池田聖摩のwikiプロフィール!横浜高校・インスタ・最速152キロや進路を調査
池田聖摩のwikiプロフィール!横浜高校・インスタ・最速152キロや進路を調査

横浜高校野球部の遊撃手として、2026年夏の甲子園でも注目を集めた池田聖摩(いけだ・しょうま)選手

名門・横浜高校で1年夏からショートを任されてきた内野手ですが、投手としても最速152キロを記録する二刀流です。さらに中学時代までは陸上競技にも本格的に取り組み、走り幅跳び、三段跳び、ジャベリックスローで熊本県王者になった異色の経歴を持っています。2026年夏の甲子園終了後には、卒業後もプロ野球を目指す意思を明言しました。

「池田聖摩とは何者?」「横浜高校に入った理由は?」「インスタはある?」「最速は何キロ?」「中学時代はどんな選手だった?」など、気になるところも多いですよね。

この記事では、池田聖摩選手のwiki風プロフィールから、横浜高校までの学歴と野球経歴、陸上競技で残した記録、父親や家族、インスタ、守備やグローブ、最速152キロの投球、2026年ドラフトに向けた進路まで一つずつ詳しく見ていきます。

池田聖摩は誰・何者?横浜高校のwikiプロフィール

池田聖摩選手は、横浜高校野球部に所属する3年生の遊撃手兼投手です。

右投げ左打ちで、主戦場はショート。176cm・78kgの体格に、50メートル走5秒9と紹介される俊足、遠投120メートルの強肩を備えています。高校野球ドットコムの2026年8月時点の選手名鑑でも、内野手として身長176cm、体重78kg、右投げ左打ちと掲載されています。

2026年夏の甲子園では横浜高校の「3番・遊撃」としてプレー。チームは準決勝まで勝ち進み、池田選手は5試合で22打数6安打を記録しました。大会後にはプロ志望を明らかにしており、2026年ドラフトでも注目される高校生内野手の一人です。

池田聖摩の基本プロフィール

まずは、現在確認できるプロフィールを見てみましょう。

項目内容補足
名前池田聖摩公式表記
読み方いけだ・しょうま侍ジャパン公式
生年月日2008年6月26日侍ジャパン公式
年齢18歳2026年8月時点
出身熊本県山鹿中学校卒業
身長176cm2026年時点
体重78kg2026年8月時点
投打右投げ左打ち
ポジション遊撃手・投手主戦場はショート
高校横浜高等学校神奈川県
中学山鹿市立山鹿中学校熊本中央ボーイズ所属
投手最速152キロ2026年夏時点で報道
進路プロ志望2026年8月表明

池田選手は中学3年だった2023年、侍ジャパンU-15代表に「内・投」として登録されています。当時から内野手と投手を兼任しており、公式プロフィールには身長176cm、体重63kgと記載されていました。高校生活を通じて体重は78kgまで増えており、体格面でも成長したことが分かります。

本名と名前の読み方は?

名前の読み方は「いけだ・しょうま」です。

侍ジャパン公式プロフィールや高校野球の選手名鑑でも「池田聖摩」と一貫して掲載されています。芸能人のような芸名を使っている人物ではないため、現在公表されている登録名がそのまま本人の名前として扱われています。

「聖摩」という漢字は初見だと読み方に迷うかもしれませんが、「しょうま」と読みます。

出身は熊本県!山鹿市で育った

池田聖摩選手は熊本県出身です。

山鹿市も、市内出身のスポーツ選手として池田選手を紹介し、「横浜高等学校」「山鹿中学校卒業」「熊本中央ボーイズ卒団」と公表しています。

現在は神奈川県の横浜高校でプレーしているため神奈川県出身と思われることもありそうですが、野球選手としての原点は熊本にあります。

2026年夏の甲子園でも、故郷・熊本への思いを口にしていました。甲子園で全国的に注目されるようになっても、自身のルーツを大切にしていることが伝わるエピソードです。

国籍は公表されている?

