
小腸がんステージ4で闘病し、「ながっしー」の名前でInstagramやYouTubeから日々の生活を発信していた永島龍さんが、2026年9月10日に28歳で亡くなりました。
家族が9月15日、永島龍さん本人のInstagramを通じて訃報を発表しています。
永島さんは2025年2月に小腸がんステージ4と診断され、医師から余命7カ月と告げられていました。その約2カ月後には長男が誕生し、治療を続けながら妻と息子との時間や闘病生活をSNSで発信していました。日本テレビ系『24時間テレビ48』にも出演し、俳優の志尊淳さんとの交流でも知られています。
一方、家族の訃報では直接の死因となった医学的な原因までは明らかにされていません。
永島龍さんは何者だったのか、小腸がんとの闘病生活、年齢・職業・経歴、妻や子供などの家族構成、『24時間テレビ』出演や志尊淳さんとの関係について紹介します。
永島龍さんが28歳で死去|死因は公表されている?
永島龍さんが亡くなったのは、2026年9月10日午前7時47分です。
9月15日に家族が本人のInstagramで訃報を公表しました。
日刊スポーツによると、家族は永島さんが病気と向き合いながら家族との時間を大事にし、「生きること」や「家族の大切さ」を伝え続けてきたと振り返っています。
永島龍さんは2026年9月10日午前7時47分に死去
家族の発表では、永島龍さんは2026年9月10日午前7時47分に亡くなったとされています。
年齢は28歳でした。
YouTube関連情報を扱うユーチュラも、永島さんについて1998年7月生まれで、28歳で亡くなったと伝えています。
永島さん本人のSNSは亡くなる直前まで更新されており、闘病中も自身の状態を伝え続けていました。
永島龍さんの死因は?
永島龍さんの死因については、家族の9月15日の発表では具体的な病名を「死因」として明記していません。
永島さんが小腸がんステージ4で長期間闘病していたことは本人の発信、日本テレビ、主要報道で確認されています。日刊スポーツも訃報とともに、小腸がんステージ4で闘病していたことを報じています。
そのため、ネット上では「小腸がんが死因だったのでは」と受け止められています。
ただ、家族から公表された内容は、9月10日に永眠したことと、病気と向き合ってきたことまでです。
現在分かっているのは、永島龍さんが小腸がんステージ4で闘病中だったこと、その闘病の末に28歳で亡くなったことまでとなります。
永島龍さんの病気は何がん?小腸がんステージ4だった
永島龍さんが闘っていた病気は小腸がんです。
2025年2月、26歳の時に小腸がんステージ4と診断されました。
日本テレビの『24時間テレビ48』公式情報でも、小腸がんステージ4と診断され、余命7カ月を告げられたことが紹介されています。
2025年2月に小腸がんステージ4と診断
永島さんは2025年2月、体調に異変が現れた後に緊急入院しました。
『24時間テレビ48』では、嘔吐を繰り返したことをきっかけに病院を受診し、小腸がんステージ4と診断された経緯が紹介されました。
本人のSNSプロフィールでは、腹膜播種を伴う転移があったことも明かしていたとユーチュラが報じています。
小腸がんと診断された当時、永島さんは26歳でした。
「余命7カ月」と宣告されていた
日本テレビによると、永島龍さんは小腸がんステージ4と診断された際、医師から余命7カ月と告げられました。
当時、妻は妊娠中でした。
2025年4月には待望の長男が誕生し、永島さんは父親として家族との生活を送りながら治療を続けることになります。
番組では、抗がん剤治療によって効果が出た場合には、より長い期間を見込めるとの説明を受けていたことも紹介されました。
永島龍さんの闘病生活|手術・抗がん剤治療を受けながらSNSで発信
永島龍さんは小腸がんの診断後、治療を受けるだけでなく、その様子をInstagram、YouTube、Xなどで発信しました。
「ながっしー」の名前を見て永島さんを知った人も多く、病気の症状だけでなく、治療や入院、家族との時間まで率直に伝えていました。
手術ではがんを取り切れなかった
