
2025年の大みそか、茨城県水戸市のアパートで元交際相手のネイリスト・小松本遥さん(当時31歳)を殺害したとして、殺人罪などに問われていた大内拓実被告。
水戸地裁は2026年9月30日、大内被告に拘禁刑20年の判決を言い渡しました。検察側の求刑は拘禁刑21年でした。大内被告は裁判で殺人とストーカー規制法違反の起訴内容を認めています。
大内被告は事件前、小松本さんの車に位置情報を確認できる紛失防止タグを取り付けるなどして居場所を追っていたとされます。
さらに裁判では、「被害者の存在を消して、出会う前に戻ってリセットしようと思った」という趣旨の動機も本人の口から語られました。
大内拓実被告は誰で何者なのか。年齢や職業、茨城県城里町での生活、経歴・学歴、顔画像、Instagram・X・FacebookなどのSNS、妻や子供など家族構成とともに、逮捕から判決までの経緯を確認します。
大内拓実は何者で何した?水戸ネイリスト殺害事件で拘禁刑20年
大内拓実被告は、元交際相手だった小松本遥さんにストーカー行為をしたうえ、2025年12月31日に水戸市内の自宅アパートで殺害したとして、殺人とストーカー規制法違反の罪に問われた人物です。
2026年1月21日に殺人容疑で逮捕され、当初は「事実無根で何も知りません」と否認していました。その後、殺人罪で起訴され、ストーカー規制法違反でも追起訴されています。
2025年12月31日に小松本遥さんを殺害
起訴状によると、大内被告は2025年12月31日夕方、小松本さんの自宅で頭をハンマーで複数回殴り、首を包丁で突き刺すなどして殺害しました。
小松本さんの死因は外傷性ショックでした。
当時、小松本さんはすでに別の男性と結婚しており、妊娠中でした。
事件当日の午後7時15分ごろ、仕事から帰宅した夫が玄関付近で倒れている小松本さんを発見。病院へ搬送されましたが死亡が確認されています。
水戸地裁が拘禁刑20年を言い渡す
2026年9月30日、水戸地裁の有賀貞博裁判長は大内被告に拘禁刑20年を言い渡しました。
検察側は拘禁刑21年を求刑していました。判決では「人生をリセットして自分を楽にしたい」という動機について身勝手だと指摘し、強い殺意に基づく犯行だったと判断しています。
これは水戸地裁での一審判決です。
2026年9月30日時点で、判決が確定したとの主要報道までは確認できません。
大内拓実は誰?Wiki風プロフィール
大内拓実被告について、主要報道から確認できるプロフィールは次の通りです。
・名前:大内拓実
・読み方:おおうち たくみ
・年齢:29歳
・逮捕時の年齢:28歳
・居住地:茨城県東茨城郡城里町小坂
・職業:会社員と報道
・小松本遥さんとの関係:元交際相手
・逮捕日:2026年1月21日
・罪名:殺人、ストーカー規制法違反
・一審判決:拘禁刑20年
・求刑:拘禁刑21年
2026年1月の逮捕時、FNNは大内被告を「茨城県城里町在住の会社員・大内拓実容疑者(28)」と報じています。
その後誕生日を迎え、2026年9月の裁判では29歳と報じられています。
大内拓実の年齢は29歳
大内拓実被告は2026年9月30日時点で29歳です。
2026年1月21日の逮捕時には28歳と報じられていました。
具体的な生年月日は、今回確認した主要な裁判・逮捕報道では公表されていません。
一部のネット記事では1997年生まれとの情報がありますが、生年月日を確認できる警察・裁判資料や主要報道までは確認できないため、29歳という公表年齢までを確認情報として扱うのが確実です。
大内拓実の職業・勤務先は?
