
学校法人同志社の八田英二理事長と、同志社国際中学校・高等学校の西田喜久夫校長の進退が2026年8月25日に発表されました。
八田理事長は、同志社国際高校の沖縄研修旅行中に起きた辺野古沖転覆事故をめぐる「法人の一連の責任」を取って、理事長を辞任する意向を表明しています。
一方、西田校長については本人による辞任ではなく、学校法人同志社の理事会が8月31日付で「解任」することを決めました。
「八田英二理事長と西田喜久夫校長は何者?」「どんな経歴・学歴なの?」「なぜ辞任と解任になった?」と気になっている人も多いと思います。
事故については、学校法人同志社が設置した特別調査委員会が、法人側に事前調査、安全な研修旅行計画、保護者や生徒への説明をめぐる安全配慮義務違反があったと認定しています。
八田英二理事長・西田喜久夫校長は何者?
八田英二氏は、長年にわたって同志社大学や学校法人同志社の運営に携わってきた経済学者です。
西田喜久夫氏は、同志社国際中学校・高等学校で長く教育現場に携わり、国語科教員や教頭を経て校長を務めてきた教育者です。
2人とも外部から突然トップに就いた人物ではなく、それぞれ長期間にわたり同志社の教育や学校運営に関わってきました。
八田英二理事長は同志社の総長も務める経済学者
八田英二氏は1949年に京都市で生まれました。
同志社関係者向けの会報に掲載されたプロフィールによると、同志社大学経済学部を卒業後、同大学大学院経済学研究科修士課程を修了。
さらにアメリカのカリフォルニア大学バークレー校大学院で経済学のPh.D.課程を修了しています。
同志社大学では経済学部教授、経済学部長、大学院経済学研究科長、大学長などを歴任しました。
現在は学校法人同志社の「総長」と「理事長」を兼務しています。
2026年8月時点で77歳です。
西田喜久夫校長は長年の同志社国際高校教員
西田喜久夫氏は、同志社国際中学校・高等学校で長く勤務してきた教育者です。
同志社大学が発行する「同志社時報」では、2002年の時点で西田氏による国語・コミュニケーション教育についての教育実践が掲載されています。
2022年の同志社時報では、同志社国際中学校・高等学校の「教頭」として、新型コロナ禍での学校運営について寄稿していました。
その後は校長に就任し、学校公式サイトでも西田喜久夫氏名義の「校長ごあいさつ」が掲載されています。
帰国生と国内一般生がともに学ぶ教育や、生徒一人ひとりを尊重した教育を掲げてきました。
八田英二理事長の経歴・学歴は?
八田英二氏は、同志社の中でも特に長い管理職経験を持つ人物です。
大学教員として研究・教育に携わっただけでなく、大学長や学校法人理事長、日本高校野球連盟会長など幅広い役職を経験しています。
同志社大学経済学部からUCバークレー大学院へ
八田英二氏の主な学歴は、同志社関係資料によると、1971年に同志社大学経済学部を卒業し、1973年に同志社大学大学院経済学研究科修士課程を修了。
1977年にはカリフォルニア大学バークレー校大学院経済学Ph.D.コースを修了しています。
同志社との関係は大学から始まったわけではありません。
本人へのインタビューでは、小学校卒業後に同志社中学校へ入学したことを明かしており、若い頃から同志社で学んできた人物です。
同志社大学長や理事長を歴任
八田氏は1974年に同志社大学経済学部助手となり、1985年に教授へ就任。
その後、経済学部長や大学院経済学研究科長を経て、1998年から同志社大学長を務めました。
読売新聞の報道によると、1998年から2013年まで大学長を務め、2011年から2013年には学校法人同志社理事長も担当しています。
2017年には再び学校法人同志社理事長に就任し、総長も兼務してきました。
さらに2015年から2021年までは、日本高等学校野球連盟の会長も務めています。
教育界だけでなく、高校野球界でも知られた人物です。
西田喜久夫校長の経歴・学歴は?
