八代目中村勘三郎
いとこ六代目中村勘九郎
いとこ二代目中村七之助

七代目中村芝翫さんの長男が九代目中村福助さん、次男が現在の八代目中村芝翫さんです。また、七代目芝翫さんの次女が十八代目中村勘三郎さんと結婚したため、その息子である中村勘九郎さんと中村七之助さんも児太郎さんのいとこになります。

父親は九代目中村福助

父親は、歌舞伎の女形として長年第一線で活躍してきた九代目中村福助さんです。

福助さんは1960年10月29日生まれ。1967年に五代目中村児太郎を名乗って初舞台を踏み、1992年に九代目中村福助を襲名しました。

『金閣寺』の雪姫、『娘道成寺』の白拍子花子、『助六』の揚巻など幅広い女形の大役を務め、日本芸術院賞など多くの賞を受賞しています。

父・福助の病気を児太郎が支えた

2013年、福助さんは脳内出血を発症し、右半身まひや失語症などの後遺症が残りました。

その後リハビリを続け、2018年に舞台復帰。児太郎さんは父のリハビリや舞台復帰を身近で支えました。テレビ朝日の取材でも、児太郎さんが家族として父の復帰までの道のりについて語っています。

父親が舞台から離れていた期間には、児太郎さん自身が成駒屋の若手女形として大役を任される機会も増えていきました。

祖父は人間国宝の七代目中村芝翫

祖父の七代目中村芝翫さんは、昭和から平成にかけて活躍した名女形です。

1996年には重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝に認定され、2006年には文化功労者となりました。2011年10月10日に83歳で亡くなっています。

児太郎さん自身も、祖父が大切にしていた役を演じる際に追善の思いを語っており、祖父と父を芸の手本としてきました。

叔父は八代目中村芝翫

父・福助さんの弟が、現在の八代目中村芝翫さんです。

八代目芝翫さんは長く「三代目中村橋之助」として活動した後、2016年に八代目中村芝翫を襲名しました。

その息子である四代目中村橋之助さん、三代目中村福之助さん、四代目中村歌之助さんは、児太郎さんから見るといとこです。

同じ成駒屋の若い世代として、それぞれ歌舞伎の舞台で活動しています。

中村勘九郎・中村七之助との関係はいとこ

中村児太郎さんと六代目中村勘九郎さん、二代目中村七之助さんもいとこ同士です。

七代目中村芝翫さんの次女・好江さんが十八代目中村勘三郎さんと結婚し、その間に生まれたのが勘九郎さんと七之助さんです。

つまり、

児太郎さんの父・中村福助さん
と
勘九郎さん・七之助さんの母

がきょうだいという関係になります。

児太郎さんは成駒屋、勘九郎さんと七之助さんは中村屋と屋号は違いますが、血縁上はいとこです。

中村児太郎の母親は?

母親は一般の方で、氏名・年齢・職業などを公式に掲載したプロフィールは確認できません。

父・福助さんや祖父・芝翫さんなど歌舞伎俳優の親族は公式資料で詳しく紹介されていますが、一般人である母親については、本人公式サイトや歌舞伎俳優名鑑でも詳しい人物情報は掲載されていません。

ネット上では具体的な名前を掲載する記事もありますが、一次情報で確認できない情報については、児太郎さんの母親の氏名として扱わないほうがよいでしょう。

中村児太郎に兄弟はいる?妹がいる?

