原発不明がんの芸能人・有名人12人一覧|山田五郎らの経歴
原発不明がんの芸能人・有名人12人一覧|山田五郎らの経歴

編集者・評論家・タレントとして幅広く活躍した山田五郎さんが、2026年7月14日に67歳で亡くなりました。死去は同月22日、公式YouTubeチャンネルを通じて発表されています。山田五郎さんは2024年10月に原発不明がんを公表し、抗がん剤治療を受けながらテレビやラジオ、YouTubeへの出演を続けていました。

山田五郎さんの訃報をきっかけに、「原発不明がんになった芸能人はほかにもいるのか」「どのような病気なのか」と気になった人も多いのではないでしょうか。原発不明がんとは、転移したがんが見つかっているものの、十分な検査を行っても最初にがんが発生した臓器を特定できない状態を指します。

この記事では、原発不明がんを公表した山田五郎さんや森永卓郎さんをはじめ、国内外の芸能人・文化人・経営者・研究者12人を紹介します。本人、家族、所属先、医療・報道機関によって原発不明がんと確認された人物を中心に、経歴や診断、治療、死去までの経緯を一つずつ詳しく見ていきます。

目次

原発不明がんになった芸能人・有名人12人一覧

公開されている情報を確認すると、原発不明がんを公表した芸能人・著名人として、次の12人が挙げられます。

今回掲載するのは、本人や家族、所属先、信頼できる報道などで「原発不明がん」「Cancer of Unknown Primary」「原発部位不明の転移性悪性腫瘍」と確認できる人物です。

氏名職業・肩書公表・診断死去日・年齢
山田五郎編集者・評論家・タレント2024年10月に公表2026年7月14日・67歳
和泉雅子俳優・歌手・冒険家所属事務所が原発不明がんと発表2025年7月9日・77歳
辻桃子俳人・俳誌「童子」主宰訃報で原発不明がんと発表2025年6月11日・80歳
森永卓郎経済アナリスト・大学教授膵臓がんの疑いから原発不明がんへ診断変更2025年1月28日・67歳
矢延隆生テレビプロデューサー・フジテレビ専務取締役フジテレビが原発不明がんと発表2025年1月14日・60歳
本橋由香俳優2021年に診断・闘病を公表2024年5月31日・46歳
角替和枝俳優夫の柄本明が原発不明がんと発表2018年10月27日・64歳
杉村太郎実業家・著述家・元歌手原発不明がんで約7年半闘病2011年8月20日・47歳
ジョサラ・ジナロ俳優2021年にCancer of Unknown Primaryと診断2022年4月27日・48歳
クリスティン・マクヴィー歌手・作曲家死亡診断書に原発部位不明の転移性悪性腫瘍2022年11月30日・79歳
サンジヴ・ガンビール医師・がん研究者生検で原発不明がんと判明2020年7月18日・57歳
トーマス・メニーノ政治家・元ボストン市長原発部位不明の進行がんを公表2014年10月30日・71歳

原発不明がんを公表した著名人12人の死亡年齢分布

一覧に掲載した人物を見ると、40代で亡くなった人もいれば、70代や80代まで活動を続けた人もいます。そこで、今回の記事で取り上げた12人について、死亡年齢を年代別に集計しました。

このデータは、2026年7月22日時点で本文に掲載した12人だけを対象に、本人や家族、所属先の発表、信頼できる報道などから死亡年齢を確認し、40代から80代までの年代別に再集計した実データ調査です。

原発不明がんで亡くなった患者全体から無作為に抽出した医学統計ではありません。また、病名を公表していない人や、原発不明がんとの関係を信頼できる情報で確認できなかった人は集計対象に含めていません。

その結果、40代が3人、50代が1人、60代が4人、70代が3人、80代が1人となりました。最も多かったのは60代の4人です。

12人の死亡年齢を合計すると763歳となり、平均年齢は約63.6歳でした。年齢の小さい順に並べたとき、中央に位置する2人は64歳と67歳であるため、中央値は65.5歳です。

最年少は46歳で亡くなった本橋由香さん、最高齢は80歳で亡くなった辻桃子さんでした。

原発不明がんを公表した有名人12人の死亡年齢を集計。60代が4人で最多、平均63.6歳、中央値65.5歳、年齢は46歳から80歳だった。

今回の独自集計では、60代が最多だった一方で、年齢は46歳から80歳まで34年もの幅がありました。

同じ原発不明がんという診断名であっても、発見された時期、がん細胞の性質、転移部位、治療内容、治療への反応、本人の体力などは一人ひとり異なります。そのため、平均63.6歳という数字を、原発不明がん患者全体の平均寿命や余命として受け取ることはできません。