池田聖摩選手の国籍について、本人が国籍をテーマに明確に語った公式情報は確認できません。

確認できるのは、熊本県で育ったことや、2023年に侍ジャパンU-15代表としてBFA U-15アジア選手権に出場したことです。

名前や外見だけから別のルーツを推測できる材料はなく、プロフィール記事としては、確認できる「熊本県出身」という情報までを押さえておけば十分でしょう。

池田聖摩は横浜高校の内野手!中学まで野球と陸上の二刀流

池田聖摩選手の経歴で特に興味深いのは、子どもの頃から野球だけに絞っていたわけではないことです。

野球では小学生でソフトバンクホークスジュニア、中学生で侍ジャパンU-15代表まで上り詰める一方、陸上競技でも熊本県トップクラスの成績を残しました。

現在の俊足や守備範囲、強肩、そして150キロを超える球速は、こうした少年時代からの積み重ねと無関係ではなさそうです。

小学校時代にソフトバンクホークスジュニアへ

週刊ベースボールONLINEでは、池田聖摩選手の出身小学校は三岳小学校と紹介されています。

侍ジャパン公式プロフィールによると、野球を始めたのは6歳。きっかけは父親の勧めでした。

小学6年だった2020年には、福岡ソフトバンクホークスジュニアの選考に合格しています。ホークス公式サイトの合格者一覧には、「池田聖摩・熊本・菊鹿少年野球クラブ・小学6年」と掲載されています。

さらに当時のホークスジュニアではキャプテンも務めました。公式記事では、最終回に投手として登板して無失点に抑えた試合や、チームメートに声をかけてまとめていた姿も紹介されています。

小学生の時点ですでに、野球の能力だけでなくチームをまとめる役割まで経験していたわけですね。

中学は山鹿中学校!熊本中央ボーイズに所属

中学校は山鹿市立山鹿中学校です。

野球では中学校の軟式野球部ではなく、硬式クラブチームの熊本中央ボーイズでプレーしました。山鹿市の公式情報でも山鹿中学校卒業、熊本中央ボーイズ卒団と紹介されています。

中学時代には投手と内野手を兼任し、中学通算13本塁打を記録。投手としても140キロを超えるストレートを投げるなど、当時から「二刀流」として注目されていました。

侍ジャパンU-15代表で投打に活躍

2023年には侍ジャパンU-15代表に選出され、第11回BFA U-15アジア選手権に出場しました。

侍ジャパン公式プロフィールでの登録ポジションは「内・投」。現在の横浜高校と同じく、遊撃手だけでなく投手としても評価されていたことが分かります。

大会では打者として4割を超える打率を残し、投手としても好成績を記録したとRKK熊本放送が報じています。

また、ホークスジュニアの帆足和幸監督は、当時の池田選手について走攻守がそろい、思い切りの良さも光る選手だったと振り返っています。小学生から中学生にかけて、すでに全国レベルで評価されていた選手だったことが分かります。

陸上では走り幅跳び・三段跳び・ジャベリックスローで県王者

「池田聖摩 陸上」が気になる人が多いのも納得できるほど、陸上競技では本格的な実績を残しています。

中学3年時には走り幅跳び、三段跳び、ジャベリックスローの3種目で熊本県大会を制覇しました。

特にジャベリックスローでは72メートル55を記録。RKK熊本放送は当時、熊本県の中学生記録を大きく更新したと報じています。

Sportivaのインタビューでは、中学2年、3年時に全国大会へ出場し、中学2年時には5位に入ったことも紹介されています。池田選手本人も、ジャベリックスローでは肩甲骨を使うため野球のスローイングにもつながっていると語っています。

150キロを超える球速だけを見ると「もともと肩が強かった選手」という印象になりがちですが、投げる動作や足腰を陸上競技でも磨いてきた背景を知ると、現在の身体能力が一朝一夕にできたものではないことが分かります。

なぜ熊本から横浜高校へ進学した?

