
外務大臣や総務大臣を歴任した松本剛明さんが、2026年7月27日に67歳で亡くなりました。
死因は、ALSと呼ばれる筋萎縮性側索硬化症だったと報じられています。
松本剛明さんは2025年に車椅子で国会へ出席し、以前より痩せた姿が見られたことから、体調や病気を心配する声が寄せられていました。
2026年1月には健康上の理由で政界引退を表明し、その後は東京都内で療養を続けていたと伝えられています。
松本剛明さんがいつ亡くなったのか、死因となったALSはどのような病気なのか、車椅子姿から死去までの経緯、葬儀やお別れの会について紹介します。

目次
松本剛明が死去|いつ亡くなった?死因や享年を確認
松本剛明さんは、2026年7月27日午後3時45分、東京都内の病院で亡くなりました。
訃報は7月30日に報じられ、死因がALSだったことや、葬儀の日程も明らかになっています。
松本剛明は2026年7月27日に67歳で死去
神戸新聞の報道によると、松本剛明さんは2026年7月27日午後3時45分に東京都内の病院で亡くなりました。
1959年4月25日生まれで、亡くなった時の年齢は67歳でした。
訃報が広く伝えられたのは、死去から3日後となる2026年7月30日です。(神戸新聞)
松本剛明さんは東京都出身ですが、政治家としては兵庫11区を主な選挙区とし、姫路市を中心とする地域で長年活動してきました。
松本剛明の死因はALSと報じられた
松本剛明さんの死因について、神戸新聞は筋萎縮性側索硬化症、通称ALSだったと報じています。
死因が公表されていない訃報も少なくありませんが、松本剛明さんについては具体的な病名まで伝えられています。
2026年4月の播磨時報でも、松本剛明さんがALSを患い、療養していることが報じられていました。
そのため、亡くなった後に突然ALSという病名が出たわけではなく、政界引退後には病状が支援者らにも伝えられていたことが分かります。(播磨時報社)
松本剛明の死因となったALSはどのような病気?
松本剛明さんが患っていたALSは、正式には「筋萎縮性側索硬化症」と呼ばれています。
体を動かすための神経に障害が起こる病気で、厚生労働省が定める指定難病の一つです。(厚生労働省)
ALSは筋肉を動かす神経に障害が起こる病気
ALSでは、脳や脊髄から筋肉へ指令を伝える運動神経が徐々に障害されます。
病状の進み方や現れる症状には個人差がありますが、一般的には手足を動かしにくくなったり、言葉を発しにくくなったりすることがあります。
症状が進むと、歩行や日常生活の動作に車椅子などの補助が求められる場合もあります。
ただし、松本剛明さんにどの症状がいつ現れ、どのような治療を受けていたのかについては、詳しい診療内容まで公表されていません。
松本剛明がALSを発症した時期は公表されている?
松本剛明さんがALSと診断された正確な時期については、現在までの報道では明らかになっていません。
毎日新聞は2026年1月、松本剛明さんが前年から体調を崩し、発語しにくい状態だったと報じていました。
この内容から、少なくとも2025年には政治活動へ影響するほど体調が悪化していたことがうかがえます。
一方で、2025年の段階ではALSという病名が広く公表されておらず、当初は「体調不良」「健康上の理由」と説明されていました。
2026年4月には、播磨時報が松本剛明さんについてALSを患っていると報じています。
松本剛明が車椅子を使用していた理由はALS?
松本剛明さんは2025年、車椅子で国会に出席する姿が報じられました。
当時は病名が発表されていなかったため、ネット上では体調や病気を心配する声が広がっていました。
その後、ALSを患っていたことが報じられ、車椅子の使用も病状と関係していたのではないかと受け止められています。
2025年に車椅子で国会へ出席
週刊女性PRIMEは2025年10月、松本剛明さんが車椅子で国会に出席した様子を報じています。
松本剛明さんは以前より痩せたようにも見えたため、SNS上では「体調は大丈夫なのか」「何の病気なのか」と心配する声が寄せられていました。
この時、松本剛明さんは首相指名選挙の投票に臨むため、国会へ出席していたと伝えられています。
国会での投票は議員本人が行うもので、代理人に任せることはできません。
体調が優れない中でも国会議員としての職務を果たそうとしていた様子が、多くの人の印象に残りました。
車椅子使用とALSの関係は詳しく説明されていない
ALSでは、手足を動かす筋力が低下し、歩行が難しくなることがあります。
そのため、松本剛明さんの車椅子姿についても、後に公表されたALSの症状と結びつける見方が出ています。
ただ、2025年に車椅子を使用していた時点では、本人や事務所が「ALSのため車椅子を使用している」と具体的に説明したわけではありません。
車椅子を使い始めた時期や、日常生活でどの程度の介助を受けていたのかも公表されていません。
現時点で伝えられているのは、2025年から体調を崩していたこと、発語が難しくなっていたこと、その後ALSを患っていると報じられたことまでです。
松本剛明の病気から政界引退・死去までの経緯
松本剛明さんは2025年ごろから体調を崩し、2026年1月に政界引退を表明しました。
