
健大高崎の主将として、2026年夏の甲子園で大きな注目を集めている石田雄星(いしだ・ゆうせい)選手。俊足・強肩を生かした中堅守備に加え、高校通算19本塁打の打力も持つ、世代屈指の外野手です。
石田雄星選手については「wikiプロフィールを知りたい」という声だけでなく、「祖父は元プロ野球選手?」「ドラフト候補なのに大学へ進学する?」「父親も野球選手だった?」「兄弟はいる?」「出身中学はどこ?」といった家族や経歴、進路も気になるところですよね。特に祖父の石田真さんは、1972年に阪急ブレーブスからドラフト1位指名を受けた元プロ野球選手です。
この記事では、石田雄星選手がどんな選手なのか、年齢・身長などのwiki風プロフィールから、祖父・父親・母親・妹などの家族構成、出身中学や小山ボーイズ時代、高校での経歴、怪我、ドラフト評価、大学進学を含む今後の進路まで一つずつ詳しく見ていきます。
石田雄星は誰・何者?健大高崎主将のwikiプロフィール
石田雄星選手は、高崎健康福祉大学高崎高校(健大高崎)の3年生で、野球部の主将を務める外野手です。
栃木県佐野市出身で、中学時代は小山ボーイズに所属。健大高崎では1年夏から甲子園のスタメンを経験し、2026年には侍ジャパンU-18日本代表候補の強化合宿メンバーにも選ばれました。日本高等学校野球連盟が発表した候補選手42人のうち、外野手は7人だけで、その中に石田選手が入っています。
さらに2026年夏は主将として健大高崎を牽引。8月20日の甲子園準決勝では天理を1-0で破り、同校を夏の甲子園では史上初となる決勝進出へ導きました。8月22日の決勝では智弁和歌山と対戦します。
石田雄星の基本プロフィール
まずは、現在確認できるプロフィールを見てみましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 石田雄星 |
| 読み方 | いしだ ゆうせい |
| 生年月日 | 2008年12月16日 |
| 年齢 | 17歳(2026年8月21日時点) |
| 出身地 | 栃木県佐野市 |
| 出身中学 | 佐野市立城東中学校 |
| 中学時代 | 小山ボーイズ |
| 高校 | 高崎健康福祉大学高崎高校 |
| 学年 | 3年 |
| 身長 | 173cm前後 |
| 体重 | 74kg前後 |
| 投打 | 右投左打 |
| ポジション | 外野手・中堅手 |
| 背番号 | 8 |
| 役職 | 野球部主将 |
| 代表歴 | 2026年U-18日本代表候補 |
2026年7月更新の高校野球ドットコムでは173cm・74kgと掲載されています。一方、4月の侍ジャパンU-18候補資料では171cm・72kgとなっており、測定時期によって数字には多少の違いがあります。
生年月日は2008年12月16日。2026年8月21日時点では17歳です。地元媒体「タウンぐんま」でも、佐野市立城東中学校出身であることとあわせて紹介されています。
50m6秒0の俊足と遠投110mの強肩
石田雄星選手の大きな魅力は、走攻守の総合力です。
ドラフト関連の選手資料では50メートル6秒0、遠投110メートルとされており、センターから広い範囲をカバーできる脚力と強肩を持っています。高校では外野手が中心ですが、二塁を守れる選手としても評価されています。
打撃も単なる俊足巧打タイプではありません。
2026年夏の甲子園開幕時点で高校通算19本塁打。右投げ左打ちで、セーフティーバントから長打まで状況に応じた打撃ができる点も特徴です。
身長は170cm台前半と高校球界では決して大型ではありませんが、脚力・肩・打撃技術を組み合わせて試合に影響を与えられるところが、石田選手が高く評価されている理由でしょう。
石田雄星の祖父は元阪急ドラフト1位の石田真