池田選手は2024年、熊本を離れて横浜高校へ進学しました。

その背景には父親の影響があります。

父・祐一さんが横浜高校野球部のファンで、池田選手自身も子どもの頃から横浜高校に憧れていました。小学2年生の頃には、熊本で行われた横浜高校の招待試合を観戦したこともあり、本人は「横浜一本」と言えるほど強い思いを持っていたとSportivaで紹介されています。

全国の強豪校から選んだ進学先というだけでなく、子どもの頃から着たいと思っていたユニホームだったわけです。

名門校のショートを任されるまでの経緯を知ると、池田選手にとって「横浜高校の背番号6」が特別なものだったことも伝わってきます。

横浜高校では1年春からベンチ入り

横浜高校では1年春からベンチ入りし、夏には背番号6をつけてショートのレギュラーを任されました。

ただ、最初の夏には大きな悔しさも味わっています。

2024年夏の神奈川大会決勝・東海大相模戦では、同点に追いつかれた8回途中から投手として登板したものの、勝ち越しを許し、横浜高校は甲子園出場を逃しました。

池田選手はこの敗戦を長く覚えており、3年生となった2026年夏に東海大相模と再戦すると3安打を放って8対1の勝利に貢献しています。試合後には、1年時には東海大相模を「怖い」と感じていたことまで振り返っていました。

1年生から試合に出ていたからこそ、成功だけでなく大きな失敗も早く経験しています。その悔しさを抱えながら3年間ショートを守り続けたことも、池田選手の高校野球を語るうえで欠かせない部分です。

池田聖摩のインスタはある?公式SNSを調査

「池田聖摩 インスタ」「池田聖摩インスタ」と調べている人も多いようですが、2026年8月21日時点で、池田聖摩選手本人が公式に案内しているInstagramアカウントは確認できません

侍ジャパンの公式プロフィールや横浜高校での活動を扱った主要報道にも、本人のInstagramへの案内は掲載されていません。

高校野球の注目選手だけに、InstagramやXでは池田選手の写真、守備動画、ピッチング映像などが多数投稿されています。ただし、ファンアカウントや高校野球を撮影しているアカウントと、本人が運営するアカウントは別です。

