
小原ブラスさんについて、弟や父親、母親などの家族構成が気になっている人も多いのではないでしょうか。
小原ブラスさんには弟が1人います。また、父親については、ロシア人の実父と、日本で小原ブラスさんを育てた日本人の義父がいます。
母親は旧ソ連時代のウズベキスタンで育ち、ロシアのハバロフスクへ移住した女性です。実父との離婚後に日本人男性と再婚し、小原ブラスさんとともに兵庫県姫路市で生活するようになりました。
弟の詳しいプロフィールや現在の職業は公表されていませんが、小原ブラスさん自身が弟の存在や家族との思い出をSNSやコラムで語っています。
目次
小原ブラスの弟はどんな人?名前や兄弟構成を確認
小原ブラスさんは一人っ子ではなく、弟が1人いる二人兄弟です。
本人へのbizSPA!のインタビューでは、親戚の家庭とお年玉の金額を比べた幼少期の話の中で、自身の家庭を「二人兄弟」と表現していました。父親が亡くなった後の家族について書いたコラムにも、母親と弟のエピソードが登場しています。
小原ブラスの弟の名前はファビオ?
小原ブラスさんの弟については、「ファビオ」という名前が知られています。
この名前はネット上の記事だけで広まったものではなく、小原ブラスさん本人も2019年のXで「ファビオ」と呼んでいました。その投稿では、弟が以前より表に出たがらなくなっていることにも触れています。
ネット上では「小原ファビオ」と紹介されることもありますが、所属事務所のプロフィールに弟の氏名は掲載されていません。
本人が公に使用したことが確認できるのは「ファビオ」という呼び名までです。フルネームや勤務先、現在のSNSなどは本人や家族から案内されていません。
小原ブラスの弟は6歳下の異父兄弟?
ネット上では、ファビオさんは小原ブラスさんより6歳年下で、母親と日本人の義父との間に生まれた異父弟と紹介されています。
この家族関係が語られる理由は、小原ブラスさんがロシア人の実父と母親の間に生まれた後、母親が日本人男性と再婚して日本へ移住した経緯があるためです。
ただ、弟の生年月日や年齢は所属事務所の公式プロフィールには掲載されていません。小原ブラスさん本人が詳しい家族年表を公表しているわけでもないため、年齢についてはネット上で紹介されている情報という位置づけになります。
弟は芸能活動をしている人物ではなく、現在の職業や生活についても詳しい発表は出ていません。
小原ブラスと弟は現在も交流がある?
小原ブラスさんは2021年、父親の葬儀をきっかけに感じた家族への思いをbizSPA!のコラムにつづっています。
当時、姫路の実家では父親と母親、弟の3人が暮らしていました。父親が亡くなった後の生活について話した際、小原ブラスさんが母親に、弟も成長すれば実家を離れるかもしれないと伝えたエピソードも紹介されています。
このコラムからは、小原ブラスさんが上京した後も、母親や弟と実家の今後について話し合っていたことが分かります。
現在、弟が母親と一緒に暮らしているかどうかは公表されていません。弟は一般の生活を送っているとみられ、本人の詳しい近況には触れられていないようです。
小原ブラスの父親は2人|ロシア人の実父と日本人の義父
小原ブラスさんの父親について調べると、ロシア人と日本人という異なる情報が出てきます。
これは情報が食い違っているのではなく、ロシア人の実父と、日本で育ててくれた日本人の義父がいるためです。
小原ブラスさんは、血縁上の父親を「実の父」、母親の再婚相手を「日本の父」や「父」と表現しています。
小原ブラスの実父はロシア人
小原ブラスさんは、ロシアのハバロフスクでロシア人の両親の間に生まれました。
文藝春秋PLUSに寄稿した文章によると、母親はロシア民族舞踊団の活動先で実父と出会いました。しかし、小原ブラスさんが4歳頃のときに両親は離婚しています。
媒体によっては離婚時の年齢が5歳と紹介されることもあります。小原ブラスさん自身が文藝春秋PLUSで語った内容では「4歳の頃」となっているため、4歳から5歳頃の出来事だったようです。
実父の氏名や職業、現在の様子は、公式プロフィールでは公表されていません。
ネット上には実父の家系や職業に関する説もありますが、小原ブラスさん本人が近年の寄稿で明かしているのは、母親が舞踊団の活動を通じて実父と出会い、その後離婚したことまでです。
小原ブラスの義父は日本人
母親はロシア人の実父と離婚した後、民族舞踊団の公演で訪れた場所で日本人男性と出会いました。
文藝春秋PLUSへの本人寄稿では、母親はこの日本人男性との結婚を決め、小原ブラスさんとともに日本で生活するようになったと明かされています。
日本人の義父は、小原ブラスさんを養子として迎えました。現在使用している「小原」という名字も、義父から受け継いだものです。
小原ブラスさんにとっては、幼い頃から日本で自分を育ててくれた父親でした。
日本人の義父はどんな人だった?