石田雄星選手について特に注目されているのが、祖父の存在です。
祖父は、元阪急ブレーブス投手の石田真(いしだ・まこと)さんです。
石田真さんは足利工業高校出身の右腕で、1972年のプロ野球ドラフト会議で阪急ブレーブスから1位指名を受けました。
日本野球機構(NPB)の公式記録にも、
- 出身校:足利工
- 1972年ドラフト1位
- 阪急ブレーブス所属
- プロ通算2試合登板
- 通算1勝
という記録が残っています。
祖父・石田真は足利工のエースとして甲子園出場
石田真さんは1972年夏、足利工のエースとして甲子園に出場しました。
NPB入り前から栃木県を代表する投手として注目された存在で、その年のドラフトでは阪急が1位で指名しています。
プロでは1974年と1980年に一軍登板し、通算2試合、7イニングで1勝。長く一軍で活躍した選手ではありませんが、「ドラフト1位でプロ入りした投手」という経歴は間違いありません。
雄星選手が生まれる前に祖父は亡くなっていますが、本人は幼い頃から「祖父がプロ野球選手だった」と家族から聞いて育ったと語っています。
2026年夏の甲子園では、将来について「自分もずっとプロ野球を目指してきた」という趣旨の思いを明かしており、祖父と同じプロの舞台に立つことが大きな目標になっています。
祖父が元プロ野球選手だから現在の実力がある、という単純な話ではありません。ただ、野球を身近に感じられる家庭環境や、「いつか自分もプロへ」という目標を持つきっかけの一つになったことは大きそうです。
石田雄星の父親・母親・妹など家族構成
石田雄星選手は祖父だけでなく、父親も野球経験者です。
公開情報から確認できる主な家族は、父親、母親、妹です。
父親・功さんは大学まで野球を経験
父親は功さんです。
2026年夏の甲子園を取材したFull-Countでは、スタンドから息子を見守る父・功さんのコメントが紹介されています。
また、母親へのインタビューでは、父親が大学まで野球を続けていたことも明らかになっています。
雄星選手が小学1年生の頃に野球を始めるきっかけを作ったのも父親でした。自宅近くの公園で守備練習に付き合うなど、幼い頃から野球を支えてきたそうです。
健大高崎への進学にも父親の存在が関係しています。
石田選手自身が機動力を前面に出した健大高崎の野球に魅力を感じていたことに加え、父親からも自分の特徴に合う学校ではないかと勧められたと報じられています。
祖父が元プロ、父親も大学まで野球経験者ということで、石田雄星選手はまさに野球との縁が深い家庭で育ったことが分かります。
母親は千都世さん
母親は千都世さんです。
2026年8月、NHK甲子園の公式発信で、佐野日大との試合を応援する「母・千都世さん」が紹介されました。
母親は以前のインタビューでも、雄星選手の幼少期から中学、高校進学までを振り返っています。
実は石田選手は幼い頃、最初から野球が大好きだったわけではありません。サッカーをやりたがっており、父親に学童野球へ連れて行かれた際には車から降りることを嫌がるほどだったそうです。
現在の姿から考えると意外ですよね。
その後は野球の楽しさを知り、父親との練習を続けながら成長。中学では自分で小山ボーイズへの入団を決めるまでになりました。
7歳年下の妹・惺来さんがいる
石田雄星選手には、7歳年下の妹・惺来さんがいます。
2026年8月2日にテレビ朝日系で放送された「熱闘!甲子園へ挑む関東代表校スペシャル」では、妹が石田選手を応援する様子が紹介されました。
妹からもらったお守りを大切にしているエピソードも取り上げられており、兄妹の仲の良さがうかがえます。
120人を超える健大高崎野球部をまとめる主将という立場ではありますが、家族の前では一人の兄という一面もあるのでしょう。
石田翔大は兄弟?