特に2026年は甲子園やドラフト候補として注目度が急上昇しているため、名前を使用したアカウントが見つかっても、それだけで本人の公式インスタとは判断できません。

一方で、プレー動画を見たい場合は、高校野球メディアや大会関連の公式SNSを探したほうが、池田選手の守備や150キロ級のピッチングを確認しやすいでしょう。

今後プロ入りした場合などに本人や所属先からSNSが案内されれば、公式Instagramが明確になる可能性があります。

池田聖摩の最速は152キロ!守備やグローブも調査

池田聖摩選手は本職が内野手でありながら、投手としても最速152キロを記録する異色のショートです。

2026年夏の甲子園期間中にも、日刊スポーツは池田選手を「最速152キロ二刀流」と紹介しています。

ただし、球速については計測された時期によって報道の数字が違うため、「150キロ」と「152キロ」が混在しています。

公式戦で150キロ!その後は最速152キロに

2026年5月16日の春季関東大会・国士舘戦では、遊撃からリリーフ登板。

最初の打者に対して150キロを記録し、当時の日刊スポーツは「自己最速150キロ」と報じました。1イニングを投げて無失点に抑えています。

一方、2026年夏には複数の媒体で最速152キロとして紹介されるようになっています。日刊スポーツも8月17日の甲子園記事で最速152キロと明記しています。

つまり、春の時点で公式戦150キロを記録し、その後さらに球速を伸ばして自己最速152キロに到達したと確認できます。

内野手が150キロを投げるだけでも珍しいですが、池田選手の場合は「投手もできるショート」というレベルではなく、実際の公式戦で終盤のマウンドを任されています。

2026年春は遊撃からマウンドへ上がり優勝投手

2026年5月の春季神奈川県大会決勝・横浜創学館戦では、9回2死から遊撃の池田選手がマウンドへ上がりました。

投手用のグラブに持ち替えて最後のアウトを奪い、横浜高校の県大会優勝を決める胴上げ投手になっています。

本格的な先発投手として投げ続けるのではなく、普段は遊撃を守り、必要な場面では150キロ級の速球を持つリリーフとして登板できることが池田選手の大きな強みです。

守備は強肩だけでなく守備範囲も武器

池田聖摩選手本人は、中学生時代から自分のアピールポイントとして遊撃守備を挙げていました。

侍ジャパン公式プロフィールでは、「広い守備範囲」と「深い位置からの送球」に自信があると回答しています。

高校でもその強みは変わっていません。

2026年4月のU-18高校日本代表候補合宿では、全国トップクラスの選手とプレーする中で、横浜高校で続けてきたカットプレーや守備時の声かけに自信を深めたと語っています。50メートル走5秒9、遠投120メートルという身体能力も、ショートとしての守備範囲と送球を支えています。

甲子園でも本人が「一番武器にしているものは守備」と語っており、150キロという数字だけではなく、プロからは内野手としての守備力も評価されています。

池田聖摩のグローブはどこのメーカー?

池田聖摩選手が使用するグローブのメーカーや型番については、本人やメーカーが公式に明かした情報は現時点で確認できません。

一方、2026年春の神奈川県大会決勝では、遊撃から投手へ回る際に赤い投手用グラブへ交換したことが週刊ベースボールONLINEで紹介されています。

試合写真からメーカーを推測する情報が出ることはありますが、写真だけではモデルや型番まで確定できません。

池田選手はショートと投手の両方をこなすため、守備位置に応じてグラブを使い分けている点にも注目です。

池田聖摩の父親・母親や兄弟など家族構成

池田聖摩選手の身体能力を語るうえで大きな存在となっているのが父親です。

野球と陸上を並行してきた経歴も、父親から受けた影響が大きかったことが本人のインタビューから分かっています。

父親は池田祐一さん!熊本北高校の陸上部監督

父親は池田祐一さんです。

祐一さん自身も中学時代まで野球と陸上を続け、高校から陸上競技に専念した経験を持っています。RKK熊本放送では「元陸上選手」と紹介されていました。

さらに2026年5月の日刊スポーツは、祐一さんについて熊本北高校の陸上部監督を務めていると報じています。

池田選手が陸上を続けたのも父親の影響です。

Sportivaのインタビューでは、父親から陸上競技が「野球に生きる」と言われ、それを信じて続けてきたと話しています。現在の俊足や強肩、150キロを超える球速を見ると、父親と取り組んできたトレーニングが大きな土台になったことが分かります。

父親が横浜高校ファンだったことも進学に影響

祐一さんは陸上の指導だけでなく、池田選手が横浜高校を目指すきっかけにもなった人物です。

祐一さんが横浜高校野球部のファンだったことから、池田選手も幼少期から横浜高校を見るようになりました。

小学2年生で招待試合を観戦し、その後は甲子園まで横浜高校の応援に行った経験もあります。

熊本から神奈川の名門校へ進んだ背景には、「野球が強い高校だから」という理由だけではなく、親子で長く憧れてきたチームだったという物語があったわけですね。

母親はどんな人?

母親の名前や職業は公表されていません。

ただし、池田選手と母親の関係が少し分かる情報があります。

侍ジャパン公式プロフィールで好きな食べ物を聞かれた池田選手は、焼肉とともに「母の作るからあげ、ハンバーグ」と回答しています。

中学生時代の取材でも、両親や祖父母による送迎や食事面でのサポートについて感謝を語っていました。

現在の実績だけを見ると本人の高い身体能力ばかりに目が行きますが、少年野球から陸上、日本代表まで活動を続けるには家族の支えも欠かせなかったことが分かります。

兄弟姉妹はいる?

