末吉良丞のwikiプロフィール!中学は仲西中で太もも71cm?身長・ドラフト進路や家族も解説
末吉良丞のwikiプロフィール!中学は仲西中で太もも71cm?身長・ドラフト進路や家族も解説

沖縄尚学高校の末吉良丞(すえよし・りょうすけ)投手は、2025年夏の甲子園で2年生エースとして全国制覇に貢献し、一躍全国区となった左腕です。

2025年には唯一の2年生として侍ジャパンU-18日本代表に選ばれ、2026年にはドラフト上位候補として注目されてきました。175cmの体から150キロ級の直球を投げ込むだけでなく、太もも71cmと報じられた強靱な下半身も大きな特徴です。

「末吉良丞の中学はどこ?」「身長や体重、出身地は?」「最速は何キロ?」「父親や母親、兄弟は?」「2026年ドラフトでプロへ行く?」など、気になることは多いですよね。

この記事では、末吉良丞投手のwiki風プロフィールから、仲西中時代、一般受験で沖縄尚学へ進学した経緯、太ももや筋肉、最速・球種・投球フォーム、家族、甲子園と侍ジャパンでの経歴まで詳しく紹介します。

さらに、2026年春の左肘の故障を経て変化した最新のドラフト・進路事情についても、2026年8月21日時点で確認できる情報を見ていきます。

末吉良丞は誰・何者?wikiプロフィールを紹介

末吉良丞投手は、沖縄尚学高校でエースを務める左投左打の投手です。

2025年夏の甲子園では2年生ながら背番号1をつけ、沖縄尚学の夏初優勝に貢献。大会後には侍ジャパンU-18日本代表にも選ばれました。

2026年には横浜・織田翔希投手らと並ぶ高校球界のドラフト注目投手として名前が挙がり、春までは高校卒業後のプロ入りを目標としていました。

読み方は「すえよし・りょうすけ」!年齢・身長・体重・出身地は?

末吉良丞投手の読み方は、「すえよし・りょうすけ」です。

まずは現在確認できる基本プロフィールを見てみましょう。

項目内容補足
名前末吉 良丞公式表記
読み方すえよし りょうすけ侍ジャパン公式
生年月日2008年11月18日2026年8月現在17歳
学年高校3年生2026年度
出身地沖縄県浦添市本人も浦添市出身と回答
身長175cm公式プロフィール
体重90kg2026年U18候補登録時
投打左投左打投手
小学校仲西小学校小2から野球を開始
中学校浦添市立仲西中学校軟式野球部
高校沖縄尚学高校1年夏からベンチ入り
主な実績2025年夏甲子園優勝2年生エース
日本代表2025年U-18日本代表背番号14

2025年の侍ジャパンU-18登録時は175cm・89kgでしたが、2026年3月に発表されたU-18日本代表候補では175cm・90kgとなっています。高校生ですから、成長やトレーニングによって体重が変化しているのでしょう。

生年月日は2008年11月18日。2026年8月21日時点で17歳です。ドラフト候補のプロフィールでも生年月日、175cmという身長、左投左打であることが確認できます。

出身は沖縄県浦添市!本名・国籍や血液型は?

末吉良丞投手の地元は沖縄県浦添市です。

本人も2026年夏のインタビューで出身地について浦添市と答えています。小学校から中学校まで地元・浦添で野球を続け、その後も県内の沖縄尚学へ進学しているため、野球人生の大部分を沖縄で過ごしてきました。

「末吉良丞」という名前は侍ジャパンなどの公式登録でも使われています。別の名前を本名として公表した事実は確認できません。

国籍については公式プロフィールに明確な記載がありません。一方、沖縄県出身で、2025年には日本のU-18代表として世界大会に出場しています。出生地や名前だけから、それ以上のルーツを推測する材料は確認されていません。

血液型についても、侍ジャパンなど主要な公式プロフィールでは公表されていません。

最速150~151キロ級!球速・球種・変化球は?

