黒田勇樹の現在は?アルコール依存・DV騒動や2度の離婚、子役時代から今まで調査
黒田勇樹の現在は?アルコール依存・DV騒動や2度の離婚、子役時代から今まで調査

『人間・失格~たとえばぼくが死んだら~』などで“天才子役”として知られた黒田勇樹さんについて、「現在は何をしている?」「昔とかなり変わった?」「何があったの?」と気になった人も多いのではないでしょうか。

2026年9月12日にABEMAの密着番組『NO MAKE』で現在の生活が紹介され、44歳になった黒田さんが、子どもへの演技指導や舞台演出を続ける一方、バーでのアルバイトも掛け持ちしていることが明らかになりました。過去には約300万円の借金を抱え、病院でアルコール依存症を指摘された経験も本人が語っています。

さらに2026年9月13日まで、黒田さんが作・演出を手がける舞台『SHINKYO QUEST 2』が上演中。8月にはお笑いコンビ「ガッポリ建設」に新メンバーとして加入することも発表されました。俳優だけではなく、演出家、演技講師、お笑いと活動領域を広げています。

黒田勇樹の現在は?2026年は演技指導・舞台演出で活動

2026年現在の黒田勇樹さんは、テレビドラマを中心に活躍していた子役時代とは異なり、舞台制作や若手・子役への演技指導を活動の軸にしています。

ABEMAの密着では、東京・杉並区の教室で子どもたちへ演技を教える姿が紹介されました。生徒からは「優しい先生」と慕われているといい、俳優として自分が学んできたことを次世代へ伝えたいという思いを語っています。

子どもへの演技指導は月収約10万円

ABEMAによると、黒田勇樹さんが子役への演技指導で得ている月収は約10万円です。

決して大きな収入ではありませんが、本人は自分が30歳になって分かったことを10歳の子に教えれば、将来面白い俳優が育つかもしれないという思いから指導を続けています。

自身も幼少期から著名な演出家や俳優たちに囲まれてきただけに、その経験を次の世代へ返す仕事に魅力を感じているようです。

舞台演出は2026年で約14年

現在の黒田さんが特に力を入れているのが舞台演出です。

ABEMAの密着では、舞台演出のキャリアが2026年で14年目になると紹介されています。稽古では厳しく指導する場面もありますが、最優先するのは観客に面白い作品を届けることだと本人は話しています。

9月1日から13日までは、三栄町LIVE×黒田勇樹プロデュースvol.22『SHINKYO QUEST 2』を上演。黒田さんは作・演出を担当し、自身も出演者として名前を連ねています。

生活費のためバーでもアルバイト

舞台や演技指導だけで生活しているわけではありません。

ABEMAでは、生活費を補うためバーなどのアルバイトも掛け持ちし、年間の休日は数えるほどだと紹介されました。舞台稽古を終えた後、そのままガールズバーへ向かう日常も密着されています。

一時代を代表する人気子役だった頃とはかなり違う生活ですが、本人は現在も芝居から離れずに活動しています。

黒田勇樹のwikiプロフィール!年齢や経歴は?

黒田勇樹さんは1982年4月23日生まれ、東京都出身の俳優です。

2026年9月現在は44歳。タレントデータバンクでは身長171cm、血液型O型と掲載されています。

黒田勇樹のプロフィール

主なプロフィールは次の通りです。

  • 名前:黒田勇樹
  • 読み方:くろだ ゆうき
  • 生年月日:1982年4月23日
  • 年齢:44歳(2026年9月現在)
  • 出身地:東京都
  • 身長:171cm
  • 血液型:O型
  • 職業:俳優、舞台演出家、脚本家、映画監督、演技講師
  • 子役活動:0歳から
  • 俳優デビュー:1988年『武田信玄』
  • 代表作:『人間・失格』『セカンド・チャンス』『学校III』など

1988年のNHK大河ドラマ『武田信玄』で武田信勝を演じ、俳優として本格的に活動を開始しました。1990年には帝国劇場のミュージカル『オリバー!』で主役に抜てきされています。