二次資料では、中村児太郎さんには一般人の妹が1人いると紹介されています。

ただし、妹について本人公式サイトや歌舞伎俳優名鑑では名前・年齢・職業などの詳しいプロフィールは公開されていません。

歌舞伎俳優として表舞台に立っている父方親族とは異なり、母親や妹については私生活に関わる情報がほとんど公表されていない状況です。

中村児太郎の学歴は青山学院

中村児太郎さんは、青山学院で学生時代を過ごしたことで知られています。

本人はラジオ番組で青山学院に通っていたことを話し、小学校から高校までラグビーを続けていたと明かしています。

広く紹介されている学歴は、

青山学院初等部
↓
青山学院中等部
↓
青山学院高等部
↓
青山学院大学文学部比較芸術学科

という流れです。青山学院大学公式の資料でも、児太郎さんが文学部比較芸術学科の学生だったこと、初等部時代の先生に関するエピソードが確認できます。

小学校は青山学院初等部

青山学院大学が2014年に公開した特別講義の記事では、中村児太郎さんについて青山学院初等部時代のエピソードにも触れています。

歌舞伎役者として幼い頃から舞台へ立ちながら、学校生活も続けていました。

児太郎さん自身が「小学校から高校までラグビーをしていた」と話していることから、幼少期は歌舞伎だけに専念していたわけではなかったことが分かります。

中学・高校ではラグビー部

中学・高校時代もラグビーを続けました。

本人によると、青山学院で友人たちがラグビー部へ入ったことがきっかけで、自分も参加したそうです。小学校から高校まで長くラグビーを経験しています。

舞台上では繊細な女形を演じる一方、学生時代はラグビーに打ち込む体育会系だったというギャップがあります。

歌舞伎俳優名鑑でも「ラグビーで鍛えた体に繊細な表現を宿す」と紹介されており、スポーツ経験は児太郎さんの人物像を語るうえで特徴的な要素になっています。

大学は青山学院大学文学部比較芸術学科

大学は青山学院大学文学部比較芸術学科です。

青山学院大学の公式資料では、2014年当時、父・中村福助さんの長男である「中村優太さん(中村児太郎)」が比較芸術学科の学生として授業へ参加していたことが記されています。

2013年の美術館イベントプロフィールでも、青山学院大学比較芸術学科に在学していると紹介されていました。

比較芸術学科は、美術・音楽・演劇映像などを分野横断的に学ぶ学科です。

幼い頃から歌舞伎を実践で学びながら、大学では伝統芸能を含む芸術を学問として学んでいたことになります。

中村児太郎の経歴!5歳で初お目見得

児太郎さんの舞台人生は非常に早く始まりました。

1999年11月、歌舞伎座『壺坂霊験記』の観世音役で初お目見得。当時は本名の中村優太を名乗っていました。

翌2000年9月には『京鹿子娘道成寺』の所化、『菊晴勢若駒』の春駒の童で六代目中村児太郎を襲名し、正式な初舞台となりました。

若女形として大役に挑戦

成長後は若女形として、

『俊寛』の海女千鳥
『金閣寺』の雪姫
『鳴神』の雲の絶間姫
『平家女護島』の千鳥
『壇浦兜軍記』の阿古屋

などの役に挑戦してきました。

特に『阿古屋』は、琴・三味線・胡弓の三曲を舞台上で演奏する技量も求められる難役で、坂東玉三郎さんの指導を受けながら取り組みました。

十代目中村福助を襲名する予定だった

2013年には、父の九代目中村福助さんが七代目中村歌右衛門を襲名し、児太郎さんが父の名跡を受け継いで十代目中村福助を襲名することが発表されました。

児太郎さん自身も会見で、父が生まれた時から福助だったため、その名前を継ぐことへの思いを語っていました。

しかし、その後父・福助さんが脳内出血で倒れ、歌右衛門襲名が延期となりました。それに伴い、児太郎さんの十代目福助襲名も延期された状態が続いています。

現在も六代目中村児太郎として活動しています。

「西郷どん」で孝明天皇を演じた

歌舞伎以外の映像作品にも出演しています。

2018年のNHK大河ドラマ『西郷どん』では、孝明天皇役を演じました。俳優としてテレビドラマでも知られるきっかけの一つになっています。

歌舞伎で培った所作や古典作品での経験を生かしながら、映像作品にも活動の幅を広げてきました。

中村児太郎の受賞歴

中村児太郎さんは、若手時代から演技を評価され複数の賞を受けています。

歌舞伎俳優名鑑では、2012年の『俊寛』海女千鳥、2013年の『隅田川花御所染』桜姫、2015年の『髪結新三』白子屋娘お熊、2016年の『仮名手本忠臣蔵』小浪で国立劇場奨励賞を受賞したことが紹介されています。

さらに2024年には第45回松尾芸能賞新人賞を受賞しました。『神霊矢口渡』のお舟や『助六由縁江戸桜』の三浦屋揚巻などの成果が評価されています。

中村児太郎は結婚している?妻は一般女性

中村児太郎さんは2021年に結婚していたことが確認されています。

当初、結婚は公表されていませんでしたが、2025年の週刊誌報道を受け、所属事務所が既婚者であることを認めました。報道では2021年1月に一般女性と結婚したとされています。

妻の名前や職業は?

