三井寺眞は何者?16歳のwikiプロフィール・経歴とマリノスを選んだ理由
三井寺眞は何者?16歳のwikiプロフィール・経歴とマリノスを選んだ理由

横浜F・マリノスで鮮烈な活躍を見せている16歳の三井寺眞選手。

2026年8月7日のJ1開幕戦・鹿島アントラーズ戦では、16歳4カ月5日で開幕戦史上最年少先発を果たすと、開始早々にプロ初ゴールを記録しました。

さらに8月22日のヴィッセル神戸戦でも左足の鮮やかなボレーで決勝点。プロデビューから開幕3試合すべてに先発し、早くも2得点を挙げています。

「三井寺眞って何者?」「名前の読み方は?」「なぜ横浜F・マリノスを選んだの?」と気になった人も多いのではないでしょうか。

実は三井寺眞選手は、複数クラブから注目を集めた世代屈指のアタッカーで、16歳の誕生日当日に横浜F・マリノス史上最年少でプロ契約を結んだ逸材です。

三井寺眞は何者?16歳で横浜F・マリノスの主力候補に急浮上

三井寺眞選手は、横浜F・マリノスに所属する20010年生まれのプロサッカー選手ではなく、正しくは2010年生まれの選手です。

2026年8月現在、まだ16歳。第一学院高等学校に在学しながらJ1のトップチームでプレーしています。

中学年代から世代別日本代表に選ばれ、複数クラブが獲得を競った中で横浜F・マリノスを選択。16歳でプロ契約を結び、そのわずか4カ月後にはJ1開幕戦でゴールまで決めました。

三井寺眞の読み方は「みいでら・しん」

三井寺眞選手の読み方は、

三井寺 眞(みいでら・しん)

です。

横浜F・マリノス公式プロフィールでは英字表記が「SHIN MIIDERA」、ニックネームは「しん」と紹介されています。

「三井寺」という名字の読み方が少し珍しいため、「みついでら」などと読みたくなりますが、「みいでら」が正しい読み方です。

三井寺眞はなぜ一気に注目された?

三井寺眞選手の名前が一気に全国へ広がったのは、2026年8月7日のJ1開幕戦でした。

鹿島アントラーズ戦で16歳4カ月5日にして先発すると、前半7分に近藤友喜選手のクロスへ左足で合わせ、プロ初ゴールを記録しています。

横浜F・マリノス公式では、この得点がJ1開幕節における史上最年少ゴールだったと発表されています。

日刊スポーツによると、J1リーグ全体の年少得点記録では森本貴幸さんに次ぐ史上2番目の若さでした。

16歳の高校1年生がJ1の開幕戦で先発し、いきなりゴールまで決めたことで、一躍注目選手となったのです。

三井寺眞のwikiプロフィール!年齢・身長・出身地・高校は?

三井寺眞選手は青森県出身で、小学生時代を地元・弘前市のクラブで過ごしています。

中学進学後は仙台へ環境を移し、FCフォーリクラッセ仙台でプレー。高校年代から横浜F・マリノスユースへ進み、現在は第一学院高等学校に在籍しています。

三井寺眞のプロフィール

項目内容
名前三井寺 眞
読み方みいでら しん
英字表記SHIN MIIDERA
生年月日2010年4月2日
年齢16歳(2026年8月現在)
出身地青森県
身長174cm
体重65kg
血液型AB型
ポジションMF
所属横浜F・マリノス
背番号47
高校第一学院高等学校
利き足左足

生年月日や身長、体重、出身地などは横浜F・マリノス公式プロフィールで公表されています。

三井寺眞の高校は第一学院高等学校

三井寺眞選手が在籍している高校は第一学院高等学校です。

第一学院高等学校も2026年4月、在校生の三井寺眞選手が横浜F・マリノスとプロ契約を結んだことを公式に発表しています。

高校1年生の年代でありながら、学業とプロサッカー選手としての活動を両立している形です。

小学校・中学校時代の所属チームは?

