
吉本新喜劇の元座長として知られる辻本茂雄(つじもとしげお)さん。白髪のかつらをかぶった「茂造じいさん」や、独特のイントネーションで発する「許してやったらどうや」のギャグで、長年多くのファンに親しまれてきました。2026年11月1日には、足の治療のため12月から休養することが発表され、改めて注目を集めています。
そんな辻本茂雄さんですが、結婚相手の嫁は誰なのか、娘や息子はいるのか、若い頃は何をしていたのかなど、プライベートも気になりますよね。また、吉本新喜劇の座長を勇退してから「最近見ない」「引退したのでは?」と感じている人もいるかもしれません。
この記事では、辻本茂雄さんのWiki風プロフィールをはじめ、年齢・本名・家族構成・実家・学歴・経歴を詳しく紹介します。さらに、競輪選手になる夢を断念した理由、茂造じいさんの誕生、間寛平さんや小籔千豊さんとの関係、還暦記念ツアー、2026年12月からの休養についても解説していきます。
辻本茂雄のWikiプロフィール!年齢・本名・出身地は?
辻本茂雄さんは、吉本興業に所属するお笑い芸人・喜劇俳優です。1989年に吉本新喜劇へ入団し、1999年から2019年まで座長を務めました。
代表的なキャラクターは「茂造じいさん」。座長を勇退した後も舞台に出演し、特別公演や全国ツアーを開催するなど、吉本新喜劇を代表するベテラン芸人として活動しています。
辻本茂雄の基本プロフィール
辻本茂雄さんの年齢や身長、出身地など、基本的なプロフィールを紹介します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 辻本茂雄 |
| 読み方 | つじもと しげお |
| 生年月日 | 1964年10月8日 |
| 年齢 | 62歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 大阪府阪南市 |
| 身長 | 173cm |
| 体重 | 76kg(公式掲載値) |
| 血液型 | A型 |
| 職業 | お笑い芸人・喜劇俳優 |
| 所属事務所 | 吉本興業 |
| 出身 | NSC大阪校5期生 |
| 吉本新喜劇入団 | 1989年 |
| 座長在任期間 | 1999年〜2019年 |
| 出身高校 | 和歌山県立和歌山北高等学校 |
| 趣味 | グルメ数珠つなぎ |
| 代表的な役 | 茂造じいさん |
生年月日、出身地、身長、体重、血液型などは、吉本興業の公式プロフィールで確認できます。
辻本さんは1964年生まれで、2026年10月8日に62歳になりました。
2027年には芸歴40周年という大きな節目を迎えます。吉本新喜劇の公式発表でも、40周年を記念した特別な舞台が予定されていることが明らかになりました。
芸歴40年近くになる現在も、観客を笑わせることに情熱を注いでいる人物です。
辻本茂雄の本名は?芸名との違い
辻本茂雄さんは、芸能活動で「辻本茂雄」という名前を使用しています。
吉本興業の公式プロフィールにも同じ名前が掲載されており、異なる芸名や旧芸名を使用しているという確かな情報は確認できませんでした。
ただし、戸籍上の本名について明示された一次情報は見つかっていません。そのため、活動名と本名が完全に同じであるとまでは断定できません。
なお、名字の漢字は「辻本」が正しい公式表記です。「辻元茂雄」ではありません。
辻本さんの場合、名前そのものよりも、舞台で演じる「茂造」というキャラクター名のほうが印象に残っている人も多いのではないでしょうか。
辻本茂雄の出身地や国籍は?
