
外務大臣や総務大臣を歴任した松本剛明さんが、2026年7月27日に67歳で亡くなりました。
松本剛明さんは東京大学法学部を卒業後、旧日本興業銀行に勤務し、父・松本十郎さんの秘書官を経て政治家になりました。
2000年の衆議院議員選挙で初当選してから通算9期を務め、旧民主党と自民党の両方で要職を担っています。
2026年1月には健康上の理由で次の衆議院議員選挙へ立候補しないと表明し、約25年間にわたる国政活動から引退しました。
松本剛明さんの学歴や銀行員時代、外務大臣・総務大臣としての経歴、引退理由について紹介します。

目次
松本剛明の経歴・学歴は?東京大学卒業から政界引退まで
松本剛明さんは、銀行員、国務大臣秘書官、衆議院議員という道を歩んできました。
旧民主党では政策調査会長や外務大臣を務め、無所属期間を経て自民党へ入党しています。その後は総務大臣に2度起用され、2026年1月に政界を引退しました。本人の公式プロフィールと神戸新聞の訃報では、衆議院議員を通算9期務めたと紹介されています。(m-takeaki.jp)
松本剛明のプロフィール
松本剛明さんの基本的なプロフィールは、次の通りです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 松本剛明 |
| 読み方 | まつもと・たけあき |
| 生年月日 | 1959年4月25日 |
| 出身地 | 東京都 |
| 最終学歴 | 東京大学法学部卒業 |
| 前職 | 旧日本興業銀行行員 |
| 選挙区 | 衆議院兵庫11区 |
| 当選回数 | 通算9回 |
| 主な役職 | 外務大臣、総務大臣、衆議院議院運営委員長 |
| 政界引退 | 2026年1月 |
| 死去 | 2026年7月27日、67歳 |
松本剛明さんは東京都出身ですが、父・松本十郎さんの地盤を受け継ぎ、兵庫県姫路市を中心とする兵庫11区で政治活動を続けました。(神戸新聞NEXT)
松本剛明の学歴|高校から東京大学法学部へ
松本剛明さんの公式プロフィールに記載されている学歴は、1982年3月の東京大学法学部卒業です。
大学卒業後はすぐに政治家になったわけではなく、旧日本興業銀行へ入行しています。法律だけでなく、銀行員時代に金融や経済の実務にも携わった経歴を持つ政治家でした。
松本剛明の高校は武蔵高等学校?
松本剛明さんの出身高校について、複数の学校情報サイトでは東京都練馬区にある武蔵高等学校と掲載されています。
一方、松本剛明さんの本人公式プロフィールや首相官邸の大臣略歴には、高校名の記載がありません。
公表資料で明記されている学歴は、1982年3月に東京大学法学部を卒業したことです。高校については武蔵高等学校とする情報が見られますが、本人公式サイトで紹介された経歴ではありません。
松本剛明は1982年に東京大学法学部を卒業
松本剛明さんは、1982年3月に東京大学法学部を卒業しました。
東京大学法学部は、政治家や官僚、法曹関係者を数多く輩出している学部です。
松本剛明さんは大学で学んだ法律や政治の知識に加え、卒業後の銀行勤務で得た金融・経済分野の経験も、後の政策活動につなげていきました。
安全保障や外交に加えて財政政策にも詳しい政策通として知られた背景には、こうした学歴と職歴があったとみられます。神戸新聞も訃報の中で、松本剛明さんを安全保障や財政に明るい政治家だったと伝えています。
松本剛明は東京大学卒業後に旧日本興業銀行へ入行
松本剛明さんは東京大学法学部を卒業した1982年4月、旧日本興業銀行へ入行しました。
旧日本興業銀行は、企業向けの長期資金供給や大規模プロジェクトへの融資を担っていた金融機関です。松本剛明さんの公式プロフィールでは、現在のみずほフィナンシャルグループにつながる銀行として紹介されています。
旧日本興業銀行で約7年間勤務
松本剛明さんが旧日本興業銀行に入行したのは、1982年4月です。
1989年8月に父・松本十郎さんの秘書官となっているため、銀行員として勤務した期間は約7年間になります。
具体的な配属先や担当業務は公式プロフィールに掲載されていません。
ただ、銀行員として企業金融や経済の現場に触れた経験は、後に政党の政策責任者や国務大臣として活動する際の基礎になったと考えられます。
銀行員から父・松本十郎の秘書官へ
松本剛明さんは1989年8月、父・松本十郎さんが防衛庁長官を務めた際に秘書官へ就任しました。
松本十郎さんは大蔵官僚出身の政治家で、衆議院議員や防衛庁長官を歴任しています。