横浜F・マリノス公式によると、三井寺眞選手の経歴は次の通りです。

Athletic Club 弘前

FCフォーリクラッセ仙台

横浜F・マリノスユース

小学生時代は弘前市立北小学校に通い、Athletic Club 弘前でプレー。

その後、仙台市立田子中学校へ進み、FCフォーリクラッセ仙台で力を伸ばしました。FCフォーリクラッセ仙台は現在のフォーリクラッセTOHOKUです。

三井寺選手はプロ契約会見で、中学進学時に青森から仙台へ移ったことにも触れています。

三井寺眞の経歴!中学時代から世代別日本代表で活躍

三井寺眞選手は、突然16歳で現れた選手ではありません。

中学年代から世代別日本代表に選ばれており、横浜F・マリノスもジュニアユース年代から三井寺選手に注目していました。

クラブ側は、同年代では「トップオブトップ」の選手だったと高く評価しています。

2025年にU-15・U-16日本代表入り

横浜F・マリノス公式によると、三井寺眞選手は2025年にU-15日本代表、U-16日本代表へ選出されています。

2026年にはU-17日本代表にも選出されました。

さらに2026年6月のU-16インターナショナルドリームカップでは4ゴールを記録し、日本の大会6連覇に貢献しています。

まだ16歳ですが、すでに国際試合の経験も積んでいる選手です。

複数クラブが獲得を狙った注目選手だった

三井寺眞選手には横浜F・マリノス以外からも関心が寄せられていました。

横浜F・マリノスの鈴木健仁スポーティングダイレクターはプロ契約発表時、「多くのクラブが競合する中」で三井寺選手がマリノスを選んだと明かしています。

三井寺選手自身も、複数のクラブへ練習参加したことをプロ契約会見で話しています。

16歳でプロ契約したことだけでなく、その前から複数クラブが注目する存在だったことが分かります。

三井寺眞はなぜ横浜F・マリノスを選んだ?

三井寺眞選手がマリノスを選んだ理由については、本人がプロ契約締結会見で詳しく語っています。

複数クラブの練習へ参加したうえで、「ここなら自分が成長できる」と感じたことが決め手になったようです。

そしてもう一つ、三井寺選手には日産スタジアムでプレーしたいという強い思いがありました。

「日産スタジアムのピッチに立ちたい」とマリノスを選択

横浜F・マリノス公式の契約会見で、三井寺眞選手は複数のクラブへ練習参加した中で、

「このチームでプロ契約をして、ホーム日産スタジアムのピッチに立ちたい」

と思い、横浜F・マリノスを選んだと話しています。

さらに、マリノスの練習についても雰囲気がよく、強度が高いため、一緒にサッカーをしていて楽しかったと語りました。

進路を選ぶ際には、

「サッカーをやっていて楽しいか」

「ここに来たら強くなれるか」

という部分を意識していたとも明かしています。

単に有名クラブだから選んだというより、自分が成長できる環境かどうかを実際の練習参加で確かめたうえで決断したことが分かります。

マリノス側もジュニアユース時代から注目

横浜F・マリノス側も、三井寺眞選手を早い段階から高く評価していました。

小原章吾編成マネージャーは、三井寺選手が世代別日本代表に選ばれていたこともあり、ジュニアユース年代から注目していたと説明しています。

プロ契約へ踏み切った最大の理由についても、三井寺選手の「将来性やポテンシャル」を挙げました。

複数クラブによる争奪戦となった背景には、こうした攻撃面での高い評価があったようです。

三井寺眞が16歳でプロ契約!横浜F・マリノス史上最年少

三井寺眞選手が横浜F・マリノスとプロ契約を結んだのは、2026年4月2日。

ちょうど16歳の誕生日でした。

16歳0日でのプロ契約は横浜F・マリノス史上最年少です。

16歳の誕生日当日にプロ契約

三井寺眞選手はプロ契約時、

幼い頃から目標にしてきたプロサッカー選手として、歴史ある横浜F・マリノスでスタートできることへの喜びを語っています。

契約会見では、16歳0日でプロになれたことを喜びつつ、これからさまざまな歴史を塗り替えていきたいという目標も口にしました。

その言葉通り、約4カ月後にはJ1開幕戦で新たな最年少記録を作ることになります。

なぜ16歳でプロ契約できた?

