
ICC(国際刑事裁判所)の赤根智子所長が、2026年8月18日にアメリカのトランプ政権から制裁対象に指定され、改めて赤根氏本人にも注目が集まっています。
赤根氏の名前を調べて、「ロシアから指名手配されているのはなぜ?」「赤根智子さんは誰で何者?」「プーチン大統領と何があったの?」と驚いた人もいるのではないでしょうか。
赤根氏は日本で長年検事を務め、2018年にICC判事へ就任。2024年3月には、日本人として初めてICC所長に選ばれた法律家です。ICC公式では、判事としての任期は2018年3月11日から2027年3月10日までとされています。
ロシアから指名手配された背景には、2023年3月にICCがウラジーミル・プーチン大統領へ逮捕状を出したことがあります。
赤根氏は、その逮捕状を判断したICCの裁判体を構成していた判事の一人でした。
赤根智子はなぜロシアから指名手配?プーチン逮捕状との関係
赤根智子氏がロシアから指名手配された大きなきっかけは、ICCが2023年3月17日にプーチン大統領へ逮捕状を発付したことです。
ICCはプーチン氏とロシア大統領府の子どもの権利担当委員マリア・リボワ=ベロワ氏について、ウクライナの占領地域から子どもをロシアへ不法に移送・移転したとされる行為に関し、戦争犯罪の疑いがあるとして逮捕状を出しました。
2023年3月にICCがプーチン大統領へ逮捕状
ICC公式発表によると、プーチン大統領への逮捕状が発付されたのは2023年3月17日です。
対象となったのは、ロシアによるウクライナ侵攻の中で起きたとされる子どもの不法な移送・移転です。
ロイターも、ICCがプーチン氏について、ウクライナからロシアへの子どもの不法な移送などに責任がある疑いで逮捕状を出したと報じています。
ここでいう逮捕状は、プーチン氏の有罪判決が確定したという意味ではありません。
ICCの判事が、逮捕状を発付する根拠があると判断した段階です。
赤根智子はプーチン逮捕状を判断したICC判事の一人
「なぜ赤根智子氏がロシアから狙われたのか」という点で大きいのが、赤根氏が当時ICCの予審裁判部に所属していたことです。
プーチン氏への逮捕状を扱った裁判体には、赤根智子判事らが参加していました。
ロシア側はICCの判断に強く反発し、逮捕状発付からわずか3日後の2023年3月20日、ICCのカリム・カーン主任検察官や赤根氏ら判事に対する刑事捜査を開始しました。
ロイターは、この動きをプーチン氏へのICC逮捕状に対抗するロシア側の措置として報じています。
つまり、赤根氏本人がロシア国内で別の一般的な事件を起こしたため指名手配されたという話ではありません。
ICC判事としてプーチン大統領への逮捕状に関わったことが、その後のロシア側の刑事手続きにつながりました。
ロシアはICCのプーチン逮捕状を認めていない
ロシアはICCを設立したローマ規程の締約国ではありません。
ロシア政府はプーチン氏への逮捕状について、ICCにはロシアに対する管轄権がなく、法的な意味を持たないとの立場を示してきました。
ロイターによると、ロシア大統領府もICCの逮捕状を認めない姿勢を繰り返し示しています。
一方、ICCはウクライナ情勢について管轄権を行使し、ロシア側の関係者への捜査や逮捕状発付を続けています。
ICCとロシアでは、国際刑事司法の権限そのものをめぐって立場が大きく食い違っています。
赤根智子は2023年7月にロシア内務省から指名手配
ロシアによる赤根智子氏への対応は、2023年3月の刑事捜査開始からさらに進みました。
同年7月27日には、ロシア内務省の指名手配データベースに赤根氏の名前が掲載されています。
ロシア内務省のデータベースに赤根智子の名前
ロイターは2023年7月27日、赤根智子判事がロシア内務省のオンラインデータベースで指名手配者として掲載されたと報じました。
掲載内容には、ロシア刑法の条文に基づいて指名手配されていることが記されていましたが、その時点のデータベースには赤根氏が具体的に何の犯罪を行ったとされているのかまでは示されていませんでした。
そのため、「赤根智子がロシアで何をしたから指名手配されたのか」という疑問には、2023年3月のプーチン氏へのICC逮捕状と、その後にロシアがICC関係者へ刑事手続きを取った一連の経緯が答えになります。
ICC検察官や別の判事もロシアの対象になった
ロシア側が対象としたのは赤根氏だけではありません。
ICCのカリム・カーン主任検察官や、プーチン氏の逮捕状に関係した別の判事たちもロシアの指名手配対象となりました。