池田聖摩選手の兄弟姉妹については、本人や家族、主要メディアから具体的に公表された情報は確認できません。

父親については実名や陸上競技との関係まで紹介されていますが、兄弟についてはほとんど情報が出ていないため、兄弟がいるとも、一人っ子とも断定できません。

池田聖摩の横浜高校での成績・経歴と2026年の進路

横浜高校に入学してからの池田聖摩選手は、早い段階から名門校の主力として経験を積んできました。

順調に結果だけを積み重ねたわけではなく、1年夏の県大会決勝敗退、全国優勝、甲子園での敗退など、成功と悔しさの両方を経験しています。

2025年春のセンバツで全国優勝

高校2年生となった2025年春、横浜高校はセンバツで全国優勝。

池田選手は不動の遊撃手として5試合すべてに出場し、Sportivaによると大会を通じて遊撃守備で無失策、打率.313を記録しました。

同年夏の甲子園でも横浜高校はベスト8へ進出。

1年生からショートを任されていた池田選手が、2年生では全国優勝を経験し、高校野球ファンの間でも広く名前を知られるようになりました。

2026年春は初戦敗退から立て直した

3年生となった2026年春、横浜高校は史上4校目となるセンバツ連覇を目指しました。

しかし初戦の神村学園戦で敗れ、1回戦敗退。チームにとって大きな挫折となりました。4月には村田浩明監督がチームの状態について厳しい言葉を口にするほど、立て直しが必要な時期だったことも報じられています。

その後、池田選手はU-18高校日本代表候補の強化合宿にも参加。

横浜高校で身につけてきた守備や連係に手応えを得て、春の神奈川県大会でもチームの優勝に貢献しました。

高校生活を全国優勝だけの成功物語として見るより、勝った経験と負けた経験の両方を重ねて最終学年を迎えた選手と考えるほうが、池田選手の3年間がよく分かります。

2026年夏の神奈川大会は打率5割

最後の夏となった2026年神奈川大会では、打撃でも結果を残しました。

一球速報.comによると、7試合で24打数12安打、打率.500、10打点、11得点、3盗塁を記録しています。

特に1年夏に苦杯をなめた東海大相模戦では4打数3安打。

さらに決勝の桐光学園戦でも5打数3安打3打点を記録し、横浜高校の夏の甲子園出場に貢献しました。

守備や肩が注目されやすい選手ですが、最後の神奈川大会で打率5割を残したことで、打撃面でも存在感を示しています。

2026年夏の甲子園はベスト4

横浜高校は2026年夏の甲子園でも勝ち進み、ベスト4まで進出しました。

準決勝では智弁和歌山に1対7で敗れ、1998年以来となる夏の全国制覇には届きませんでした。

池田選手自身は甲子園5試合で22打数6安打、打率.273。大会後には打撃について悔しさを口にしています。

神奈川大会では打率5割だった一方、甲子園では思うような数字を残せなかったことになります。

それでも遊撃守備は高く評価されており、3年間にわたって全国屈指の名門校のショートを任された経験は、プロを目指すうえでも大きな武器になりそうです。

卒業後の進路はプロ志望

池田聖摩選手の高校卒業後の進路については、プロ野球を目指す意思を本人が明言しています。

2026年8月20日、甲子園準決勝で敗れた後、「プロとしてやっていきたい」という意向を示し、今後に向けて準備していく考えを語りました。

また、プロでは松井稼頭央さんのような選手になりたいとも話しています。

大学進学ではなく高卒プロを目指す方向が明確になったことで、次に注目されるのは2026年秋のドラフト会議です。

2026年ドラフトで注目される理由

池田聖摩選手の最大の価値は、単に「152キロを投げられる」という一点ではありません。

ショートとして広い守備範囲と強肩を持ち、50メートル5秒9の俊足もあります。高校野球ドットコムでは176cm・78kg、スポーツナビでも強く正確な送球と打球への反応の良さを持つ遊撃手として紹介されています。

そこに投手として最速152キロという能力まで加わります。

プロで投手に転向するのかという話よりも、現時点では強肩と守備力を備えた遊撃手としての評価が中心です。本人も理想の遊撃手として宮本慎也さんや松井稼頭央さんの名前を挙げています。

