
元IBF世界バンタム級王者として世界の舞台で戦ってきた西田凌佑(にしだ・りょうすけ)選手。2026年9月27日にはサム・グッドマン選手とのIBF世界スーパーバンタム級暫定王座決定戦に臨み、2階級制覇を目指しました。
西田凌佑選手については、「現在の戦績・成績は?」「嫁や子供は?」「家族構成は?」「中谷潤人との試合結果は?」「次戦はいつ?」などが気になるところですよね。大学卒業後に一度会社員になってからプロボクサーへ転向した経歴も特徴的です。
この記事では、西田凌佑選手がどんなボクサーなのか、最新の戦績や試合結果、妻・沙捺さんや娘2人などの家族、学歴、世界王者になるまでの経歴を詳しく解説します。あわせて、中谷潤人選手との統一戦、ブライアン・メルカド・バスケス戦、サム・グッドマン戦、次戦の最新状況も紹介します。
西田凌佑のwikiプロフィール!最新戦績は13戦11勝2敗
西田凌佑選手は、奈良県香芝市出身で六島ボクシングジムに所属するプロボクサーです。
高校から本格的にボクシングを始め、国体優勝を経験。近畿大学を卒業して一度は一般企業へ就職しましたが、その後プロへ転向し、2024年5月にIBF世界バンタム級王座を獲得しました。
2026年9月27日のサム・グッドマン戦終了時点で、プロ戦績は13戦11勝2敗(2KO)です。グッドマン戦前は12戦11勝1敗でしたが、同試合に判定で敗れたため、現在は2敗となっています。
西田凌佑は誰・何者?
西田凌佑選手は、技巧的なサウスポースタイルとディフェンス、左ストレートやボディー攻撃を武器にするボクサーです。
2021年にはプロ4戦目で元WBC世界フライ級王者・比嘉大吾選手を破り、WBOアジアパシフィック・バンタム級王座を獲得。その後、2024年5月にエマヌエル・ロドリゲス選手を3-0の判定で破り、プロ9戦目でIBF世界バンタム級王者になりました。
一方で、最初からプロ一本だったわけではありません。
大学卒業後はいったん製パン大手に就職し、社会人生活を経験してからプロの世界へ進んでいます。
世界王者という現在の肩書きだけを見ると順調なエリートにも見えますが、会社員を経験してから再びボクシングへ戻った経歴まで知ると、少し違った人物像が見えてきます。
西田凌佑の基本プロフィール
まず、公開されているプロフィールを簡潔に見てみましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 西田凌佑 |
| 読み方 | にしだ りょうすけ |
| 生年月日 | 1996年8月7日 |
| 年齢 | 30歳(2026年9月時点) |
| 出身地 | 奈良県香芝市 |
| 身長 | 170cm |
| 構え | サウスポー |
| 所属 | 六島ボクシングジム |
| 出身高校 | 奈良県立王寺工業高校 |
| 出身大学 | 近畿大学経営学部経営学科 |
| 主なタイトル | 元IBF世界バンタム級王者 |
| 最新戦績 | 13戦11勝2敗(2KO) |
1996年8月7日生まれで、奈良県香芝市の出身です。近畿大学の公式メディアでは、2019年に経営学部経営学科を卒業したことも確認できます。
本名は西田凌佑?国籍は日本
西田選手は競技でも「西田凌佑」の名前で活動しています。
芸名や別のリングネームを使用している人物ではなく、大学や地元メディアなどでも同じ名前で紹介されています。
奈良県香芝市出身の日本人選手で、国籍について外国籍やハーフであるとする公的な情報は確認されていません。
なお、2025年の中谷潤人戦では、西田選手に「ブラックホール」というニックネームが付けられました。
中谷選手の愛称「ビッグバン」に対抗し、「ビッグバンをブラックホールが吸い込む」という意味を込めて所属ジムの枝川孝会長が紹介したものです。
本名とは別に、試合を盛り上げるために生まれたボクサーとしての愛称ということですね。
西田凌佑の戦績・成績一覧
西田選手は2019年10月にプロデビューして以降、世界王者経験者を含む強豪と戦ってきました。