健大高崎には、石田雄星選手と同じ3年生の石田翔大選手も所属しています。
同じ「石田」で、しかも同学年なので「兄弟なの?」と気になった人もいるかもしれません。
しかし、公開されている選手情報では、雄星選手は栃木県の佐野市立城東中・小山ボーイズ出身。一方、翔大選手は千葉県の七次台中・取手シニア出身です。兄弟であるとする学校や本人からの公表も確認できません。
そのため、石田翔大選手は兄弟ではなく、同じ名字のチームメートとして紹介されている選手と考えてよいでしょう。
石田雄星の出身中学は城東中!小山ボーイズ時代も調査
石田雄星選手は栃木県佐野市出身です。
高校では群馬県の健大高崎へ進学しましたが、中学までは栃木県で野球の土台を作りました。
出身中学は佐野市立城東中学校
出身中学校は佐野市立城東中学校です。
高校野球ドットコムや地元媒体でも城東中出身と紹介されています。
ただし、中学では学校の軟式野球部ではなく、硬式野球の小山ボーイズでプレーしました。
日本少年野球連盟の2026年夏の甲子園出場選手資料にも、健大高崎・石田雄星選手の出身チームとして「小山ボーイズ」と掲載されています。
小山ボーイズの甲子園出場OB一覧にも、2023年度卒団生として石田選手の名前があります。
中学時代は片道約1時間半を自転車で練習へ
小山ボーイズ時代には、現在の体力につながりそうなエピソードもあります。
母親のインタビューによると、両親が共働きだったため、毎回必ず送迎してもらえるわけではありませんでした。
送迎できない日は、チームメートと一緒に片道約1時間半、自転車で練習へ通ったそうです。往復すると約3時間になります。
現在は50メートル6秒0の俊足が武器ですが、もともとの運動能力に加え、中学生の頃から積み重ねてきた運動量も土台になっているのかもしれません。
佐野日大・鈴木有とは中学時代からの親友
2026年夏の甲子園では、佐野日大のエース鈴木有選手との対決も話題になりました。
石田選手と鈴木選手は中学時代、栃木県選抜で一緒にプレーし、二遊間を組んだこともある親しい間柄です。
8月16日の甲子園3回戦で健大高崎と佐野日大が対戦。健大高崎が4-1で勝ちましたが、試合終了後には2人が抱き合って健闘をたたえ合う姿が見られました。
強豪校へ別々に進んだ2人が、最後の夏に甲子園で対戦したというのは印象的なエピソードです。
健大高崎へ進学した理由は機動力野球
高校は高崎健康福祉大学高崎高校へ進学しました。
石田選手が健大高崎に魅力を感じた理由の一つが、同校を全国区にした機動力を生かす野球です。
自身も足を大きな武器としており、父親からも健大高崎のスタイルが合っているのではないかと勧められました。
さらに青柳博文監督から声をかけられたこともあり、健大高崎への進学を決めたと母親へのインタビューで明かされています。
石田雄星の高校野球経歴|1年夏から甲子園、骨折を乗り越え主将に
石田雄星選手は、健大高崎入学直後から全国舞台を経験してきました。
1年夏から甲子園のスタメンに入り、2年春・夏にも甲子園へ出場。そして3年夏には主将として再び聖地へ戻ってきました。
1年夏から甲子園でスタメン
2024年夏、石田選手は1年生ながら甲子園メンバー入りしました。
全国高校野球選手権では2試合でスタメン出場。英明戦では甲子園初安打となる右前打も記録しています。
高校野球ドットコムによると、新チームとなった1年秋には「2番・センター」に定着。
群馬大会と関東大会の計9試合すべてで安打を放ち、30打数13安打、打率.433を記録しました。犠打も7本決めており、早くから打線に欠かせない存在になっていたことが分かります。
2年春のセンバツはベスト4
2025年春のセンバツでは「1番・センター」を任され、健大高崎のベスト4進出を経験しました。
甲子園という大舞台を1年夏から何度も経験したことは、その後に主将としてチームを引っ張るうえでも大きかったのではないでしょうか。
試合中の振る舞いが話題になったこともあります。
横浜との準決勝では、治療のため守備位置へ入るのが遅れた際、センターまで走ったあと観客席などへ一礼。その姿が注目されました。
2年夏は群馬大会決勝でサヨナラ打