小原ブラスさんは、日本人の義父について「本当の息子のように育ててくれた」とSNSで振り返っています。
仕事が忙しくても、週末には小原ブラスさんをさまざまな場所へ連れて行ってくれたそうです。小原ブラスさんは義父を「大好きで尊敬していた父」と表現していました。
文藝春秋PLUSへの寄稿では、母親が日本の生活で困ったときにも、義父が一つずつ向き合っていたことが紹介されています。
義父が経営していた会社が倒産し、生活が苦しくなった時期もあったそうです。それでも母親は離婚を選ばず、夫婦で生活を続けました。小原ブラスさんは、亡くなる数カ月前に義父が母親への感謝を語っていたことも明かしています。
小原ブラスの父親は2020年に死去
日本で小原ブラスさんを育てた義父は、2020年11月に亡くなりました。
小原ブラスさんは同年11月9日のXで、義父が末期がんを患っていたことを公表しています。最期に感謝の言葉を伝えられたことも報告しました。
2021年に掲載されたbizSPA!のコラムでは、父親の葬儀で実家へ帰ったときの出来事を振り返っています。
父親の死後、母親が初めて見せた弱い一面を通じて、親も子どもから頼られることで自分の居場所を感じていたのではないかとつづっていました。
小原ブラスの母親はどんな人?ウズベキスタン育ちのロシア人
小原ブラスさんの母親は、旧ソ連時代のウズベキスタンで育った女性です。
小原ブラスさんを出産する前に、ロシア極東部のハバロフスクへ移住しました。ソ連崩壊後はロシア国籍になったと、小原ブラスさん本人が説明しています。
母親はロシア民族舞踊団で活動
母親はソ連の大学を卒業後、歌とダンスが好きだったことからロシア民族舞踊団へ入りました。
舞踊団では旧ソ連各地を回り、公演を行っていたそうです。その活動先でロシア人の実父と出会い、小原ブラスさんが生まれました。
実父との離婚後も舞踊団の活動を続け、海外公演で訪れた先で日本人の義父と出会っています。母親の再婚は、小原ブラスさんが日本へ移住するきっかけにもなりました。
母親は日本の生活に合わせて子育て
母親は日本へ移住してから、日本料理を学び、押し花や編みぐるみ作りにも取り組んでいました。
一方で、細かなゴミの分別や地域の保護者同士の付き合いなど、日本独特の生活習慣に戸惑うこともあったようです。
それでも小原ブラスさんを日本の保育園や学校へ通わせ、日本での生活を支えてきました。小原ブラスさんは母親の行動力や、好きなことへ迷わず進む性格を、本人寄稿の中で愛情を込めて紹介しています。
小原ブラスと母親の現在の関係
小原ブラスさんは、テレビやSNSでも母親との会話やエピソードをたびたび発信しています。
意見がぶつかることもあったようですが、父親の死後には母親の心情を深く考えるようになったと明かしています。
母親の氏名や詳しい生活場所は、公式プロフィールでは案内されていません。本人が公表した思い出や活動の範囲からは、現在も親子の交流が続いていることがうかがえます。
小原ブラスの家族構成と姫路で育った生い立ち
小原ブラスさんの家族構成には、ロシア人の実父、日本人の義父、ロシア人の母親、弟がいます。
幼少期に両親の離婚と母親の再婚を経験し、ロシアから日本へ移住しました。この環境が、ロシアにルーツを持ちながら関西弁で日本社会を語る現在の活動にもつながっています。
ロシアのハバロフスクで誕生
小原ブラスさんは1992年4月20日、ロシアのハバロフスクで生まれました。
所属事務所のAlmost Japaneseでは、ロシア生まれで、6歳のときから兵庫県姫路市で育った人物と紹介されています。(株式会社Almost Japanese(オールモストジャパニーズ))
本人へのbizSPA!のインタビューでは、5歳でロシアから兵庫県へ来たと語っています。来日時の年齢は媒体によって5歳または6歳となっていますが、就学前後に日本へ移住したことは共通しています。
両親の離婚と母親の再婚を経て日本へ
小原ブラスさんのロシア人の両親は、本人が4歳から5歳頃のときに離婚しました。
その後、母親が日本人男性と再婚し、小原ブラスさんも日本へ移住します。姫路市の保育園や学校へ通い、約3カ月で日本語によるコミュニケーションができるようになったと本人が話しています。
日本語を関西弁で覚えたため、テレビでも流ちょうな関西弁を話しています。
日本人の義父から「小原」の名字を受け継ぐ
母親の再婚相手となった日本人男性は、小原ブラスさんを養子にしました。
このとき、義父の名字である「小原」を受け継ぎ、日本国内では「小原ブラス」という名前を使用するようになりました。
血縁上の父親はロシア人ですが、日本での成長を支えた父親は日本人の義父です。「小原」という名前には、自分を息子として迎え、姫路で育ててくれた義父とのつながりが残っています。
小原ブラスの弟・父親・家族構成で分かったこと
小原ブラスさんには、ファビオと呼ばれている弟が1人います。
ネット上では6歳年下の異父弟と紹介されていますが、弟は芸能人ではなく、生年月日や職業などの詳しいプロフィールは公表されていません。
父親には、ロシア人の実父と、日本人の義父がいます。実父と母親は小原ブラスさんが4歳から5歳頃のときに離婚しました。
その後、母親が日本人男性と再婚し、小原ブラスさんは兵庫県姫路市へ移住しています。
日本人の義父は小原ブラスさんを養子に迎え、「小原」という名字を与えた育ての父親です。2020年に末期がんで亡くなりましたが、小原ブラスさんは現在もSNSやコラムで父親への感謝を語っています。
ロシア人の母親、日本人の義父、弟と暮らした姫路での生活は、小原ブラスさんの関西弁や家族観、現在のコメンテーターとしての視点にも影響を与えているようです。