2025年の『24時間テレビ48』では、永島龍さんががんを切除するための手術を受けたことも紹介されています。
しかし、番組内容を伝えた資料では、がんが大動脈付近まで広がっていたため、すべてを取り除くことはできなかったとされています。
その後、治療は抗がん剤へ移りました。
永島さんはこうした治療の現実もSNSで発信し、同じ病気と向き合う人やその家族からも注目される存在になっていきました。
2026年8月には家族旅行後に体調が悪化
亡くなる約2週間前の2026年8月27日、永島龍さんはInstagramで体調の悪化を報告しました。
日刊スポーツによると、家族旅行から帰った後も吐き気が続き、水分を取っていない状態でも嘔吐するようになったため、症状を和らげるため鼻からNGチューブを入れる処置を受けたことを明かしていました。
永島さんは以前にもイレウス管を経験しており、管を入れる処置のつらさについても率直につづっています。
最後の動画は亡くなる2日前にも投稿
永島龍さんは亡くなる直前までYouTubeへの投稿を続けました。
ユーチュラによると、亡くなる2日前の9月8日にも、自身の体の状態について伝えるショート動画を公開していました。
病状が厳しくなる中でも、自分の体験を発信し続けていたことが分かります。
永島龍さんは何者?「ながっしー」として闘病生活を発信
永島龍さんは芸能人ではありません。
もともとは理学療法士として医療現場で働いていた男性で、小腸がんを発症した後、「ながっしー」としてInstagramやYouTubeなどから闘病生活を発信するようになりました。
2025年の『24時間テレビ48』出演をきっかけに、さらに広く知られるようになります。
永島龍さんのプロフィール
公表されている情報からプロフィールを見ると、
- 名前:永島龍(ながしま・りゅう)
- 活動名:ながっしー
- 生年:1998年
- 死亡日:2026年9月10日
- 年齢:28歳
- 職業:元理学療法士
- 病気:小腸がんステージ4
- 主な活動:Instagram・YouTube・Xでの闘病発信
- テレビ出演:『24時間テレビ48』『生きるを伝える』
となります。
YouTubeチャンネル「永島龍【ながっしー@ガンと生きる】」では多数の動画を公開し、2026年8月時点で登録者は5万人を超えていました。
永島龍さんの職業は理学療法士
永島龍さんは病気になる前、理学療法士として勤務していました。
医療法人三宅会の2021年の広報誌には、新卒入職者として「理学療法士 永島龍」と掲載されています。
当時、患者の問題に向き合えるよう知識や技術を高めたいという趣旨の抱負を記していました。
テレビ東京『生きるを伝える』でも、永島さんについて「理学療法士として忙しい日々を送っていた」と紹介されています。
患者のリハビリを支える側だった永島さんが、その後自ら治療を受ける立場となり、その経験をSNSで発信するようになったことになります。
永島龍さんの学歴は?
永島龍さんの学歴については、2026年9月16日時点で、出身高校や大学・専門学校の名称を裏付ける本人発信や主要報道は確認できません。
理学療法士として2021年に新卒入職していた経歴は医療法人三宅会の広報誌で確認できますが、卒業校までは掲載されていません。
ネット上には学校名に関する情報が出ることもありますが、公表されたプロフィールとして紹介できる材料は限られています。
永島龍さんの妻・嫁は香帆さん|家族構成は妻と長男
永島龍さんの家族構成は、妻と長男の3人家族としてテレビ番組でも紹介されています。
妻は香帆さん、子供は2025年4月に誕生した長男・凪くんです。
病気の診断と第1子の誕生がほぼ同じ時期に重なり、家族との時間は永島さんの闘病生活でも大きな存在になりました。
妻・香帆さんとは子供の誕生前に小腸がんが判明
『24時間テレビ48』で紹介された内容によると、永島龍さんと妻の香帆さんが結婚したのは2023年7月です。
2024年に妊娠が分かりましたが、第1子誕生を控えた2025年2月、永島さんに小腸がんステージ4が見つかりました。
家族が増える時期と、余命宣告を受ける時期が重なったことになります。
子供は長男・凪くん