末吉良丞投手の最大の魅力は、175cmという投手としては決して大型ではない体格から投げ込む力強いストレートです。

主要報道では最速150キロとして紹介されることが多く、一部のドラフトプロフィールでは最速151キロとされています。

そのため、現時点では「最速150~151キロ級の左腕」と表現するのが分かりやすいでしょう。

末吉投手は直球だけで勝負するタイプではありません。

特に大きな武器となっているのがスライダーです。

2025年春のセンバツ後、決め球の少なさを課題としてスライダーを磨き直しました。夏の甲子園決勝では、そのスライダーで最後の打者を併殺に仕留めています。平均回転数が毎分2800回転と報じられるなど、高校生として非常に質の高い変化球です。

ほかにもチェンジアップなどを使い分け、2026年春には複数種類のスライダーを操る左腕として評価されました。

球速だけを見ると「150キロ左腕」という印象が強いですが、実際には直球と変化球を組み合わせて三振を奪えるところが末吉投手の強みです。

投球フォームの特徴は?好調時は肩甲骨の感覚がポイント

末吉良丞投手本人は、投球フォームの調子を判断する独特の感覚について語っています。

2026年春のインタビューでは、トップの位置がうまくはまり、リリース時に左肩甲骨周辺が伸びる感覚がある時は、ボールを最後にもうひと押しできると説明しています。

つまり、単に腕を強く振るというより、下半身から上半身、肩甲骨まで連動したフォームが球威につながっているのでしょう。

一方、2026年夏の甲子園・横浜戦では本人が「頭が突っ込み気味」でフォームのバランスが良くなかったと振り返りました。3回66球で3失点という結果にも、フォームのズレが影響したようです。

好不調とフォームの感覚を本人自身がかなり細かく把握している点も、投手として興味深いところです。

使用グローブのメーカーや型番は?

末吉良丞投手のグローブについても気になるところですが、2026年8月時点で、本人や沖縄尚学が使用グローブのメーカーや具体的な型番を公式プロフィールとして公表した情報は確認できません

試合写真からメーカーを推測することはできますが、年度や試合によって道具が変わる可能性もあります。

そのため、グローブについては画像だけから特定のモデルを断定するより、本人やメーカーから正式な情報が出ているかを基準に見る必要があります。

太ももは何センチ?71cmまで成長した強靱な下半身

末吉良丞投手を語るうえで外せないのが、太もも・足・下半身の筋肉です。

2025年夏の報道では、春のセンバツ後から下半身強化に取り組み、ゴールデンウイークの合宿などで体を追い込んだ結果、太もも周りが3cm増加。

太ももは71cmになったと紹介されました。

「末吉良丞の太ももは何センチ?」という疑問については、少なくとも2025年夏に公表された数値では71cmです。

しかも、この下半身は高校に入って突然作られたものではありません。

その原点は仲西中学校時代までさかのぼります。

末吉良丞の中学は仲西中!太もも71cmの原点となった中学時代

末吉良丞投手の出身中学は、沖縄県浦添市の浦添市立仲西中学校です。

全国の有望選手が集まる硬式シニアやボーイズリーグではなく、学校の軟式野球部でプレーしていたことが特徴です。

しかも中学3年時には軟式球で145キロを記録したとされ、高校入学前から沖縄では大きな注目を集めていました。

小学校2年生から仲西ヴィクトリーで野球を開始

末吉良丞投手は、仲西小学校2年生の頃に野球を始めました。

2025年のプロフィールでは、小2から仲西ヴィクトリーでプレーしたと紹介されています。

2026年の本人インタビューによると、幼少期は人見知りする子供だったそうです。野球を始めたきっかけも、最初からプロを目指して英才教育を受けていたというものではなく、身近にあった野球に興味を持ったことから始まっています。

現在の堂々としたマウンド姿からは少し意外ですよね。

仲西中時代に軟式で145キロ!当初は制球に苦戦

仲西中では軟式野球部に所属しました。

中学時代の恩師・大浜淳一さんによると、中学1年の頃から体はがっしりしていて球も速かった一方、当初はコントロールにかなり苦労していたそうです。

そこからフォームや投球を修正しながら成長し、中学3年時には軟式球で145キロを計測。球場がどよめくほどの球速だったと振り返られています。

さらに強烈なのが、「末吉良丞 骨折」と結びつくエピソードです。

恩師によると、中学時代には末吉投手のボールを受けた捕手が骨折したこともあったといいます。

もちろん、これだけで現在の球質すべてを説明できるわけではありませんが、中学生の頃から非常に強いボールを投げていたことは分かります。

丸太を担いで走った?下半身・筋肉の原点

現在の71cmの太ももにつながったとされるのが、仲西中時代の下半身トレーニングです。

恩師の大浜さんは、末吉投手に丸太を担いでポール間を走らせるトレーニングを行っていたと明かしています。

末吉投手は課されたトレーニングにも真面目に取り組み、ジャベリックスローなども含めて身体能力を高めていったそうです。恩師も、現在の太い太ももは中学時代の練習の成果だという趣旨で語っています。