勝敗だけでなく、どの階級でどのような位置付けの試合を戦ってきたのかを見ると、西田選手が短いプロキャリアの中で世界戦線へ進んだ流れがより分かりやすくなります。
主要なプロ戦績は次の通りです。
| 日付 | 対戦相手 | 勝敗 | 決着 | 階級・タイトル |
|---|---|---|---|---|
| 2019年10月3日 | サコン・ケークン | 勝 | 1回TKO | バンタム級 |
| 2019年12月22日 | パブリト・カナダ | 勝 | 6回判定 | バンタム級 |
| 2020年12月19日 | 大森将平 | 勝 | 8回判定 | バンタム級 |
| 2021年4月24日 | 比嘉大吾 | 勝 | 12回判定 | バンタム級/WBOアジアパシフィック王座戦 |
| 2021年12月19日 | 大橋哲朗 | 勝 | 12回判定 | バンタム級/WBOアジアパシフィック王座防衛戦 |
| 2022年10月9日 | アルジュム・ペレシオ | 勝 | 10回判定 | バンタム級 |
| 2023年4月1日 | ペットソンセーン・ロンリアンギラーコラート | 勝 | 12回判定 | バンタム級/WBOアジアパシフィック王座防衛戦 |
| 2023年8月11日 | クリスチャン・メディナ | 勝 | 12回判定 | バンタム級/IBF世界挑戦者決定戦 |
| 2024年5月4日 | エマヌエル・ロドリゲス | 勝 | 12回判定 | バンタム級/IBF世界王座戦 |
| 2024年12月15日 | アヌチャイ・ドンスア | 勝 | 7回KO | バンタム級/IBF世界王座防衛戦 |
| 2025年6月8日 | 中谷潤人 | 負 | 6回終了TKO | バンタム級/WBC・IBF世界王座統一戦 |
| 2026年2月15日 | ブライアン・メルカド・バスケス | 勝 | 負傷判定 | スーパーバンタム級/IBF世界挑戦者決定戦 |
| 2026年9月27日 | サム・グッドマン | 負 | 12回判定 | スーパーバンタム級/IBF世界暫定王座決定戦 |
西田凌佑選手はプロデビューからバンタム級を主戦場とし、2024年にIBF世界王座を獲得しました。2025年6月の中谷潤人選手との王座統一戦でプロ初黒星を喫した後、スーパーバンタム級へ階級を上げています。
2026年2月にはメルカド選手を破ってIBF世界挑戦権を獲得しましたが、同年9月のサム・グッドマン選手との暫定王座決定戦では判定負け。最新戦績は13戦11勝2敗(2KO)となっています。
西田選手の戦績を年単位で見ると、単純な11勝2敗という数字だけでは分かりにくいキャリアの変化も見えてきます。
そこで、上記の2019年10月のプロデビューから2026年9月27日のグッドマン戦までの公式戦13試合を対象に、各年の試合数・勝利数・敗戦数と累計成績を筆者が独自に再集計しました。予想値やシミュレーションではなく、記事内の戦績表に掲載した実際の試合結果だけを使用しています。
集計すると、2019年から2024年までは10戦10勝で無敗。2025年の中谷潤人戦で初黒星を喫し、2026年は階級をスーパーバンタム級へ上げて2試合を戦い、1勝1敗となっています。

この推移を見ると、西田選手はプロ入り後に毎年大量の試合をこなしてきたタイプではありません。
2019年から2024年までの約5年間で10試合を積み上げ、その間一度も敗れず世界王座まで到達しています。その後は中谷潤人選手との統一戦、スーパーバンタム級での挑戦者決定戦、グッドマン選手との暫定世界王座決定戦と、1試合ごとの重要度がさらに高くなっていることが分かります。
KO勝利は2試合で、判定勝利が多いのが西田選手の戦績の特徴です。
豪快な一発で次々に倒すタイプというよりも、距離やディフェンスを生かしながら試合全体でポイントを積み上げるボクシングを得意としています。
この特徴が実際の数字にも表れているのか確認するため、同じ13試合を今度は勝敗と決着方法別に独自集計しました。
ここでも対象は2019年10月のプロデビュー戦から2026年9月27日のグッドマン戦までの13試合のみで、判定勝ち、KO・TKO勝ち、判定負け、TKO負けの4区分に分けています。