今回、公開情報で原発不明がんを確認できた12人は、2026年7月22日時点ですべて亡くなっています。

ただし、これは原発不明がんを経験したすべての有名人を網羅したものではありません。病名を公表せずに治療している人や、後の検査で原発臓器が判明して別のがんとして扱われた人がいる可能性もあります。

また、「原発不明がん」と「原発不明癌」は表記が異なるだけで、基本的には同じ病気を指します。医療機関や現在の一般的な表記では、漢字の「癌」よりも「がん」が多く使われています。

山田五郎の原発不明がんと死去までの経緯

山田五郎さんは、美術や時計、ファッション、街、音楽など、幅広い分野の知識を軽妙な語り口で伝えてきた編集者・評論家です。

『タモリ倶楽部』や『出没!アド街ック天国』への出演に加え、YouTubeチャンネル「山田五郎 オトナの教養講座」では、西洋美術を中心に難しいテーマを分かりやすく解説していました。

2024年10月に原発不明がんを公表

山田五郎さんが病気を公表したのは、2024年10月4日です。

自身のYouTubeチャンネルで、医療機関による詳しい検査を受けても、がんが最初に発生した場所を特定できなかったため、原発不明がんと診断されたと説明しました。

公表した時点ですでに抗がん剤治療を始めており、治療の副作用と向き合いながら仕事を続ける考えも明らかにしています。

山田五郎さんは、病気を理由にすべての活動を止めるのではなく、体調を確認しながらテレビ、ラジオ、YouTubeへの出演を続けました。

病気を公表したからといって、闘病だけが山田五郎さんの活動の中心になったわけではありません。最後まで美術や文化について語り続けた姿が、多くの視聴者の記憶に残っています。

ステージ4で抗がん剤治療を継続

2026年7月の訃報を伝えたテレビ朝日の報道では、山田五郎さんが2024年10月にステージ4の原発不明がんを公表し、抗がん剤治療を受けながら仕事を続けていたと伝えられています。

原発不明がんでは、がんが転移した状態で発見されることが多く、山田五郎さんの場合も手術ではなく薬物療法を中心とした治療が続けられていました。

ただし、詳しい抗がん剤の種類や投与方法、すべての転移部位について、医療機関から公式に発表されたわけではありません。公表された範囲を超えて、治療内容や病状を断定することはできません。

2026年3月には一時昏睡状態に

山田五郎さんは、2026年7月17日に公開されたYouTube動画で、同年3月に体調が急激に悪化し、一時は昏睡状態になっていたことを明かしていました。

その後、意識を取り戻して仕事へ復帰したものの、立って歩くことや食事が難しい時期もあったと説明しています。7月18日放送の『出没!アド街ック天国』にも出演しましたが、番組や動画は事前に収録されたものです。

公開された映像の時期だけを見ると、亡くなる直前まで元気だったように感じるかもしれません。しかし、動画の公開日や番組の放送日と、実際の収録日は同じとは限りません。

2026年7月14日に67歳で死去

山田五郎さんは、2026年7月14日の夕方に亡くなりました。67歳でした。

死去は7月22日、公式YouTubeチャンネルに出演したマネージャーから発表されました。葬儀は親族や友人、仕事関係者らが参列し、すでに執り行われたと説明されています。

山田五郎さんが原発不明がんを公表してから、死去までの期間は約1年9か月です。ただし、病気が最初に発生した時期は明らかにされていないため、実際の闘病期間と公表後の期間は同じではありません。