ロイターによると、2023年5月にはカーン氏がロシア内務省の指名手配リストに掲載され、その後もICC判事への同様の措置が続きました。
赤根氏個人だけを対象にした出来事というより、ICCによるロシア関係者への司法手続きに対して、ロシア側がICCの検察官や判事に対抗措置を取った構図です。
赤根智子へのロシアの措置は現在どうなった?2025年には欠席裁判も
赤根智子氏とロシアをめぐる問題は、2023年の指名手配後も続いています。
2025年12月にはモスクワの裁判所が、赤根氏を含むICC関係者に対し欠席裁判で有罪判決を言い渡しました。
2025年12月にICC判事らへ欠席判決
国連人権高等弁務官事務所が2026年2月に公表した国連専門家の声明によると、モスクワ市裁判所は2025年12月12日、ICCのカリム・カーン検察官と8人のICC判事を欠席裁判で有罪としました。
国連専門家は、ICC関係者へのロシアによる報復や威圧をやめるよう求めています。
モスクワの裁判所では、ICCによるロシア国民への訴追や逮捕状発付がロシア法上違法だとの立場から判決が出されています。
報道では判事らに3年半から15年の刑が言い渡されたとされていますが、赤根氏個人に言い渡された具体的な刑期については、確認できる発表だけから特定しにくい部分があります。
ロシアの指名手配がICC所長就任を妨げたわけではない
赤根氏はロシアから指名手配された後もICC判事として活動を続けています。
そして2024年3月11日、ICCの判事による選挙で所長に選ばれました。
外務省は、日本人がICC所長に就任するのは初めてだとして赤根氏の選出を歓迎しています。ICC所長の任期は原則3年間ですが、判事としての任期が先に終わる場合はそちらが優先されます。
2026年8月現在も赤根氏はICC所長を務めています。
赤根智子は誰・何者?wiki風プロフィール
赤根智子氏は、日本の検察官として約40年にわたり刑事司法に携わり、その後ICC判事、ICC所長へと進んだ法律家です。
プロフィールを簡単に見ると、次のようになります。
・名前:赤根智子(あかね ともこ)
・生年月日:1956年6月28日
・年齢:70歳(2026年8月現在)
・出身:愛知県
・出身高校:愛知県立旭丘高校
・大学:東京大学法学部
・大学院:米ジャクソンビル州立大学刑事司法コース
・職業:ICC判事、ICC所長
・元職:検事、函館地検検事正、法務総合研究所長、最高検検事、国際司法協力担当大使など
米財務省OFACが2026年8月18日に公表した制裁指定情報では、赤根氏の生年月日は1956年6月28日、出生地は愛知県、日本国籍と記載されています。2026年6月に70歳を迎えています。
赤根智子の出身は愛知県名古屋市
赤根氏は愛知県出身で、名古屋市生まれとして紹介されています。
愛知県弁護士会でも赤根氏が愛知県立旭丘高校出身であることが紹介されており、地元・愛知とのつながりが深い人物です。
その後は東京大学へ進学し、検察官として全国各地で勤務しています。
赤根智子は日本人初のICC所長
赤根氏を語る上で大きな経歴が、日本人初のICC所長になったことです。
ICC公式によると、2024年3月11日にICC判事たちによる選挙が行われ、赤根氏が裁判所長に選ばれました。
ICCは、ジェノサイド、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪などを扱う常設の国際刑事裁判所です。
赤根氏はそのトップを務める日本人として、国際司法の最前線で活動しています。
赤根智子の学歴は?旭丘高校から東京大学法学部へ
赤根智子氏の学歴を見ると、愛知県立旭丘高校から東京大学法学部へ進み、その後アメリカでも刑事司法を学んでいます。
検事としての実務だけではなく、刑事司法や国際協力を専門的に学んできた経歴があります。
出身高校は愛知県立旭丘高校
赤根氏の出身高校は愛知県立旭丘高校です。
愛知県弁護士会は、ICCに関する講演会を紹介する中で、赤根氏を「愛知県立旭丘高校出身」と紹介しています。
旭丘高校を卒業後、東京大学へ進学しました。
東京大学法学部を1980年に卒業
外務省が公表している赤根氏の経歴によると、1980年に東京大学法学部を卒業しています。
司法修習を経て1982年に検事へ任官しました。
東京大学卒業後すぐに国際機関へ進んだわけではなく、まず日本の検察実務で長い経験を積んでいます。
ジャクソンビル州立大学で刑事司法を学ぶ
赤根氏はアメリカ留学の経験もあります。
外務省によると、1990年に米ジャクソンビル州立大学の刑事司法コースで修士号を取得しました。