同年4月にはAI音声を使って支援者へ最後のメッセージを送り、東京都内で療養を続けていたと報じられています。
2025年ごろから体調を崩す
松本剛明さんの事務所や関係者の説明によると、2025年から体調を崩し、治療を続けていました。
2025年10月には車椅子で国会に出席する姿が見られ、外見の変化や体調を心配する声が広がりました。
この時期には言葉を発しにくい状態にもなっていたと報じられていますが、病名についての詳しい説明は出ていませんでした。
2026年1月に健康上の理由で政界引退
松本剛明さんは2026年1月20日、次の衆議院選挙へ立候補せず、政界から引退すると正式に表明しました。
事務所は、前年から体調を崩して治療に努めてきたものの、回復に至らなかったと説明しています。
松本剛明さん自身も、引退について「健康上の理由により苦渋の決断に至った」とする趣旨のコメントを出しました。
2000年の初当選から約25年間、衆議院議員を通算9期務めた政治活動に区切りをつけることになりました。
2026年4月にAI音声で支援者へメッセージ
2026年4月19日には、松本剛明さんの後援会と女性支援グループの合同総会が姫路市で開かれました。
松本剛明さんは東京都内で療養しており、会場へ戻ることができなかったため、AI音声を使って声明を発表しています。
声明では、突然難しい病気に襲われて議員引退となったことへの思いに触れながら、25年間の政治活動を振り返りました。
妻の孝子さんも会場で病状や政界引退までの経緯を説明し、長年支えた後援会関係者へ感謝を伝えています。
発語が難しい状態でもAI音声を使って言葉を届けた姿は、松本剛明さんにとって支援者への最後の政治的なメッセージとなりました。
2026年7月27日に東京都内の病院で死去
療養を続けていた松本剛明さんは、2026年7月27日午後3時45分、東京都内の病院で亡くなりました。
死因はALSで、67歳でした。
訃報が報じられた7月30日時点では、本人の公式サイトや自民党から追加の発表が出るかどうかにも注目が集まっています。
松本剛明の葬儀はいつ?お別れの会も開催予定
松本剛明さんの通夜と葬儀・告別式については、日時と会場が公表されています。
後日、お別れの会も開かれる予定ですが、開催日や詳しい内容はまだ発表されていません。
通夜は8月6日・葬儀は8月7日に増上寺で開催
神戸新聞によると、松本剛明さんの通夜と葬儀・告別式は、次の日程で行われます。
通夜は2026年8月6日午後6時からです。
葬儀・告別式は2026年8月7日午前11時30分から行われます。
会場はいずれも、東京都港区芝公園にある大本山増上寺光摂殿です。
喪主は妻の孝子さんが務めます。
松本剛明のお別れの会は後日開催予定
松本剛明さんのお別れの会については、後日開催される予定と報じられています。
ただし、2026年7月30日時点では、開催日時や会場、一般参列の可否などは明らかになっていません。
松本剛明さんは衆議院議員を通算9期務め、外務大臣や総務大臣も歴任しています。
政界や地元・兵庫県の関係者を含め、多くの人が参列できる形でお別れの会が設けられるとみられますが、詳しい内容は今後の発表を待つことになります。
松本剛明の経歴|外務大臣・総務大臣を歴任
松本剛明さんは、旧民主党と自民党の両方で政治活動を行い、外務大臣や総務大臣などを務めました。
安全保障や財政政策に詳しい政策通として知られ、衆議院議員として約25年間活動しています。
松本剛明のプロフィール
松本剛明さんは1959年4月25日、東京都に生まれました。
東京大学法学部を卒業後、旧日本興業銀行に入行しました。
その後、父で元防衛庁長官の松本十郎さんの秘書官を務め、政治の道へ進んでいます。
2000年の衆議院選挙で兵庫11区から初当選し、衆議院議員を通算9期務めました。
初代内閣総理大臣・伊藤博文の高祖父にあたる人物としても知られています。
外務大臣や総務大臣として活動
松本剛明さんは旧民主党で政策調査会長や衆議院議院運営委員長を務め、2011年には菅直人内閣で外務大臣に就任しました。
2015年に旧民主党を離党し、2017年に自民党へ入党しています。
2022年11月には岸田内閣で総務大臣に就任しました。
2023年12月にも再び総務大臣に起用され、マイナンバーカードの普及や情報通信政策などに取り組みました。
党派を越えて安全保障や財政政策に携わり、四半世紀にわたり国政を担った政治家でした。
松本剛明の死因・ALS・車椅子姿から死去まで
松本剛明さんは2026年7月27日午後3時45分、東京都内の病院で亡くなりました。
67歳で、死因はALSと呼ばれる筋萎縮性側索硬化症です。
2025年ごろから体調を崩し、同年には車椅子で国会に出席する姿が見られました。
2026年1月には健康上の理由で政界引退を表明し、4月には療養先からAI音声を使って支援者へ感謝の言葉を届けています。
通夜は2026年8月6日、葬儀・告別式は8月7日に東京都港区の増上寺で行われ、後日お別れの会も開催される予定です。
外務大臣や総務大臣を歴任し、衆議院議員として約25年間活動した松本剛明さん。
病気を抱えながらも国会へ足を運び、最後まで政治家としての職務と支援者への感謝を伝え続けました。