2025年夏の群馬大会では、前橋育英との決勝が延長11回タイブレークにもつれ込みました。
その試合で石田選手がサヨナラ適時打を放ち、健大高崎の甲子園出場を決めています。
一方、甲子園では京都国際に敗れて初戦敗退。
1年夏から全国大会を経験してきた石田選手にとっても、この敗戦は大きな悔しさとして残りました。
3年夏直前に右手の有鉤骨を骨折
高校最後の夏を前に、大きなアクシデントもありました。
2026年6月、石田選手は練習中に右手の有鉤骨を骨折しました。
復帰後も右手の握力は、骨折前の77.5kgから47kgまで低下。試合後半になると握力が落ちる状態だったと本人が明かしています。
そこで打撃フォームも変更しました。
それまで右手に頼る傾向が強かった打撃から、左手でもボールを押し込む形へ修正。木製バットへの対応も意識したフォームに取り組みながら、群馬大会途中でスタメン復帰を果たしました。
怪我から戻っただけでなく、それをきっかけに打撃そのものを見直しているところに、石田選手の対応力が表れています。
2026年夏は主将として健大高崎初の決勝へ
2026年夏は主将として甲子園へ出場。
1回戦の八幡商戦では2安打を放ち、順調なスタートを切りました。
3回戦では地元・栃木代表の佐野日大に4-1で勝利。準々決勝では有明との接戦を延長タイブレークの末に制し、健大高崎を夏では初の4強へ導きました。
さらに8月20日の準決勝では天理に1-0で勝利。
初回に石田選手が四球で出塁すると、大岩翔斗選手の安打で一、二塁となり、佐藤麻恩選手の適時打で石田選手が先制のホームを踏みました。その1点を守り切り、健大高崎は夏の甲子園で初めて決勝へ進出しています。
2026年8月21日は休養日で、決勝は翌22日午前10時から智弁和歌山と対戦予定です。
石田雄星のドラフト評価は?進路は大学進学を希望
石田雄星選手は、2026年の高校生ドラフト候補として名前が挙がっている外野手です。
日刊スポーツのドラフト候補一覧でも、高校生外野手の一人として石田選手が掲載されています。
しかし、現時点で本人が希望している進路は、高校卒業後すぐにプロへ入ることではなく大学進学です。
高校屈指の外野手としてプロも注目
石田選手が評価されているのは、一つの能力だけではありません。
50メートル6秒0の脚力と遠投110メートルの強肩に加え、中堅での広い守備範囲、左打席からのコンタクト能力、高校通算19本塁打のパンチ力を兼ね備えています。
2026年4月のU-18日本代表候補強化合宿にも参加。プロ球団のスカウトからも「高校屈指の外野手」として注目されていることが報じられました。
特に魅力的なのは、長打だけにこだわらず、四球、バント、走塁などを使いながら得点へつなげられるところです。
試合の状況に応じて役割を変えられる点は、石田選手の野球センスを感じさせます。
2026年U-18日本代表候補に選出
2026年3月、日本高等学校野球連盟はU-18日本代表候補強化合宿の参加選手を発表しました。
石田選手は外野手7人の一人として選ばれています。
侍ジャパン公式資料では、当時171cm・72kg、右投左打として登録されました。
ただし、2026年8月21日時点では「U-18日本代表候補」であり、アジア選手権に出場する最終代表メンバー入りが確定したという意味ではありません。
「日本代表」と「日本代表候補」は分けておく必要があります。
高卒プロではなく大学進学を希望
2026年1月のスポニチ報道では、石田選手が大学進学を希望していることが伝えられています。
さらに夏の甲子園中の取材でも進学方針について語っており、
「大学でも日本一になりたい」
という目標を持ち、進学先として東都大学野球リーグを考えていると明かしました。
東都大学野球リーグには、青山学院大、中央大、亜細亜大、國學院大など大学野球の強豪が所属しており、プロ野球選手を多数輩出してきたリーグです。
石田選手も、高校卒業後すぐプロへ飛び込むのではなく、まず大学で身体や技術を磨きたいという考えを持っていることが分かります。
進学する大学名はまだ公表されていない
「石田雄星はどこの大学に進学するの?」という点も気になりますが、2026年8月21日時点で具体的な大学名は公表されていません。