その結果、13試合中10試合が判定決着でした。さらに11勝の内訳を見ると、9勝が判定勝ち、KO・TKO勝ちは2勝です。

割合にすると、判定勝ちは13試合全体の約69.2%。KO・TKO勝ちは約15.4%、判定負けとTKO負けはそれぞれ約7.7%となります。
数字だけを見ても、西田選手がKOだけで勝ち星を重ねてきたボクサーではないことが分かります。
もちろん判定勝ちが多いからといって「倒す力がない」という意味ではありません。ロドリゲス戦ではボディーでダウンを奪い、世界王座初防衛戦ではドンスア選手を7回KOで下しています。
それでもキャリア全体では、相手との距離を保ち、ポイントを積み重ねながら12ラウンドを戦う技術が大きな武器になってきたといえるでしょう。
比嘉大吾戦で一気に注目を集める
西田凌佑選手の名前が広く知られるきっかけの一つが、2021年4月24日の比嘉大吾戦です。
当時の西田選手はまだプロ4戦目。それでも元WBC世界フライ級王者だった比嘉選手を判定で破り、WBOアジアパシフィック・バンタム級王座を獲得しました。
プロ経験の少ない西田選手が元世界王者を破ったことで、一気にバンタム級の注目選手となりました。
ロドリゲス戦でIBF世界王者に
2024年5月4日には、IBF世界バンタム級王者エマヌエル・ロドリゲス選手に挑戦しました。
4回には左ボディーアッパーでダウンを奪い、12回を戦い抜いて3-0の判定勝ち。世界初挑戦でIBF王座を獲得しました。
この試合がプロ9戦目だったことを考えると、西田選手のキャリアの中でも大きな転機だったことが分かります。
その後、2024年12月にはアヌチャイ・ドンスア選手を7回KOで破り、初防衛に成功しました。
中谷潤人vs西田凌佑は中谷のTKO勝ち
西田凌佑選手のプロ初黒星となったのが、2025年6月8日の中谷潤人選手とのWBC・IBF世界バンタム級王座統一戦です。
西田選手はIBF王者、中谷選手はWBC王者として対戦。試合はPrime Videoで独占ライブ配信され、大きな注目を集めました。
結果は、6回終了時TKOで中谷潤人選手の勝利です。
西田選手は試合中の3回に右肩を脱臼しながら戦い続けましたが、6回終了後に棄権。IBF王座を失い、プロデビューから続いていた無敗記録も10で止まりました。
この試合では「中谷潤人と西田凌佑のどっちが勝つのか」という予想も注目されましたが、最終的には中谷選手が統一戦を制しています。
西田選手にとっては初黒星だけでなく、右肩の怪我も伴う厳しい試合となりました。
アンカハス戦の予定がメルカド戦へ変更
中谷潤人戦後、西田選手は階級をスーパーバンタム級へ上げました。
当初、IBFから元IBF世界スーパーフライ級王者ジェルウィン・アンカハスとの挑戦者決定戦が指令され、一度は対戦に合意していました。
しかしアンカハス側が家庭の事情で辞退し、対戦相手がブライアン・メルカド・バスケスに変更されています。
メルカドは当時32勝26KO1敗の強打者でした。
西田選手は2026年2月15日にメルカドとのIBF世界スーパーバンタム級挑戦者決定戦に臨み、負傷判定で勝利。1階級上でも世界王座へ再び近づきました。
アンカハスの名前とメルカドの名前が両方出てくるのは、この対戦相手変更が理由です。
サム・グッドマン戦は判定負け!2階級制覇ならず
2026年9月27日、西田凌佑選手はトヨタアリーナ東京でサム・グッドマン選手とのIBF世界スーパーバンタム級暫定王座決定戦に臨みました。
この試合は「Prime Video Boxing 16」で配信され、西田選手にとって世界2階級制覇を懸けた大一番でした。
序盤は西田選手の左カウンターなども決まりましたが、徐々にグッドマン選手の接近戦へ巻き込まれます。
さらに西田選手はローブローで2度の減点を受け、最終的に0-3の判定負け。グッドマン選手がIBF暫定王座を獲得しました。
試合後、西田選手はグッドマン選手について「想像通りにうまい選手でやられた」という趣旨で振り返っています。
これにより、西田選手のプロ戦績は13戦11勝2敗となりました。
西田凌佑の次戦はいつ?