黒田勇樹の子役時代・若い頃は?『人間・失格』で大ブレイク

黒田勇樹さんは0歳から赤ちゃんモデルとして活動しており、文字通り芸歴と年齢がほぼ同じ人物です。

特に1990年代には中性的な顔立ちから「美少年」と注目され、『人間・失格』をはじめ数多くのドラマや映画へ出演しました。

8歳で帝国劇場『オリバー!』主演

1990年、8歳の時に帝国劇場で上演されたミュージカル『オリバー!』の主役に抜てきされました。

タレントデータバンクでは、当時「帝国劇場最年少主役」と紹介されています。

まだ小学生ながら大劇場で主演を任されており、子役として早い段階から高く評価されていたことが分かります。

『人間・失格』で堂本剛をいじめる役

1994年、12歳の時に出演したのがTBS系『人間・失格~たとえばぼくが死んだら~』です。

黒田さんが演じた武藤和彦は、堂本剛さん演じる大場誠を追い詰める同級生。堂本光一さんも出演しており、まだKinKi Kidsとして大ブレイクする前の2人との共演でした。

黒田さんは2026年9月の女性自身インタビューで、オーディションでは堂本剛さん、堂本光一さんと並び、脚本家の野島伸司さんから選ばれたと振り返っています。

役が嫌われすぎてカミソリ入りの手紙も

黒田さんは、いじめる側を中途半端に演じるのではなく、視聴者から徹底的に嫌われる悪役にしようと考えて演じたそうです。

その結果、黒田さん本人と役柄を重ねて見る視聴者も増え、テレビ局には黒田さん宛てにカミソリが入った手紙まで届いたと本人が明かしています。

作品での演技がそれほど強烈な印象を残していたことになります。

女子高生を泣かせたと勘違いされ警察沙汰に

さらに『人間・失格』出演当時、渋谷で女子高生からサインを求められた際の出来事も明かしています。

人通りの少ない場所へ移ってサインをしたところ、感激した女子高生が泣いてしまい、周囲の人から「黒田が女の子を泣かせている」と誤解されたそうです。

黒田さんによると、その結果、渋谷警察署へ呼ばれる事態になったといいます。

事件を起こして逮捕されたという話ではなく、役のイメージと偶然が重なった過去のエピソードです。

黒田勇樹は『学校III』で日本アカデミー賞新人俳優賞

黒田勇樹さんの若い頃の代表作には、山田洋次監督の映画『学校III』もあります。

1998年公開の同作で小島富美男役を演じ、日本アカデミー賞新人俳優賞など複数の映画賞を受賞しました。

16歳で新人俳優賞を受賞

『学校III』出演時は16歳前後でした。

黒田さんはこの作品で、日本アカデミー賞新人俳優賞のほか、キネマ旬報賞新人男優賞、日本映画批評家大賞新人賞などを受賞しています。

華々しい受賞歴ですが、本人は2026年のABEMA密着で、受賞後に俳優としての「格」が上がり、出演料も高く設定されるようになったことで、逆にオファーが減っていったと振り返りました。

黒田勇樹は何があった?俳優引退から借金300万円へ

黒田勇樹さんは子役時代から順調に見えましたが、20代後半で一度俳優業から離れています。

2010年には芸能活動をいったん引退し、その後は「ハイパーメディアフリーター」を名乗り、コールセンター、引っ越し、映画館など多くの仕事を経験しました。

引っ越しアルバイトでは月35万円ほど稼いだ

2026年のABEMA密着によると、俳優業から離れた時期には引っ越し会社で働き、月約35万円を稼いでいた時期もありました。

しかし遊興費などが増え、最終的には借金が約300万円まで膨らんだと本人が明かしています。

「人気子役から転落した」という単純な話ではなく、本人は以前から、社会人を演じるためには自分自身にも社会経験が必要だと思ってさまざまな仕事を経験したとも語っています。

映画監督としても活動

俳優業を離れていた時期から、脚本や映画制作にも取り組み始めました。

2016年には監督・脚本・出演・編集を自身で担当した映画『恐怖!セミ男』が、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で上映されています。

