
仙台育英高校の4番を務め、2026年夏の甲子園で大会第1号ホームランを放った田山纏(たやま・まとい)選手。高校生離れしたスイングスピードと強肩を持つ左の強打者として、2026年ドラフト候補の一人に名前が挙がっています。仙台育英公式も、札幌日大との甲子園初戦で田山選手が4番・右翼として大会第1号を放ったことを伝えています。
「田山纏の読み方は?」「何年生で出身はどこ?」「中学時代はどんな選手だった?」「父親も野球選手だったの?」と、wikiプロフィールや家族、経歴を知りたい人も増えているようです。特に茨城県出身の田山選手が、なぜ宮城県の強豪・仙台育英を選んだのかも気になるところですよね。
この記事では、田山纏選手の年齢・身長・出身などのプロフィールから、鉾田南中学校・江戸崎ボーイズ時代、父親と母親、珍しい「纏」という名前の由来、仙台育英での成長、高校通算本塁打、ピアノの特技、2026年ドラフトを見据えた進路まで詳しく紹介していきます。
田山纏のwikiプロフィール!読み方は「たやま まとい」
田山纏選手は、仙台育英学園高校野球部に所属する3年生の外野手です。
2008年6月4日生まれの18歳で、茨城県鉾田市出身。右投げ左打ちで、2026年夏は仙台育英の「4番・右翼」を任されました。一球速報.comの選手プロフィールにも、3年生、背番号9、外野手、右投げ左打ち、鉾田南中学校出身と登録されています。
田山纏の読み方は?
田山纏の読み方は、
「たやま まとい」
です。
特に「纏」という漢字が珍しいため、「田山纏 読み方」が気になった人も多いのではないでしょうか。
高校野球の公式試合データでは「田山 纏(タヤマ マトイ)」と登録されています。また、小学6年生で選出された横浜DeNAベイスターズジュニアのNPB公式メンバーにも「田山 纏」と掲載されていました。
田山纏の基本プロフィール
まずは、2026年8月時点で確認できるプロフィールを見てみましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 田山 纏 |
| 読み方 | たやま まとい |
| 生年月日 | 2008年6月4日 |
| 年齢 | 18歳(2026年8月時点) |
| 出身 | 茨城県鉾田市 |
| 高校 | 仙台育英学園高校 |
| 学年 | 3年生 |
| 出身中学 | 鉾田市立鉾田南中学校 |
| 中学時代 | 江戸崎ボーイズ |
| ポジション | 外野手・右翼 |
| 投打 | 右投げ左打ち |
| 身長 | 177cm |
| 体重 | 85kg前後 |
| 背番号 | 9 |
| 遠投 | 125m |
| 高校通算本塁打 | 25本(2026年8月12日時点) |
| 進路 | 高卒でプロ入りを目指す |
身長は177cmで、2026年8月の選手名鑑では体重85kgと紹介されています。高校生としてはがっしりした体格で、強烈なフルスイングだけでなく遠投125mの強肩も評価されています。
田山纏は何年生?誕生日と年齢
田山纏選手は2008年6月4日生まれで、2026年現在は仙台育英高校3年生です。
2026年6月に18歳の誕生日を迎えており、同年秋に行われるプロ野球ドラフト会議の対象世代となります。
2年生だった2025年夏にも甲子園へ出場しているため、全国大会で初めて名前を知った人の中には「まだ2年生では?」と思った人もいるかもしれません。
2025年夏の甲子園では「1番・右翼」として3試合に出場し、12打数4安打、打率.333、2打点。3年生になった2026年夏には4番へと役割を変え、仙台育英打線の中心を担う存在になりました。
本名は田山纏?国籍について公表はある?