辻本茂雄さんの出身地は大阪府阪南市です。
阪南市は大阪府南部に位置し、和歌山県に近い地域として知られています。
辻本さんは大阪府出身ですが、高校時代には和歌山県で自転車競技に取り組んでいました。
和歌山とのつながりは深く、2015年には和歌山市の初代観光大使にも就任しています。
一方、国籍については、吉本興業の公式プロフィールに独立した記載がありません。
日本で生まれ育った経歴が紹介されていますが、出生地だけで戸籍上の国籍まで判断することはできません。また、外国にルーツがある、ハーフであるといった情報も確認できませんでした。
辻本茂雄は何歳?還暦を迎えても現役で活躍
辻本茂雄さんは2024年10月8日に60歳の還暦を迎え、2026年11月現在は62歳です。
還暦後も舞台活動を続け、2025年から2026年にかけては「辻本茂雄還暦特別公演記念ツアー」を開催しました。
一般的に還暦と聞くと人生の一区切りという印象もありますが、辻本さんの場合は全国で公演を開催するなど、精力的な活動を続けてきました。
ただし、2026年11月1日には足の治療のため、同年12月1日から休養に入ることが発表されています。
復帰時期は明らかにされていないものの、2027年の芸歴40周年記念公演が予定されていることから、今後の舞台活動にも関心が集まっています。
辻本茂雄の嫁は誰?結婚・娘・子供など家族構成を紹介
辻本茂雄さんのプライベートでは、結婚相手の嫁や子供、実家の家族構成が気になるところです。
テレビや舞台では強烈なキャラクターを演じていますが、家族について詳しく語る機会は限られています。
過去の本人発言や報道から確認できる内容を中心に紹介します。
辻本茂雄は結婚している?嫁・奥さんはどんな人?
辻本茂雄さんは、過去の報道で家族との生活について語っており、既婚者として紹介されています。
ただし、奥さんの名前、年齢、職業、顔写真、結婚した時期などについて、詳しい情報は公表されていません。
妻が芸能人として活動しているという確かな情報も確認できませんでした。
新喜劇の舞台では、強気な発言や予想外の行動で周囲を振り回すことも多い辻本さん。家庭ではどのような夫なのか、気になる人も多いかもしれません。
もっとも、舞台上のキャラクターはあくまで演技です。実際の夫婦関係や家庭での様子を、茂造じいさんの言動から判断することはできません。
辻本茂雄に娘や息子はいる?子供の人数は?
辻本茂雄さんについては、娘や息子がいるのかという疑問もあります。
2015年の日刊スポーツでは、辻本さんが家族で和歌山の海岸へ遊びに行くこともあると紹介されました。
このエピソードから、舞台以外では家族と過ごす時間も大切にしていたことがうかがえます。
ただし、子供の人数や性別については、本人や吉本興業が明確に公表した情報を確認できませんでした。
娘が何人いるのか、息子がいるのか、子供が芸能活動をしているのかといった点も不明です。
家族で出かけたという発言だけでは、子供の有無や人数までは判断できません。
そのため、現在確認できる公開情報の範囲では、辻本さんの子供に関する詳しいプロフィールは明らかになっていません。
辻本茂雄の父親・母親はどんな人?
辻本茂雄さんの両親については、実家でうどん店を営んでいたことが分かっています。
特に母親は、辻本さんの人生を大きく変えた出来事に関わっています。
高校時代、母親がうどん店で使用する器を購入し、荷物が重かったため、辻本さんに駅まで迎えに来るよう頼んだそうです。
辻本さんは自転車で迎えに向かいましたが、その途中で車と接触する交通事故に遭いました。
病院で検査を受けたところ、事故によるけがとは別に足の腫瘍が発見されます。
当時、競輪選手になることを目指していた辻本さんにとって、この出来事は進路を変更するきっかけとなりました。
MBSのインタビューでも、事故と腫瘍の発見について本人が振り返っています。
一方、父親や母親の詳しい氏名、年齢、現在の職業などは公表情報が限られています。
辻本茂雄に兄弟姉妹はいる?
辻本茂雄さんの兄弟姉妹については、人数や名前、職業などを確認できる公式情報が見つかっていません。
幼少期や実家について語ったインタビューでは両親とのエピソードが登場しますが、兄弟姉妹の詳しい話は多くありません。
そのため、一人っ子なのか、兄や弟、姉や妹がいるのかについても断定できない状況です。
辻本茂雄の実家はうどん屋!幼少期や家庭環境は?