そして高校ではさらに下半身を強化し、2025年春から夏だけでも太ももが3cm増えて71cmになりました。

数字だけを見ると驚きますが、中学から高校まで積み上げたトレーニングの結果と考えると納得できます。

沖縄尚学には推薦ではなく一般受験で入学

末吉良丞投手は中学時代に145キロを投げていたため、「沖縄尚学には野球推薦で入ったのでは?」と思う人もいるでしょう。

しかし、末吉投手は沖縄尚学から野球で声をかけられて入学したのではなく、一般受験で進学したと伝えられています。

本人は同じ左腕として甲子園優勝経験を持つ比嘉公也監督のもとで野球をしたいと考えていたものの、誘いがなかったため、自ら受験して沖縄尚学へ進んだとされています。

中学時代に高い能力を持っていながら、推薦ではなく自分で沖縄尚学を選んだという経緯は印象的です。

高校では1年夏からベンチ入りし、2年春にはエースナンバーを背負うまでに成長しました。

末吉良丞の家族構成!父親・母親や兄弟は?

末吉良丞投手は4人兄弟の長男です。

マウンドでは強気な印象がありますが、家族や周囲から語られる普段の姿は少し違います。

2025年夏の甲子園優勝時にも、普段は優しい性格で、野球になると負けず嫌いになる人物として紹介されました。

父親・母親はどんな人?

末吉良丞投手の父親・母親は一般の方です。

そのため、職業や勤務先など詳しいプロフィールは広く公表されていません。

一方で、両親が高校野球の取材に応じる機会はあり、末吉投手について、普段から常に強気な性格というわけではなく、勝負になると強気になるタイプであることが紹介されています。

2026年に左肘を痛めた際にも、両親は精神面で末吉投手を支えました。

日刊スポーツによると、最後の夏を前に左肘を故障した末吉投手は、両親らの支えを受けながらリハビリを継続。夏の沖縄大会でマウンドに復帰しています。

技術面だけではなく、思うように投げられない時期を支えた存在として、父親・母親の存在は大きかったのでしょう。

兄弟は4人!末吉良丞は長男

末吉良丞投手は4人兄弟の長男です。

弟や妹がいることは伝えられていますが、兄弟全員の詳しいプロフィールを本人や学校が継続的に公開しているわけではありません。

「末吉良丞 兄」「末吉良丞 弟」といった疑問についても、本人が長男なので、少なくとも末吉投手より年上の兄がいるという家族構成ではありません。

普段は優しい性格と紹介されていることを考えると、マウンド上の「鉄仮面」と家庭で見せる長男としての姿にはかなりギャップがありそうです。

家族写真は公開されている?

末吉良丞投手の家族については、甲子園後に家族と再会した場面などが地元メディアで報じられたことがあります。

ただし、本人が公式SNSなどで継続的に家族写真を公開しているわけではありません。

そのため、ネット上で見つかる画像については、報道写真なのか、別の人物が写った画像なのかを分けて見る必要があります。

父親や母親、弟や妹は一般人であるため、家族について確認できる情報は高校野球の取材記事が中心です。

彼女はいる?

末吉良丞投手の彼女について、2026年8月21日時点で本人が公表した情報や、交際を裏付ける信頼できる報道は確認できません。

現在は高校3年生であり、メディアで取り上げられている内容も野球、進路、家族、チームメートとのエピソードが中心です。

そのため、彼女がいる・いないについて現時点で断定できる材料はありません。

末吉良丞の経歴!甲子園優勝・U18日本代表まで

末吉良丞投手は、沖縄尚学で1年夏からベンチ入りし、2年生で全国制覇を経験しました。

ただ、ずっと順調だったわけではありません。

2025年夏の甲子園優勝後には秋季大会で苦戦し、2026年春には左肘を故障。高校最後の夏には打者としてチームを支えながら復帰を目指す時期もありました。

こうした流れまで見ると、末吉投手の経歴は「2年生で甲子園優勝した天才左腕」という一言だけでは語れません。

1年夏にベンチ入りし2年春からエースへ

末吉良丞投手は、沖縄尚学入学後の1年夏からベンチ入りしました。

その後、2年春のセンバツでは背番号1を背負って甲子園に出場。

そして2025年夏、沖縄大会を勝ち上がり、再び甲子園へ戻ってきました。

初戦の金足農戦では9回を投げ切り、3安打無失点、14奪三振、無四球で完封勝利。

この試合で一気に「沖縄尚学の2年生左腕」の名前が全国に広まりました。

169球で仙台育英に完投勝利!投球数と球数制限は?

