
京都大学の教授や防災研究所長を歴任し、日本高校野球界でも長く活動してきた寶馨(たから・かおる)さん。
「寶馨とは何者?」「珍しい名前だけど、どんな経歴の人?」と気になっている人も多いと思います。
寶馨さんは1957年2月12日生まれ、滋賀県彦根市出身。兵庫県立西宮北高校から京都大学工学部へ進み、水文学や水資源工学、防災研究を専門としてきた研究者です。
一方で、高校・大学時代には野球部でプレーし、その後は京都大学硬式野球部の監督や部長を歴任。2021年12月には日本高等学校野球連盟の第8代会長に就任し、2026年4月まで務めました。
現在は国立研究開発法人・防災科学技術研究所の理事長を務めています。防災科研の公式サイトでも、2023年4月から理事長を務めていることが掲載されています。
寶馨は何者?wikiプロフィールや年齢・出身を紹介
寶馨さんは、水文学や水資源工学、防災工学を専門とする研究者です。
京都大学で長く教育・研究に携わる一方、野球との関わりも深く、京都大学硬式野球部監督や日本高野連会長を務めました。
研究と野球という一見異なる2つの分野で、長年にわたり活動してきた人物です。
寶馨のwikiプロフィール
寶馨さんのプロフィールは次の通りです。
- 名前:寶馨
- 読み方:たから かおる
- 表記:宝馨と表記される場合もあり
- 生年月日:1957年2月12日
- 年齢:69歳(2026年8月現在)
- 出身地:滋賀県彦根市
- 出身高校:兵庫県立西宮北高等学校
- 出身大学:京都大学工学部土木工学科
- 大学院:京都大学大学院工学研究科
- 学位:工学博士(京都大学)
- 専門:水文学、水資源工学、極値統計学、防災研究
- 元職:京都大学教授、京都大学防災研究所長など
- 現職:防災科学技術研究所理事長
- 野球歴:西宮北高校野球部、京都大学硬式野球部
- 指導歴:京都大学硬式野球部監督・部長
- 高校野球:日本高等学校野球連盟第8代会長
日本高等学校野球連盟の公式プロフィールでは、1957年2月12日生まれ、滋賀県彦根市出身、西宮北高校から京都大学工学部へ進んだ経歴が紹介されています。
寶馨の読み方は「たから かおる」
「寶」という漢字が珍しいため、名前を初めて見て読み方に迷う人もいるかもしれません。
読み方は「寶馨(たから・かおる)」です。
現在理事長を務める防災科学技術研究所でも「寶 馨(たから かおる)」と表記されています。
「寶」は「宝」の旧字体にあたるため、ネット上や一部の記事では「宝馨」と表記されることもあります。
本人の所属機関や日本高野連などでは「寶馨」の表記が使われています。
寶馨の年齢は69歳
寶馨さんは1957年2月12日生まれです。
2026年2月に69歳となりました。
日本高野連の会長インタビューでも生年月日が1957年2月12日と紹介されています。
研究者として40年以上のキャリアを持ち、60代後半となった現在も防災分野の第一線で活動しています。
寶馨の出身地は滋賀県彦根市!国籍は?
寶馨さんの出身地は滋賀県彦根市です。
一方、高校は滋賀県ではなく兵庫県の西宮北高校へ進み、その後は京都大学で学生生活を送りました。
研究者としても京都大学を中心にキャリアを積み、現在は国の研究機関である防災科学技術研究所の理事長を務めています。
滋賀県彦根市出身
日本高野連の公式プロフィールには「滋賀県彦根市出身」と明記されています。
彦根市は琵琶湖の東側に位置する地域です。
寶馨さんは後に「水文学」や「水資源工学」を専門とする研究者となっていますが、本人が専門分野を選んだ理由と彦根で育ったこととの直接的な関係について、公式プロフィールでは詳しく触れられていません。
寶馨の国籍は?
