竹中直人の現在は?wikiプロフィール・奥さん木之内みどり、若い頃や秀吉役を解説
竹中直人の現在は?wikiプロフィール・奥さん木之内みどり、若い頃や秀吉役を解説

竹中直人さんといえば、コミカルな役から重厚な人物、狂気を感じさせる悪役まで演じ分ける個性派俳優です。1996年のNHK大河ドラマ『秀吉』で演じた豊臣秀吉の印象が強い一方、映画監督、コメディアン、声優、歌手など幅広い分野で活動してきました。

2026年3月に70歳を迎えたことから、「竹中直人さんは現在何してる?」「最近見ないけれど病気なの?」「奥さんの木之内みどりさんは現在どうしている?」と気になった人もいるようです。しかし、所属先の最新情報を見ると、2026年も大河ドラマ、連続ドラマ、映画、CM、ラジオ、舞台に次々と出演。9月6日からはミュージカル『民王』の東京公演も始まり、現在もかなり精力的に活動しています。

この記事では、竹中直人さんの2026年現在を最初に確認したうえで、wiki風プロフィール、妻・木之内みどりさんや娘・息子・孫、若い頃や学歴、俳優になるまでの経歴を一つずつ詳しく見ていきます。『秀吉』『豊臣兄弟!』『のだめカンタービレ』『ONE PIECE』などの代表的な仕事や、話題になった現在の髪の毛・髪型についても紹介します。

竹中直人は現在何してる?wikiプロフィールと2026年の活動

結論からいうと、竹中直人さんは2026年現在も俳優を中心に第一線で活動しています。

1956年3月20日生まれで現在70歳。所属先はオフィス レディバードです。2026年だけでもNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』をはじめ複数のドラマに出演し、映画『ゴースト・オブ・ウエノ』、ミュージカル『民王』、アートネイチャーやSMBCモビットのCMなど活動分野は多岐にわたります。

竹中直人のwiki風プロフィール

まずは現在の基本プロフィールを見てみましょう。

項目内容
名前竹中直人
読み方たけなか なおと
本名竹中直人
生年月日1956年3月20日
年齢70歳(2026年9月現在)
出身地神奈川県横浜市
身長168cm
体重58kg
血液型A型
職業俳優・映画監督など
所属オフィス レディバード
出身大学多摩美術大学
木之内みどり
子供娘1人・息子1人

生年月日や所属先は所属事務所の公式ページに掲載されており、日本タレント名鑑では身長168cm、体重58kg、血液型A型とされています。

「竹中直人」という名前は芸名ではなく本名です。2026年7月のTOKYO FM『木村拓哉 Flow』で本人が明かしており、「直人」という名前には父親の「素直な人に育ってほしい」という思いが込められていたそうです。

強烈な役柄が多い竹中さんだけに、非常にシンプルでまっすぐな名前の由来は少し意外に感じる人もいるかもしれません。

最近見ない?2026年現在もドラマ・映画・舞台で活動

「竹中直人さんを最近見ない」と感じている人もいるかもしれませんが、出演情報を見ると活動が減っているとは言いにくい状況です。

2026年にはNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』で松永久秀を演じたほか、NHK夜ドラ『ミッドナイトタクシー』、MBS/TBS『100日後に別れる僕と彼』、テレビ東京『わたしの相殺日記』、東海テレビ・フジテレビ系『ミッドナイト屋台2 ~ル・モンドゥ~』などに出演しています。

さらに、8月8日公開の映画『ゴースト・オブ・ウエノ』ではホームレスのトシ役を担当。ラジオではTBSラジオ『月夜の蟹』にも出演しています。

そして2026年9月6日から10月6日までは、シアタークリエでミュージカル『民王』の東京公演に出演。その後、大阪公演が10月11~13日、福岡公演が10月17~19日に予定されています。