永島龍さんの子供は、長男の凪くんです。
日本テレビ公式サイトによると、凪くんは2025年4月に誕生しています。
永島さんは父親になった後、息子が成人する姿を見たいという強い思いを持ちながら治療を続けました。
SNSでも長男との日常や家族3人で過ごす時間を発信し、家族旅行にも出かけています。
永島龍さんと24時間テレビ|志尊淳が闘病する家族を取材
永島龍さんが全国的に知られる大きなきっかけとなったのが、2025年8月31日に放送された日本テレビ系『24時間テレビ48-愛は地球を救う-』です。
番組では「『余命7カ月』宣告された新米パパ27歳の今 家族3人で未来へつなぐ笑顔」と題して、永島さんと家族の日々が紹介されました。
志尊淳さんが永島龍さんに寄り添った
番組で永島龍さんを訪ねたのが、チャリティーパートナーを務めていた俳優・志尊淳さんでした。
志尊さん自身も過去に急性心筋炎で入院した経験があり、番組では病気を経験した者同士として永島さんと言葉を交わしています。
永島さんが未来の家族に残したい写真を撮影するため、志尊さんが家族3人の撮影を手伝う場面も放送されました。
志尊淳さんが死去を受け追悼
2026年9月15日に永島龍さんの死去が公表されると、志尊淳さんもInstagramのストーリーズで追悼しました。
ORICON NEWSによると、志尊さんは永島さんの頑張る姿や言葉、笑顔に何度も背中を押されたことを振り返り、感謝と追悼の思いを伝えています。
『24時間テレビ』での出会いから約1年後の訃報となりました。
永島龍さんのInstagram・YouTube・SNSで残した闘病記録
永島龍さんは「ながっしー@ガンと生きる」として、Instagram、YouTube、Xなどを利用していました。
病気が進行していく現実だけでなく、治療によって感じたこと、家族との日常、体調の変化などを継続して発信していました。
Instagramは「nagashi.4645」
Instagramでは「永島龍|ながっしー@ガンと生きる」として活動していました。
2026年9月15日の訃報も、このInstagramアカウントを通じて家族から公表されています。
家族による投稿では、応援してきた人への感謝とともに、永島さんが最後まで自分らしく生きたことが伝えられました。
YouTubeでも小腸がんのリアルを発信
YouTubeでは治療や検査、日々の体調などを動画にしていました。
病気についての情報だけでなく、妻や息子との時間も映像に残しています。
ユーチュラによると、亡くなる2日前までショート動画を投稿しており、最後まで発信を続けていました。
永島龍さんの葬儀は?家族から詳しい発表はなし
永島龍さんの葬儀についても気になるところですが、2026年9月16日朝の時点で、葬儀の日程や会場、一般参列の有無などについて主要報道では詳しい情報は伝えられていません。
家族がInstagramで公表した訃報にも、葬儀に関する具体的な案内は掲載されていないと報じられています。
今のところ公表されているのは、9月10日午前7時47分に永島龍さんが亡くなり、9月15日に家族から訃報が伝えられたことまでです。
永島龍さん死去|「ながっしー」として生きることを発信し続けた
永島龍さんは2026年9月10日、28歳で亡くなりました。
小腸がんステージ4と診断されたのは2025年2月。余命7カ月と告げられながらも治療を続け、同年4月に誕生した長男・凪くん、妻の香帆さんと過ごす時間をSNSから発信しました。
もともとは理学療法士として医療現場で働き、病気の発覚後は「ながっしー」の名前でInstagramやYouTubeから闘病の現実を伝えました。2026年1月にはテレビ東京『生きるを伝える』にも出演しています。
2025年の『24時間テレビ48』では志尊淳さんとの交流が放送され、余命宣告を受けながら家族3人の未来を考える姿が紹介されました。
直接の死因について家族から具体的な医学的説明は出ていませんが、小腸がんステージ4で長く闘病していたことは公表されています。
家族が訃報で伝えたように、永島龍さんは病気と向き合いながら、家族との時間と「生きること」を発信し続けました。