辻本茂雄さんの実家は、うどん屋を営んでいました。
幼少期から自転車が好きで、将来は競輪選手になることを夢見ていたそうです。
2023年のよろず〜ニュースのインタビューによると、子供の頃から自転車の競走が得意だったといいます。
変速ギア付きの自転車に乗る同級生を相手に、母親の自転車でも負けなかったというエピソードも紹介されています。
当時から自転車競技に対する強い関心と自信を持っていたことが伝わってきます。
実家が金持ちだったのか、経済的に苦労していたのかについては、具体的な情報がないため判断できません。
ただ、競輪選手になる夢を断念した後、両親が別の道への挑戦を後押ししたというエピソードからは、家族が辻本さんの進路に大きく関わっていたことが分かります。
辻本茂雄の学歴は?出身高校・大学や若い頃の学生時代
辻本茂雄さんの学歴で注目したいのは、競輪選手を目指して進学した和歌山県立和歌山北高等学校です。
現在は新喜劇のベテラン芸人として知られていますが、学生時代は本格的に自転車競技へ取り組んでいました。
辻本茂雄の出身小学校・中学校は?
辻本茂雄さんは大阪府阪南市の出身で、地元の中学校に通っていたことを本人のインタビューで語っています。
ただし、小学校と中学校の具体的な学校名については、公式プロフィールや本人発言から確実な情報を確認できませんでした。
辻本さんは中学生の頃から競輪選手を目指していました。
自転車で速く走ることが得意で、将来は競技を仕事にしたいという思いが強かったそうです。
お笑い芸人になる前から明確な目標を持ち、その実現に向けて行動していたことが分かります。
辻本茂雄の出身高校は和歌山北高校!自転車競技部で活躍
辻本茂雄さんの出身高校は、和歌山県立和歌山北高等学校です。
本人がMBSのインタビューで進学先として語っているため、確かな学歴情報となっています。
和歌山北高校を選んだ理由は、自転車競技が盛んな学校だったからです。
辻本さんは競輪選手になる夢をかなえるため、大阪府の地元を離れて和歌山県の高校へ進学しました。
高校時代は自転車競技部で主将を務めるなど、競技に打ち込んでいたといいます。
2015年の日刊スポーツでは、日本大学との合同合宿で1日に約200kmを走った経験も紹介されています。
200kmという距離は、自転車競技に取り組んでいない人にとっては想像しにくい長さですよね。
それほど厳しい練習を経験していたことから、競輪選手を目指す気持ちが非常に強かったことが伝わってきます。
辻本茂雄は大学に進学した?
辻本茂雄さんが大学に進学したという確かな情報は確認できませんでした。
高校時代までは競輪選手になることを目指していましたが、18歳の頃に足の腫瘍が見つかり、競技を続けることが難しくなりました。
その後はアルバイトをしながら生活し、1986年にNSC大阪校へ入学しています。
NSCは吉本興業が運営する芸人養成所であり、大学とは異なります。
辻本さんの場合、現在の仕事につながる専門的な経験を積んだ場所は、NSCと吉本新喜劇の舞台だったといえるでしょう。
高校時代の交通事故で足の腫瘍が発見された
辻本茂雄さんの若い頃を語るうえで欠かせないのが、交通事故をきっかけに足の腫瘍が見つかった出来事です。
高校卒業を控えた頃、母親を迎えに向かう途中で車と接触し、病院で検査を受けました。
すると、事故によるけがとは別に足の腫瘍が発見されたそうです。
辻本さんは2023年のインタビューでも、競輪選手になる夢を断念した経緯を振り返っています。
長年目指していた職業を突然あきらめることになったため、大きな進路変更でした。
ただし、交通事故そのものが腫瘍の原因だったわけではありません。事故後の検査によって、以前からあった異常が見つかったという経緯です。
この経験が、後にお笑いの世界へ進む大きな転機となりました。
辻本茂雄の若い頃からの経歴!吉本新喜劇の座長になるまで
辻本茂雄さんは、最初から吉本新喜劇の座員だったわけではありません。
競輪選手になる夢を断念した後、NSCへ入学し、漫才コンビでの活動を経て新喜劇に入団しました。
その後、舞台経験を積み重ね、1999年には座長に就任しています。
1986年にNSC大阪校5期生として入学
辻本茂雄さんがお笑いの世界に進んだきっかけは、NSCの募集ポスターでした。