2025年夏の甲子園で特に印象的だったのが、仙台育英との3回戦です。

試合は延長11回までもつれ、末吉良丞投手は169球を投げて完投勝利。12奪三振を記録しました。

現在の高校野球では、1人の投手が投げられる球数は1週間500球以内という投球数制限が正式な高校野球特別規則になっています。

169球は1試合での投球数としてかなり多い数字ですが、「1試合で○球まで」という規則ではなく、1週間の合計投球数で管理されています。

その後、末吉投手が2026年に左肘を痛めていますが、169球の登板が故障原因だったと本人や医療機関が断定した情報は確認できません。

過去の投球数と後の故障を、そのまま原因と結果として結び付けることはできないでしょう。

2025年夏の甲子園成績は防御率1.06・39奪三振

2025年夏の甲子園では、末吉良丞投手は全6試合に登板しました。

大会成績は34イニングを投げ、防御率1.06、39奪三振。金足農戦の完封、仙台育英戦の延長11回完投など、優勝までの道のりで大きな役割を果たしています。

決勝の日大三戦では新垣有絃投手が先発し、末吉投手が8回途中からリリーフ。

9回1死一、三塁の場面では、最後の打者を磨いてきたスライダーで遊ゴロ併殺に仕留めました。

沖縄尚学は3-1で勝利し、学校史上初となる夏の甲子園優勝を達成しました。

新垣有絃とのダブルエースが沖縄尚学の強み

2025年の沖縄尚学は、末吉良丞投手だけで勝ち上がったチームではありません。

同学年の右腕・新垣有絃投手とのダブルエースが大きな武器でした。

末吉投手が左、新垣投手が右というタイプの違う2人を使い分けられることが、長い甲子園を戦ううえで大きな強みになりました。

2026年には末吉投手が左肘を故障したため、新垣投手が背番号1、末吉投手が背番号10で最後の沖縄大会を迎えています。

2人はエース番号を競いながらも、お互いを認め合うライバルでもありました。

U18日本代表では唯一の2年生!背番号14

2025年夏の甲子園優勝直後、末吉良丞投手は侍ジャパンU-18日本代表に選出されました。

20人の代表メンバーのうち、唯一の2年生です。

背番号は14。公式登録では175cm・89kg、左投左打の投手として掲載されています。

地元・沖縄で開催されたU-18ワールドカップでも重要な場面を任されました。

アメリカとのスーパーラウンドでは先発し、5回途中まで無安打に抑える好投。日本は延長タイブレークの末にアメリカを破りました。

高校2年生で甲子園優勝を経験し、その数週間後には3年生中心の日本代表でアメリカなど世界の強豪と対戦したわけです。

この経験が2026年ドラフト候補として評価される大きな理由の一つになっています。

甲子園優勝後は不調も経験!秋季大会で味わった「どん底」

2025年夏は全国制覇、続くU18では日本代表。

順風満帆に見えますが、その後は苦しい時期もありました。

甲子園とU18を続けて戦った後の秋季大会では、本来の制球力を発揮できない試合もありました。2026年春のインタビューでも、甲子園優勝後に自分自身を過大評価していた部分があったことを振り返っています。