2026年ドラフトで実際に何位で指名されるかはまだ決まっていませんが、守備力の高い高校生ショートという希少性もあり、今後の評価が気になる選手です。

池田聖摩の性格・人柄は?エピソードから分かること

池田聖摩選手の性格について、本人が「自分は○○な性格」と詳しく公表しているわけではありません。

ただ、これまでの発言や行動を見ると、負けず嫌いな部分、向上心、周囲への感謝が伝わるエピソードがあります。

負けず嫌いで自分への評価も厳しい

2025年春、センバツで横浜高校が全国優勝した際にも、池田選手は自分の守備について満足していませんでした。

Sportivaの取材では、横浜高校の歴代ショートと比べ、自分はまだそのレベルに届いていないという趣旨の発言をしています。

さらに同学年の織田翔希投手へ報道陣が集まることについても、悔しさを隠さず、それを自分に足りない部分がある証拠として練習につなげようとしていました。

全国優勝を経験しても自分への評価を簡単に上げないところには、かなり負けず嫌いな一面が表れているように感じます。

1年夏の敗戦を忘れず東海大相模にリベンジ

1年夏の東海大相模との決勝で、自身の登板後に勝ち越されて甲子園を逃した経験も、池田選手にとって大きな出来事でした。

3年夏に再び東海大相模と戦った際には3安打を放ち、勝利に貢献。

本人も「怖い」という感覚を持っていた相手だったと振り返っています。

高校1年生で味わった失敗をそのままにせず、最後の夏まで向き合い続けたところにも、競技者としての強さが見えるエピソードです。

家族や周囲への感謝も忘れていない

中学生時代には、野球や陸上の結果について、自分一人の力ではなく家族のサポートがあったからだと話しています。

特に父親とは陸上トレーニングを二人三脚で続けてきました。

また、小学生でホークスジュニアのキャプテンを務めた際には、試合ができることそのものへの感謝も口にしていました。

派手な身体能力に注目が集まりやすい選手ですが、少年時代からチームや家族への言葉を残している点も、池田聖摩選手の人物像を知るうえで印象的です。

池田聖摩のwikiプロフィールまとめ

  • 池田聖摩の読み方は「いけだ・しょうま」
  • 2008年6月26日生まれで、2026年8月現在は18歳
  • 熊本県出身で、山鹿中学校から横浜高校へ進学した
  • 小学6年時に福岡ソフトバンクホークスジュニアへ選出され、キャプテンも務めた
  • 中学では熊本中央ボーイズに所属し、侍ジャパンU-15代表に選ばれた
  • 陸上では走り幅跳び・三段跳び・ジャベリックスローの3種目で熊本県大会優勝を経験
  • 横浜高校では1年夏から遊撃手のレギュラーとなり、2025年春のセンバツ全国優勝に貢献
  • 父親は池田祐一さんで、2026年には熊本北高校陸上部監督と報じられている
  • 投手としても最速152キロを記録し、公式戦では遊撃からリリーフ登板することもある
  • グローブのメーカーや型番は未公表だが、投手登板時には赤い投手用グラブを使用した試合がある
  • 本人が公式に案内しているInstagramアカウントは2026年8月21日時点では確認できない
  • 2026年夏の神奈川大会では打率.500を記録し、甲子園ではベスト4まで進出
  • 高校卒業後はプロ野球を目指す意思を明言しており、2026年ドラフトで注目される

池田聖摩選手は、「最速152キロを投げるショート」というインパクトだけで語るにはもったいない選手です。

幼少期から野球と陸上の両方に取り組み、父親と続けたトレーニングで身体能力を磨き、小学生ではホークスジュニア、中学生では侍ジャパンU-15、そして高校では憧れていた横浜高校のショートまで上り詰めました。

全国優勝だけでなく、1年夏の悔しい敗戦や3年春のセンバツ初戦敗退、最後の甲子園で打撃が振るわなかった経験もあります。そうした成功と悔しさの両方を持ってプロの世界を目指すところが、池田聖摩選手の今後をさらに楽しみにさせる部分ではないでしょうか。

次に大きな注目を集めるのは2026年秋のドラフト会議です。強肩と守備力を武器に、本人が目標とする松井稼頭央さんのような遊撃手への第一歩を踏み出せるのか、今後の進路にも注目です。

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