テレビ東京によると、『出没!アド街ック天国』の最後の収録は2026年7月8日に行われました。最終出演回は8月8日に放送される予定です。

亡くなる直前まで収録に参加していたことからも、山田五郎さんが仕事と発信を大切にしていたことが伝わってきます。

原発不明がんを公表した日本の芸能人・著名人

山田五郎さん以外にも、日本では俳優、経済アナリスト、経営者、俳人など、さまざまな分野の著名人が原発不明がんを公表しています。

診断の経緯や闘病期間は一人ひとり異なります。

森永卓郎|亡くなる前日までラジオに出演

森永卓郎さんは、経済アナリストとしてテレビやラジオで活躍し、獨協大学教授も務めました。

2023年末、当初はステージ4の膵臓がんと公表されましたが、その後の検査で膵臓が原発ではないことが分かり、原発不明がんとして治療を受けていました。

森永卓郎さんは闘病中もラジオ出演や執筆活動を続け、2025年1月27日のラジオ番組では、容体が悪化して緩和ケアを受けていることを報告しました。

翌1月28日午後1時33分、自宅で亡くなりました。67歳でした。マネジメント事務所は死因を原発不明がんと発表しています。

最初に膵臓がんと発表されたため、現在も「森永卓郎さんの死因は膵臓がん」と説明されることがあります。しかし、所属先による最終的な発表では原発不明がんとなっています。

和泉雅子|俳優から北極点を目指す冒険家へ

和泉雅子さんは、吉永小百合さん、松原智恵子さんとともに「日活三人娘」と呼ばれた俳優です。

映画やドラマ、歌手として活動した後は冒険家としても知られ、1989年には日本人女性として初めて北極点に到達しました。

所属事務所によると、和泉雅子さんは原発不明がんで闘病し、2025年5月には自宅で倒れて入院しました。その後は自宅へ戻り、同年7月9日午後1時3分に77歳で亡くなっています。

和泉雅子さんは生前葬を行っており、本人の意向によって死去後の葬儀やお別れの会は行われませんでした。

俳優としての華やかな経歴だけでなく、自ら北極圏へ向かった行動力も、和泉雅子さんを語るうえで欠かせない部分です。

本橋由香|抗がん剤治療を続けながら舞台に出演

本橋由香さんは、特撮ドラマ『激走戦隊カーレンジャー』でイエローレーサーこと志乃原菜摘を演じた俳優です。

2021年1月に首のリンパ節のしこりに気づき、同年5月に原発不明がんと診断されました。8月には自身のブログで病気を公表しています。

約3年間にわたって治療を続けながら舞台に出演し、2024年4月の公演にも抗がん剤治療を受けながら参加していました。

同年5月31日午前8時43分に亡くなり、所属劇団関係者から46歳だったことが発表されています。

首のしこりが診断につながったことは公表されていますが、原発となった臓器は最後まで特定されていません。

角替和枝|夫の柄本明が原発不明がんを公表

角替和枝さんは、舞台、映画、テレビドラマで活躍した俳優です。

夫は俳優の柄本明さんで、息子の柄本佑さん、柄本時生さんも俳優として活動しています。

角替和枝さんは、かねてから病気療養を続けていましたが、2018年10月27日午前6時27分、東京都内の自宅で亡くなりました。64歳でした。

柄本明さんは所属事務所を通じ、妻が原発不明がんで亡くなったことを発表しています。

発症時期や具体的な症状、治療内容などは詳しく公表されていません。確認できるのは、闘病していたことと、家族が原発不明がんと明らかにしたことまでです。

辻桃子|俳誌「童子」を主宰した俳人

辻桃子さんは、俳誌「童子」を創刊し、俳句の創作や指導に取り組んだ俳人です。

本名は安部桃子さんで、俳句結社の主宰者として多くの俳人を育てました。

2025年6月11日午後11時26分、原発不明がんのため東京都立川市の病院で亡くなりました。80歳でした。

治療期間や発症時期など、病気に関する詳しい経緯は公表されていません。

矢延隆生|「すぽると!」などの制作に参加

矢延隆生さんは、フジテレビのテレビプロデューサーとして番組制作に携わり、専務取締役を務めた人物です。

スポーツ番組『すぽると!』をはじめ、フジテレビの編成や制作部門で要職を歴任しました。

フジテレビは、病気療養中だった矢延隆生さんが2025年1月14日、原発不明がんのため60歳で亡くなったと発表しています。

病気の公表は訃報と同時だったため、発症時期や治療期間、具体的な症状は明らかになっていません。

杉村太郎|約7年半の闘病を続けた「就職の神様」

杉村太郎さんは、キャリアデザインスクール「我究館」を設立し、就職活動の指導に力を注いだ実業家・著述家です。

住友商事勤務時代には、伊藤洋介さんとのデュオ「シャインズ」で歌手としても活動しました。著書『絶対内定』シリーズが広く読まれ、「就職の神様」と呼ばれたことでも知られています。

