堂安律のサウジ移籍が破談した本当の理由とは?家族事情・金銭問題など現地報道を調査
堂安律のサウジ移籍が破談した本当の理由とは?家族事情・金銭問題など現地報道を調査

日本代表MF堂安律選手のサウジアラビア移籍が、正式契約寸前でまさかの破談となりました。

移籍先として交渉していたのはサウジ・プロリーグの強豪アル・イテハドです。

一時は堂安選手とアル・イテハドが口頭合意に達したと報じられ、フランクフルト側にも1800万ユーロ前後のオファーが提示されていました。さらに堂安選手には年俸900万ユーロ、日本円で約17億円という大型契約が用意されていたと伝えられています。

ところが8月31日、移籍は突然ストップ。

ドイツでは「堂安本人が最終的にフランクフルト残留を希望した」と報じられる一方、サウジアラビアでは「家族の事情」「金銭的な要求が膨らんだ」など、異なる破談理由が伝えられました。

では、堂安律選手のサウジ移籍が破談した本当の理由は何だったのでしょうか。

現地で報じられた複数の説と、確実に分かっている事実を見ていきます。

堂安律のサウジ移籍が破談!本当の理由はまだ本人から明かされていない

まず結論からいうと、堂安律選手のサウジ移籍が破談した「本当の理由」は、2026年9月5日時点で本人から詳しく説明されていません。

複数の現地メディアがそれぞれ異なる理由を報じており、現時点で確認できる最も確かな部分は、最終的に堂安選手がアル・イテハドへ移籍せず、フランクフルト残留を選んだという点です。

ドイツ報道では「堂安本人が残留を希望」

共同通信はドイツ誌「キッカー」や「ビルト」の報道として、堂安選手のアル・イテハド移籍が土壇場で破談し、最終的には本人がフランクフルト残留を望んだと伝えました。

SPORT1も、堂安選手自身がアル・イテハド移籍に完全には納得しておらず、最終的にフランクフルトに残る決断をしたと報じています。

そのため、

「クラブに無理やり残された」

というよりは、最終段階で堂安選手自身の意思が移籍成立を止める大きな要素になった可能性が高そうです。

ただ、その判断をした具体的な理由について報道が分かれています。

堂安律のサウジ移籍破談理由①家族の事情だった?

最も注目されたのが「家族の事情」です。

サウジアラビア紙「Al Bilad」は9月1日、堂安選手の移籍について、本人の家族に関する事情によって最終段階で成立しなかったと報じました。

サウジ紙は「家庭の事情」と報道

Al Biladの記事では、アル・イテハド側は移籍に必要な手続きを進めており、堂安選手もメディカルチェックを通過したものの、最後に本人の家庭事情によって交渉が止まったとされています。

365Scoresも、サウジアラビアの著名司会者ワリード・アル=ファラジュ氏の話として、メディカルチェックまで終わっていたにもかかわらず、堂安選手が最後に移籍を取りやめたと報じました。

日本ではこの内容から、

「家族がサウジ移住に反対したのでは?」

「家庭環境を優先した?」

といった見方も出ています。

しかし、堂安選手本人が具体的な家族事情を公表したわけではありません。

家族の「何」が理由だったのかは不明

ここで注意したいのは、報道で使われているのはあくまで「家庭・家族に関する事情」という幅の広い表現だということです。

誰の事情なのか、生活環境なのか、移住そのものの問題なのかは明らかになっていません。

そのため、家族に関する具体的な理由を推測して事実のように扱うことはできません。

現時点では、

「サウジ側の一部報道では家族事情が理由とされている」

というところまでです。

堂安律のサウジ移籍破談理由②金銭問題だったとの報道も

ところが、別のサウジアラビアメディアからは全く異なる話が出ています。

サウジ紙「Okaz」はアル・イテハド関係者の話として、移籍交渉の情報が漏れた後に仲介人が関与し、選手側やフランクフルト側の要求額が増えたことが破談につながったと報じました。