2026年9月28日現在、西田凌佑選手の次戦は正式発表されていません。
前日の9月27日にグッドマン選手との世界戦を終えたばかりであり、今後については陣営との話し合いを経て決めていく段階です。
そのため、「西田凌佑 次戦」で古い情報を見る場合には日付を確認する必要があります。
現在の最新試合は、
2026年9月27日 サム・グッドマン戦
です。
グッドマン戦はIBF世界スーパーバンタム級暫定王座決定戦でした。正規王者には4団体統一王者・井上尚弥選手がいるため、西田選手が勝っていれば将来的な世界王座戦線の展開も注目される状況でした。実際にはグッドマン選手が暫定王座を獲得したため、西田選手がすぐに井上尚弥選手と対戦する予定は確認されていません。
西田凌佑の家族構成!嫁・沙捺は元全日本女子王者
西田凌佑選手の家族について、最も詳しく公表されているのが妻の西田沙捺(さな)さんです。
沙捺さんもボクシング経験者で、近畿大学ボクシング部時代から西田選手を知る存在です。
現在は娘2人にも恵まれ、西田選手、沙捺さん、長女、次女の4人家族となっています。2026年9月のグッドマン戦にも妻と娘2人が会場を訪れていました。
嫁は西田沙捺!旧姓・河野の元ボクサー
西田凌佑選手の嫁は、西田沙捺さんです。
旧姓は河野で、西田選手と同じ近畿大学ボクシング部の出身。全日本女子選手権バンタム級3連覇を達成した元トップアマチュアボクサーです。
単に「世界王者の妻」というだけではなく、沙捺さん自身が高いレベルでボクシングを経験してきました。
西田選手の練習や試合について技術的な話ができるのも、一般的な夫婦とは少し違うところでしょう。
世界王座を獲得した2024年5月のロドリゲス戦後には、西田選手がリング上から沙捺さんへ感謝を伝えています。
夫婦で同じ競技に取り組んできた背景を知ると、西田選手にとって沙捺さんが単なる応援者ではなく、競技そのものを理解してくれる大きな存在であることが伝わってきます。
妻・沙捺との馴れ初めは近畿大学ボクシング部
2人の出会いは近畿大学ボクシング部です。
西田選手と沙捺さんは大学の同期で、同じボクシング部で競技に取り組んでいました。
その後交際し、2023年3月に結婚しています。
近畿大学の公式メディアでも、西田夫妻について「近畿大学ボクシング部で出会い、夫婦となった」と紹介されています。
大学時代から互いの競技人生を知っているため、西田選手が会社員を経てプロへ挑戦した時期も含め、長いキャリアを近くで見てきたことになります。
子供は娘2人!長女・莉奈と次女・佑奈
西田凌佑選手には娘が2人います。
長女は莉奈(りな)ちゃんで、2024年に誕生。
さらに2026年1月には次女の佑奈(ゆな)ちゃんが誕生しています。
2026年9月27日のグッドマン戦では、妻の沙捺さんと長女、次女がそろって会場を訪れ、西田選手も家族の顔を見ることが力になると話していました。
世界戦を戦うボクサーとしての顔とは別に、現在は2人の娘を持つ父親でもあります。
父親・母親や兄弟は?