高校野球やNPBジュニアの選手登録では、いずれも「田山纏」の名前が使われています。芸能人のような芸名や別名は確認されておらず、競技上も田山纏という名前で一貫して活動しています。
一方、国籍については、確認できる公式プロフィールや本人インタビューでは明記されていません。
茨城県鉾田市生まれ・茨城県出身であることは複数の報道で確認できますが、出身地と国籍は別の情報です。そのため、公開情報の範囲では「茨城県鉾田市出身」とするのが最も正確です。
田山纏の出身は茨城県鉾田市!中学は鉾田南中で江戸崎ボーイズ所属
田山纏選手は宮城県の仙台育英で活躍していますが、出身は茨城県鉾田市です。
中学校は鉾田市立鉾田南中学校に通いながら、学校の軟式野球部ではなく硬式野球チームの江戸崎ボーイズでプレーしました。一球速報.comでも「鉾田市立鉾田南中学校―仙台育英学園高等学校」という球歴が確認できます。
小学1年生から野球を始める
田山選手は小学1年生から、地元の鉾田当間スポーツ少年団で野球を始めました。
小学校名そのものは主要なプロフィールでは確認できませんが、2020年の横浜DeNAベイスターズジュニアに選ばれた際、NPB公式ページでは背番号11の「投・外」として田山纏選手が登録されています。
つまり、小学生の頃から外野手だけではなく投手としても評価されていたことが分かります。
小学6年生で横浜DeNAベイスターズジュニア入り
小学6年生だった2020年には、各地域の有力選手が集まる横浜DeNAベイスターズジュニアに選出されました。
後の本人インタビューでは、活動日に父親の運転で茨城県から片道約4時間かけて練習へ通っていたことも語っています。土曜日に移動して宿泊し、日曜日の夜に帰宅する生活を続けていたそうです。
小学生にとって決して楽なスケジュールではありません。それでも全国から集まる選手と練習した経験は、その後の江戸崎ボーイズや仙台育英での競争にもつながっていったのでしょう。
中学は鉾田南中!江戸崎ボーイズで投手としても活躍
中学時代は鉾田市立鉾田南中学校に在籍し、江戸崎ボーイズで硬式野球を続けました。
田山選手が中学2年生だった2022年、江戸崎ボーイズは第34回東日本選抜大会で初優勝しています。
1回戦では田山選手が先発し、参考記録ながら5回完全試合を達成。チームはそのまま大会を制し、田山選手自身も大会最優秀選手に選ばれました。これは日本少年野球連盟東日本ブロックの公式メディアでも確認できます。
さらに2023年の東日本報知オールスターでは茨城選抜に入り、準優勝。田山選手は中学生の部の敢闘選手に選出されています。
現在は強打の外野手という印象が強い田山選手ですが、中学時代を見ると、もともとは投打の両方で試合を動かせる選手だったことが分かります。
ピッチャーとしても140キロ台後半の球速
田山選手は高校で右翼手に定着した後も、投手として高い能力を持っています。
報道によって計測時期に違いがありますが、2026年夏には最速148キロと紹介され、遠投も125m。中学時代の投手経験が、現在の右翼からの強い送球にも生かされています。
打撃だけを見ると「ホームランを打てる左打者」という印象になりがちですが、投手経験と肩の強さまで含めて見ると、田山選手がプロから注目される理由がより分かりやすくなります。
田山纏が仙台育英を選んだ理由は?30~40校の誘いから須江航監督のもとへ
中学時代から全国大会で実績を残していた田山纏選手には、高校進学時に30~40校ほどから誘いがあったと報じられています。
その中から選んだのが、地元茨城県の高校ではなく宮城県の仙台育英でした。