日本の法学教育と検察実務に加え、海外で刑事司法を学んだ経験が、その後の国際司法協力やICCでの活動にもつながっています。
赤根智子の経歴は?検事からICC所長になるまで
赤根智子氏の経歴は、検察官としての国内実務と国際司法協力の二つが大きな柱になっています。
1982年の検事任官から、函館地検検事正、法務総合研究所長、最高検察庁検事などを経てICC判事に選出されました。
1982年に検事任官
国連広報センターのインタビューで、赤根氏本人は1982年に検事に任官し、その後日本各地で勤務したと語っています。
外務省によると、横浜、名古屋、仙台、東京の各地方検察庁で勤務しました。
その後は国連アジア極東犯罪防止研修所(UNAFEI)教官、札幌地検公判部長、UNAFEI次長などを歴任しています。
函館地検検事正や法務総合研究所長を歴任
2010年から2012年には函館地方検察庁検事正を務めました。
さらに、法務総合研究所国際連合研修協力部長兼UNAFEI所長、法務省法務総合研究所長などを歴任しています。
検察官として事件を担当するだけでなく、刑事司法制度の研究、人材育成、海外への法制度支援などにも長く関わってきました。
最高検察庁検事・国際司法協力担当大使からICC判事へ
2016年には最高検察庁検事を務めながら、国際司法協力担当大使に就任しました。
2017年のICC裁判官選挙では日本政府の候補となり、第1回投票でトップ当選しています。
2018年3月にICC判事となり、2024年3月には日本人初のICC所長へ。
国内の検事から国際刑事裁判所のトップへ進んだ、非常に珍しいキャリアを歩んでいます。
赤根智子の父親・夫・娘など家族構成は?
赤根智子氏については、父親や夫、娘など家族についても気になるところです。
ICCや外務省が公開しているプロフィールでは、家族の氏名や職業などは詳しく紹介されていません。
一方、赤根氏本人が国連広報センターのインタビューで、一人娘がいることと、子育てを両親に助けてもらったことを明かしています。
赤根智子には一人娘がいる
赤根氏は2014年の国連広報センターのインタビューで、検事として働いていた当時の子育てについて語っています。
育児休業制度もなかった時代に仕事を続けながら、一人娘を育てたことを明かしています。
また、娘の面倒を見てくれた両親への感謝も語っていました。
娘の氏名や職業、現在の年齢については、同インタビューやICC・外務省のプロフィールでは明かされていません。
赤根智子の父親はどんな人?
赤根氏の父親については、氏名や職業といった詳しいプロフィールは公表資料では見当たりません。
本人が明かしているのは、娘を育てる際に「両親」が子育てを支えてくれたというエピソードです。
父親が法律関係の仕事をしていたのか、赤根氏が法律家を目指すきっかけになったのかといった詳しい話までは出ていません。
赤根智子の夫は?結婚相手の名前や職業
赤根氏の夫や結婚相手についても、ICC公式プロフィールや外務省の経歴、国連広報センターの本人インタビューでは詳しい情報は紹介されていません。
一人娘がいることは赤根氏本人の発言で分かっていますが、夫の名前や年齢、職業などは公表されていないようです。
赤根氏の公開プロフィールは、検察官やICC判事としての職歴を中心としたものになっています。
赤根智子の現在は?ロシア指名手配に加えトランプ政権から制裁
2026年8月現在、赤根智子氏はICC所長として活動しています。
ICC判事としての任期は2027年3月10日までで、ロシアによる指名手配や欠席裁判があってもICCでの職務を続けています。
さらに2026年8月18日には、新たにアメリカのトランプ政権から制裁対象に指定されました。
米財務省OFACは赤根氏をSDNリストに追加し、ロイターは米国内にある資産の凍結や、米金融システムから事実上遮断される措置が取られると報じています。
ロシアから指名手配された理由をたどると、2023年3月に赤根氏らICC判事がプーチン大統領への逮捕状に関わったことが発端でした。
2023年7月にロシア内務省の指名手配リストへ掲載され、2025年にはロシア国内で欠席裁判が行われています。
その一方で赤根氏は2024年に日本人初のICC所長となり、現在も国際刑事裁判所のトップとして職務を続けています。
「赤根智子は誰・何者?」という人物像を見ると、日本の検事から国際司法協力の分野へ進み、最終的にICC所長となった法律家です。
ロシアによる指名手配とアメリカによる制裁という二つの強い圧力を受けながら国際刑事司法に携わっている点でも、2026年現在、世界的に注目される日本人法律家の一人となっています。