競輪選手になる夢を断念した後、アルバイトをしながら生活していた辻本さん。
ある日、両親と大阪・千日前の道具屋筋を訪れた際、NSC大阪校5期生の募集ポスターを目にしたそうです。
MBSのインタビューでは、もう一度夢を追いかけたいという気持ちがあったことを語っています。
両親にNSCへ入りたいと伝えたところ、新たな挑戦を後押ししてくれたといいます。
こうして1986年、22歳になる年にNSC大阪校へ入学しました。
辻本茂雄の同期は誰?NSC大阪校5期生
辻本茂雄さんは、NSC大阪校5期生です。
同期として知られる芸人には、亀山房代さんなどがいます。
一方、ダウンタウンはNSC大阪校1期生であり、辻本さんより先輩にあたります。
当時はダウンタウンが若者から大きな人気を集めていた時期でした。
辻本さんもMBSのインタビューで、NSCへ入る頃にはダウンタウンがアイドルのような人気を誇っていたと振り返っています。
同じ吉本興業の芸人であっても、活動を始めた時期や経歴には違いがあるのです。
若い頃は漫才コンビ「三角公園USA」で活動
辻本茂雄さんは、NSCで学んだ後、漫才コンビ「三角公園USA」を結成しました。
現在は喜劇俳優としての印象が強いものの、芸人としての出発点には漫才の経験があります。
MBSのインタビューによると、NSCでの稽古が途中で終了した後、芸人としての活動が途切れかけた時期もあったそうです。
しかし、後にコンビを組む相方から声をかけられたことで、再び芸人として活動することになりました。
三角公園USAでは、若い観客が集まる劇場やイベントなどに出演していましたが、その後コンビは解散します。
競輪選手の夢を断念した後も、芸人として順調なことばかりではなかったのです。
こうした経験を経て、新喜劇という新たな舞台へ進んでいきます。
1989年に吉本新喜劇へ入団
辻本茂雄さんは1989年に吉本新喜劇へ入団しました。
吉本新喜劇は、大阪のなんばグランド花月などを中心に、芝居と笑いを組み合わせた喜劇を上演する劇団です。
漫才では短い時間で笑いを取ることが求められますが、新喜劇では物語の流れや登場人物同士の掛け合いも重要になります。
入団当初、辻本さんは漫才の舞台とは観客層が異なることに戸惑いを感じたそうです。
MBSのインタビューでは、なんばグランド花月の年配の観客を笑わせる難しさについて語っています。
しかし、次第に幅広い世代の観客を笑わせたいという思いが強まり、新喜劇の舞台で経験を重ねていきました。
1999年に吉本新喜劇の座長へ就任
辻本茂雄さんは1995年に吉本新喜劇のニューリーダーとなり、1999年に正式な座長へ就任しました。
座長とは、公演の中心となって芝居を引っ張る役割を担う人物です。
当時は内場勝則さん、吉田ヒロさん、石田靖さんなどとともに、吉本新喜劇の人気を支えていました。
辻本さんは座長として舞台を進行するだけでなく、自身のキャラクターやアドリブを生かした笑いを作り上げました。
特に「茂造じいさん」は、多くの観客から支持される代表的なキャラクターとなります。
1999年から2019年まで約20年間にわたり座長を務め、新喜劇の中心人物として活躍しました。
2019年に座長を勇退した理由は?
辻本茂雄さんは2019年2月、吉本新喜劇の座長を勇退しました。
同じく座長を務めていた内場勝則さんも、この時期に勇退しています。
当時は吉本新喜劇の新たな体制づくりが進められており、若い世代へ役割を引き継いでいくことが背景にありました。
辻本さん自身も、座長勇退後は若手の育成や新喜劇への恩返しに取り組みたいという思いを語っています。
ここで重要なのは、座長を勇退したことと、芸人を引退したことは違うという点です。
座長という役職を離れた後も、辻本さんは新喜劇の舞台へ出演し続けました。
2023年には芸歴35周年記念公演を開催し、その後も還暦記念ツアーなどで活躍しています。
辻本茂雄の茂造じいさんとは?人気の理由や代表的なギャグ
辻本茂雄さんを代表するキャラクターといえば、「茂造じいさん」です。
白髪のかつらをかぶり、特徴的な衣装を身につけて登場する茂造じいさんは、自由奔放な言動や共演者との掛け合いで笑いを生み出します。
茂造じいさんはいつから演じている?