Okazは「要求額が膨らんだ」と報道

Okazによると、交渉は一時ほぼまとまっていました。

しかし移籍情報が外部へ広がる過程で複数の仲介人が関わり、契約条件をめぐる要求が当初より大きくなったとされています。

その結果、アル・イテハド側が交渉を断念したというのが同紙の説明です。

ただし、この情報はアル・イテハド側の関係者を情報源にした報道です。

堂安選手や代理人、フランクフルトが「金銭要求を増やした」と公式に認めた事実は確認されていません。

SPORT1はフランクフルトが1700万ユーロを低いと考えていたと報道

ドイツのSPORT1も、1700万ユーロとされた移籍金について、フランクフルト側が十分ではないと考えていたと伝えています。

一方、ドイツの「キッカー」を紹介したヘッセン放送は、8月31日の段階で両クラブが約1700万ユーロの条件で合意していたと報道していました。

つまり移籍金についても、

「すでにクラブ間合意していた」

という情報と、

「フランクフルトは金額に満足していなかった」

という情報が並存しています。

ここからも、今回の交渉がかなり複雑だったことが分かります。

堂安律には年俸約17億円が提示されていた?

アル・イテハドが堂安律選手へ提示したとされる条件は非常に高額でした。

スカイスポーツ・ドイツの情報を伝えた日刊スポーツによると、堂安選手への提示額は年俸900万ユーロ。

当時の換算で約16億6500万円、ほぼ17億円です。

年俸900万ユーロの大型オファー

さらにサウジアラビアでは一般に個人所得税が課されないため、欧州クラブで同額の給与を受け取る場合とは実際の手取りにも大きな違いがあります。

日刊スポーツは、約900万ユーロがほぼそのまま手取りになる条件として報じています。

これほどの条件が提示されていながら最終的に移籍しなかったため、

「なぜ17億円を断った?」

という疑問が広がったわけです。

ただ、年俸900万ユーロはクラブが正式公表した金額ではありません。

あくまで現地移籍報道で伝えられた推定条件です。

堂安律の移籍金は約31億円?当初は33億円オファー

移籍金についても交渉の途中で数字が変わっています。

スカイスポーツ・ドイツは8月28日、アル・イテハドがフランクフルトへ1800万ユーロの正式オファーを提示したと報じました。

当時の日本円換算では約33億円です。

最終段階では1700万ユーロで合意との報道

その後「キッカー」は、最終的な条件が約1700万ユーロ、日本円で約31億円規模になったと報道。

ヘッセン放送も、フランクフルトとアル・イテハドが1700万ユーロ前後で合意したと伝えています。

つまり交渉初期には、

1800万ユーロ前後=約33億円

が提示され、最終盤には、

1700万ユーロ前後=約31億円

という数字が報じられました。

公式に移籍が成立しなかったため、最終的な移籍金は当然ながら発生していません。

堂安律は本当にメディカルチェックまで受けた?

この点についても現地報道に食い違いがあります。

サウジ紙Al Biladや365Scoresは、堂安選手がメディカルチェックを終え、正式発表寸前まで進んでいたと報じています。

サウジ側は「メディカル通過」と報道

Al Biladの記事では、アル・イテハドが移籍に必要な手続きを完了し、堂安選手もメディカルチェックを通過していたとされています。

365Scoresも同様に、医学的なチェックを済ませた後で堂安選手が移籍を取りやめたと報道しました。

一方、ドイツ側では「すでにサウジアラビアへ渡航していた」とするSPORT1と、家族らとの話し合いの末に渡航を取りやめたとする別報道が存在します。フットボールチャンネルも、この食い違いを紹介しています。

そのため、

メディカルまで本当に終了していたのかも、報道によって情報が一致していません。

それだけ移籍期限直前に慌ただしく動いた交渉だったとみられます。

堂安律はなぜ一度アル・イテハド移籍を受け入れた?

今回の移籍が単なる噂で終わらなかったのは、堂安選手本人との個人交渉もかなり進んでいたからです。

8月29日、スカイスポーツ・ドイツは堂安選手とアル・イテハドが即時移籍について口頭合意に達したと報じました。

口頭合意までは進んだと報道

アル・イテハド側は、レバークーゼンへの移籍が進んでいたムサ・ディアビ選手の後任となる右サイドのアタッカーを探していました。

そこで右サイドを主戦場とし、日本代表でも実績のある堂安選手が最優先候補として浮上したとされています。

年俸約17億円という条件もあり、一度は堂安選手側が移籍へ前向きになったと報じられました。

しかし口頭合意は正式契約とは違います。

最終署名までに考えが変わることはあり、今回はまさにそのケースになりました。

フランクフルト残留へ傾いた背景にヒュッター監督との面談?

