
JRAの若手騎手として活躍している舟山瑠泉(ふなやま・るい)騎手。
2026年8月に北海道函館市で起きた交通事故をめぐる報道で名前を知り、「舟山瑠泉騎手とはどんな人?」「何歳で、これまでどんな成績を残しているの?」と気になった人も多いと思います。
舟山瑠泉騎手は2006年7月28日生まれの20歳。千葉県出身で、2025年にJRA騎手としてデビューしたばかりの若手ジョッキーです。
父親が船橋競馬場の厩務員だったことから幼いころから馬が身近にあり、自然と騎手を志すようになったとJRA公式プロフィールで語っています。
デビュー1年目にJRA19勝を挙げ、2026年は8月20日時点ですでに42勝。JRA通算61勝まで数字を伸ばしており、2年目で大きく飛躍している騎手です。
舟山瑠泉騎手のwikiプロフィール!年齢・身長・出身地は?
舟山瑠泉騎手は、美浦トレーニングセンターの田中博康厩舎に所属するJRA騎手です。
2025年3月に18歳で騎手デビューし、2026年7月28日に20歳の誕生日を迎えました。
JRAの公式プロフィールでは、生年月日や出身地に加え、身長や体重も公表されています。
舟山瑠泉騎手のプロフィール
- 名前:舟山瑠泉
- 読み方:ふなやま るい
- 生年月日:2006年7月28日
- 年齢:20歳(2026年8月現在)
- 出身地:千葉県
- 身長:163cm
- 体重:48.2kg前後
- 血液型:AB型
- 所属:美浦・田中博康厩舎
- 騎手デビュー:2025年
- 初騎乗:2025年3月1日
- JRA初勝利:2025年3月8日
- 目標とする騎手:戸崎圭太騎手
JRAの「2025年ルーキーズ」では身長163cm、体重48.2kg、千葉県出身と紹介されています。netkeibaのプロフィールでは身長163cm、体重48kg、血液型AB型と掲載されています。
舟山瑠泉の読み方は「ふなやま るい」
「瑠泉」という名前を初めて見て、読み方に迷った人もいるかもしれません。
JRAでは「舟山 瑠泉(ふなやま るい)」と紹介されています。
2025年度の新規騎手免許試験合格者として発表された際にも「ふなやま るい」とふりがなが付けられていました。
舟山瑠泉騎手の経歴は?JRA競馬学校から2025年デビュー
舟山瑠泉騎手は10代でJRA競馬学校の騎手課程に入り、約3年間の訓練を経てプロの騎手になりました。
2025年にデビューすると、わずか1週間ほどでJRA初勝利を達成。
その後も勝利数を伸ばし、デビュー2年目の2026年には年間50勝が見えるペースで活躍しています。
2022年にJRA競馬学校へ入学
JRAが公開した新規騎手プロフィールによると、舟山瑠泉騎手は2022年4月にJRA競馬学校騎手課程へ入学しました。
そして2025年2月に卒業しています。
経歴を時系列で見ると、
- 2006年7月28日:千葉県で誕生
- 2022年4月:JRA競馬学校騎手課程へ入学
- 2025年2月:JRA競馬学校を卒業
- 2025年:騎手免許試験に合格
- 2025年3月1日:JRA初騎乗
- 2025年3月8日:JRA初勝利
- 2025年:JRA19勝
- 2025年:民放競馬記者クラブ賞受賞
- 2026年:2年目で勝利数を大幅に伸ばす
という流れになります。
田中博康厩舎所属で騎手デビュー
舟山瑠泉騎手は、美浦の田中博康厩舎に所属しています。
田中博康調教師自身も元JRA騎手で、引退後に調教師へ転身した人物です。
舟山騎手は2025年度の新人プロフィールで、美浦所属として新人賞を取ることを目標に掲げていました。
2025年末に民放競馬記者クラブ賞を受賞した際には、田中博康調教師について「先生あって始まった騎手人生」と話し、師匠への感謝を語っています。
舟山瑠泉騎手の初勝利はデビュー9戦目!レーヴブリリアントで勝利
舟山瑠泉騎手は、2025年3月1日の中山競馬でJRAデビューしました。
そしてわずか1週間後の3月8日、中山7Rでレーヴブリリアントに騎乗し、初勝利を挙げています。
この勝利は2025年にデビューしたJRA新人騎手の中で一番乗りでした。
2025年3月8日にJRA初勝利
初勝利となったのは、中山7Rの3歳1勝クラス。
1番人気のレーヴブリリアントに騎乗し、後方から追い上げて接戦を制しました。
デビューから9戦目での勝利です。