杉村太郎さんは原発不明がんで約7年半にわたる闘病を続け、2011年8月20日に47歳で亡くなりました。闘病中も手術や抗がん剤、放射線治療を受けながら、仕事を続けていたと伝えられています。

杉村太郎さんの場合、原発不明がんの公表から短期間で亡くなったのではなく、長期間にわたって治療と仕事を続けていたことが分かります。

海外で原発不明がんを公表した有名人・著名人

原発不明がんは日本だけで使われる病名ではありません。

英語では「Cancer of Unknown Primary」または「Carcinoma of Unknown Primary」と呼ばれ、頭文字を取って「CUP」と表記されます。

ジョサラ・ジナロ|『ER緊急救命室』などに出演

ジョサラ・ジナロさんは、ブラジル出身でアメリカを中心に活動した俳優です。

ドラマ『ER緊急救命室』『ザ・ヤング・アンド・ザ・レストレス』『ジャッジング・エイミー』などに出演しました。

2021年にCancer of Unknown Primaryと診断され、家族や友人の支援を受けながら治療を続けましたが、2022年4月27日に48歳で亡くなりました。

死去は夫がFacebookを通じて発表しています。

クリスティン・マクヴィー|直接の死因は虚血性脳卒中

クリスティン・マクヴィーさんは、イギリスのロックバンド「フリートウッド・マック」のメンバーとして活躍した歌手・作曲家・キーボード奏者です。

「Everywhere」「Little Lies」「Songbird」など、バンドを代表する楽曲の作詞・作曲や歌唱を担当しました。

2022年11月30日、79歳で亡くなりました。死亡診断書では直接の死因が虚血性脳卒中とされ、併存していた病気として「原発部位不明の転移性悪性腫瘍」が記載されていたと報じられています。

そのため、「原発不明がんだけが直接の死因だった」と単純化するのは正確ではありません。原発不明がんは、脳卒中とともに健康状態へ影響した副次的な要因として報告されています。

サンジヴ・“サム”・ガンビール|がん早期発見研究の第一人者

サンジヴ・“サム”・ガンビールさんは、スタンフォード大学医学部で放射線医学部長などを務めた医師・医学研究者です。

分子イメージングやPET検査、血液によるがん早期発見などの研究を進め、約700本の学術論文を発表しました。

2019年ごろから続いた背中の痛みをきっかけに生検を受けた結果、原発不明がんが判明しました。世界各地の研究者や医師が原発部位の特定を試みましたが、発生源は見つからなかったと伝えられています。

2020年7月18日に57歳で亡くなりました。

がんの早期発見を研究してきた本人が、原発部位を特定できないがんを患ったという事実は、原発不明がんの診断がいかに難しいかを示す事例でもあります。

トーマス・メニーノ|ボストン市長を約20年間務める

トーマス・メニーノさんは、1993年から2014年までアメリカ・ボストン市長を務めた政治家です。

2014年2月ごろ、肝臓やリンパ節に転移した進行がんが見つかりましたが、詳しい検査を行っても原発部位は特定できませんでした。

手術は難しいと判断され、化学療法を開始しました。当初は大学での活動や講演を続けていましたが、同年10月には治療の中止を発表しています。

2014年10月30日に71歳で亡くなりました。

原発不明がんとはどのような病気?

原発不明がんは、単に「がんかどうか分からない病気」ではありません。

がんであることや転移していることは確認できているものの、最初にがんが発生した臓器である「原発巣」が、十分な検査を行っても見つからない状態です。

転移したがんだけが先に見つかる

一般的ながんは、肺や胃、大腸、乳房など、最初に発生した臓器の名前を使って「肺がん」「胃がん」「大腸がん」と呼ばれます。

ところが、原発不明がんでは、リンパ節、胸膜、腹膜、肺、肝臓、骨などに転移したがんが見つかっても、発生源となった臓器を特定できません。

「原発」という言葉が入っていますが、原子力発電所や放射線事故を意味するものではありません。「がんが最初に発生した場所」を医学用語で原発巣と呼ぶことに由来します。

症状は転移した場所によって異なる

原発不明がんには、すべての患者に共通する一つの症状があるわけではありません。

国立がん研究センターによると、転移した場所によって次のような症状が現れることがあります。

  • リンパ節への転移:首、わき、脚の付け根などのしこり
  • 胸膜への転移:胸水による息苦しさ
  • 腹膜への転移:腹水によるおなかの張り
  • 肺への転移:咳や胸の痛み
  • 肝臓への転移:上腹部の不快感や膨満感
  • 骨への転移:痛み、骨折、しびれ、麻痺