西田喜久夫氏については、八田氏ほど詳細な公式プロフィールは公開されていません。
ただ、同志社の過去の刊行物から、かなり長期間にわたって同志社国際中学校・高等学校の教育に携わっていたことが分かります。
複数の公開プロフィールでは、同志社香里中学校・高等学校、同志社大学文学部、同志社大学大学院で学んだ経歴が紹介されています。
同志社大学文学部・大学院で学んだとされる
西田氏の学歴について複数の公開情報で伝えられているのは、
同志社香里中学校・高等学校から同志社大学文学部へ進み、その後、同志社大学大学院へ進学したという経歴です。
大学院博士課程前期を1989年に修了したとも紹介されています。
一方、現在の同志社国際中学校・高等学校公式サイトの校長紹介では、出身大学や生年月日などの詳しいプロフィールまでは掲載されていません。
そのため、西田氏の学歴については、学校公式で確認できる現在の役職情報と、過去の公開プロフィールで伝えられている経歴を合わせて見る形になります。
国語科教員から教頭・校長へ
同志社大学の公式広報誌では、2002年に西田氏が「新領域・コミュニケーション教育」をテーマに教育実践を紹介しています。
2022年には同志社国際中学校・高等学校の教頭として「コロナ禍の取り組み」を執筆しているため、教員から管理職へ進んだことも公式資料から確認できます。
長期間、同じ学校の教育現場や学校運営に携わったうえで校長になった人物です。
八田英二理事長・西田喜久夫校長と辺野古沖転覆事故の関係
2人の進退につながったのが、2026年3月16日に沖縄県名護市の辺野古沖で起きた海難事故です。
同志社国際高校の沖縄研修旅行で「辺野古をボートに乗り海から見るコース」が実施され、生徒18人が乗っていた小型船2隻が相次いで転覆しました。
特別調査委員会の報告書によると、生徒1人と船長1人が死亡し、ほかの生徒17人のうち16人が負傷しています。
波浪注意報が出る中でボート2隻が転覆
事故当日は波浪注意報が発令されていました。
学校法人同志社は事故翌日の3月17日、安全確認体制や出航判断が適切だったかを検証すると発表。
この発表には八田英二総長・理事長と西田喜久夫校長の名前が連名で掲載されています。
その後、学校法人同志社は外部の弁護士で構成する特別調査委員会を設置し、事故の経緯や安全管理体制について調査を進めました。
同志社国際高校の「安全配慮義務違反」とは?
2026年7月31日に公表された特別調査委員会の報告書では、学校法人同志社について安全配慮義務違反があったと認定されています。
報告書が特に指摘したのは、事故当日の判断だけではありません。
研修旅行を計画する段階から、安全を確認する仕組みに問題があったとされています。
事前調査・安全な旅行計画・説明の3点で義務違反
特別調査委員会は、学校法人同志社について、辺野古ボートコースに関する「事前調査を行う義務」に違反したと認定しました。
さらに、安全性を確保した研修旅行計画を策定・実施する義務、生徒や保護者へ具体的な安全性を適切に説明する義務についても違反があったとしています。
報告書では事故原因として、安全管理体制の不備だけでなく、リスク管理体制の機能不全、安全管理上の問題を検証しにくい組織風土、安全管理に対する意識の欠如も挙げられました。
文科省も学校・法人の責任を「極めて重い」と指摘
文部科学省も2026年5月22日、同志社国際高校の研修旅行について調査結果を公表しました。
松本洋平文部科学相は、事前計画、当日の対応、安全管理などが「著しく不適切」だったとし、学校法人としての管理体制や学校のガバナンスにも大きな問題があったとの見解を示しています。
また、辺野古移設をめぐる学習内容についても、文科省は教育の政治的中立性の観点から問題を指摘しました。
学校法人同志社が8月25日の発表で「教育の中立性及び適切性に関する検証及び改善策」に触れているのも、こうした経緯があります。
八田英二理事長の辞任理由はなぜ?