舟山騎手はレース後、ゴールした瞬間はとても嬉しかったと振り返り、新人賞獲得を目標に掲げていました。
2025年はJRA19勝で新人賞を受賞
デビュー1年目の2025年は、JRAで19勝を挙げました。
JRAは同年12月、舟山瑠泉騎手が「民放競馬記者クラブ賞」を受賞したと発表しています。
受賞理由には、新人騎手の中で最も早く初勝利を挙げたことや、年間を通して着実に勝ち星を重ねたことが挙げられました。
本人は1年目について、海外遠征など貴重な経験があった一方、落馬やけがも多かったと振り返っています。
舟山瑠泉騎手の2026年戦績は?2年目で42勝と急成長
舟山瑠泉騎手はデビュー2年目の2026年に大きく勝利数を伸ばしています。
2025年の年間19勝に対し、2026年は8月20日時点ですでに42勝。
日刊スポーツによると、JRA通算成績は8月20日時点で758戦61勝となっています。
2026年8月20日時点でJRA42勝
2026年は春から勝ち星を量産しました。
5月には新潟開催で勝利を重ね、スポーツ報知は5月下旬の段階で、すでに前年の19勝を上回る27勝に到達したと報じています。
夏の北海道シリーズでも好調を維持。
7月から8月にかけても勝利を重ね、8月20日時点で年間42勝まで数字を伸ばしました。
2026年だけで前年の2倍以上の勝利
2025年のJRA19勝から、2026年は8月時点で42勝。
まだシーズン途中ながら、すでに前年の2倍以上の勝利を挙げています。
JRA公式の2025年末インタビューでは、2026年の目標について「けがをせずに最低50勝」と話していました。
8月時点で42勝まで到達していたため、目標の50勝にもかなり近づいていました。
舟山瑠泉騎手はウェイワードアクトでマリーンSを勝利
2026年の舟山瑠泉騎手を語るうえで印象的なレースのひとつが、ウェイワードアクトとのコンビで勝ったマリーンステークスです。
2026年7月18日に函館競馬場で行われたマリーンSで、1番人気ウェイワードアクトに騎乗。
先手を奪うとそのまま逃げ切り、2着に3馬身半差をつけて勝利しました。
マリーンSで3馬身半差の快勝
マリーンSは函館ダート1700mのオープン競走です。
ウェイワードアクトは58kgの斤量を背負っていましたが、舟山騎手はスタートから積極的に先頭へ。
直線でも余力を残しながら後続を突き放しました。
舟山騎手はレース後、「楽しみな1頭に出会えた」とパートナーを高く評価しています。
エルムSでは1番人気で8着
マリーンSの勝利を受け、ウェイワードアクトとのコンビで8月8日のエルムステークス・G3にも挑戦しました。
人馬ともに重賞初制覇が期待され、ウェイワードアクトは1番人気。
しかし、好スタートから逃げたものの直線で後退し、8着という結果でした。
舟山騎手にとって重賞初勝利は持ち越しとなりましたが、デビュー2年目で重賞の有力馬を任されるまで評価を高めています。
舟山瑠泉騎手が目標とするのは戸崎圭太
舟山瑠泉騎手が目標に挙げているジョッキーは戸崎圭太騎手です。
JRA競馬学校卒業時から一貫して戸崎騎手の名前を挙げています。
戸崎騎手は地方・大井競馬からJRAへ移籍し、JRAリーディングジョッキーにも輝いたトップ騎手です。
「戸崎圭太騎手のようなトップジョッキー」が目標
JRA公式プロフィールで舟山騎手は、目標とする騎手を聞かれ「戸崎圭太騎手」と回答しています。
さらに、戸崎騎手のようなトップジョッキーを目指したいと話していました。
2025年末の民放競馬記者クラブ賞受賞時にも、改めて戸崎騎手を目標として挙げています。
人柄だけでなく、馬を上手に動かして伸ばしていく騎乗に憧れていると語りました。
舟山瑠泉騎手の父親は船橋競馬場の厩務員
舟山瑠泉騎手が騎手を目指した背景には、父親の存在があります。
JRA公式プロフィールで、父親が船橋競馬場の厩務員だったことを本人が明かしています。
競馬関係者の家庭で育ったため、幼いころから馬が身近にいる生活だったようです。
父親の仕事が騎手を目指すきっかけ
舟山騎手はJRAから「騎手を目指したきっかけ」を聞かれ、
父親が船橋競馬場で厩務員をしていたため、幼いころから馬が身近だった
という趣旨の回答をしています。
幼少期から競走馬を身近に感じる環境で育ったことが、現在の職業につながったことになります。
厩務員とはどんな仕事?