「須江先生に学びたい」と仙台育英へ
田山選手が仙台育英への進学を決めた理由として挙げているのが、須江航監督の存在です。
中学生の頃には東京ドームで低反発バットを使い、右中間席へ本塁打を放つほどの打力を見せていた田山選手。全国の約30~40校から誘いを受けながら、「須江先生に学びたい」という思いで仙台育英を選んだと報じられています。
仙台育英は毎年、全国から実力のある選手が集まる強豪校です。入学したからといって試合に出られる保証はありません。
それでもあえて激しい競争のある環境へ進んだことからも、「高校卒業後にプロへ」という目標をかなり早い段階から意識していたことがうかがえます。
1年秋にベンチ入り、2年春からレギュラーへ
仙台育英では1年秋に初めてベンチ入りし、2年春から右翼手のレギュラーに定着しました。
2025年夏の甲子園では、鳥取城北との初戦で甲子園初打席から左翼フェンス直撃の二塁打。その大会では3試合に出場して12打数4安打、打率.333を残しています。
当時は1番打者として出場していましたが、新チームでは打線の中心となり、2026年夏には4番を任されました。
「出塁してチャンスを作る1番」から「走者をかえす4番」へ役割が変わったことも、仙台育英での成長を表す大きなポイントです。
2026年宮城大会は打率.615、11打点
3年生最後の夏となった2026年宮城大会では、田山選手の打棒が爆発しました。
一球速報.comに掲載された5試合の成績では、13打数8安打、打率.615、11打点。四球も8個選んでおり、相手投手から厳しくマークされながら高い出塁率を残しています。
初戦の仙台高校戦では三塁打2本に加え、3回に満塁ホームラン。仙台育英公式でも、4番・田山纏選手の満塁弾によって大量リードを広げたことが紹介されています。
単にホームランを狙うだけでなく、長打と四球の両方で得点に絡める点も田山選手の強みです。
田山纏の父親・母親など家族構成!「纏」の名前の由来も紹介
田山纏選手の野球人生には、家族の存在も大きく関わっています。
本人へのインタビューから、父親は高校球児だったこと、父親と母親がともに特別支援学校で教員をしていたことなどが明らかになっています。
父親・貴司さんは土浦日大野球部出身
父親は貴司さんです。
貴司さんは茨城県の強豪・土浦日大高校野球部出身で、自身もプロ野球選手を目指すほど本格的に野球へ取り組んでいたといいます。
鉾田市の自宅の庭には手作りの練習ケージがあり、田山選手はそこで自主練習を重ねました。
さらに、横浜DeNAベイスターズジュニア時代には、父親が片道約4時間の送迎を担当。技術面だけではなく、練習を続けられる環境を家族全体で支えていたことが分かります。
「父親も野球経験者」というだけではなく、田山選手が全国レベルの環境へ挑戦するための土台を長期間支えていた存在だったのですね。
母親・英里香さんも特別支援学校で教員
母親は英里香さんです。
田山選手はインタビューで、父親と母親がともに特別支援学校で教員をしていたと話しています。
幼い頃からさまざまな人と触れ合う機会があり、「どのような言葉なら相手に意図が伝わるのか」を考える経験を積んできたそうです。両親から人との接し方を教わり、現在も「相手が何を考えているかを読み取る力」には自信があると語っています。
田山選手は試合中にもよく声を出し、周囲を盛り上げる存在として知られています。そのコミュニケーション力には、家庭での経験も少なからずつながっているのかもしれません。
兄弟はいる?姉や妹という情報は確認できる?