現在の舞台演出につながる制作側のキャリアは、この時期から本格化していきました。

黒田勇樹はアルコール依存症?本人が過去を告白

2026年の密着で大きく注目されたのが、黒田勇樹さんと酒の関係です。

本人は、借金や仕事の減少などから孤独を深めていた時期に酒量が増え、病院でアルコール依存症と指摘されたと明かしました。

3年間酒をやめた時期もあった

黒田さんによると、友人たちが約1カ月一緒に生活して支えてくれたことをきっかけに、その後約3年間は酒をやめられていたそうです。

しかしコロナ禍で再び飲酒するようになったと2026年の密着で話しています。

「現在もアルコール依存症の治療中」と発表したわけではありません。

確認できるのは、過去に医療機関からアルコール依存症を指摘されたこと、3年間断酒した時期があり、コロナ禍以降は再び飲酒していると本人が話しているところまでです。

現在も仕事後に酒を飲む生活

ABEMAの密着では、稽古終了後に梅サワーを飲みながらガールズバーへ向かう様子も撮影されました。

店で出演者らへドリンクを振る舞い、退店後には手持ちが200円になっていた場面まで紹介されています。

本人も酒との付き合いを隠しているわけではありませんが、現在の医学的な診断状況については公表されていません。

黒田勇樹のDV騒動とは?元妻・中村瑠衣との間で何があった?

黒田勇樹さんについて「DV」という言葉が出てくるのは、2012年に結婚した歌手・中村瑠衣さんとの夫婦間トラブルが理由です。

当時、中村さんがSNSで黒田さんから暴力を受けたと訴え、黒田さん自身も暴力を振るったことを認める発言をしていました。

2012年に中村瑠衣が暴力被害を訴えた

2人は2012年7月に結婚しました。

その約1カ月半後、中村さんがSNS上で暴力被害を訴え、警察に相談していることも当時の日刊スポーツで報じられました。

黒田さんは当時、殴ったこと自体は認める一方、夫婦間には別の事情もあったという趣旨の反論をしています。

双方がSNSやメディアで異なる主張をしていた時期でもあり、現在の記事から当時の夫婦関係全体を一方的に断定することはできません。

2013年に離婚成立

2012年末には離婚調停へ入り、2013年5月に正式に離婚が成立しました。

黒田さんにとって1度目の離婚です。

黒田勇樹は2度離婚!嫁・妻は誰だった?

黒田勇樹さんには2度の結婚歴があります。

最初の妻が歌手の中村瑠衣さん、2度目の妻が俳優・アイドルとして活動していた珠居ちづるさんです。

1人目の妻は中村瑠衣

中村瑠衣さんとは2012年7月に結婚し、2013年5月に離婚しました。

結婚当時、中村さんには前の結婚で誕生した5歳の息子がおり、黒田さんは結婚によって父親の立場になったことも報じられています。

2人目の妻は珠居ちづる

黒田さんは2020年7月ごろ、俳優の珠居ちづるさんと再婚しました。

2021年5月には自身のブログで結婚と子供がいることを公表。当時、まもなく1歳になる男の子がいると報じられています。

2人は舞台で知り合い、芝居について長時間話せることに惹かれたと黒田さんは語っていました。

2024年に2度目の離婚

2024年7月30日、黒田勇樹さんはInstagramで「離婚してきました」と報告しました。

珠居ちづるさんとの結婚生活を終え、これが2度目の離婚となりました。

黒田勇樹に息子・子供はいる?

黒田さんは第2の結婚生活で男の子を育てていました。

2026年のABEMA密着では、その子は現在5歳で、離婚後は会えていないと本人が語っています。

2026年現在は息子と会っていない

密着取材で黒田さんは、将来息子が映像を見るかもしれないとして、今も大切に思っていることや、母親側と暮らした方が幸せだと考えて自分が離れたという思いを語りました。

一方、2024年の集英社オンラインのインタビューでは、黒田さん自身が息子との生物学上の親子関係について疑問を抱いていたこと、DNA鑑定は実施できていないことも明かしています。