テレビだけを見ていると出演時期によって「最近見ない」と感じることはありますが、竹中さんの場合は映画、舞台、ラジオ、CMまで仕事の場が広いことが分かります。

2026年『豊臣兄弟!』では秀吉ではなく松永久秀役

竹中直人さんと大河ドラマというと豊臣秀吉を思い浮かべる人が多いですが、2026年の『豊臣兄弟!』で演じたのは松永久秀です。

『豊臣兄弟!』では仲野太賀さんが豊臣秀長、池松壮亮さんが豊臣秀吉を演じ、竹中さんは戦国武将・松永久秀として登場しました。第20回で壮絶な最期を迎え、竹中さんらしい強烈な演技が大きな存在感を残しました。

1996年に主人公・秀吉を演じた本人が、30年後の「豊臣」をテーマにした大河ドラマへ別の戦国武将として戻ってきたわけです。

長く大河ドラマを見てきた人ほど、ここは感慨深く感じたのではないでしょうか。

竹中直人が豊臣秀吉を演じたのは大河ドラマで2回

竹中直人さんがNHK大河ドラマで豊臣秀吉を演じた回数は2回です。

1回目は1996年の大河ドラマ『秀吉』。竹中さん自身が主人公・豊臣秀吉を演じました。

2回目は2014年の岡田准一さん主演『軍師官兵衛』です。NHKがキャストを発表した際にも、1996年以来「18年ぶり」の秀吉役として話題になりました。

時系列で見ると、

  • 1996年『秀吉』:豊臣秀吉役
  • 2014年『軍師官兵衛』:豊臣秀吉役
  • 2026年『豊臣兄弟!』:松永久秀役

となります。

同じ大河ドラマで18年を経て再び秀吉を演じ、さらに30年後には松永久秀として豊臣兄弟と対峙するという経歴は、長く第一線で活動してきた竹中直人さんならではです。

現在の髪の毛や髪型が変わった?アートネイチャーCMが理由

2026年には「竹中直人さんの髪の毛が増えた?」「現在の髪型はどうしたの?」と感じた人も多かったようです。

きっかけはアートネイチャーのCMでした。

竹中さんは2026年3月27日から放送された渡部篤郎さんとの新CM「対談」篇に出演。新商品「ヘア・フォーライフ LX」を体験し、普段とは大きく印象の異なるヘアスタイルを披露しています。

つまり、CMで見せている髪型はアートネイチャーの商品によるものです。

突然地毛が増えたという意味ではなく、商品を装着した新しいヘアスタイルを披露しているため、「竹中直人さんの現在の髪の毛が変わった」と話題になったのでしょう。

竹中さんは現在、アートネイチャーだけでなくSMBCモビットのCMにも出演しています。

病気なの?現在の活動状況から分かること

竹中直人さんについては「病気なのでは?」「痩せた?」といった声が出ることもあります。

ただし、2026年9月5日時点で所属先の最新情報には、重い病気による療養や活動休止の発表は掲載されていません。むしろ2026年は複数のドラマや映画、CMへ出演し、9月からは長期間の舞台公演も控えています。

もちろん、出演予定があることだけで健康状態のすべてを判断することはできません。しかし、少なくとも「病気で芸能活動を休止している」という事実は確認できません。

病気に関する情報が混同された原因の一つとして考えられるのが、俳優の竹中隼人さんです。

竹中隼人さんは2024年、脳梗塞による右半身まひで休業したことを公表しました。その際、竹中直人さんと親子・親族だと勘違いする人がいたため、竹中隼人さん本人が「竹中直人さんとは血縁関係ございません」と明確に否定しています。

名前が非常によく似ているため、病気や家族に関する情報まで混ざってしまった可能性があります。

竹中直人の奥さんは木之内みどり!現在や写真、子供・孫も紹介

竹中直人さんの奥さん・妻・嫁として知られているのが、元アイドル歌手・女優の木之内みどりさんです。

2人は1990年に結婚しました。2025年に竹中さん本人がテレビ番組で妻について語っていることからも、現在まで夫婦であることが確認できます。娘と息子の2人の子供がいて、竹中さんは現在すでに孫のいる「おじいちゃん」でもあります。

奥さん・木之内みどりは現在どうしてる?写真はある?