堂安律選手の決断を考えるうえで見逃せないのが、アディ・ヒュッター監督の存在です。

実はアル・イテハドから大型オファーが届く前から、堂安選手は新監督との話し合いを経てフランクフルト残留へ傾いたと報じられていました。

ヒュッター監督との個人面談後に残留へ

日刊スポーツが紹介した「ビルト」の報道では、堂安選手は一時退団を考えていたものの、ヒュッター監督との個人面談を経てフランクフルト残留に大きく傾いたとされています。

ヒュッター監督自身も、アル・イテハドのオファーが届いた際に堂安選手の残留を望んでいました。スカイスポーツ・ドイツも、監督が日本代表MFを手放したくない意向だったと報じています。

この状況を考えると、

「年俸が高いからサウジへ行く」

という単純な二択ではなかったのでしょう。

新体制のフランクフルトで改めて重要な戦力として評価されていたことも、最後の判断に影響した可能性があります。

ただし、堂安選手本人が「ヒュッター監督が理由で断った」と説明したわけではありません。

堂安律のサウジ移籍が破談した理由は結局どれ?

ここまでの報道を比べると、破談理由は大きく3つに分かれます。

ドイツ側では、堂安選手自身が移籍に完全には納得せず、フランクフルト残留を選んだという内容が中心です。

サウジ側の一部では、家族・家庭上の事情によって最終的に移籍を取りやめたと伝えられています。

一方、Okazは、情報漏えい後に仲介人が増え、選手側やクラブ側の金銭要求が膨らんだことで交渉が崩れたというアル・イテハド関係者の説明を掲載しました。

この3つの情報は完全には一致していません。

したがって現時点で「本当の理由は家族」「本当はお金」と一つに決めることはできません。

最も確実なのは、

交渉は成立目前まで進んだものの、最終的に堂安律選手がフランクフルトに残った

という結果です。

堂安律はフランクフルト残留!契約は2030年まで

サウジ移籍が破談したことで、堂安律選手はアイントラハト・フランクフルトでプレーを続けます。

SPORT1によると、フランクフルトとの契約は2030年6月30日まで残っています。

サウジ移籍破談でも立場が悪くなったわけではない

今回の移籍話では、堂安選手が移籍候補になっていたことは事実です。

しかしヒュッター監督は一貫して残留を希望していたと報じられていました。

そのため、交渉が破談になったからといってチーム内で居場所を失ったという状況ではありません。

むしろ新監督の下で改めて主力争いに入ることになります。

堂安律のサウジ移籍破談の本当の理由まとめ

堂安律選手のアル・イテハド移籍は、2026年8月末に正式契約目前まで進んでいました。

アル・イテハドからは当初1800万ユーロ、約33億円の移籍金が提示され、最終段階では約1700万ユーロ、約31億円でクラブ間合意に達したとの報道もあります。堂安選手には年俸900万ユーロ、約17億円という条件が提示されたとされていました。

それでも移籍は8月31日に破談。

ドイツメディアは堂安選手自身がフランクフルト残留を選んだと報じています。

破談のより具体的な理由については、サウジ紙Al Biladが「家族の事情」、365Scoresも同様の家庭事情を報じる一方、Okazは「選手側やフランクフルト側の金銭的要求が膨らんだこと」が原因だったと伝えています。

さらにSPORT1は、堂安選手自身が移籍に完全には納得していなかったことに加え、フランクフルトも1700万ユーロという条件を低いと見ていたと報じました。

つまり2026年9月5日時点では、「家族事情が唯一の理由だった」「金銭問題だけで破談した」と断定できる状態ではありません。

本人が最後にフランクフルト残留を選んだことは複数の報道で一致していますが、その決断を左右した内情については情報が食い違っています。

年俸約17億円という破格の条件よりも、家族、欧州でのキャリア、新監督からの評価など複数の事情を考えた末に残留を決断した可能性はありますが、ここは堂安律選手本人が今後どこまで説明するかを待つことになります。

現時点で最も正確に言えるのは、大型オファーが成立寸前まで進んだものの、最終署名前に条件と本人の意思が折り合わず、堂安律選手はフランクフルトに残ったというところでしょう。

堂安律選手本人の発言や新たな破談理由が出た時に確認することもできます。