そのため、現在確認できる情報としては、黒田さんが結婚生活の中で父親として育てていた男の子がいる、という表現が適しています。

黒田勇樹の父親は?母親・黒田純子は2026年に死去

黒田勇樹さんは、芸能界と縁の深い家庭で育ちました。

本人は2023年のインタビューで、父親が有名ロックバンドのギタリストで、母親も芸能人のマネージャーだったことを明かしています。

父親はHOUND DOG結成に関わったギタリスト

黒田さん本人は、父親について大友康平さんとHOUND DOGを立ち上げたギタリストだったと話しています。

一部プロフィールでは父親を初代ギターの高橋良秀さんとしていますが、黒田さん本人の発言を紹介したスポーツニッポンの記事では父親の実名までは記載していません。

現在までに本人が公に語っている確かな範囲では、「HOUND DOGの結成に関わったギタリスト」という情報が確認できます。

母・黒田純子はマネージャーとして支えた

母親は黒田純子さんです。

芸能人のマネージャー経験があり、黒田さんが子役として活動するようになってからは、息子のマネージャーも務めていました。

黒田さんは自身を母子家庭で育ったと明かしており、17歳頃には母と2人暮らしをしていたことも振り返っています。

母・純子さんは2026年4月に67歳で死去

黒田さんは2026年5月、母・純子さんが4月30日に亡くなったことを公表しました。

67歳で、本人によると死因は脳のがんでした。最期まで黒田さんのマネージャーを務めていたと報じられています。

2026年は2度目の離婚後の生活に加え、長年自分を支えてきた母との別れも経験したことになります。

黒田勇樹の高校はどこ?

「黒田勇樹 高校」と学校名を知りたい人もいるようですが、現在確認できるタレントデータバンクなどの主要プロフィールには出身高校名が掲載されていません。

ネット上では特定の学校名を挙げたページもありますが、本人や学校、主要メディアによる裏付けが確認できないものもあります。

幼少期から非常に多くの舞台・ドラマ・映画に出演していたことは確認できますが、高校名については公表情報が限られています。

黒田勇樹がガッポリ建設に加入!俳優からお笑いにも挑戦

2026年8月9日には、黒田勇樹さんが「ガッポリ建設」に加入するという意外な発表もありました。

旧ガッポリ建設は小堀敏夫さんと室田稔さんのコンビでしたが、2025年末に解散。室田さんが黒田さんと新たに組み、ガッポリ建設として再始動すると発表しました。

室田稔と新生ガッポリ建設を結成

黒田さんは女性自身の取材で、室田稔さんと話しているうちに「じゃあ俺がガッポリ建設に入るよ」という流れになったと経緯を説明しています。

当面はYouTubeを活動拠点にしながら、新しいネタを増やしていきたいという考えも明かしました。

俳優、映画監督、演出家、演技講師を経験してきた黒田さんが、44歳でお笑いコンビへ加わるという新しい展開です。

黒田勇樹の現在は「元天才子役」から演出家・演技講師へ

2026年現在の黒田勇樹さんは、かつてのようにテレビドラマへ次々出演する俳優生活ではなく、舞台演出や子どもへの演技指導を中心に活動しています。

9月には自身が作・演出する『SHINKYO QUEST 2』を上演し、8月には新生「ガッポリ建設」への加入も発表。バーなどで働きながら年間の休みがほとんどない生活を送りつつ、現在も芝居への情熱を持ち続けています。

これまでには俳優業からの引退、約300万円の借金、病院でアルコール依存症を指摘された経験、2012年のDV騒動、2度の離婚などさまざまな出来事がありました。

一方、0歳から始まった芸能人生では『人間・失格』や『学校III』など印象的な作品を残し、日本アカデミー賞新人俳優賞も受賞しています。現在は自分が出演する側だけでなく、演出や演技指導によって新しい俳優を育てる側にも回っています。

若い頃の“美少年子役”というイメージからは大きく変わりましたが、「今何してる?」という疑問への答えは、舞台を作り、人に演技を教え、自らも出演しながら芝居を続けている、というのが2026年9月時点の黒田勇樹さんの姿です。