
NHKの「ニュースウオッチ9」や「サンデースポーツ」、オリンピック中継などで活躍した青山祐子さん。1972年12月27日生まれで、2026年8月現在は53歳です。NHK時代にはスポーツ・報道分野を中心に活躍し、全国的に知られるアナウンサーとなりました。
2012年に産休へ入って以降、長期間テレビで姿を見る機会が減ったため、「青山祐子さんは現在何をしている?」「今もアナウンサー?」「NHKを辞めたその後は?」と気になっている人も多いのではないでしょうか。夫の仕事や香港生活について関心を持つ人も少なくありません。
結論からいうと、青山祐子さんは芸能界を引退しておらず、現在もアナウンサーとして活動しています。2023年には約9年間暮らした香港から日本へ戻り、2026年には「昭和100年記念式典」の司会も担当しました。さらにCURIOO JAPANの取締役として教育事業にも携わっています。
青山祐子の現在は?今の仕事と最新の近況
青山祐子さんはNHKを退局していますが、アナウンサーを引退したわけではありません。
2026年8月時点でもジャパン・ミュージックエンターテインメントの所属タレントとして公式サイトに掲載されており、フリーアナウンサーとして活動しています。(ジャパン・ミュージックエンターテインメント)
現在の状況を簡単に見ると、次のようになります。
| 項目 | 現在の状況 |
|---|---|
| 名前 | 青山祐子 |
| 生年月日 | 1972年12月27日 |
| 年齢 | 53歳(2026年8月現在) |
| 出身地 | 広島県廿日市市 |
| 元所属 | NHK |
| 現在の所属 | ジャパン・ミュージックエンターテインメント |
| 主な活動 | アナウンサー、司会、テレビ出演など |
| 教育事業 | CURIOO JAPAN取締役 |
| 海外生活 | 2014年から香港、2023年に日本へ帰国 |
| 子供 | 4人 |
NHK時代のように毎日ニュース番組へ出演する働き方ではなくなりましたが、「テレビから姿を消した」というだけで現在の活動を判断するのは実態と少し違います。
2026年もアナウンサーとして活動!昭和100年記念式典の司会を担当
青山祐子さんの現在を知るうえで注目したいのが、2026年4月29日に東京・日本武道館で開かれた「昭和100年記念式典」です。
青山さん自身がSNSで、天皇皇后両陛下ご臨席の式典で司会を務めたことを報告しています。式典に出席した関係者からも、青山さんが司会を担当したことが確認できます。
NHKのニュースキャスター時代とは出演の形が変わりましたが、大規模な式典で司会を任されていることからも、これまで培ってきたアナウンス経験を生かして現在も仕事を続けていることが分かります。
公式Instagramも2026年に更新されており、近況を確認できる状態です。
「青山祐子アナを最近テレビで見ない」と感じていた人にとっては、現在もこうした仕事をしていることは意外かもしれません。
現在もジャパン・ミュージックエンターテインメントに所属
青山祐子さんは現在、ジャパン・ミュージックエンターテインメントに所属しています。
公式プロフィールには1995年のNHK入局、2019年のNHK退局という経歴に加え、退局後のテレビ出演、ラジオ、ナレーション、司会などの仕事が掲載されています。
2025年にも「ネプリーグ」「呼び出し先生タナカ」「WBS」などへのテレビ出演が確認されています。
そのため、NHKを辞めたこととアナウンサー引退は別の話です。
青山祐子アナウンサーの今は、局アナ時代のようなレギュラー出演中心ではなく、番組出演や司会など仕事を選びながら活動するスタイルに変化しています。
2023年に約9年間の香港生活を終えて日本へ帰国
青山祐子さんの近況を調べる際、特に間違えやすいのが現在の居住拠点です。
過去の記事では「香港在住」と紹介されていることがありますが、青山さんは2023年7月、自身のVERYの連載で日本へ戻ることを報告しました。
青山さんによると、当初はすぐに日本へ帰国する予定だったものの、結果的に香港生活は約9年間になったといいます。香港生活中には子供がさらに2人増え、4人の子供とともに海外で暮らしていました。
したがって、古い記事にある「現在は香港在住」という情報を、そのまま現在の近況として受け取るのは正確ではありません。
青山祐子さんは2023年に香港生活を終え、日本での生活をスタートしています。
CURIOO JAPAN取締役として教育事業にも携わる
現在の青山祐子さんは、アナウンサー業だけでなく子供向けの教育事業にも活動の幅を広げています。
公式Instagramのプロフィールでは「CURIOOkids Japan取締役」と紹介されています。
CURIOO JAPANは、英語だけでなく探究型学習や問題解決学習、テクノロジーなどを組み合わせた子供向け教育サービスを展開している会社です。