寶馨さんの国籍については、防災科学技術研究所や京都大学、日本高野連などの公式プロフィールに「国籍」という項目は見当たりません。
公表されているのは、滋賀県彦根市出身で、日本国内の高校・大学を卒業し、京都大学や国立研究開発法人などで活動してきた経歴です。
日本学術会議が公開している英語プロフィールでも、京都大学で学士・修士・博士の学位を取得した研究者として紹介されていますが、国籍そのものはプロフィール項目として記載されていません。
そのため、国籍については公式に示されているプロフィールの範囲にとどめるのがよさそうです。
寶馨の学歴は?高校は西宮北高校から京都大学工学部へ
寶馨さんの学歴は、京都大学が公開している本人の研究者ページに詳しく掲載されています。
高校は兵庫県立西宮北高校。その後、京都大学工学部土木工学科へ進学し、さらに京都大学大学院で専門性を深めました。
大学院修士課程修了後は、そのまま京都大学の研究者としてキャリアをスタートしています。
兵庫県立西宮北高校を卒業
寶馨さんは1972年4月、兵庫県立西宮北高等学校へ入学しました。
1975年3月に同校を卒業しています。
京都大学防災研究所に残されている本人のプロフィールにも、
1972年4月 兵庫県立西宮北高等学校入学
1975年3月 同校卒業
と掲載されています。
西宮北高校時代には野球部に所属していました。
日本高野連によると、高校と大学では投手や捕手としてプレーしていたそうです。
京都大学工学部土木工学科へ進学
1975年4月には京都大学工学部土木工学科へ入学。
1979年3月に卒業しました。
京都大学でも硬式野球部に所属しており、研究だけではなく野球にも力を入れていた学生だったことが分かります。
西宮北高校から京都大学工学部という学歴に加え、野球部で選手として活動していた点も寶馨さんのプロフィールを特徴づけています。
京都大学大学院工学研究科を修了
京都大学工学部卒業後は、そのまま京都大学大学院工学研究科へ進学しました。
1979年4月に修士課程土木工学専攻へ入り、1981年3月に修了しています。
さらに研究を続け、1990年1月には京都大学から工学博士の学位を取得。
京都大学大学院総合生存学館の資料でも、
- 工学修士:京都大学、1981年
- 工学博士:京都大学、1990年
と紹介されています。
寶馨の経歴は?京都大学教授から防災科学技術研究所理事長へ
寶馨さんは大学院修了後、京都大学の助手として研究者人生をスタートしました。
その後は岐阜大学助教授、京都大学防災研究所教授、防災研究所長などを歴任しています。
2022年に京都大学名誉教授となり、2023年4月から防災科学技術研究所の理事長を務めています。
1981年に京都大学工学部助手へ
1981年4月、寶馨さんは京都大学工学部土木工学科の助手に採用されました。
水工計画学講座に所属し、水に関する研究を本格的に始めています。
1990年4月には岐阜大学工学部助教授へ昇任。
1992年から1993年には文部省在外研究員としてアメリカのコーネル大学で研究するなど、海外での研究経験も積みました。
京都大学防災研究所教授に就任
1994年には京都大学防災研究所へ助教授として戻り、1998年11月に教授へ昇任しました。
防災科学技術研究所が公開している略歴では、
- 1990年4月 岐阜大学工学部助教授
- 1994年4月 京都大学防災研究所助教授
- 1998年11月 京都大学防災研究所教授
- 2015年4月 京都大学防災研究所長
- 2017年4月 京都大学大学院総合生存学館長
- 2022年4月 京都大学名誉教授
という経歴が掲載されています。
2023年に防災科学技術研究所理事長へ
2023年4月1日、寶馨さんは国立研究開発法人・防災科学技術研究所の理事長に就任しました。
文部科学大臣による任命で、公式サイトに掲載されている任期は2030年3月31日までです。
2026年8月現在も理事長を務めており、同年8月の防災科研の公式発表でも理事長として寶馨さんの名前が掲載されています。
寶馨の専門は水文学!どんな研究をしてきた?
寶馨さんは、単に京都大学教授だったというだけではなく、水災害や防災を専門とする研究者です。
京都大学では水文学、水資源工学、極値統計学などを研究し、豪雨や洪水、渇水の予測、防災・減災につながる研究を長年続けてきました。
現在の防災科学技術研究所でも、その専門性を生かして防災研究を率いる立場にあります。
水文学・水資源工学・極値統計学が専門
京都大学大学院総合生存学館の研究紹介では、寶馨さんの専門分野として、
- 水文学
- 水資源工学
- 極値統計学
が挙げられています。
J-GLOBALでも研究分野として水工学、防災工学、環境動態解析、研究キーワードとして水文学や自然災害科学などが掲載されています。
豪雨や洪水を予測する技術、水資源の管理、災害リスクの評価など、人々の生活に直接関係するテーマを研究してきた人物です。
洪水や豪雨など水災害の防災研究に取り組む
寶馨さんは長年、豪雨・洪水・渇水などを対象に研究してきました。
京都大学時代には、気候変動が水資源へ与える影響や、洪水予測、降雨流出モデルなどについて多数の論文を発表しています。
国内だけではなく国際的な研究活動にも参加し、国際水資源学会やユネスコの水文学に関する活動にも携わってきました。
日本学術会議のプロフィールでも、河川流域の高度な水文解析や災害リスク・ガバナンスが主要研究テーマとして紹介されています。
寶馨と野球の関係は?高校・京都大学で選手としてプレー
研究者としての肩書きが目立つ寶馨さんですが、野球とのつながりは学生時代から続いています。
西宮北高校、京都大学の両方で野球部に所属し、大学卒業後には京都大学硬式野球部を指導する側へ回りました。