田山纏選手の兄弟については、インターネット上で「姉と妹がいる」とする情報も出ています。
ただし、2026年8月時点で、本人の発言や学校公式、主要メディアなど信頼性の高い情報源から兄弟構成を確認できる資料は見つかっていません。
父親・母親については本人インタビューで名前やエピソードが紹介されていますが、兄弟については同じような一次情報が確認できないため、人数や名前については断定できません。
「纏」という名前には父親の願いが込められている
珍しい「纏」という名前を考えたのは父・貴司さんでした。
田山選手によると、父親は結婚した時から「息子ができたら纏と名付けたい」と決めていたそうです。
名前には、生きていく中でさまざまな能力や技術を身に纏ってほしいという願いが込められています。田山選手自身も、その名前を意識して「オーラ」や「雰囲気」を纏うことを大切にしていると語っています。
野球だけでなくピアノも得意で、コミュニケーション能力にも自信を持っている田山選手。名前に込められた「いろいろな能力を身に纏う」という願いと、現在の姿が重なって見えるのは興味深いところです。
田山纏の高校通算本塁打は25本!2026年甲子園で大会第1号
2026年夏に田山纏選手の知名度を一気に高めたのが、甲子園での活躍です。
宮城大会を打率.615、11打点という好成績で勝ち抜くと、甲子園でも仙台育英の4番として勝負強さを見せました。
札幌日大戦で2026年甲子園の大会第1号
8月5日の札幌日大との初戦では、4回に右翼席へソロホームランを放ちました。
これが第108回全国高校野球選手権大会の第1号本塁打です。
仙台育英公式の試合レポートでも4回に田山選手の大会第1号で追加点を奪ったことが記録され、チームは3-1で勝利しました。
この一発で高校通算25本塁打に到達。巨人の榑松スカウトディレクターも、思い切りの良さやスイングスピードを高く評価したと報じられています。
花咲徳栄戦では1-0の決勝タイムリー
2回戦の花咲徳栄戦では、ホームランとは違う勝負強さを見せました。
0-0で迎えた6回無死一、三塁。田山選手が外角の直球を左前へ運び、これが試合唯一の得点となる決勝タイムリーになりました。
仙台育英は1-0で勝利し、田山選手自身も4番の役割について「打点を稼ぐこと」と話しています。
初戦では長打で試合を動かし、2回戦では反対方向への安打で決勝点を挙げる。ホームランだけに頼らないところも、打者として評価されている理由の一つでしょう。
拓大紅陵戦では3試合連続打点
3回戦の拓大紅陵戦でも、初回2死三塁から田山選手が適時内野安打を放ち、仙台育英が先制しました。
これで甲子園初戦から3試合連続打点。チームは14安打を放って6-3で勝ち、3年ぶりのベスト8進出を決めています。
本塁打、決勝タイムリー、先制打と、異なる形で得点へ結びつけている点が目を引きます。
準々決勝で智弁和歌山に敗れベスト8
仙台育英は8月18日の準々決勝で智弁和歌山と対戦し、3-11で敗れました。
田山選手にとって高校最後の夏の甲子園はベスト8で終了。試合後には次の目標であるプロ野球へ気持ちを切り替えています。
全国制覇には届かなかったものの、大会第1号ホームランから始まり、3試合連続打点まで記録した最後の夏は、ドラフト候補として自身の打力を示す大会になりました。
田山纏のドラフト評価と進路!高卒プロ入りを目指す
田山纏選手の今後で最も注目されるのが、2026年プロ野球ドラフト会議です。
田山選手は甲子園前から希望進路を「高卒プロ一本」と明言しており、大学進学ではなく高校卒業後すぐのプロ入りを目標にしています。
なぜ高卒プロ一本なのか
田山選手は、小学生の頃から「高卒でプロに行きたい」と口にしてきたそうです。
本人はインタビューで、大学進学という選択肢を残すことで自分に甘えが出ることを避け、高い意識でドラフトまで成長したいという趣旨の思いを語っています。
父親が高校球児だったことに加え、幼い頃からDeNAジュニアや江戸崎ボーイズなど高いレベルで野球を続けてきた田山選手にとって、プロは突然浮上した進路ではなく、長年追い続けてきた目標だったことが分かります。
長打力と強肩がドラフトでの武器
田山選手の最大の魅力は、力強い左打ちのスイングです。
それに加えて、
- 高校通算25本塁打の長打力
- 遠投125mの強肩
- 右翼手としての守備力