妻は一般女性で、公式プロフィール上では氏名・年齢・勤務先などは公表されていません。

一部の週刊誌報道では仮名や過去の職業などが記載されていますが、一般人であるため、本人や所属事務所が正式なプロフィールとして公開した内容とは分けて見る必要があります。

公表情報として確認できる中心的な事実は、2021年に結婚し、所属事務所も結婚の事実を認めたという点です。

2026年現在は離婚協議中と報道

2026年10月21日の報道では、児太郎さんと妻は離婚に向けた協議中と伝えられています。

現時点で離婚成立を示す公式発表は確認できないため、「元妻」とする段階ではなく、最新報道上は離婚協議中という状況です。

中村児太郎に子供はいる?

「中村児太郎 子供」「息子」「娘」と検索する人もいますが、子供がいることを本人や所属事務所が公表した情報は確認できません。

歌舞伎の家では跡継ぎが注目されやすいことから子供に関する関心も高くなりがちですが、現在公表されているプロフィールでは子供について触れられていません。

そのため、2026年10月時点では、

「子供がいる」
「息子がいる」
「娘がいる」

のいずれも公表済みの事実として紹介できる情報はありません。

中村児太郎はどんな人?体育会系の一面も

舞台では若い女性から傾城まで演じる女形ですが、普段の児太郎さんについては、かなり活動的な人物として語られてきました。

2020年の坂東巳之助さんとの対談では、巳之助さんが児太郎さんについて「普段はやんちゃで活発」「芸には真面目」という趣旨で人物像を語っています。

学生時代にはラグビーへ長く取り組み、その後もラグビー観戦を続けてきました。

舞台の繊細な女形と、ラグビーで鍛えた体育会系の一面を併せ持つことが、児太郎さんの特徴の一つです。

2026年現在の中村児太郎の活動は?

2026年10月の日本俳優協会「歌舞伎 on the web」の出演動向では、中村児太郎さんは「休演」と掲載されています。9月の出演動向でも休演となっていました。

さらに2026年10月21日には、知人女性に対する傷害容疑で警視庁に逮捕されていたと複数メディアが報じました。報道によると現在は釈放され、任意で捜査が続いている段階です。逮捕段階であり、起訴や刑事処分が確定したという情報ではありません。

この件はプロフィールや過去の芸歴とは別に、今後の活動を確認するうえで新たな動きとなっています。

中村児太郎は何者?wiki経歴・家系・学歴・妻・子供まとめ

六代目中村児太郎さんは、1993年12月23日生まれ、本名・中村優太さんの歌舞伎俳優です。

東京都出身で、身長173cm。父は九代目中村福助さん、祖父は人間国宝だった七代目中村芝翫さんという成駒屋の家系に生まれました。

父の弟が八代目中村芝翫さんで、その息子である中村橋之助さん・中村福之助さん・中村歌之助さんはいとこ。また、父の姉が十八代目中村勘三郎さんと結婚しているため、中村勘九郎さんと中村七之助さんもいとこにあたります。

学歴では青山学院に通い、小学校から高校までラグビーを経験。大学は青山学院大学文学部比較芸術学科へ進み、歌舞伎を実践する一方で芸術を学問としても学びました。

5歳だった1999年に『壺坂霊験記』で初お目見得し、2000年に六代目中村児太郎を襲名。その後は『俊寛』の千鳥、『金閣寺』の雪姫、『壇浦兜軍記』の阿古屋など女形の大役へ挑戦し、2024年には松尾芸能賞新人賞も受賞しました。

2013年には父が七代目中村歌右衛門、児太郎さんが十代目中村福助を襲名する予定が発表されましたが、父の病気によって延期。その後も六代目中村児太郎として舞台経験を重ねています。

結婚については、2021年に一般女性と入籍したことを所属事務所が認めています。2026年10月の最新報道では離婚協議中とされていますが、離婚成立を示す公式発表は確認できません。子供についても公表された情報はありません。

歌舞伎の名門家系という背景だけでなく、ラグビーに打ち込んだ青山学院時代、大学で芸術を学んだ経験、父・福助さんの闘病を支えながら女形として成長してきた歩みなど、複数の側面を持つ歌舞伎俳優です。