後に日本高校野球界のトップとなる高野連会長を務めた背景には、長年にわたる学生野球との関わりがあります。
西宮北高校と京都大学で投手・捕手
日本高野連のプロフィールによると、寶馨さんは西宮北高校と京都大学で野球部に所属していました。
ポジションは投手や捕手を経験しています。
水文学・防災研究の道へ進んだ後も野球から完全に離れることはなく、京都大学野球部の指導や運営に長く携わりました。
寶馨は京大野球部監督だった!2度にわたり指揮
寶馨さんは京都大学硬式野球部の監督を2度務めています。
最初に監督となったのは20代だった1981年。約30年後の2013年には再び監督に就任しました。
研究者として京都大学に勤務しながら、学生野球の指導にも深く関わっていたことが分かります。
1981年・1982年に京大野球部監督
日本高野連のプロフィールでは、寶馨さんは1981年と1982年に京都大学硬式野球部監督を務めたと紹介されています。
1981年といえば、京都大学大学院を修了して工学部助手となった年です。
当時24歳前後という若さで母校の野球部を率いていたことになります。
2013年・2014年にも京大野球部監督
その後、2013年と2014年にも京都大学硬式野球部監督を務めました。
この時期の京都大学野球部には、後に千葉ロッテマリーンズからドラフト指名される田中英祐投手も在籍していました。
京都大学の選手がプロ野球ドラフトで指名されたことでも大きな話題となった時期です。
2005年から2019年まで京大野球部部長
監督だけでなく、京都大学硬式野球部の部長も務めています。
日本高野連の公式プロフィールでは、2005年から2019年まで部長を務めたと紹介されています。
2005年当時の関西学生野球連盟の登録メンバーにも「部長 寶馨」と記録されています。
選手、監督、部長と立場を変えながら、長期間にわたって大学野球に関わってきました。
寶馨は日本高野連第8代会長を務めた
大学野球での長い活動を経て、寶馨さんは高校野球の運営にも携わるようになります。
2021年12月、第8代日本高等学校野球連盟会長に就任しました。
京都大学教授や防災研究者としての経歴を持ちながら、高校野球界でもトップを務めた珍しい経歴の持ち主です。
2021年12月に高野連第8代会長へ
日本高野連の公式プロフィールによると、寶馨さんは2021年12月に第8代会長へ就任しました。
甲子園の開会式では選手へ「励ましの言葉」を送り、家族や仲間、指導者など周囲への感謝について語ることもありました。
2026年3月の第98回選抜高校野球大会でも、会長として甲子園の選手たちへメッセージを送っています。
2026年4月まで会長を務めた
寶馨さんは2026年4月24日まで日本高野連会長を務めました。
日本高野連は同日の理事会で会長交代を発表しており、後任には北村聡副会長が選出されています。
そのため2026年8月現在は「日本高野連会長」ではなく、第8代会長を務めた人物という位置づけになります。
一方、防災科学技術研究所では引き続き理事長を務めています。
寶馨の妻・子供は?家族構成を調査
寶馨さんについては研究者としての経歴や野球歴が非常に詳しく公表されていますが、妻や子供など私生活に関する情報はほとんど表に出ていません。
防災科学技術研究所、京都大学、日本高野連などの公式プロフィールにも、配偶者や子供についての記載はありません。
家族は公的活動とは別に、プライベートを明かしていないようです。
寶馨の妻はどんな人?
寶馨さんの妻について、名前や年齢、職業などを紹介した信頼できる公式プロフィールは見当たりません。
京都大学が公開している本人の学歴・職歴ページにも、家族についての記載はありません。
防災科研の理事長プロフィールでも、研究歴や役職については詳しく掲載されていますが、妻については触れられていません。
ネット上で家族について気にする声があっても、本人が公表していない名前や職業を結びつける材料は出ていないようです。
寶馨に子供はいる?
子供についても、本人や所属機関から詳しい発表は出ていません。
息子や娘がいるのか、何人家族なのかといった情報についても、公的プロフィールでは紹介されていません。
寶馨さんは長年メディアに登場する機会がある人物ですが、発信の中心は防災研究や教育、野球に関する内容です。
妻や子供については、現在公表されているプロフィールから具体的な家族構成までは分かっていません。
寶馨のwikiプロフィール!研究者と野球の両方で歩んだ経歴
寶馨さんは1957年2月12日生まれ、滋賀県彦根市出身の69歳です。
兵庫県立西宮北高校を卒業後、京都大学工学部土木工学科へ進学。京都大学大学院工学研究科修士課程を修了し、1990年には工学博士の学位を取得しました。
研究者としては京都大学工学部助手、岐阜大学助教授、京都大学防災研究所教授、防災研究所長、大学院総合生存学館長などを歴任。
2022年に京都大学名誉教授となり、2023年4月からは防災科学技術研究所理事長を務めています。
専門は水文学、水資源工学、防災研究です。
さらに学生時代から野球に打ち込み、西宮北高校と京都大学で投手・捕手としてプレー。京都大学硬式野球部では1981~1982年と2013~2014年に監督を務め、2005~2019年には部長も務めました。
2021年12月には第8代日本高等学校野球連盟会長に就任し、2026年4月まで高校野球界を率いています。
研究者として防災に向き合う一方、選手・監督・部長・高野連会長として野球にも長く関わってきた寶馨さん。
「研究」と「野球」という2つの分野で積み重ねてきた経歴が、寶馨さんのwikiプロフィールを知るうえで大きな特徴となっています。