厩務員は、競走馬の日常的な世話を担当する仕事です。
担当馬の餌やりや馬房の管理、馬体の手入れ、調教準備などを行い、競走馬を最も近くで支える存在でもあります。
父親が船橋競馬場でそうした仕事に携わっていたことから、舟山騎手にとって競馬は幼いころから身近な世界だったのでしょう。
舟山瑠泉騎手の家族構成は?母親や兄弟は公表されている?
舟山瑠泉騎手の家族について、JRAが具体的に紹介しているのは父親についてです。
母親や兄弟姉妹については、JRA公式プロフィールや主要な競馬メディアでは詳しい情報が出ていません。
そのため、現時点で公表情報から分かる家族関係は、父親が船橋競馬場で厩務員をしていたという点が中心です。
父親以外の家族情報は多く公表されていない
ネット上では若手騎手の家族についてさまざまな情報が出ることがありますが、舟山瑠泉騎手の場合、母親や兄弟の氏名・職業などを本人が詳しく明かした公式資料は見当たりません。
一方、父親についてはJRA本人インタビューで明確に語られています。
家族構成として確かめられる範囲では、「父親が競馬関係者である」ということまでです。
舟山瑠泉騎手が2026年8月に注目された理由は交通事故報道
2026年8月20日、舟山瑠泉騎手が北海道函館市で起きた交通事故に関わっていたことが報じられました。
前日の8月19日午後8時30分ごろ、函館市日乃出町の国道で、舟山騎手が運転していた乗用車と別の乗用車が衝突。
双方が病院へ搬送され、相手車両を運転していた男性は搬送先で死亡が確認されたと北海道の報道機関などが伝えています。
舟山瑠泉騎手も負傷して病院へ搬送
HTB北海道ニュースによると、舟山騎手もけがをして病院へ搬送されましたが、命に別状はないと報じられています。
一方、日刊スポーツの取材に対してJRAは、舟山騎手がけがをしたことは把握しているものの、けがの詳細や報道内容について事実関係を調査中と回答しています。
事故原因についても、警察が当時の信号状況などを調べている段階です。
現時点では、報道されている事故の発生と負傷というところまでが確認されています。
舟山瑠泉騎手のwikiプロフィール・経歴・戦績まとめ
舟山瑠泉騎手は、2006年7月28日生まれ、千葉県出身の20歳です。
2022年にJRA競馬学校へ入学し、2025年2月に卒業。同年3月に美浦・田中博康厩舎所属の騎手としてデビューしました。
デビュー9戦目となる2025年3月8日、中山7RのレーヴブリリアントでJRA初勝利。
1年目はJRA19勝を挙げ、民放競馬記者クラブ賞を受賞しました。
2年目の2026年はさらに飛躍し、8月20日時点で年間42勝、JRA通算61勝。
ウェイワードアクトとのコンビではマリーンSを3馬身半差で快勝し、重賞でも有力馬を任される若手騎手へ成長しています。
また、父親が船橋競馬場の厩務員だったことから、幼いころから馬が身近な環境で育ちました。
目標とする騎手は戸崎圭太騎手。
デビューからわずか2年目ながら勝利数を急速に伸ばしており、JRAの若手騎手の中でも今後の活躍が注目されている存在です。