木之内みどりさんは1970年代にアイドル歌手・女優として活動した人物です。

2025年の『なりゆき街道旅』で竹中直人さんは妻について、「引退して」と話しています。現在の木之内さんは芸能活動を続けているわけではなく、表舞台から離れて生活していることが本人の発言から分かります。

「木之内みどりさんの現在の写真が見たい」という人も多いようですが、近年の顔写真を積極的に公開している状況ではありません。

2025年のスポニチには、1990年の披露パーティー後に竹中さんと木之内さんが車に乗り込む写真や、アイドル時代の木之内さんの写真が掲載されています。ただし、これは現在撮影された夫婦写真ではありません。

「奥さんの現在」という点では、最新の姿を探すよりも、竹中さん自身が2025年にも妻との結婚について語っていることのほうが確かな情報といえそうです。

妻との出会いはスペイン!ニューヨークまで追いかけてプロポーズ

2人の馴れ初めは、竹中直人さんらしい印象的なエピソードです。

竹中さんが劇団青年座に所属していた頃、舞台『写楽考』の公演でスペインを訪れた際、すでに芸能界を引退していた木之内みどりさんと偶然再会しました。

竹中さんは木之内さんをお気に入りの喫茶店へ案内しようとしたものの、緊張のあまり道が分からなくなり、約1時間迷ってしまったそうです。

さらに、木之内さんが仕事でニューヨークへ向かうと、竹中さんも後を追うように渡米。婚姻届まで持参してプロポーズしたと明かしています。

テレビでは自由奔放で大胆な印象のある竹中さんですが、好きな人を前にして緊張してしまう姿はかなり意外ですよね。

強烈なキャラクターだけでは分からない、繊細な一面が見えるエピソードです。

子供は娘と息子の2人

竹中直人さんと木之内みどりさんには、娘1人と息子1人がいます。

2025年5月のテレビ出演で竹中さん自身が「娘は34歳」「息子は27歳」と話しています。

娘については、2017年に結婚したことも竹中さん本人が明かしています。

娘から結婚を報告された際には涙がこぼれ、披露宴でもあいさつの途中で泣いてしまったそうです。

俳優として見る竹中直人さんには豪快な印象がありますが、娘の結婚で涙を流す姿はごく普通の父親そのものです。

息子も俳優?竹中隼人とは親子ではない

「竹中直人の息子は俳優?」という疑問から名前が挙がりやすいのが竹中隼人さんです。

しかし、前述の通り、竹中隼人さん本人が竹中直人さんとの血縁関係を否定しています。したがって、竹中隼人さんは竹中直人さんの息子ではありません。

竹中直人さんに息子がいること自体は本人が公表していますが、息子の職業や詳しいプロフィールについて確かな公表情報はほとんどありません。

ネット上で見かける学校名や職業などを、竹中さんの実際の息子の情報として断定することはできません。

現在は孫もいる!家では全力でふざけるおじいちゃん

竹中直人さんは現在、孫もいます。

2025年の番組では「孫もいるよ。おじいちゃんだよ」と自ら明かしました。

しかも家では、孫の前でクッキーのふたを開けながら突然年を取ったような演技をするなど、俳優としての表現力を使って全力でふざけているそうです。

大河ドラマで天下人や戦国武将を演じてきた竹中さんが、自宅では孫を笑わせるために即興芝居をしていると思うと、なんとも竹中さんらしいですよね。

竹中直人の若い頃や学歴は?学生時代から映画・絵・音楽が好きだった

現在の竹中直人さんを見ると、子供の頃から人前に立つことが好きだったように思えます。

ところが実際の若い頃は、かなり内向的で目立つことが苦手な少年でした。

俳優、コメディアン、映画監督、歌手という現在の多彩な活動につながったのは、絵や漫画、音楽、映画など、学生時代に夢中になったさまざまな表現だったようです。