西田凌佑選手の父親・母親や兄弟姉妹については、妻や子供ほど詳しい情報が公表されていません。
2026年9月時点で確認できる公式プロフィールや主要報道では、両親の氏名や職業、兄弟姉妹の詳しい構成までは明らかになっていません。
奈良県香芝市出身であることは確認できますが、実家の詳しい場所や両親の仕事などを裏付ける公的な情報も見つかっていません。
家族については妻・沙捺さんと娘2人の情報が比較的多く、西田選手自身の両親や兄弟については非公表の部分が多い人物といえます。
西田凌佑の学歴!王寺工業高校から近畿大学へ
西田凌佑選手の学歴は、奈良県立王寺工業高校から近畿大学へ進学したことが確認されています。
ボクシングを始めたのは高校からで、中学時代までは別のスポーツに取り組んでいました。
高校・大学時代の経験は、その後プロボクサーとして世界王者になるまでの土台になっています。
中学時代は陸上部で長距離
西田選手は中学時代、陸上部で長距離に取り組んでいました。
出身中学校については香芝中と報じられており、その後、王寺工業高校へ進学してボクシングを始めています。
ボクシング経験者としては高校スタートで、幼少期からボクシング一筋だった選手ではありません。
長距離走で培った足腰やスタミナが、その後のボクシングにもつながった部分はありそうです。
高校は奈良県立王寺工業高校
出身高校は奈良県立王寺工業高校です。
高校でボクシングを始め、3年時には国体フライ級で優勝しました。
競技開始から数年で全国タイトルを獲得しているため、高校時代から結果を残していたことが分かります。
一方で、後の本人の発言を見ると、自分自身をもともと世界王者になれる特別な存在だと考えていたわけではなかったようです。
こうした背景があるからこそ、後に世界王者になって母校の学生を試合へ招待した際にも「挑戦する姿を見てほしい」と語った言葉に重みがあります。
大学は近畿大学経営学部経営学科
王寺工業高校卒業後は近畿大学経営学部経営学科へ進学し、2019年に卒業しています。
大学でもボクシング部に所属し、ライト級で全日本選手権ベスト8、関西リーグMVPなどの成績を残しました。
ただし西田選手本人は、大学時代について「自分で限界を決めて練習していた」という趣旨で振り返っています。
そのため、自身としては満足できる大学生活ではなかった部分もあったようです。
世界王者になった後の結果だけではなく、大学時代の悔しさや反省がプロ入り後の練習姿勢につながった点は、西田選手の経歴を見るうえで印象的です。
西田凌佑の経歴!製パン大手勤務を経てプロ世界王者へ
西田凌佑選手の経歴で特徴的なのは、大学卒業後にすぐプロ入りしていないことです。
一度は製パン大手へ就職し、会社員として働きました。
それでもボクシングへの思いを捨て切れず、退職してプロの世界へ進んでいます。
西田選手のプロキャリアでさらに注目したいのは、試合数がまだ少ない段階から元世界王者やタイトル戦に挑んでいることです。
そこで、記事内に掲載した2019年から2026年までの公式戦績のうち、プロデビュー、地域王座獲得、世界挑戦者決定戦、世界王座獲得・防衛、統一戦、階級アップ後の世界挑戦者決定戦といった「キャリア上の大きな節目」に当たる8試合を抽出し、プロ通算何戦目で到達したのかを筆者が独自に並べました。
これは将来予測や強さを数値化したシミュレーションではなく、公開されている実際の試合結果を通算試合数順に可視化した実データ調査です。

グラフを見ると、プロ4戦目で元世界王者・比嘉大吾選手を破ってWBOアジアパシフィック王座を獲得し、8戦目にはIBF世界挑戦者決定戦へ進出しています。
そしてプロ9戦目でIBF世界バンタム級王座を獲得。10戦目で初防衛を果たした後、11戦目では中谷潤人選手とのWBC・IBF世界王座統一戦へ進みました。
初黒星後もキャリアは止まらず、12戦目には階級を上げたスーパーバンタム級でIBF世界挑戦者決定戦に勝利。13戦目には再び世界タイトルが懸かった暫定王座決定戦まで進んでいます。