茂造じいさんは、辻本茂雄さんが吉本新喜劇で活動するなかで生み出したキャラクターです。
1990年代末頃から知られるようになり、座長時代には辻本さんの代名詞として定着しました。
茂造じいさんの魅力は、見た目は高齢者でありながら、周囲の予想を超える自由な行動を取ることです。
共演者の発言に独特のツッコミを入れたり、同じ話を何度も繰り返したりして、舞台全体を盛り上げます。
また、茂造を中心とした特別公演も開催されてきました。
2018年のCBCラジオのインタビューでは、茂造のルーツを描く物語を辻本さん自身が書き、演出にも関わった経験について語っています。
単にキャラクターを演じるだけでなく、舞台の物語づくりにも携わっていることが分かります。
「茂造」と「しげじい」は同じキャラクター?
辻本茂雄さんの「茂造じいさん」は、ファンの間で「しげじい」「しげぞう」と呼ばれることもあります。
いずれも辻本さんが演じるおじいさんキャラクターを指す呼び方として使われています。
茂造じいさんは、独特の話し方や繰り返しのギャグ、舞台上での自由な振る舞いが特徴です。
吉本新喜劇のファンにとっては、白髪のかつらや衣装を見ただけで辻本さんのキャラクターだと分かるほど、印象的な存在となっています。
「許してやったらどうや」は代表的なギャグ
辻本茂雄さんのギャグで特に有名なのが「許してやったらどうや」というセリフです。
このギャグは、単に言葉を発するのではなく、独特のイントネーションや間の取り方によって笑いを生み出します。
2019年6月のSmart FLASHでは、共演した山田亮さんのイントネーションを辻本さんがまねしたことが、ギャグ誕生の背景として紹介されました。
もともとは舞台上での掛け合いから生まれた表現が、繰り返し演じられるなかで人気ギャグになったのです。
短いセリフでも笑いを取れるところに、辻本さんの舞台経験と技術が表れています。
ローテーショントークやアドリブも人気
辻本茂雄さんは、アドリブを多く取り入れる芸風でも知られています。
決められたセリフを話すだけでなく、共演者の反応に合わせて話を広げたり、予定にない掛け合いを始めたりすることがあります。
また、同じ話題ややり取りを繰り返して笑いを生み出すローテーショントークも特徴的です。
2023年3月のなんばグランド花月での公演では、約50分を予定していた新喜劇が約79分に延びたことも話題になりました。
ORICON NEWSによると、アドリブによって笑いが続き、予定より長い舞台になったそうです。
こうした掛け合いは、共演者との呼吸が合っていなければ成立しません。
辻本さんの笑いは、長年の経験だけでなく、舞台上で相手の反応を見ながら展開を変える技術にも支えられているといえます。
山田亮と辻本茂雄に確執はあった?
辻本茂雄さんと山田亮さんについては、確執や不仲があったのか気になる人もいるようです。
二人には吉本新喜劇での共演歴があり、山田亮さんは「許してやったらどうや」のギャグ誕生にも関係しています。
ただし、今回確認した本人発言や信頼できる報道では、現在も続く確執があると断定できる情報は見つかりませんでした。
新喜劇では、強いツッコミや激しい掛け合いが笑いにつながることもあります。
舞台上のやり取りと実際の人間関係は必ずしも一致しないため、確執があったとする具体的な経緯については確認できていません。
辻本茂雄の性格・人柄は?間寛平や小籔千豊との関係
辻本茂雄さんは、舞台では自由奔放なキャラクターを演じる一方、インタビューでは先輩への感謝や仕事への思いも語っています。
若い頃の経験や共演者との関係をたどると、テレビで見せる姿だけでは分からない人物像も見えてきます。
間寛平は辻本茂雄にとって恩人
辻本茂雄さんは、間寛平さんを恩人として語っています。
2022年のCBCラジオの番組では、間寛平さんの公演で主役が出演できなくなり、辻本さんが代役として参加した出来事を振り返りました。
その舞台で辻本さんのツッコミが高く評価され、間寛平さんが周囲に面白さを伝えてくれたことが、仕事の増加につながったそうです。
辻本さんは、間寛平さんから受けた恩を忘れていないことを語っています。