大内拓実被告は事件当時、「会社員」と報じられていました。
ただし、勤務していた会社名については主要報道では明らかになっていません。
勤務先企業名は公表されていない
逮捕時の報道では、
「茨城県城里町の会社員」
というプロフィールまでです。
会社名、所在地、部署、役職などは確認できません。
そのため、ネット上の会社情報や同姓同名の社員情報を大内被告の勤務先として結びつけることはできません。
「危険物を扱う仕事」との知人証言
集英社オンラインは逮捕直後、知人への取材をもとに、大内被告が「危険物を扱う仕事」をしていたとの証言を紹介しています。
ただし、これは勤務先会社の公式発表ではなく、周辺人物への取材による情報です。
どのような危険物を扱っていたのか、具体的な職種や会社名までは確認できません。
大内拓実のwiki経歴・学歴は?
大内拓実被告の正式な学歴や詳しい職歴については、公表情報が限られています。
出身小学校、中学校、高校、大学などの学校名を、警察や主要メディアが確定情報として公表した記事は確認できませんでした。
学生時代は剣道部だったとの報道
集英社オンラインは、大内被告の過去を知る人物への取材から、学生時代について「剣道部で真面目」だったという周辺証言を紹介しています。
ただし、具体的な学校名については主要報道で確認できません。
ネット上では特定の高校名などが挙げられる場合がありますが、同姓同名の人物や卒業アルバム情報だけから学校を断定することは避けた方がよいでしょう。
茨城県城里町の実家で生活
大内被告は事件当時、茨城県城里町の実家で生活していたと集英社オンラインが報じています。
事件から約8カ月後の取材でも、近隣住民が大内被告を子供のころから知っていたと証言しています。
城里町小坂で生活していたことは、茨城放送の逮捕・起訴報道からも確認できます。
大内拓実と小松本遥さんはどんな関係?
大内拓実被告と小松本遥さんは、以前交際していました。
FNNによると、2人は小松本さんのかつての勤務先で知り合い、2024年に交際を始めましたが、その年のうちに交際関係は解消されています。
別れた後も連絡を繰り返した
2026年9月の初公判で検察側は、大内被告が交際関係の解消に納得せず、小松本さんへ繰り返し連絡を取ろうとしていたと指摘しました。
小松本さんからSNSをブロックされると、勤務先関係者などにも接触し、所在を探していたとされています。
その後、小松本さんは別の男性と結婚しました。
紛失防止タグを使って小松本遥さんを追跡
この事件では、市販の「紛失防止タグ」がストーカー行為に使われた点も大きく報じられました。
大内被告は、小松本さんの車に位置情報を確認できるタグを無断で取り付けたとして、ストーカー規制法違反でも起訴されています。
車のナンバープレート裏にタグ
共同通信によると、紛失防止タグは小松本さんの車のナンバープレート裏側にテープで取り付けられていました。
外から見つかりにくい場所だったとされ、警察は大内被告が小松本さんの位置を把握するために使用したとみています。
ぬいぐるみにも紛失防止タグ
茨城放送によると、大内被告は小松本さんの実家に、紛失防止タグを仕込んだぬいぐるみも送っていました。
警察は、ぬいぐるみと車に取り付けられたタグから小松本さんのアパートの位置を把握したとみて捜査していました。
2025年12月28日から31日にかけては、小松本さんの自宅周辺を連日うろついていたとして、ストーカー規制法違反で追起訴されています。
大内拓実はなぜ逮捕された?当初は容疑を否認
大内拓実被告が殺人容疑で逮捕されたのは2026年1月21日です。
茨城県警は、小松本さんの交友関係や押収した証拠品、防犯カメラなどを調べた結果、大内被告が事件に関与した疑いが強まったとして逮捕しました。
逮捕時は「事実無根」と否認
逮捕直後、大内被告は、
「事実無根で何も知りません」
という趣旨の供述をし、殺人容疑を否認していました。
その後は黙秘していたと共同通信が報じています。
初公判では起訴内容を認める