13試合というプロキャリアの中で、地域王座戦、世界挑戦者決定戦、世界王座戦、統一戦を次々に経験していることからも、西田選手が比較的早いペースで世界のトップ戦線へ進んできたことが分かります。
大学卒業後は製パン大手に就職
近畿大学を卒業した西田選手は、製パン大手へ就職しました。
報道では、パンを作る仕事を希望していたものの、系列の小売店に配属され、商品を並べる仕事などを担当していたことが紹介されています。
「西田凌佑 山崎パン」と調べられることもありますが、報道では勤務先について「製パン大手」などと表現されているケースもあります。
そのため、会社名については媒体によって紹介の仕方に違いがある点を踏まえて見たほうがよいでしょう。
いずれにしても、大学を卒業してそのままボクシングだけで生活したのではなく、一度会社員の道へ進んだのは確かです。
2019年に六島ジムへ入りプロ転向
会社員として働いた後、西田選手はボクシングへの気持ちを捨て切れず、2019年に六島ボクシングジムへ入門しました。
同年10月、タイ・バンコクでプロデビューし、初戦を1回TKOで勝利しています。
その後はプロ4戦目で比嘉大吾選手、9戦目でエマヌエル・ロドリゲス選手を破るなど、少ないプロキャリアの中で一気に世界王者まで駆け上がりました。
先ほどのキャリア推移でも分かる通り、西田選手はプロデビューから9試合で世界王座まで到達しています。
デビュー後に長期間国内ランキングを上げ続けてから世界挑戦へ進んだというより、比嘉大吾選手をはじめとする強豪との試合を早い段階から経験してきた点が、キャリアの大きな特徴です。
武市晃輔トレーナーと世界王者を目指す
西田選手を長く指導しているのが、六島ジムの武市晃輔トレーナーです。
中谷潤人戦の前にも、西田選手は武市トレーナーと一緒に相手への対策を考えて練習してきたと語っています。
プロ入り後に結果を伸ばした背景には、西田選手自身の努力だけでなく、トレーナーやジムとの出会いも大きかったことがうかがえます。
大学時代に自分で限界を作っていたと振り返っていた西田選手が、プロでは練習への向き合い方を変え、世界王者まで到達したところは興味深い点です。
ファイトマネーで学生ら約200人を招待
西田選手のファイトマネーに関連して公表されている興味深いエピソードがあります。
2024年12月の初防衛戦では、自身のファイトマネーを使って近畿大学や王寺工業高校などの学生・関係者約200人を試合へ招待しました。
具体的なファイトマネーの総額は公表されていません。
一方、2026年のグッドマン戦では興行権入札が61万ドルで落札され、IBFの規定で両選手への配分が50%ずつとされたことが報じられています。ただし、興行権入札の金額と選手が最終的に受け取る手取り額をそのまま同一視することはできません。
「ファイトマネーはいくらなのか」は気になるところですが、確認できる数字と推測は分けて見る必要があります。
現在はスーパーバンタム級で活動
中谷潤人戦後、西田選手はバンタム級からスーパーバンタム級へ転向しました。
2026年2月にメルカドを破ってIBFの挑戦権を獲得し、9月にはグッドマンとの暫定王座決定戦まで進みました。
グッドマン戦では敗れたものの、階級を上げてから短期間で再び世界タイトルマッチへ到達しています。
戦績を階級別に見ると、バンタム級では11戦10勝1敗。スーパーバンタム級へ移ってからは2戦1勝1敗です。
試合数に大きな差があるため単純に勝率だけを比較することはできませんが、中谷戦で初黒星を喫した直後に階級を上げ、次の2試合が挑戦者決定戦と暫定世界王座決定戦だったことからも、転級後も高いレベルの相手と戦い続けていることが分かります。
2026年9月28日時点では、グッドマン戦を終えたばかりで次戦は未定です。今後もスーパーバンタム級で戦うのかを含め、次の発表が注目されます。
西田凌佑の性格・人柄は?