華々しい結果の直後に不調を経験したことは、高校3年生になる前の大きな転機だったのでしょう。

2年生で日本一になったから完成したのではなく、そこからもう一度自分の投球を見直したところにも、末吉投手の高校野球生活の面白さがあります。

2026年春に左肘を故障!背番号10で最後の夏へ

2026年春、末吉良丞投手に大きな試練が訪れます。

4月上旬に左肘を痛め、長期間実戦のマウンドから離れました。

最後の夏となる沖縄大会では、前年まで背負っていた「1」ではなく背番号10で登録されます。

「末吉良丞 不調」と感じた人もいるかもしれませんが、この時期に登板が少なかった最大の理由は左肘のコンディションでした。

焦って復帰するのではなく、投球練習を段階的に増やしながら夏に間に合わせています。

投げられない間はバッティングで活躍!四番DHで二塁打2本

左肘の故障で投げられない時期にも、末吉良丞投手は打者として試合に出場しました。

2026年7月4日の沖縄大会・読谷戦では四番DHで出場。

二塁打を2本放ち、2打点を記録しました。

別の試合でもDHとして打線に入り、5打数2安打を記録しています。

投手として有名なためバッティングはあまり注目されませんが、中学時代には打撃能力も評価されていたとする報道があります。

末吉投手本人はあくまで「本職は投手」という意識を持っていましたが、投げられない時期に打者としてチームへ貢献したことも、高校最後の夏を語るうえで欠かせません。

性格はマイペース!無表情の「鉄仮面」と笑顔のギャップ

末吉良丞投手は2026年夏のインタビューで、自分の性格を「マイペース」と答えています。

幼い頃は人見知りで、ストレス解消法には睡眠を挙げていました。

一方、甲子園のマウンドではほとんど表情を変えないため、「無表情」「鉄仮面」というイメージがあります。

そのきっかけの一つが2025年春のセンバツでした。

打たれた際に苦笑いをしたことで比嘉公也監督から指摘を受け、その後はマウンドでポーカーフェースを意識するようになったといいます。

ところがU18日本代表の練習では笑顔を見せ、3年生の先輩たちとも積極的に交流していました。

マウンド上の厳しい表情と、ベンチや練習中の笑顔とのギャップはかなり大きいです。

「末吉良丞はかわいい」と感じる人がいるとすれば、こうした普段の笑顔と鉄仮面のギャップも理由の一つなのかもしれません。

あだ名は「ポポ」と「みちお」!似てると言われる人物は?

高校時代の愛称として報じられているのが「ポポ」です。

2025年夏には、アニメ『ドラゴンボール』に登場するミスター・ポポが由来の愛称として紹介されました。

さらに侍ジャパンU-18では、お笑いコンビ・トム・ブラウンのみちおさんに似ているとして、先輩たちから「みちお」と呼ばれるようになりました。

唯一の2年生でしたが、先輩たちからよく声をかけられ、特に横浜・奥村頼人投手とは親しくしていたと報じられています。

無表情で怖そうなエースという印象だけでは分からない一面ですよね。

「末吉良丞 パワプロ」は公式選手?