松本剛明さんは秘書官として国会や政府の仕事に直接触れ、銀行員から政治の世界へ進むことになりました。
松本剛明の政治家としての経歴|2000年に衆議院議員へ初当選
松本剛明さんは父の地盤を引き継ぎ、兵庫11区から国政を目指しました。
2000年6月の第42回衆議院議員総選挙で初当選し、その後は通算9回の当選を果たしています。
2000年に旧民主党から初当選
松本剛明さんが初当選したのは、2000年6月25日に行われた衆議院議員総選挙です。
兵庫11区から旧民主党の候補として立候補し、国会議員としての活動を始めました。
初当選後は決算行政監視委員会に所属し、税金の使い道や行政の監視に関わる仕事を担当したと、本人公式サイトで振り返っています。
2005年に民主党政策調査会長へ就任
松本剛明さんは2005年9月、民主党の政策調査会長に就任しました。
政策調査会長は、党の政策や法案への対応を取り仕切る役職です。政府・与党が提出する法案への賛否や、対案、修正案などにも関わります。
初当選から約5年で党の政策責任者を任されたことからも、政策立案能力を評価されていたことがうかがえます。
2009年に衆議院議院運営委員長へ就任
2009年9月には、衆議院議院運営委員長に就任しました。
議院運営委員会は、本会議の日程や法案審議、国会運営に関する幅広い事項を協議する委員会です。
松本剛明さんは民主党政権が発足した時期に、国会運営の責任を担う立場に就きました。
松本剛明は2011年に外務大臣へ就任
松本剛明さんの経歴の中でも特に知られているのが、菅直人内閣で外務大臣を務めたことです。
2011年3月9日に外務大臣へ就任しましたが、そのわずか2日後に東日本大震災が発生しました。
外務大臣の就任2日後に東日本大震災が発生
松本剛明さんは外務大臣就任直後から、各国による被災地支援や国際社会との調整に対応しました。
就任後初の国際会議となったフランス・パリでのG8外相会議では、日本への支援に対する感謝を各国へ伝えています。
その後も日中韓外相会議や日・ASEAN外相会議、ASEM外相会議などに出席しました。米国のヒラリー・クリントン国務長官をはじめ、各国の首脳や外相とも会談しています。
松本剛明が外務大臣を務めた期間
外務省の外交青書によると、松本剛明さんが外務大臣に就任したのは2011年3月9日です。
同年9月2日に玄葉光一郎さんが後任の外務大臣へ就任しており、松本剛明さんの在任期間は約6か月でした。(外務省)
在任期間は長くありませんでしたが、東日本大震災直後という日本外交にとって極めて多忙な時期を担当しました。
松本剛明は民主党離党後に自民党へ入党
松本剛明さんは旧民主党で外務大臣などを歴任した後、2015年に同党を離れました。
約2年間の無所属期間を経て、2017年9月に自民党へ入党しています。旧民主党政権の閣僚経験者が自民党政権でも大臣を務めた点は、松本剛明さんの経歴を語るうえで特徴的な部分です。
2015年に民主党を離党した理由
松本剛明さんは2015年10月、民主党を離党する意向を後援会へ伝えました。
本人公式サイトでは、自身が目指す方向と民主党の進路が重ならなくなったという趣旨の説明をしています。
同年10月に離党届を提出し、11月10日に離党が認められた後は、無所属の衆議院議員として活動しました。
2017年に自民党へ入党
松本剛明さんは2017年9月27日、自民党へ入党しました。
同年10月の第48回衆議院議員総選挙では、初めて自民党公認候補として兵庫11区から立候補し、7期目の当選を果たしています。
選挙後は自民党の志公会、いわゆる麻生派に所属しました。
2019年に衆議院外務委員長へ就任
2019年10月には、衆議院外務委員長に就任しました。
外務委員長時代には、日米貿易協定や日米デジタル貿易協定の国会承認などに携わっています。
外務大臣経験者として、外交や安全保障に関する政策で引き続き役割を担いました。
松本剛明は2022年と2023年に総務大臣を歴任
松本剛明さんは岸田文雄内閣で、2度にわたって総務大臣に起用されました。
総務省は地方自治、選挙、消防、郵政、放送、情報通信、統計などを担当する省庁です。松本剛明さんは外交だけでなく、国内行政やデジタル政策にも携わりました。
2022年11月に初めて総務大臣へ就任
松本剛明さんは2022年11月、岸田内閣で総務大臣に就任しました。
首相官邸の当時のプロフィールには、兵庫11区選出で当選8回の衆議院議員として掲載されています。(内閣官房)