2025年3月に発表された「International GAKUDO by CURIOOkids」のプレスリリースにも、「CURIOO JAPAN取締役 青山祐子氏」としてコメントが掲載されています。
長年の香港生活で4人の子供を育て、国際教育に触れてきた経験が、現在の教育分野での活動にもつながっています。
NHK時代とは仕事の内容が大きく変わりましたが、アナウンサーだけに限定せず、教育や司会など複数の分野で仕事を続けているのが青山祐子さんの今です。
青山祐子の夫は誰?旦那の仕事と現在
青山祐子さん本人の現在と並んで関心が高いのが、夫についてです。
青山さんはNHKアナウンサーだった2011年に結婚しました。当時の報道では、夫は青山さんより1歳年下の会社役員の一般男性と紹介されています。
夫の仕事は医療福祉関連会社の役員と報道
青山祐子さんの夫の仕事については、結婚当時に医療福祉関係会社の役員と報じられています。
2012年に青山さんが産休へ入った際の日刊スポーツの略歴にも、「医療福祉関係会社役員の男性と結婚した」と記載されています。
結婚報道では、2人は知人の紹介で知り合い、友人関係から交際へ発展したと伝えられました。
一方、夫は芸能人ではない一般男性です。結婚当時の勤務先や役職について報道はありますが、2026年現在の具体的な会社名や役職を本人が最新情報として公表している事実は確認できません。
そのため、「青山祐子さんの夫は現在も同じ会社で同じ役職」とまでは断定できません。
現在分かっているのは、結婚当時に医療福祉関連会社の役員だったことです。
夫はアメリカ育ち
青山祐子さん本人のインタビューから、夫がアメリカ育ちであることも明らかになっています。
青山さんがNHKへの復帰や退局について悩んでいた際、夫は転職が珍しくない環境で育ったことから、さまざまな働き方があるという考えを伝えていたそうです。
長くNHKという大きな組織で働いていた青山さんにとって、局を離れて新しい働き方へ進むことは簡単な決断ではなかったことがうかがえます。
夫の仕事がきっかけで2014年に香港へ
青山祐子さんがテレビから長く離れることになった背景を知るうえでも、夫の仕事は大きく関係しています。
青山さんは2014年、夫の仕事の関係で香港へ移住しました。
2019年のインタビューでは、移住後も日本へ帰国するたびにNHK側と復帰について話し合い、日本での単発の仕事や香港からできる仕事がないか相談していたことを明かしています。
つまり、香港へ移った時点で芸能活動やアナウンサーの仕事を完全にやめるつもりだったわけではありません。
その後、結果的に約9年間香港で暮らし、2023年に日本へ戻りました。
青山祐子をテレビで見なくなった理由は?NHK退局までのその後
青山祐子さんをテレビで見かけなくなった大きな転機は、2012年の産休でした。
「干されたのでは?」「何か問題があった?」と思われることもありますが、実際には出産・育児、香港移住、NHK退局という流れがあります。
2012年に第1子出産のため産休へ
青山祐子さんは2011年まで「スタジオパークからこんにちは」の司会などを担当していました。
2012年1月20日の番組内で出産のため産休へ入ることを報告。その後、第1子を出産し、さらに3人の子供が誕生しています。
青山さんは2019年のインタビュー時点で、長男、長女、次男、次女の4人を育てていることを明かしていました。
テレビへの出演が大きく減った直接的な転機は、まずこの産休・育休です。
約7年間の産休・育休を経て2019年にNHK退局
青山祐子さんは2012年の第1子出産以降、約7年間にわたって産休・育休を取得し、2019年3月にNHKを退局しました。
長期間の育休後に復職せず退局したことから、当時はさまざまな意見も出ました。
しかし、青山さん本人の説明を見ると、「最初から仕事へ戻る気がなかった」という状況ではありません。
香港移住後も子供の休みに合わせて年2回ほど日本へ帰り、NHKと復帰について話し合っていたと語っています。当時は復帰する場合、週5日渋谷の放送センターへ出勤する必要があり、家族が香港にいる状況で仕事と育児をどう両立するか悩んでいました。
本人は東京での単身生活も検討したと説明しており、さまざまな事情を考えた末にNHK退局を選んだことが分かります。
青山祐子は干された?確認できる事実はない
長期間テレビに出演していなかったことから、「青山祐子アナは干されたのではないか」と感じた人もいるかもしれません。
ただし、青山祐子さんがテレビ業界から干されたと裏付ける本人・NHK・現在の所属事務所などの公式発表は確認できません。
テレビ出演が減った時期には、産休・育休に入り、4人の子供を出産し、さらに夫の仕事で香港へ移住したという具体的な経緯があります。2019年にはNHKを退局しましたが、その後はテレビやラジオ、司会などの仕事を再開しています。
2020年にはBS日テレ「深層NEWS」へ出演し、2021年には「今夜くらべてみました」で久しぶりに地上波テレビへ登場しました。