末吉良丞投手については、パワプロで能力を再現した選手データなどもネット上で作られています。

ただし、ネットで公開されているものの多くは、球速や球種、甲子園での成績などを参考にユーザーが能力値を設定した非公式の再現選手です。

そのため、ネット上の「末吉良丞 パワプロ」の能力値を、実際のスカウト評価や公式データと同じものとして見ることはできません。

150キロ級の直球、スライダー、強い下半身といった特徴をゲーム上でどう再現するかが、野球ファンの間で楽しみの一つになっているようです。

末吉良丞の2026年ドラフト・進路は?左肘故障で「未定」に

末吉良丞投手は、2026年ドラフトの注目高校生として長く名前が挙がってきました。

高校2年の時点からドラフト1位候補として評価する声があり、2026年春には本人も高校卒業後のプロ入りを目標にしていました。

しかし、4月の左肘故障によって状況が変化します。

2026年8月21日時点で確認できる本人の最新発言では、卒業後の進路は「未定」です。

春までは「プロ一本」の方針

2026年春の末吉良丞投手は、プロ入りへの意識をはっきり持っていました。

前年の甲子園優勝とU18日本代表での実績もあり、NPBだけでなく海外スカウトからも注目される存在になっています。

2026年春には日米のスカウトが視察する中で投球し、中日スカウトから高い評価を受けたことも報じられました。

2年生の頃から将来のドラフト上位候補と見られていたため、そのまま高卒でプロへ進むと考えていた人も多かったでしょう。

メジャーからも注目?米スカウトの評価

末吉良丞投手には、NPBだけでなくメジャーリーグ球団のスカウトも関心を寄せていると報じられてきました。

2026年春には、以前から末吉投手を追っている米球界関係者がいることや、日米球団による争奪戦になる可能性を指摘する報道もありました。

2025年には地元・沖縄でU18ワールドカップが行われ、アメリカを相手に無安打投球を続けるなど国際舞台も経験しています。

ただし、「末吉良丞がメジャーへ直接行くことを決めた」という事実はありません。

現時点ではNPB、大学進学を含め、本人の進路自体が未定です。

左肘の故障から7月に復帰

4月に左肘を痛めた末吉良丞投手は、しばらく実戦登板を控えました。

夏の沖縄大会でも当初は背番号10。

その後リハビリを進め、7月18日の沖縄大会準決勝で今夏初登板・初先発を果たします。

この試合では6回を2安打、8奪三振、無失点と好投しました。

決勝でもマウンドに上がり、沖縄尚学は甲子園出場を決定。

全国大会では再び背番号1をつけました。

背番号10から1へ戻ったことで、ようやくエースとして最後の甲子園へ向かう準備が整ったわけです。

最後の甲子園は横浜に敗れ3回66球3失点

2026年夏の甲子園で、沖縄尚学は1回戦から横浜高校と対戦しました。

末吉良丞投手と横浜・織田翔希投手という、2026年ドラフトを代表する高校生投手同士の対決です。

末吉投手は先発したものの、3回66球、6安打3失点で降板。

沖縄尚学は2-7で敗れ、前年王者は初戦で姿を消しました。

本人は試合後、フォームのバランスが良くなく、頭が突っ込んでいたことを課題として挙げています。

前年は甲子園の一番最後のマウンドで優勝を決め、翌年は初戦で高校最後の夏が終わる。

高校野球の厳しさを感じさせる結果になりました。

最新進路は「未定」!大学進学の可能性も

横浜戦後、末吉良丞投手は今後の進路について「未定」と答えました。

日刊スポーツによると、もともとは「プロ一本」の予定でしたが、左肘の故障を経験したことで進路を再び考えるようになったとされています。

つまり、2026年8月21日時点では、

「2026年ドラフトでプロ入りすることが決まった」

わけではありません。

プロ志望届を提出してドラフト指名を待つのか、大学などへ進学してさらに身体を作るのかは、まだ正式に明らかになっていません。

今後の末吉良丞投手について最も注目されるポイントになりそうです。

将来の目標は宮城大弥のような「勝てる投手」

高校最後の甲子園を終えた末吉良丞投手は、将来について、同じ沖縄県出身のオリックス・宮城大弥投手のような「勝てるピッチャー」になりたいという目標を語りました。

球速が何キロ出るか、ドラフトで何位になるかだけが目標ではないということなのでしょう。

2025年には日本一を経験し、2026年には不調、左肘の故障、背番号10、復帰、そして最後の甲子園初戦敗退まで経験しました。

順調な時期だけでなく、思うように投げられない時間も経験したからこそ、「勝てる投手」という言葉には以前とは違った重みがあるように感じます。

末吉良丞のwikiプロフィールまとめ

最後に、末吉良丞投手について重要なポイントをまとめます。

  • 末吉良丞の読み方は「すえよし・りょうすけ」
  • 2008年11月18日生まれで、2026年8月現在は17歳の高校3年生
  • 出身地は沖縄県浦添市
  • 身長は175cm、2026年U18候補登録時の体重は90kg
  • 出身中学は浦添市立仲西中学校で、軟式野球部に所属
  • 中学3年時に軟式球で145キロを記録したとされる
  • 沖縄尚学には野球推薦ではなく一般受験で進学
  • 2025年夏に太もも周りが71cmと報じられた
  • 最速は150~151キロ級で、スライダーなどの変化球も武器
  • 4人兄弟の長男で、左肘故障時にも両親から支えを受けた
  • 2025年夏は34回、防御率1.06、39奪三振を記録し、沖縄尚学の夏初優勝に貢献
  • 2025年U18日本代表では唯一の2年生として選出され、背番号14をつけた
  • 2026年春に左肘を故障し、夏の沖縄大会は背番号10からスタートした
  • 投げられない時期にはDHとして出場し、四番で二塁打2本を放つ試合もあった
  • 性格は本人いわく「マイペース」で、マウンドの無表情と普段の笑顔にギャップがある
  • あだ名は「ポポ」のほか、U18ではトム・ブラウンのみちおさんに似ていることから「みちお」と呼ばれた
  • 2026年8月10日の甲子園敗退後、最新の進路については「未定」と回答している

2025年夏の甲子園優勝で一気に全国的なスターとなった末吉良丞投手ですが、その後には秋の不調や左肘の故障も経験しました。

だからこそ、末吉投手の高校野球生活は「2年生で日本一になった怪物左腕」という成功物語だけでは語れません。

仲西中の軟式野球部から一般受験で沖縄尚学へ進み、太い下半身と150キロ級の直球を作り上げ、甲子園優勝とU18日本代表を経験。それでも最後の夏には故障と敗戦に直面しました。

今後、2026年ドラフトへ向けてプロ志望届を提出するのか、それとも大学などへの進学を選択するのか

末吉良丞投手が高校卒業後にどの道を選ぶのかが、次の大きな注目ポイントになりそうです。

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