芸人としての活躍は、自分の努力や実力だけでなく、周囲からの評価やチャンスにも支えられていたことが分かるエピソードです。
ダウンタウンとの関係は?同期ではない
辻本茂雄さんは、ダウンタウンの浜田雅功さんや松本人志さんが人気を集めていた時代に、お笑いの世界へ入りました。
MBSのインタビューでは、NSCの募集ポスターを見た頃、ダウンタウンが若い世代から絶大な人気を集めていたと振り返っています。
ただし、辻本さんはNSC大阪校5期生、ダウンタウンは1期生です。
同じ吉本興業に所属していますが、同期ではありません。
辻本さんが新喜劇へ進んだのに対し、ダウンタウンは漫才やテレビバラエティを中心に活動してきました。
それぞれ異なる舞台で活躍しながら、関西のお笑い界を盛り上げてきた人物といえます。
小籔千豊や内場勝則との関係
辻本茂雄さんと小籔千豊さん、内場勝則さんは、いずれも吉本新喜劇で座長を務めた経験があります。
内場勝則さんは辻本さんと同じ2019年に座長を勇退しました。
一方、小籔千豊さんは2006年に座長へ就任し、2022年に勇退しています。
三人は、それぞれ異なる笑いのスタイルで吉本新喜劇を支えてきました。
辻本さんは茂造じいさんを中心としたアドリブや掛け合い、内場さんは芝居の流れを生かしたツッコミ、小籔さんは独特の言葉選びや会話劇など、それぞれの個性を発揮しています。
舞台への考え方が同じとは限りませんが、仕事上の違いだけで不仲や対立を断定することはできません。
辻本茂雄は真面目な性格?舞台と素顔の違い
辻本茂雄さんの性格について、本人の内面を一言で説明することは難しいでしょう。
ただ、これまでの経歴を見ると、一つの目標に向かって努力を続ける姿勢がうかがえます。
学生時代は競輪選手を目指して厳しい練習に取り組み、夢を断念した後はお笑いの世界へ進みました。
さらに、漫才コンビの解散を経験しながらも新喜劇へ入団し、約20年間にわたり座長を務めています。
また、間寛平さんへの感謝を語っていることから、仕事で支えてくれた人との関係を大切にしてきた一面も見えてきます。
舞台で演じる茂造じいさんは自由奔放ですが、辻本さん本人の素顔は、これまでの経験や周囲との関わりからも見る必要がありそうです。
辻本茂雄の現在は?最近見ない理由と2026年12月からの休養
辻本茂雄さんは2026年11月現在も吉本興業に所属し、吉本新喜劇の座員として活動しています。
ただし、2026年11月1日に足の治療による休養が発表されました。
今後の舞台出演や復帰予定については、公式発表をもとに確認する必要があります。
辻本茂雄は2026年12月1日から足の治療で休養
2026年11月1日、吉本新喜劇は公式Xで、辻本茂雄さんが足の治療のため同年12月1日から休養に入ることを発表しました。
ORICON NEWSや日刊スポーツなども、この発表を報じています。
今回明らかになった主な内容は、次のとおりです。
- 休養開始日は2026年12月1日
- 理由は足の治療
- 詳しい病名や治療内容は公表されていない
- 復帰時期は未発表
- 2027年の芸歴40周年を記念した舞台を予定
吉本新喜劇は、辻本さんが治療に専念し、再び元気な姿で舞台に立つことを目指していると伝えました。
2026年11月2日時点では、休養開始前です。
今回の発表は、病気による芸能界引退を意味するものではありません。
辻本茂雄の病気・病名は?足の腫瘍が再発した?
辻本茂雄さんの休養理由は、公式発表では「足の治療」とされています。
一方、具体的な病名や治療内容、手術を受けるかどうかなどは明らかになっていません。
辻本さんは高校時代にも足の腫瘍が見つかり、競輪選手になる夢を断念した経験があります。
そのため、今回の治療が過去の腫瘍と関係しているのか気になるところですが、腫瘍が再発したという公式発表はありません。
2026年の休養と過去の病歴の関連性も確認されていないため、同じ病気が原因だと断定することはできません。
また、現在公表されている情報だけでは、休養がどの程度の期間になるのかも分かっていません。
辻本茂雄を最近見ないのはなぜ?引退した?