横浜F・マリノスの鈴木健仁スポーティングダイレクターは、三井寺選手について、

  • スピード
  • パワー
  • 攻撃時のアイデア
  • 違いを作る感性

を高く評価しています。

小原章吾編成マネージャーも、ドリブルやパスによって得点・アシストを生み出し、スコアを動かせる点を魅力として挙げています。

年齢ではなく、将来性と攻撃面の能力を評価した結果、16歳という非常に早い段階でのプロ契約につながりました。

三井寺眞のプレースタイルは?ドリブルとゴールへの推進力が武器

三井寺眞選手の最大の魅力は、ボールを持った時に前へ仕掛ける攻撃力です。

クラブ登録上のポジションはMFですが、トップチームでは前線やウイングで起用されており、2026年開幕戦では左サイドの攻撃的なポジションで出場しました。

ドリブルで2人、3人をかわす突破力

三井寺眞選手自身が「武器」と話しているのがドリブルです。

プロ契約会見では、自分の長所として、

ドリブルと、前を向いた時にゴールへ向かうプレー

を挙げ、「誰にも負けたくない」と話しています。

日刊スポーツも、推進力のあるドリブル突破からシュートやパスへつなげるプレーを武器として紹介しています。

単に足元の技術が高いだけではなく、相手ゴールへ向かって一気に局面を動かせるタイプのアタッカーです。

憧れの選手はマンチェスター・シティのフォーデン

三井寺眞選手が憧れているのは、マンチェスター・シティのフィル・フォーデン選手です。

三井寺選手はフォーデンと同じ左利きで、中学生時代からボールを持った時のプレーや動き出しを参考にしてきたと話しています。

横浜F・マリノスで背負っている背番号も「47」。

フォーデンがマンチェスター・シティで背負う番号と同じこともあり、今後さらに注目されそうです。

守備やハードワークは本人も課題に挙げる

攻撃力が注目される一方、三井寺選手自身はプロ契約時、前線からのプレスや守備力、ハードワークを課題として挙げていました。

8月22日の神戸戦では自陣まで戻って守備にも参加し、プロ入り後初めてイエローカードを受けた場面についても自ら改善点を口にしています。

16歳という年齢を考えれば、今後フィジカルや守備面まで伸びていくかも楽しみなポイントです。

三井寺眞がJ1開幕3試合で2ゴール!最年少記録も更新

三井寺眞選手の評価を一気に高めているのが、2026/27シーズン開幕後の結果です。

16歳ながら開幕から3試合連続で先発し、鹿島戦と神戸戦でゴール。

3試合で2得点という鮮烈なプロキャリアのスタートを切っています。

鹿島戦でJ1開幕節史上最年少ゴール

8月7日の鹿島アントラーズ戦では、16歳4カ月5日で先発。

前半7分に先制ゴールを決めました。

横浜F・マリノス公式によると、16歳4カ月5日での得点はJ1開幕節史上最年少記録です。

第一学院高等学校によると、三井寺選手はゴールだけでなく、横浜F・マリノスが記録した3得点すべてに絡む活躍を見せました。

神戸戦では豪快な左足ボレーで決勝ゴール

そして8月22日のJ1第3節・ヴィッセル神戸戦。

三井寺眞選手は開幕から3試合連続で先発すると、前半9分に左足のジャンピングボレーを決めました。

この1点が決勝点となり、横浜F・マリノスは神戸に1-0で勝利。Jリーグ公式でも三井寺選手のゴールが記録されています。

これでプロデビューから、

鹿島戦:1得点
清水戦:無得点
神戸戦:1得点

となり、J1開幕3試合で2ゴールです。

しかも神戸戦は三井寺選手にとって日産スタジアムで初めてプレーするJ1公式戦でした。

プロ契約会見で語っていた「日産スタジアムのピッチに立ちたい」という目標を実現し、その初戦で決勝ゴールまで決めたことになります。

三井寺眞は何者?16歳のwikiプロフィールとマリノスを選んだ理由まとめ

三井寺眞選手は、横浜F・マリノスに所属する青森県出身の16歳MFです。

読み方は「みいでら・しん」。2010年4月2日生まれで、身長174cm・体重65kg。現在は第一学院高等学校に在籍しています。

小学生時代はAthletic Club 弘前、中学時代はFCフォーリクラッセ仙台でプレーし、2026年に横浜F・マリノスユースへ。16歳の誕生日当日にクラブ史上最年少となるプロ契約を結びました。

複数クラブから注目される中でマリノスを選んだ理由について、本人は練習参加を通じて成長できる環境だと感じたことや、「日産スタジアムのピッチに立ちたい」と思ったことを明かしています。

そして2026/27シーズンは、J1開幕戦史上最年少ゴールを皮切りに、開幕3試合で2得点。

クラブ側が高く評価してきたドリブル、スピード、攻撃のアイデアを、早くもJ1の舞台で結果につなげています。

16歳にして記録を次々と更新している三井寺眞選手が、今後どこまで成長するのか。

横浜F・マリノスだけでなく、日本サッカーの将来を担う存在としても注目されそうです。