小学校は横浜市立富岡小学校

竹中直人さんは神奈川県横浜市で育ちました。

2026年の『婦人公論』インタビューでは、父親が横浜市中区役所、母親が磯子区役所で働く共働き家庭の一人っ子だったと語っています。小学校は富岡小学校です。

小学校時代の通信簿には「協調性がない」「積極性がない」と書かれていたこともあったそうです。

特に印象的なのが、小学4年生の運動会での出来事です。

足が速かった竹中さんは、このまま走れば1位になると気づくと、注目されるのが恥ずかしくなり、父親のいる観覧席へ向かって逆走してしまったと振り返っています。

現在の姿からは想像しにくいですよね。

人前に出るのが得意だったから俳優になったのではなく、「自分ではない誰かになりたい」という思いが演じることへつながっていった点が、竹中さんの面白いところです。

中学・高校は関東学院六浦

小学6年生の時、担任教師が竹中さんの個性を評価し、両親に私立中学校への進学を勧めました。

その後、父親と受験勉強に取り組み、関東学院六浦中学校へ進学しています。

高校も関東学院六浦で過ごし、若い頃から絵や音楽に熱中しました。

高校時代にはフォーク音楽やRCサクセションなどに夢中になり、髪を伸ばしてギターを弾くことで「自分じゃない人間になれた」ように感じたと語っています。先生たちのものまねもしていたそうで、後のコメディアンとしての一面につながる要素も、すでに学生時代に現れていました。

17歳で母親を亡くしたことが大きな転機に

竹中直人さんは17歳の時に母親を亡くしています。

母親は結核で隔離病棟に入院しており、感染を防ぐため自由に病室へ入ることができませんでした。竹中さんは廊下から遠くにいる母親と泣きながら手を振り合ったことを語っています。

本人は母親との死別について「大きな転機」と振り返っています。

竹中さんには明るさやおかしさ、奇抜さのイメージがありますが、若い頃に大きな喪失を経験していることを知ると、シリアスな作品で見せる寂しさや陰のある表情にも違った印象を受けます。

ただ明るく自由な人物というだけでは語れない背景があることが分かります。

東京藝術大学を目指して2浪後、多摩美術大学へ

高校卒業後、竹中直人さんは東京藝術大学への進学を目指しましたが合格には至らず、2浪しています。

その後、多摩美術大学へ進学し、1980年にデザイン科グラフィックデザイン専攻を卒業しました。現在は母校の客員教授も務めています。

俳優のイメージが強い竹中さんですが、学歴を見ると芸術大学で本格的にデザインを学んできた人物です。

現在も絵や映画、音楽など幅広い表現を続けていることを考えると、多摩美術大学で過ごした時間はかなり重要だったのでしょう。

大学時代に8ミリ映画『燃えよタマゴン』を制作

多摩美術大学では映像制作にも夢中になりました。

大学時代にはブルース・リーの『燃えよドラゴン』をもじった8ミリ映画『燃えよタマゴン』を制作。監督だけではなく、自ら出演もしています。

後にプロの映画監督となる竹中さんですが、映画制作への興味は芸能界入り後に突然生まれたわけではありません。

学生時代から「自分で作品を作る側」にいたことを知ると、俳優と映画監督を長年両立している現在の姿にも納得できます。

竹中直人の経歴と代表作!若い頃はコメディアンとして注目

現在は「個性派俳優」「名バイプレーヤー」という印象が強い竹中直人さんですが、若い頃に世間へ名前を広めた大きなきっかけはコメディでした。

1983年にテレビ朝日系『ザ・テレビ演芸』でデビュー。その後、俳優として映画やドラマへ活動を広げ、さらに映画監督、声優、歌手としても独自のキャリアを築いていきます。