ところが2026年9月14日に水戸地裁で始まった裁判員裁判では、裁判長から起訴内容に間違いがあるか問われ、
「ないです」
と答え、殺人とストーカー規制法違反の起訴内容を認めました。
争点は有罪・無罪ではなく、主に量刑となりました。
大内拓実の犯行動機は「人生をリセット」
裁判で大内拓実被告は、事件に至った自身の心境について説明しています。
9月17日の被告人質問では、小松本さんから一方的に別れを告げられ、連絡を絶たれたことで「不安が怒りに変わった」と話しました。
「被害者の存在を消して出会う前に戻る」
大内被告は犯行動機について、
「被害者の存在を消して出会う前に戻り、リセットしたい」
という趣旨の供述をしています。
9月30日の判決で水戸地裁は、この動機について「身勝手というほかない」と指摘しました。
ハンマーで殴った後に包丁を使用
被告人質問では、ハンマーで小松本さんを殴った後、生死が分からなかったため、さらに包丁を使ったという趣旨の説明もしています。
検察側はハンマーを事前に用意していた点などから「計画的かつ執拗な犯行」だと主張しました。
一方、弁護側は包丁を使用した部分については突発的だったなどと主張しています。
大内拓実の求刑は拘禁刑21年
2026年9月24日の論告求刑公判で、検察側は大内拓実被告に拘禁刑21年を求刑しました。
検察側は犯行の計画性や被害の重大性などを指摘し、酌量の余地はないと主張しています。
弁護側は大内被告が事件前に自分の精神状態に異変を感じ、相談しようとしていたことなどを主張し、過去の同種事件も踏まえて量刑を判断するよう求めました。
そして9月30日、水戸地裁は求刑を1年下回る拘禁刑20年を言い渡しました。
大内拓実の顔画像・顔写真は公開されている?
大内拓実被告の顔画像は主要メディアで報じられています。
FNNプライムオンラインは2026年1月22日の報道で、大内被告について「カメラに向かって笑顔を見せる男」として本人画像を掲載し、記事内に複数の写真を公開しています。
そのため、「大内拓実 顔画像」「大内拓実 顔写真」については、本人確認された報道画像が存在します。
高校時代とされる卒業アルバム写真も報道
2026年9月の裁判報道では、高校時代の卒業アルバム写真として大内被告の画像を掲載するメディアもあります。
ただし、学校名について主要報道が明確に公表しているわけではありません。
顔写真が公開されていることと、出身高校が公表されていることは別です。
大内拓実のSNSは?Instagram・X・Facebook
大内拓実被告のSNSについては、ネット上で本人のものとされるアカウント情報が拡散しました。
一部メディアでも「本人SNSより」として画像を掲載している例があります。
一方、警察がInstagram・X・Facebookの特定アカウントを「大内被告本人の公式アカウント」と発表した情報は確認できません。
Instagramはネット上で特定情報がある
一部のネット記事では、年齢や茨城県在住というプロフィールが一致するInstagramアカウントが大内被告のものではないかとされています。
ただし、主要報道や警察によるアカウントIDの正式な本人確認までは取れていません。
そのため、具体的なアカウント名を断定的に掲載するのは避けるのが適切です。
Facebook・Xも本人確認は限定的
Facebookには同姓同名のアカウントが存在しますが、大内被告本人だと確認できる主要報道はありません。
Xについても同様です。
事件でSNSが重要なのは、大内被告が小松本さんへ電話やSNSなどを通じて接触しようとし、小松本さん側がブロックしていたと報じられている点です。
大内拓実の家族構成は?
大内拓実被告は事件当時、茨城県城里町の実家で暮らしていたと報じられています。
一方、両親や兄弟姉妹について、警察や裁判資料から詳しいプロフィールが公表されているわけではありません。
一部の周辺取材では兄がいるとの情報もありますが、家族の氏名や職業などは公表されていません。
家族が今回の事件に関与したとの情報もありません。
大内拓実に妻はいる?