総務大臣在任中は、マイナンバーカードの普及、地方行政、情報通信政策、消防や災害対応などを担当しました。
2023年12月に再び総務大臣へ
松本剛明さんは2023年12月、再び総務大臣に起用されました。
本人公式プロフィールにも、2022年11月と2023年12月の2度、総務大臣へ就任したことが記載されています。
自民党の候補者情報では、総務大臣のほか、外務大臣、衆議院議院運営委員長、衆議院外務委員長、党政務調査会長代理などが主な経歴として紹介されています。(自由民主党)
総務大臣としてマイナンバーカード普及などに取り組む
神戸新聞の訃報では、松本剛明さんが総務大臣在任中、マイナンバーカードの普及などに尽力したと紹介されています。
本人公式サイトでは、災害発生時の緊急消防援助隊の出動や、通信網の復旧にも取り組んだと説明されています。
松本剛明の引退理由は体調不良|後にALSと判明
松本剛明さんは2026年1月20日、次の衆議院議員選挙へ立候補せず、政界を引退すると表明しました。
当初、引退理由は「健康上の理由」と説明されていました。その後、ALSと呼ばれる筋萎縮性側索硬化症を患っていたことが報じられています。
2025年ごろから体調を崩していた
松本剛明さんの事務所によると、2025年から体調を崩し、治療を続けていました。
毎日新聞は、発語しにくい状態になっていたと報じています。2025年10月には車椅子で国会に出席する姿も見られ、体調を心配する声が寄せられていました。
2026年1月に政界引退を正式表明
松本剛明さんは2026年1月20日、次期衆議院議員選挙に立候補しないことを正式に表明しました。
神戸新聞によると、事務所は前年から体調を崩して治療に努めてきたものの、回復に至らなかったと説明しています。
松本剛明さん本人も、健康上の理由による苦渋の決断だったという趣旨のコメントを出しました。
引退理由となった病気はALS
引退表明時には具体的な病名まで広く公表されていませんでしたが、2026年4月に播磨時報が、松本剛明さんはALSを患っていると報じました。
ALSの影響で療養先の東京都内から姫路市へ戻ることができず、後援会の最後の集会にはAI音声による声明を寄せています。
声明では、突然難しい病気に襲われて議員引退に至ったことや、25年間の政治活動を終える思いを支援者へ伝えました。
松本剛明の経歴を年表で紹介
松本剛明さんは東京大学法学部を卒業後、銀行員や防衛庁長官秘書官を経て、約25年間にわたり国政に携わりました。
主な経歴は次の通りです。
- 1959年4月:東京都で誕生
- 1982年3月:東京大学法学部を卒業
- 1982年4月:旧日本興業銀行へ入行
- 1989年8月:父・松本十郎防衛庁長官の秘書官へ就任
- 2000年6月:衆議院議員総選挙で初当選
- 2005年9月:民主党政策調査会長へ就任
- 2009年9月:衆議院議院運営委員長へ就任
- 2011年3月:菅直人内閣で外務大臣へ就任
- 2015年11月:民主党を離党し無所属へ
- 2017年9月:自民党へ入党
- 2019年10月:衆議院外務委員長へ就任
- 2020年9月:衆議院内閣委員会筆頭理事へ就任
- 2022年11月:総務大臣へ就任
- 2023年12月:再び総務大臣へ就任
- 2024年10月:衆議院議員として9期目の当選
- 2026年1月:健康上の理由で政界引退
- 2026年4月:ALS療養中であることが報じられる
- 2026年7月27日:ALSのため67歳で死去
松本剛明の経歴・学歴と政界引退まで
松本剛明さんは東京大学法学部を卒業後、旧日本興業銀行に入行し、約7年間にわたり銀行員として勤務しました。
1989年に父・松本十郎さんの秘書官となり、2000年の衆議院議員選挙で初当選しています。
旧民主党では政策調査会長や衆議院議院運営委員長、外務大臣を歴任しました。2015年に同党を離れ、無所属を経て2017年に自民党へ入党しています。
自民党では外務委員長などを務めた後、2022年と2023年の2度にわたって総務大臣へ起用されました。
2026年1月、健康上の理由で次期衆院選への不出馬を表明し、通算9期、約25年間に及んだ政治家としての経歴に区切りをつけています。後に、引退理由となった病気がALSだったと報じられました。
外交、安全保障、財政、地方行政、情報通信など幅広い政策分野に携わり、旧民主党政権と自民党政権の双方で国務大臣を務めた政治家でした。