辻本茂雄さんを最近テレビで見かけないと感じる理由の一つとして、2019年に吉本新喜劇の座長を勇退したことが挙げられます。
座長時代は新喜劇の中心人物として舞台に立つ機会が多く、テレビ放送でも存在感を発揮していました。
座長勇退後は、特別公演や全国ツアーなどにも活動の場を広げています。
2023年には芸歴35周年記念公演を開催し、2025年から2026年にかけては還暦記念ツアーを実施しました。
このように舞台活動は続いていたため、テレビで見かける機会が変化したことだけを理由に、引退したとはいえません。
2026年12月からの休養についても、現時点では芸能界引退ではなく、足の治療に専念するための一時的な活動休止として発表されています。
2026年の吉本新喜劇出演スケジュールは?
辻本茂雄さんの2026年の出演情報は、吉本興業の公式プロフィールや吉本新喜劇の公式サイト、FANYチケットなどで確認できます。
なんばグランド花月などの劇場公演に加え、特別公演や地方公演が行われる場合もあります。
ただし、2026年12月1日から休養が予定されているため、今後の公演では出演者の変更が生じる可能性があります。
特定の公演に辻本さんが出演するかどうかは、公演ごとの出演者情報を確認する必要があります。
出演スケジュールは変更される場合もあるため、チケットを購入する際は最新の公式情報が参考になります。
辻本茂雄の還暦特別公演記念ツアー!広島・福岡など全国公演を紹介
辻本茂雄さんは、60歳の還暦を記念して「辻本茂雄還暦特別公演記念ツアー」を開催しました。
2025年7月の兵庫公演から始まり、2026年にも広島、高知、福岡、岡山など各地で公演を実施しています。
長年の新喜劇ファンにとって、辻本さんの舞台を地元で楽しめる貴重な機会となりました。
還暦特別公演記念ツアーの開催日程
吉本新喜劇が公開した公式資料によると、2026年の主な公演日程は次のとおりです。吉本新喜劇
| 開催日 | 開催地 | 会場 |
|---|---|---|
| 2026年3月7日 | 広島 | 上野学園ホール |
| 2026年3月14日 | 高知 | 高知県立県民文化ホール |
| 2026年3月20日 | 福岡 | 福岡市民ホール |
| 2026年4月5日 | 岡山 | 岡山芸術創造劇場ハレノワ |
2026年11月現在、上記の公演はすでに終了しています。
還暦記念ツアーでは、安尾信乃助さん、高井俊彦さん、平山昌雄さんなど、辻本さんと新喜劇で共演してきた座員が参加しました。
会場によっては、お笑い芸人によるネタの披露なども行われ、通常の新喜劇公演とは異なる特別な舞台が用意されていました。
広島・福岡・岡山・高知公演の見どころ
還暦特別公演記念ツアーは、関西だけでなく全国各地で開催されたことが特徴です。
広島では上野学園ホール、福岡では福岡市民ホール、岡山では岡山芸術創造劇場ハレノワ、高知では高知県立県民文化ホールが会場となりました。
普段なんばグランド花月まで足を運ぶ機会が少ない人でも、地元に近い会場で辻本さんの舞台を楽しめる構成になっていました。
辻本さんは過去にも全国ツアーを開催しており、2017年の芸歴30周年ツアーでは約6万5,000人を動員したと紹介されています。
長年にわたって全国公演を続けられることからも、関西以外の地域にも多くのファンがいることが分かります。
還暦ツアーのチケットやグッズは?
辻本茂雄さんの公演チケットは、吉本新喜劇の公式サイトやFANYチケットなどで案内されてきました。
還暦特別公演記念ツアーでは、公演に関連するグッズや、複数公演を観覧した人向けのオリジナルステッカー企画も実施されています。
ただし、2026年11月現在、過去に開催された公演のチケット販売は終了しています。
グッズについても、販売期間や在庫状況によって購入できる商品が異なります。
今後のチケット発売情報や新たな公演予定については、以下の公式サイトで確認できます。
2027年の芸歴40周年記念公演は開催される?