- 投手として140キロ台後半を投げる肩
- 甲子園など大舞台での勝負強さ
といった複数の武器があります。
特に2026年甲子園の初戦で放った大会第1号は、プロのスカウトが集まる舞台で長打力を証明する一打になりました。
甲子園敗退後にプロ志望届提出を明言
8月18日の智弁和歌山戦後、田山選手はプロ志望届を提出する意向を明言しました。
高校野球を終えた後について「プロを目指したい」と話し、ドラフトまで自分にできることへ取り組む考えを示しています。
そのため、2026年8月21日時点の進路については「大学進学を予定」ではなく、高卒でのプロ入りを目指しているというのが最新の状況です。
実際にどの球団から指名を受けるのかはドラフト当日まで分かりませんが、甲子園で見せた長打力と強肩が今後どのように評価されるのか注目されます。
田山纏の性格や人柄は?ピアノも得意な多才な一面
田山纏選手を知るうえで面白いのが、野球以外の一面です。
本人は「華のある選手」を目標にしており、プレーだけではなく、声の掛け方や言葉の選び方でも周囲の目に留まることを意識していると語っています。
「華のある選手」を目指す積極的な性格
須江航監督は田山選手について、打者としても人間としてもDeNAの度会隆輝選手を思わせる部分があると評価しています。
明るく声を出し、グラウンドでも存在感を示すタイプですが、本人の話を読むと単に目立ちたがりというわけではありません。
幼少期から両親を通じてさまざまな人と接し、「どう言葉を選べば相手へ伝わるのか」を考えてきました。相手の考えを読みながら言葉を選ぶことと、チームを盛り上げる積極性の両方を持っている点が田山選手らしさといえそうです。
3歳から12歳までピアノを習っていた
意外な特技がピアノです。
田山選手は3歳から12歳までピアノを習っていました。
仙台育英では毎年12月に行われる「3年生を送る会」の合唱で、1年生の頃からピアノ伴奏を担当。学校から電子ピアノを借りて寮へ持ち込み、毎日約1時間練習していたと報じられています。
野球の練習やトレーニングだけでも忙しい強豪校で、合唱の伴奏まで任されていたというのは驚きですよね。
Mrs. GREEN APPLEの曲も演奏
ピアノ経験があるというだけではなく、本番ではMrs. GREEN APPLEのアップテンポで難易度の高い曲も担当しました。
本番までには楽譜を暗譜するほど練習し、先輩が涙を流すほどの伴奏を披露したこともあったそうです。
父親が名前に込めた「さまざまな能力や技術を身に纏ってほしい」という願いを知ってからこのエピソードを見ると、「纏」という名前が現在の田山選手を象徴しているようにも感じられます。
田山纏のwikiプロフィールまとめ
最後に、田山纏選手について分かったことを振り返ります。
- 田山纏の読み方は「たやま まとい」
- 2008年6月4日生まれで、2026年8月現在18歳
- 茨城県鉾田市出身で、仙台育英高校の3年生
- 身長177cm、体重85kg前後の右投げ左打ちの外野手
- 出身中学は鉾田市立鉾田南中学校
- 中学時代は江戸崎ボーイズに所属し、東日本選抜大会MVPを獲得
- 小学6年生で横浜DeNAベイスターズジュニアに選ばれた
- 父親・貴司さんは土浦日大野球部出身で、母親・英里香さんとともに特別支援学校で教員をしていた
- 「纏」という名前には「さまざまな能力や技術を身に纏ってほしい」という父親の願いが込められている
- 2026年甲子園では大会第1号ホームランを放ち、高校通算25本塁打に到達
- 3歳から12歳までピアノを習い、仙台育英でも合唱の伴奏を担当している
- 高卒でのプロ入りを希望し、甲子園敗退後にはプロ志望届を提出する意向を明言した
田山纏選手は、長打力だけで評価されている選手ではありません。小学時代から全国レベルの環境を経験し、中学では投手として完全試合を達成、高校では強肩強打の外野手へ成長してきました。
そこに、周囲を引きつける明るさやコミュニケーション力、ピアノという意外な特技まで加わります。
「いろいろな能力や技術を身に纏ってほしい」という名前の由来そのままに、多彩な魅力を持つ選手へ成長した田山纏選手。高校野球を終えた次の舞台として、2026年ドラフトでプロ入りを実現できるのか注目です。
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