大内拓実被告に妻がいるとの主要報道は確認できません。
事件で亡くなった小松本遥さんは大内被告の「元交際相手」であり、妻ではありません。
小松本さんは大内被告との交際を解消した後、別の男性と結婚していました。
大内被告自身が事件当時結婚していたのか、過去に結婚歴があったのかについては公表されていません。
大内拓実に子供はいる?
大内拓実被告に子供がいるとする主要報道も確認できませんでした。
息子や娘の存在、人数、年齢などは不明です。
そのため、「妻はいない」「子供はいない」とまで断定することはできず、正確には婚姻状況や子供の有無が公表されていないという状態です。
大内拓実の生い立ちは?城里町で育ったとの周辺証言
大内拓実被告の幼少期や生い立ちについては、逮捕後に集英社オンラインが地元で取材しています。
事件当時は城里町の実家で暮らしており、近隣住民は、大内被告を小学生のころから知っていたと証言しています。
周囲からは「真面目」との証言も
集英社オンラインは学生時代を知る人物から、「真面目」「穏やかな印象だった」といった趣旨の証言を紹介しています。
ただし、こうした周辺人物の印象は事件の事実関係や犯行動機を直接説明するものではありません。
幼少期の家庭環境などを事件原因と結びつける根拠も、現在の報道では確認されていません。
水戸ネイリスト殺害事件の逮捕から判決まで
大内拓実被告をめぐる主な動きを時系列で見ると、事件から判決までの流れが分かりやすくなります。
2025年12月28日~31日
小松本遥さんの自宅周辺を連日うろつき、車のナンバープレート裏に紛失防止タグを取り付けるなどのストーカー行為をしたとされています。
2025年12月31日
水戸市の小松本さん宅で、ハンマーで頭部を殴り、包丁で首を刺すなどして殺害しました。
2026年1月21日
茨城県警が大内拓実容疑者を殺人容疑で逮捕。
当初は「事実無根で何も知りません」と否認しました。
2026年3月
ストーカー規制法違反容疑でも再逮捕され、その後追起訴されました。
2026年9月14日
水戸地裁で裁判員裁判の初公判。
大内被告は殺人とストーカー規制法違反の起訴内容を認めました。
2026年9月24日
検察側が拘禁刑21年を求刑しました。
2026年9月30日
水戸地裁が拘禁刑20年の判決を言い渡しました。
大内拓実は何者で何した?現在までに分かっていること
大内拓実被告は、茨城県城里町で暮らしていた29歳の元会社員です。
2025年12月31日、水戸市のアパートで元交際相手のネイリスト・小松本遥さんの頭をハンマーで複数回殴り、首を包丁で突き刺すなどして殺害しました。
事件前には交際関係が終わった後も小松本さんへの接触を試み、紛失防止タグを仕込んだぬいぐるみや、車のナンバープレート裏に取り付けたタグを使って居場所を把握したとされています。
2026年1月21日の逮捕時には容疑を否認しましたが、9月14日の初公判では起訴内容を認めました。
裁判では犯行動機について、小松本さんの存在を消し、出会う前に戻って「人生をリセットしたい」と考えたという趣旨の説明をしています。
検察側は拘禁刑21年を求刑し、水戸地裁は2026年9月30日、拘禁刑20年を言い渡しました。
人物情報については、事件当時は城里町小坂の会社員だったことが確認できますが、勤務先会社名、出身高校・大学などの正式な学歴は公表されていません。
顔写真についてはFNNなど主要メディアで本人画像が報じられています。
InstagramなどSNSについて本人とみられる情報はネット上にありますが、警察が特定アカウントを正式発表した事実までは確認できません。
妻や子供についても公表情報はなく、結婚歴や子供の有無は不明です。
2026年9月30日時点で確認できる最新の司法判断は、水戸地裁による拘禁刑20年の一審判決です。判決が確定したとの主要報道はまだ確認できていません。