「笑いながら怒る人」などのものまね・コメディで注目

竹中直人さんの若い頃を語るうえで欠かせないのが、ものまねやコメディです。

特に有名なのが「笑いながら怒る人」

笑顔を見せながら激しく怒るという矛盾した表現は竹中さんの代名詞の一つになり、現在でも過去映像などで紹介されることがあります。

学生時代から先生のものまねをしていたというエピソードを考えると、人の話し方や表情を観察して再現する力は若い頃から培われていたのでしょう。

後に映画やドラマで、「笑っているのに怖い」「おかしいのに悲しい」といった複雑な人物を演じる俳優になったことにもつながっているように感じます。

コメディアンとして売れても、本当にやりたかったのは映画と芝居

竹中さんはコメディで注目されましたが、もともと強く憧れていたのは俳優や映画の世界でした。

大学卒業後には劇団青年座へ入り、役者としての道を歩み始めています。2026年のインタビューでも、若い頃から映画や新劇の世界に強い憧れを抱いていたことを語っています。

外から見ると、テレビに出て人気を得た時点で順調な成功に見えます。

しかし、本人が目指していた「役者」「映画」という場所へ進むまでには、自分が世間から求められる姿とのズレもあったのでしょう。

竹中直人さんの経歴は、単純に「お笑いで人気になり、そのまま俳優として成功した」とまとめるだけでは足りないように感じます。

映画『無能の人』で監督としても高く評価

1991年には、つげ義春さんの漫画を原作とした映画『無能の人』で監督デビューしました。

竹中さん自身が主演も務めた同作は、ヴェネチア国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞しています。

その後も、

  • 『119』
  • 『東京日和』
  • 『連弾』
  • 『サヨナラCOLOR』
  • 『山形スクリーム』
  • 『ゾッキ』
  • 『零落』

などを監督してきました。

俳優が余技として映画監督に挑戦したというより、学生時代から映画を作り続けてきた人物が、プロになっても監督を続けていると考えたほうが竹中さんの経歴には合っています。

『Shall we ダンス?』『ウォーターボーイズ』など映画でも活躍

俳優としての代表作も非常に多くあります。

多摩美術大学の公式プロフィールによると、『シコふんじゃった。』『EAST MEETS WEST』『Shall we ダンス?』で日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞しています。

2001年の映画『ウォーターボーイズ』にも出演しており、妻夫木聡さんや玉木宏さんらと共演しました。

映画によって全く違う人物に見えるのも竹中直人さんの魅力です。

大河ドラマで天下人を演じたかと思えば、次の作品では強烈なコミカルキャラクターになる。作品ごとに印象を塗り替えてきたことが、長い俳優人生につながっているのでしょう。

『のだめカンタービレ』のシュトレーゼマン役も代表作

若い世代に竹中直人さんを広く知らしめた作品の一つが『のだめカンタービレ』です。

実写ドラマ・映画シリーズでは、世界的指揮者フランツ・フォン・シュトレーゼマンを演じました。

派手な見た目と独特な話し方で強烈なインパクトを残した役ですが、物語が進むにつれて音楽家としての威厳も見せる重要人物でした。フジテレビの公式ページでも竹中さんのシュトレーゼマン役が確認できます。

さらに2025年には『のだめカンタービレ』シンフォニックコンサートにも、実写版のシュトレーゼマン役として出演しました。

長いキャリアの中でも、一度演じた役が何年も愛され続けていることが分かります。

声優として『ONE PIECE』シキ役も担当

竹中直人さんは声優としても多くの作品に参加しています。

特に有名なのが『ONE PIECE』の金獅子のシキです。

ONE PIECE.comの公式キャラクター紹介でも、シキの声優は竹中直人さんと掲載されています。

実写での独特な声や間の取り方を知っている人なら、シキの迫力ある声が竹中さんだと知って納得した人も多いのではないでしょうか。

2026年現在もNHK Eテレ『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』で怪童役の声を担当しており、声の仕事も継続しています。