一方で、転移していても症状が出ない場合があります。

ここに挙げた症状は原発不明がん全体の一般的な説明です。今回紹介した著名人全員に、同じ症状があったわけではありません。

検査をしても原発部位が見つからない理由

原発部位が見つからない理由には、原発巣が非常に小さい、免疫反応などによって原発巣だけが消失した、転移したがんのほうが急速に大きくなったといった複数の可能性があります。

診断では、CT、MRI、PET、内視鏡、血液検査などに加え、がん細胞や組織を採取する病理検査が行われます。

病理検査では、細胞の形や特定のタンパク質を調べる免疫染色などを使い、どの臓器から発生したがんなのかを推定します。

ただし、検査を行っても発生源が特定できない場合は、原発不明がんとして診断・治療されます。

治療法は患者ごとに異なる

原発不明がんは、異なる性質のがんを含む病気の集まりです。そのため、全員が同じ抗がん剤や治療を受けるわけではありません。

治療法は、次のような情報をもとに決められます。

  • がん細胞の種類や病理所見
  • 転移している場所
  • がんの広がり
  • 患者の体力や全身状態
  • 原発部位として疑われる臓器
  • 遺伝子変異や分子的な特徴

特定の臓器から発生した可能性が高い場合は、その臓器のがんに準じた治療が選ばれることがあります。

原発臓器を推定できない場合は、複数のがんに効果が期待できる抗がん剤治療が検討されます。近年は、がん遺伝子パネル検査やMSI検査などの結果をもとに、分子標的薬や免疫療法を検討する場合もあります。

原発不明がんだから必ず同じ経過になるわけではない

原発不明がんは、がん全体の約1~5%とされ、さまざまながんが混在する不均一な病気です。

山田五郎さんが公表から約1年9か月で亡くなった一方、杉村太郎さんは約7年半にわたって治療を続けました。

診断名が同じでも、がん細胞の性質、転移部位、治療への反応、体力などによって経過は大きく異なります。特定の著名人の闘病期間を、ほかの患者の余命や治療結果へそのまま当てはめることはできません。

今回の死亡年齢分布でも、最年少の46歳から最高齢の80歳まで大きな幅がありました。これは、原発不明がんという診断名だけで、治療経過や生存期間を一律に語れないことを示す結果でもあります。

原発不明がんの芸能人・有名人に関するまとめ

  • 原発不明がんは、転移が確認されても最初にがんが発生した臓器を特定できない病気
  • 英語ではCancer of Unknown Primaryと呼ばれ、CUPと略される
  • 公開情報から、国内外の芸能人・有名人12人を確認できた
  • 記事掲載12人の死亡年齢は46歳から80歳まで幅があった
  • 独自集計では60代が4人で最も多く、40代と70代が各3人だった
  • 記事掲載12人の平均死亡年齢は約63.6歳、中央値は65.5歳だった
  • この年齢分布は記事掲載12人に限った独自調査で、患者全体の医学統計ではない
  • 山田五郎さんは2024年10月に原発不明がんを公表した
  • 山田五郎さんは抗がん剤治療を受けながらテレビやYouTubeへの出演を継続した
  • 山田五郎さんは2026年7月14日に67歳で亡くなり、7月22日に死去が発表された
  • 森永卓郎さんは当初膵臓がんと発表されたが、その後、原発不明がんとして治療を受けた
  • 本橋由香さんは約3年間、杉村太郎さんは約7年半にわたって闘病した
  • 和泉雅子さん、角替和枝さん、辻桃子さん、矢延隆生さんも原発不明がんで亡くなった
  • 海外ではジョサラ・ジナロさん、サンジヴ・ガンビールさん、トーマス・メニーノさんらが原発不明がんを公表した
  • クリスティン・マクヴィーさんの直接の死因は虚血性脳卒中で、原発部位不明の転移性悪性腫瘍は併存疾患として報告された
  • 原発不明がんは患者ごとに性質や治療法、闘病期間が大きく異なる

山田五郎さんをはじめ、今回紹介した人たちは、治療を受けながらそれぞれの分野で活動を続けました。亡くなったあとも、出演作品や著書、音楽、研究、本人が残した言葉は、多くの人に受け継がれています。