2026年11月1日の休養発表では、2027年に芸歴40周年を記念した特別な舞台が予定されていることも明らかになりました。
辻本さんにとって、芸歴40周年は大きな節目です。
競輪選手になる夢を断念し、1986年にNSC大阪校へ入学してから、約40年にわたりお笑いの世界で活動してきました。
その集大成となる舞台がどのような内容になるのか、ファンにとっては楽しみなところでしょう。
ただし、2026年11月2日時点では、具体的な開催日、会場、出演者、チケット発売日などは公表されていません。
開催の詳細については、今後の公式発表を確認する必要があります。
辻本茂雄の年収は?テレビ出演や新喜劇の活動歴
辻本茂雄さんの年収について、具体的な金額を本人や吉本興業が公表した情報は確認できませんでした。
ただし、これまでの活動歴を見ると、吉本新喜劇の通常公演だけでなく、全国ツアーやテレビドラマなど、幅広い仕事を経験してきたことが分かります。
辻本茂雄の年収はいくら?
辻本茂雄さんの正確な年収は非公表です。
吉本新喜劇の座長を約20年間務め、人気キャラクターを持つベテラン芸人であるため、収入面に関心を持つ人も多いようです。
しかし、公演のチケット売上やテレビ出演回数だけで本人の収入を計算することはできません。
舞台公演には制作費や会場費などがかかり、出演料も契約内容によって異なるためです。
辻本さんが現在いくら稼いでいるのかについて、確かな金額を示す公開資料は見つかっていません。
NHK朝ドラ『あさが来た』や『水戸黄門』にも出演
辻本茂雄さんは、吉本新喜劇以外のテレビ番組にも出演してきました。
代表的な出演歴として、NHK連続テレビ小説『あさが来た』や、TBS系『水戸黄門』などがあります。
また、関西テレビの『サタうま!』など、バラエティ番組への出演歴もあります。
新喜劇では大きなリアクションやアドリブを生かした笑いが特徴ですが、テレビドラマでは物語に合わせた演技も求められます。
こうした出演歴から、辻本さんが新喜劇の舞台だけにとどまらず、俳優としても経験を積んできたことが分かります。
特別公演や全国ツアーで長年活躍
辻本茂雄さんは、通常の新喜劇公演に加え、自身の名前を冠した特別公演も開催してきました。
2023年には芸歴35周年記念公演を実施し、2025年から2026年には還暦記念ツアーを開催しています。
また、茂造じいさんを中心にした公演では、辻本さんならではのアドリブや掛け合いを楽しむことができます。
長年にわたって特別公演を開催できることは、固定ファンの存在や集客力を示す実績の一つといえるでしょう。
2026年12月からは足の治療のため休養する予定ですが、2027年には芸歴40周年という新たな節目を迎えます。
辻本茂雄の人物像に関するまとめ
辻本茂雄さんのWiki風プロフィールや家族構成、学歴、若い頃の経歴、現在の活動について紹介しました。
- 辻本茂雄さんは吉本興業所属の喜劇俳優で、吉本新喜劇の元座長
- 1964年10月8日生まれで、2026年11月現在は62歳
- 出身地は大阪府阪南市で、身長173cm、血液型A型
- 芸能活動では「辻本茂雄」という名前を使用している
- 結婚しているが、嫁の詳しいプロフィールや子供の人数は確認できない
- 実家はうどん屋を営んでおり、両親とのエピソードが人生の転機に関わっている
- 出身高校は和歌山県立和歌山北高等学校で、競輪選手を目指していた
- 足の腫瘍が見つかったことで競輪選手を断念し、お笑いの道へ進んだ
- 1986年にNSC大阪校5期生として入学し、1989年に吉本新喜劇へ入団
- 1999年から2019年まで新喜劇の座長を務め、茂造じいさんで人気を集めた
- 2025年から2026年にかけて還暦特別公演記念ツアーを開催した
- 2026年12月1日から足の治療のため休養し、2027年には芸歴40周年記念舞台が予定されている
辻本茂雄さんは、若い頃からお笑い一筋だったわけではありません。
競輪選手という大きな夢を持ち、その道を断念した経験を経て、吉本新喜劇で長年活躍してきました。
茂造じいさんの明るく自由なキャラクターの裏側には、自転車競技に打ち込んだ学生時代や、漫才コンビの解散、新喜劇での試行錯誤など、さまざまな経験が積み重なっています。
2026年12月からは足の治療のため休養に入る予定ですが、2027年には芸歴40周年という節目を迎えます。長年培ってきた舞台経験を生かし、再び観客の前でどのような笑いを見せてくれるのか、今後の活動にも注目が集まっています。