竹中直人の性格や人柄は?テレビの強烈キャラとは違う一面

竹中直人さんの性格を、テレビで見せる奇抜なキャラクターだけで判断するのは難しそうです。

幼少期は人前で一番になることさえ恥ずかしかったと本人が語っており、現在の大胆な演技とは正反対ともいえる少年でした。

一方で、長い俳優人生の中で大切にしてきたものについての発言や、家族とのエピソードを見ると、人との関係をとても重視していることが伝わってきます。

長く仕事を続けるうえで大切なのは「相手を信頼すること」

2026年のアートネイチャーCMに関連したインタビューでは、長年仕事を続けるうえで大切にしていることを尋ねられ、竹中さんは「相手を信頼する」ことを挙げています。

一緒に仕事をするスタッフや共演者との関係は信頼から始まるという考えを語りました。

俳優だけでなく、自ら監督として大勢のスタッフや出演者をまとめる経験も重ねてきた竹中さんだからこそ出てくる言葉なのでしょう。

テレビで見せる自由奔放な姿とは別に、作品作りでは人との関係を大切にしている一面がうかがえます。

父親の最期には毎日病院へ通っていた

家族との関係にも竹中直人さんの人柄が表れています。

竹中さんの父親は2023年、95歳で亡くなりました。

父親が入院していた頃、竹中さんはちょうど舞台稽古中でしたが、稽古が終わると毎日のように病院へ通っていたといいます。父親から頼まれると、頭や肩、腰、足など体をさすっていたそうです。

竹中さんは、父親の体に触れながら「父の体が自分だ」と感じた瞬間があったことも語っています。

17歳で母親を亡くし、その後長い年月を父親と過ごしてきた竹中さん。

テレビで見せる「笑いながら怒る人」や強烈な役柄だけでは分からない、家族への思いが伝わってくるエピソードです。

竹中直人の現在・wikiプロフィールまとめ

最後に、竹中直人さんの現在や家族、若い頃、経歴について重要なポイントをまとめます。

  • 竹中直人さんは1956年3月20日生まれで、2026年現在70歳
  • 「竹中直人」は芸名ではなく本名で、父親が「素直な人に」と願って命名した
  • 2026年現在もドラマ、映画、舞台、ラジオ、CMなど幅広く活動している
  • 大河ドラマ『豊臣兄弟!』では豊臣秀吉ではなく松永久秀を演じた
  • 豊臣秀吉役は1996年『秀吉』と2014年『軍師官兵衛』の2回
  • 妻は元アイドル歌手・女優の木之内みどりさんで、1990年に結婚
  • 子供は娘と息子の2人で、現在は孫もいる
  • 俳優の竹中隼人さんは息子ではなく、本人が血縁関係を否定している
  • 関東学院六浦中学・高校を経て多摩美術大学へ進学し、現在は母校の客員教授
  • 若い頃はものまねや「笑いながら怒る人」で注目され、俳優・映画監督へ活動を広げた
  • 『秀吉』『Shall we ダンス?』『のだめカンタービレ』など代表作が多く、『ONE PIECE』ではシキの声優も担当
  • 2026年に髪の毛が増えたように見えたのは、アートネイチャーCMで新しいヘアスタイルを披露したことが理由

竹中直人さんは70歳になった現在も、「昔活躍していた俳優」という言葉では収まらないほど精力的に活動しています。

子供の頃は目立つことが苦手だった少年が、絵や音楽、ものまね、8ミリ映画に夢中になり、コメディアン、俳優、映画監督、声優へと表現の場を広げてきました。

1996年に大河ドラマ『秀吉』で主人公を演じた俳優が、30年後の2026年に『豊臣兄弟!』で松永久秀を演じ、さらに新作ドラマや映画、舞台へ出演し続けているところにも、竹中直人さんのキャリアの長さが表れています。

一つの肩書きや一つのイメージにとどまらず、年齢を重ねても新しい役や表現に挑み続けていることこそ、竹中直人さんが現在まで長く支持されている大きな理由なのではないでしょうか。