確認できるのは、
大学進学を希望しており、東都大学野球リーグを視野に入れている
というところまでです。
高校最後の夏が終わった後、進学先が正式に発表される可能性もあります。
将来の目標は祖父と同じプロ野球
大学進学を選んでも、最終目標がプロ野球であることは変わっていません。
本人は祖父・石田真さんについて、幼い頃からプロ野球選手だったと聞いて育ち、自分も同じ舞台を目指してきたと語っています。
ドラフト候補として注目されながら大学進学を選ぶのは、一見すると遠回りにも見えるかもしれません。
ただ、石田選手自身は自分の体格や今後の成長を冷静に見ているようです。大学でさらに力をつけてからプロへ挑戦することも、本人にとってはプロ野球へ近づくための進路なのでしょう。
石田雄星の性格・人柄は?主将として120人超をまとめる
石田雄星選手はプレーだけでなく、健大高崎の主将としてチームをまとめる役割も担っています。
2026年夏の健大高崎野球部は部員121人と紹介されており、その大所帯をまとめるキャプテンが石田選手です。
周囲を見る力が主将としての強み
地元媒体の紹介では、石田選手は自らの「観察眼」を生かして練習メニューを考えたり、試合では投手と打者の関係を見ながら外野手の守備位置を指示したりする選手とされています。
単に声が大きいタイプのキャプテンではなく、試合の状況を考えながら周囲を動かせる点が特徴なのでしょう。
1年生からレギュラーとして試合に出続けてきた経験も、現在のリーダーシップにつながっているように感じます。
グラウンド外では「弟キャラ」の一面も
一方で、年下だった頃には先輩たちからかわいがられる「弟キャラ」として紹介されたこともあります。
プレー中の落ち着いた姿や主将としての表情だけを見ると、少し意外ですよね。
また、1年生でベンチ入りした際には、自分が入ることで上級生がメンバーから外れることを気にしてプレッシャーを感じていたというエピソードも母親から語られています。
自分の結果だけではなく、周囲の立場まで考えてしまうタイプだったことがうかがえます。
その石田選手が高校3年では120人を超える部員を率いる主将となり、怪我を乗り越えて夏の甲子園決勝まで進みました。
1年夏からの経歴を追っていくと、野球技術だけでなく「チームを背負う選手」へ成長してきたことも、石田雄星選手の大きな魅力です。
石田雄星のwikiプロフィールまとめ
- 石田雄星選手は、健大高崎高校3年の外野手で2026年度の主将
- 2008年12月16日生まれで、2026年8月21日時点では17歳
- 栃木県佐野市出身で、佐野市立城東中学校から小山ボーイズを経て健大高崎へ進学
- 50m6秒0、遠投110mの俊足強肩に加え、高校通算19本塁打の打力を持つ
- 祖父・石田真さんは足利工出身で、1972年に阪急からドラフト1位指名された元プロ野球投手
- 父・功さんも大学まで野球を経験しており、幼少期から雄星選手の練習を支えた
- 母は千都世さんで、7歳年下の妹・惺来さんもいる
- 1年夏から甲子園に出場し、2026年夏で春夏通算4度目の甲子園
- 2026年6月に右手有鉤骨を骨折したが、打撃フォームを変えて復帰した
- 2026年夏は主将として健大高崎を夏の甲子園史上初の決勝進出へ導いた
- 2026年U-18日本代表候補に選ばれ、プロのスカウトからも注目されるドラフト候補
- 高校卒業後は大学進学を希望しており、東都大学野球リーグを視野に入れながら将来的なプロ入りを目指している
石田雄星選手は、単に「元プロ野球選手の孫」という話題性だけで注目されている選手ではありません。
1年夏から名門・健大高崎のセンターを守り続け、俊足・強肩・打撃技術を磨き、最後の夏には主将としてチームを学校史上初の決勝まで導きました。
ドラフト候補として評価されながら大学進学を希望している点も含め、まだ成長途中の選手です。高校野球の先にどの大学へ進み、祖父と同じプロ野球の舞台へどのようにつながっていくのか、今後も注目したい選手ですね。
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