西田凌佑選手の性格を一言で断定することはできません。
ただ、本人の発言やこれまでの行動を見ると、派手な言葉で自分を大きく見せるというより、試合に向けて地道に取り組む姿勢が印象に残ります。
大学時代の反省がプロでの練習姿勢につながった
西田選手本人は、大学時代について、自分で限界を決めて練習していたため試合でも力を出し切れなかったと振り返っています。
一方、プロ入り後については「一度負けたら辞める」という気持ちで、自分に限界を設けず練習してきたと語っています。
世界王者になった経歴だけを見ると才能だけで勝ち上がったようにも見えますが、本人の言葉からは大学時代の反省をプロでの行動に変えたことが分かります。
世界王者になっても「王者だから強くなったわけではない」
2024年12月の初防衛戦を前に、西田選手は世界王者になったからといって急に強くなったわけではないという趣旨の発言をしています。
世界タイトルを獲得した後でも立場に安心せず、挑戦者と向き合う姿勢を変えていなかったことが分かります。
また、自身のファイトマネーで後輩たちを試合へ招待した行動からも、自分の試合を次の世代に見てもらいたいという考えがうかがえます。
会社員からプロへ転向し、比嘉大吾選手やロドリゲス選手といった強豪を破って世界王者になった過程まで知ると、西田選手は結果だけでなく「挑戦を続けてきたこと」そのものが特徴的な選手だと感じられます。
西田凌佑の戦績・家族wikiまとめ
西田凌佑選手について分かった主なポイントは次の通りです。
- 奈良県香芝市出身で、1996年8月7日生まれ
- 六島ボクシングジム所属の元IBF世界バンタム級王者
- 2026年9月27日終了時点の戦績は13戦11勝2敗(2KO)
- プロ4戦目で比嘉大吾、9戦目でロドリゲスを破った
- 13試合中9試合が判定勝ちで、KO・TKO勝ちは2試合
- プロ9戦目でIBF世界バンタム級王座を獲得した
- 2025年6月の中谷潤人戦は右肩を負傷し、6回終了TKO負け
- スーパーバンタム級転向後、メルカドを破って世界挑戦権を獲得
- 2026年9月27日のサム・グッドマン戦は判定負けで、2階級制覇はならなかった
- 嫁の沙捺さんは近畿大学ボクシング部の同期で、全日本女子選手権3連覇の元ボクサー
- 現在は長女・莉奈ちゃんと次女・佑奈ちゃんを含む4人家族
- 王寺工業高校から近畿大学へ進学し、卒業後は一度製パン大手へ就職
- 2019年にプロデビューし、会社員経験を経て世界王者になった
- 2026年9月28日時点で次戦は正式発表されていない
西田凌佑選手は、学生時代から無敵だった選手でも、大学卒業後すぐプロ一本に進んだ選手でもありません。
大学時代の悔しさや会社員生活を経験し、それでもボクシングへ戻って世界王者まで到達しました。
さらに戦績を独自に集計すると、プロ9戦目で世界王座を獲得し、13試合のうち10試合が判定決着というキャリアの特徴も見えてきます。
グッドマン戦では2階級制覇を逃しましたが、30歳となった西田選手がこの敗戦からどのような道を選ぶのか、次戦と今後のキャリアにも注目が集まりそうです。