八田英二氏の理事長辞任理由について、学校法人同志社は明確に「本件事故に関する本法人の一連の責任を取って」と説明しています。
2026年8月21日の臨時理事会で、八田氏本人から辞任する意向が伝えられました。
「法人の一連の責任」を取り理事長辞任へ
八田氏は事故後、学校法人側のトップとして特別調査委員会の設置や文科省への対応、再発防止策の検討などに関わってきました。
第三者委員会から法人の安全配慮義務違反が指摘され、文科省からも学校・法人双方の責任が重いとされた中で、最終的に理事長職を退く意向を示したことになります。
ただし、2026年8月26日時点ですでに理事長を退任したわけではありません。
学校法人同志社は、安全管理の再発防止策や教育の中立性・適切性をめぐる検証、改善策を進め、説明責任を果たした後に辞任するとしています。
八田英二は総長に留任
八田氏は「理事長」を辞める意向ですが、「総長」については別です。
読売新聞などの報道によると、八田氏は学校法人同志社の総長と理事にはとどまる考えを示しています。
学校法人同志社の2024年度事業報告書では、八田氏は2025年4月1日から2029年3月31日までの4年間、引き続き総長を務めることが決まっていました。
そのため、「八田英二氏が同志社のすべての役職を辞任する」という発表ではありません。
現時点では、理事長職について責任を取って退く一方、同志社全体の教学を統括する総長には留任する見通しです。
西田喜久夫校長の解任理由はなぜ?
西田喜久夫氏については、八田氏とは進退の形が異なります。
八田氏は自ら辞任の意向を示しましたが、西田氏については学校法人同志社の理事会が「解任」を決議しました。
解任日は2026年8月31日です。
「事故前後の対応」を含め総合的に判断
学校法人同志社は西田校長の解任理由について、事故前後の対応を含め、再発防止策や改善策に取り組むため、9月1日からの新学期を新しい体制で迎える必要があることなどを「総合的に判断した」と説明しています。
つまり、西田氏の解任理由は「事故当日に一つの判断を誤ったから」という単独の理由として発表されたものではありません。
事故前の安全管理、事故後の対応、第三者委員会や文科省から指摘された問題、今後の学校運営などを踏まえた人事判断とされています。
西田校長個人の安全配慮義務違反と発表されたわけではない
ここで区別しておきたいのが、「安全配慮義務違反」という表現です。
特別調査委員会の報告書は、同志社国際高校の「設置者である学校法人同志社」に安全配慮義務違反があったと認定しています。
西田校長個人について「安全配慮義務違反で有罪」「違法行為をした」と発表されたものではありません。
一方で、学校のトップとして事故前後の対応を担った立場であり、法人はその点も含めて8月31日付で解任すると決めています。
西田喜久夫校長の後任は宿久洋!9月1日から新体制
同志社国際中学校・高等学校は、西田喜久夫校長の解任後、2026年9月1日から新しい校長を迎えます。
後任に決まったのは宿久洋(やどひさ・ひろし)氏です。
宿久洋は同志社大学副学長・法人企画部長
学校法人同志社の公式発表によると、宿久洋氏は現在、学校法人同志社企画部長と同志社大学副学長を兼務しています。
9月1日付で同志社国際中学校・高等学校長に就任します。
法人側は、新たな体制で事故の再発防止と信頼回復に取り組むとしています。
西田氏の解任によって事故への対応が終わるわけではなく、関係者については引き続き処分を検討していることも明らかにしています。
八田英二理事長・西田喜久夫校長の現在と今後
2026年8月26日時点で、八田英二氏はまだ学校法人同志社の理事長です。
再発防止策や改善策を進めて説明責任を果たした後に理事長を辞任し、新たな理事長が選定される見通しとなっています。
総長と理事については留任する考えが報じられています。
西田喜久夫氏は8月31日付で同志社国際中学校・高等学校長を解任され、9月1日から宿久洋氏が新校長となります。
また、事故で亡くなった生徒の遺族は8月26日、八田氏の辞任と西田氏の解任を受け、「辞任という区切りによって、検証が簡素になることは避けていただきたい」とするコメントを公表しました。
遺族は、事故原因を明らかにし、同じ事故が二度と起きない仕組みを作ることを求めています。
八田英二氏は、同志社大学経済学部からUCバークレー大学院へ進み、大学教授、大学長、日本高野連会長、同志社総長・理事長などを歴任してきた教育界の管理職経験が長い人物です。
西田喜久夫氏も、長く同志社国際中学校・高等学校で国語教育や学校運営に携わり、教頭を経て校長を務めてきました。
そうした2人が同じ辺野古沖転覆事故を受け、八田氏は理事長辞任へ、西田氏は校長解任という大きな人事に至っています。
今後は人事の交代だけでなく、第三者委員会が指摘した安全管理やリスク管理の問題を学校法人と高校がどこまで改善できるのか、事故についてどのような説明を続けるのかが焦点となります。