さらに2024年、2025年にもテレビ出演が続き、2026年には「昭和100年記念式典」の司会を担当しています。
こうしたその後の活動までを見ると、「干された」「芸能界を引退した」という説明だけでは現在の状況を正確に表せません。
引退や活動休止を発表したわけではない
青山祐子さんはNHKを退局しましたが、芸能界からの引退を発表したわけではありません。
ここは誤解されやすいところです。
2019年のNHK退局は「局員としての仕事を終えた」ということで、その後はフリーの立場で仕事を再開しています。
現在も芸能事務所に所属し、アナウンサー・司会者として活動しているため、「NHK退局=アナウンサー引退」ではありません。
青山祐子アナの全盛期から現在まで!NHK時代の活躍
青山祐子さんを久しぶりに見て「昔はどの番組に出ていた?」と思い出した人もいるかもしれません。
青山さんは筑波大学体育専門学群を卒業後、1995年にNHKへ入局しました。長野放送局を経て東京へ移り、スポーツキャスターとして頭角を現しています。
スポーツキャスターとしてオリンピックを多数担当
青山祐子アナウンサーは「NHKニュース11」「おはよう日本」「サンデースポーツ」「サタデースポーツ」など、多くの報道・スポーツ番組を担当しました。
特に印象深いのがオリンピック中継です。
2000年シドニー、2002年ソルトレークシティー、2004年アテネ、2006年トリノ、2008年北京、2010年バンクーバーなどの大会でキャスターや司会を務めています。
当時の青山祐子さんを「オリンピックやスポーツニュースのアナウンサー」として覚えている人も多いでしょう。
「ニュースウオッチ9」のメインキャスターとして活躍
2006年から「ニュースウオッチ9」のスポーツキャスターを務め、2008年から2011年まではメインキャスターを担当しました。
スポーツだけでなくNHKを代表するニュース番組の顔を務めていたため、当時はテレビで青山さんを見る機会が非常に多くありました。
それだけに、2012年の産休後に姿を見かけなくなり、「青山祐子アナは今どうしているのだろう」と感じた人が多かったのも無理はありません。
NHK退局後はテレビ・司会・教育へ活動の場を広げた
2019年にNHKを退局した後、青山祐子さんは徐々に仕事を再開しました。
所属事務所のプロフィールでは、退局した2019年に「真相報道バンキシャ!」のナレーションやチャリティーイベントの司会を担当し、2020年には「深層NEWS」などに出演したことが確認できます。
その後は地上波のバラエティー番組にも出演するようになりました。2025年には「ネプリーグ」「呼び出し先生タナカ」「WBS」への出演記録もあります。
そして2026年には大規模式典の司会も担当しているため、全盛期と同じ出演スタイルではないものの、アナウンサーとしての経験を生かす仕事は現在まで続いています。
現在の収入源や年収は公表されている?
青山祐子さんの現在の活動を見ると、収入につながる仕事としては、アナウンサー・司会・テレビ出演などの芸能活動と、CURIOO JAPANでの教育事業が確認できます。
ただし、出演料や役員報酬、現在の年収について本人や所属先が公表した情報は確認できません。
テレビへの出演本数だけを見て「現在は仕事がない」「収入がない」と判断することはできません。
むしろ、テレビ以外の司会や教育事業まで含めて見ることで、NHK時代とは違う形で仕事を続けている現在の姿が見えてきます。
青山祐子の現在・今・その後に関するまとめ
青山祐子さんの現在やNHK退局後のその後について紹介しました。
- 青山祐子さんは1972年12月27日生まれで、2026年8月現在53歳
- 現在もジャパン・ミュージックエンターテインメントに所属している
- アナウンサーを引退しておらず、司会やテレビ出演などを続けている
- 2026年4月には日本武道館で行われた「昭和100年記念式典」の司会を担当した
- CURIOO JAPANの取締役として子供向け教育事業にも携わっている
- 2014年から約9年間暮らした香港を離れ、2023年に日本へ戻った
- 夫は結婚当時、医療福祉関係会社の役員と報じられたが、現在の具体的な勤務先・役職は公表されていない
- 2012年から産休・育休に入り、4人の子供を出産した
- 約7年間の産休・育休を経て2019年にNHKを退局した
- 「干された」と裏付ける公式発表はなく、退局後もテレビ、司会、教育分野などで活動している
青山祐子さんは、NHK時代と比べると地上波テレビで見かける頻度が少なくなりました。
しかし現在の近況まで追ってみると、日本へ帰国し、フリーアナウンサーとして司会やテレビの仕事を続けながら、教育分野にも活動を広げていることが分かります。
NHKの看板アナウンサーだった頃とは仕事の形が変わりましたが、これまでの経験と香港での子育て経験を生かしながら、新しい分野でも活動しているのが青山祐子さんの現在です。
